闇 386(斉藤弘一との再会編)
闇 386(斉藤弘一との再会編)

2025/11/06 thu
前回の章
二千十六年十二月九日、金曜先負。
十姉妹のマゲとモツ、錦花鳥のベニとナミダ。
そしてその子供たちのモゲ、マゲマロ、バック、プチ、ジャッカル、マロの様子を見に行く。
家の前の駐車場の管理室で弟の徹也が、ちゃんと面倒を見ているか不安というのもあった。
相変わらず卵だけはポコポコ産む馬鹿親ナミダ。
しかしコイツらはまるで卵を温めようともしないネグレスト。

マゲたちの巣壷を覗くと卵はあるが、孵化が上手くいかないようだ。
俺は基本的に川越と新宿の往復で時間を取られてしまう。
たまにこのようにこっそり様子を見るぐらいしかできないもどかしさ。
静かな暮らしの中で小さな生命の誕生に願いを込める。

しかし今マゲたちの子がまた産まれたところで、横浜の時のように構えない現状。
早くこの子たちとまた一緒に暮らせるのを心待ちに頑張らねば。
職場のラッキーハウスには休み無しで出勤の日々。
徐々にラッキーフルも理解し、少しずつ店の役には立てるようになっている。
店内の人間関係を見ていて、一つ分かった事。
店長の香川と早番責任者の橋本は仲がいい。
木下は上の人間にはペコペコするが、下の人間には奴隷でも扱うかのような態度しかしない屑。
機会があれば、こういう図に乗ったオカマ野郎は横っ面を引っ張叩きたいものだ。
人柄のいい川崎は、遅刻も多いせいかみんなからの信用がない。
仕事も休みがちというのが一番の原因のようだ。
それでも俺は一番気が合う。
遅番でたまにしか出勤しない吉岡という従業員がいた。
中々低姿勢で好感が持てるが、いつも引継ぎ時は多忙な為、親交を深めるような話す時間も禄に持てない。
この四日間で一回しか出勤したのを見た事がなかった。
朝出勤すると、基本的に遅番で残っている客がいない限りほとんどゼロの状態。
つまりこの時間帯は店の準備をキチンとする為のようなもの。
それでも夕方を過ぎると常連客は入って来るので、やる事は中々多い。
初日に橋本が話していたラッキーフルの俺が知っているノーマルバージョンとスーパー…、この違いも理解できるようになった。
そもそもラッキーフルはランダムで変わるラッキーナンバーを軸に役を作るゲーム。
例えばAがラッキーナンバーだとすると、Aのスリーカードが完成すると『ラッキースリー』。
ノーマルだとボーナスが数百入るだけだが、スーパーは叩き保障がある。
「叩き保障をうまく分からないお客さんに説明できますか? 自分を客だと思って言ってみて下さい」
橋本が試験管となり俺が答える。
えーと…、ノーマルとスーパーのラッキースリーの違い。
ダブルアップの叩き保障だけだよな。
「スーパーに限り、叩き保障がありまして、これはどういう事かと言うと…、ラッキースリーがでたらテイクをしないでダブルアップをします。通常ならダブルアップを外した時点でそのクレジットは無くなりますが、叩き保障の場合、外れた時点のクレジットがそのまま加算されます」
「うーん…、まあおおむね分かっているみたいですね。ちょっと説明の仕方が長いけど」
「あ、赤崎さんはもっとシンプルに言えば、い、いいんだよ。ラ、ラッキースリーが出たら、た、叩き保障ありますよって」
横で様子を見ていた川崎が口を挟む。
彼は活舌が悪く興奮するとどもる話し方をするのが特徴だった。
それを見て橋本の表情が変わる。
「川崎さん! 今俺が赤崎さんに教えているんだから、余計な口挟まないでいいから! あんたの言い方だとそのまんまなんですよ。それじゃ意味無いですから。そんな事よりギャンブルで勝つと、すぐ休む癖は本当やめたほうがいいですからね」
「……」
面白く無さげに不機嫌さを顔を出しながらキッチンへ行く川崎。
確かに橋本の言い分も分かるが、もう少しソフトな言い方をすれば円滑な人間関係になれるのになあと思う。
まあ入って数日の新人である俺が、それこそ口を挟む事ではない。
自身の立ち位置を把握しながら、なるべく働きやすい職場環境を作る。
こうする事が、再び雇ってくれた酒井さんへの恩返しに繋がるはずだ。
一通り日常の業務をこなすと、一服をしている川崎へ話し掛けた。
「川崎さん、まだ自分は至らない点が多々ありますので、気付いた点があればご指導をよろしくお願いしますね」
「い、いやいや…、あ、赤崎さんはけ、経験者だけあってさー。ま、まだ入ったばかりなのに頑張ってますよ!」
俺の言い方に気分を良くしたのか、川崎は興奮しながら嬉しそうに話す。
今はこんな感じでいればいいよな……。
川越から新宿まで西武新宿線を使うと片道一時間以上掛かる。
贅沢を辞め特急小江戸号へ乗らなくなった俺。
時間にして数十分の違いだが、これが毎日の往復となるとじわりじわりボディーブローのように効いてきた。
電車の待ち時間も込みで考えると往復で三時間。
仕事が朝十時から夜十時の十二時間なので、一日の拘束は十五時間。
休みを取る取らないは個人の自由だが、川崎のように週に二回三回と取る人間は、必然的に店での評価は下がってしまう。
もちろん俺も金を稼ぐようなので、六日に入ってから十日以上経つが未だ連続出勤中。
「赤崎さん、週に一度ぐらい休んでもいいんですよ」
「お気遣いありがとうございます。ただまだ覚えなきゃいけない事が多いので、もう少しだけ頑張りますよ」
橋本から逆に気遣われるくらいになった俺。
体力だけは自信がある。
十二月の今年いっぱいぐらいは休み無しでも大丈夫だろう。
横浜の三田のインカジ『ハッピー』。
あの時のような無茶なシフトでなければ、俺は基本的に頑丈なのだ。
四十四時間ぶっ通しで働いたあと、休みが見えないエンドレス。
あれはあれで、本当に地獄のような日々だった……。
まったく休みの見えない日々。
出勤前に景気付けで平田のキミノヤへ寄ってスピルタスとグレンリベットを飲む干して職場へ向かう。
思い返すとこれが地獄の始まりだった。
この日、二十七日はまだ十六時間勤務で済んだつもりだった。
早番の中村カズがいきなり仕事を休みやがった。
代えは俺しかいない。
つまり二十八日の夜十一時から三十日の朝十一時までぶっ通しの三十六時間勤務決定。
う~、俺、死んじゃうかも……。
出勤前に、スピルタスなんて飲むんじゃなかったよー!
倒れた時、介護してくれる女性募集しないと。
いや、違う……。
頭が働いていない。
時間感覚がおかしい。
一昨日の二十七日に二十三時間変更になって…、えーと、一昨日二十七日の二十三時から、えーと、今日が二十九日だよな?
今日は十九時時上がり……。
一つずつ数えてみよう。
四十四…、え、俺、四十四時間勤務中なの?
さっき三田さんが差し入れ持ってきて平謝りしてきたのっていつ?
弁当美味しかったなあ……。
あれ、思考回路が回っていないぞ?
頭がこんがらがって正常に機能していない。
俺はこの事をフェイスブックとLINE両方で記事にした。
『何時もすみません。 三田』

LINEのほうに早速つく若頭謝罪コメント。
別に三田のせいじゃないのに……。
こうなった原因は、従業員たちの仕事に対する責任の欠如。
『いえいえ、引き受けたからには誠心誠意やるのみですので。 岩上智一郎』
返信すると、壁にもたれ掛かる。
フェイスブックの投稿のコメントに、俺が残したであろう弁当の写真が載っていた。
清正公通りの万喜多と箸の包装紙に記載してある。
そうだ、若頭が差し入れで持ってきてくれたんだっけ。
「ねえ、大丈夫なの、岩ちゃん?」
雅が心配そうにキャッシャー室へ来た。
「……」
そんな風に思うなら、遅刻してんじゃねえよ……。
「いうもお店の為にありがとねー」
左腕に柔らかい感触。
雅が胸を触れるかどうかぐらいのギリギリの距離で近寄っている。
熱くなる股間。
「ふん…、それならパンストをビリビリに破かせろや」
「ほんと馬っ鹿じゃないの! せっかく格好いいと思ってんのにさー」
スタイルのいい雅がキャッシャー室を出て行く時、後ろから抱きつき尻に顔を突っ込んでやろうかと思う。
再び一人になり、タバコへ火をつけた。
ありがとうと感謝するぐらいなら、身体で示せよ、あのアマ。
プリプリするぐらいなら、腕におっぱいをおしつけんじゃねえよ……。
ちょっと現状を把握しよう。
前回の記事からまだこうして仕事中。
今現在で三十八時間目に突入。
四十四時間勤務も、今日の十九時には上がれそう。
あれ?
何で、早番のカズが十九時に来るんだっけ?
そうだ!
三田がハッピーに来た時、状況を聞きブチ切れてカズを電話で怒鳴っていた。
それであいつが十九時に出勤するようになったんだ。
あと六時間、俺は頑張ればいい。
また差し入れで超高級弁当をもらう。
これ食べて、残りを持ち堪えよう。
でも魚でなく肉の方が良かったな……。
ようやく激務から解放され、新鮮な外の空気を吸う。
自転車を手で押しながら進むと、左手にキミノヤが見えてくる。
暇そうな平田。
目が合ったので中へ入った。
「岩上さん、大丈夫ですか? 顔色かなり悪いですよ」
「だって前に来た時から今までずっと働いてたから」
「はあ? 二日ぐらい経ってんじゃないすか? 早く帰って寝たほうがいいですって!」
「グレンリベットおくれよー」
「駄目ですって! もう帰ったほうがいいから」
「リベットおくれよー」
溜め息をついてから平田はショットグラスに酒を注ぐ。
「これは俺の奢りです。これ飲んでさっさと帰って寝て下さい」
「四十四時間勤務のあとのグレンリベット十二年〜っ! 最高に旨いけど、超眠いっちゅ」
「ほら、だから早く帰って寝て!」
「もっとおくれよー」
「今日は駄目! 早く帰って」
「おくれよー」
「もう…、これで最後ですからね」
フラフラしながらキミノヤを出て、マンションへ向かう。
大通りは危ないので自転車を手で押しながらゆっくり進む。
何とか部屋へ辿り着き、布団へ倒れ込んだ。
いけないいけない。
まだ寝ちゃ駄目だ……。
最後の気力を振り絞ってマゲたちに餌を与える。
そのまま力尽き、うつ伏せのまま気を失うように寝た。
泥のように眠り目を覚ます。
何という爽快な目覚め。
ゆっくり風呂へ浸かる。
よく三大欲って言うけど、あれ絶対に間違いだよな?
食欲、睡眠欲、性欲と例えられるけどさ、人間の本質的には二大欲だ。
食べなきゃ生きて行けないし、寝ないと生活するのは無理だ。
その基本があってこそ、初めて性欲に繋がる。
どの視点で捉えてそう表現したのか知らないが、初めにそれを唱えた奴は人間的に薄っぺらだ。
変則勤務で今日は早番の時間帯に出勤するんだったっけ。
「な、何ですか、そ、それは! に、人間のこなすシフトじゃないですよ!」
俺が横浜ハッピーインカジ時代の話をすると、川崎は目を悪くして驚いている。
「だからここだと十二時間だけで済むじゃないですか。本当に天国みたいなものですよ」
「い、いやいや! じゅ、十二時間休まず働いて天国なんて、そ、そんな事言うの、あ、赤崎さんぐらいですよ、ウヒョヒョー」
彼が最も興奮した時に出るウヒョヒョという漫画のような笑い方が、俺は何気に好きだった。
本当にこんな笑い方をする人間がいるのかとキン肉マンに出てくる様々な超人たちを連想させる。
まず悪魔超人六騎士のサンシャインは「フォフォフォ」。
相棒のアシュラマンは「カカカー」。
こんな笑い方する奴はいねえよと言いたい。

完璧超人始祖のサイコマンは「ニャガニャガ」。
オメガケンタウリ六鎗客のマンキータマンは「キャミキャミ」。
戒律の神ランペイジマンは「テトテトテト」。
洞察の神マグニフィセントは「ムハムハムハ」。
俺の漫画『キン肉マン』についての知識…、マニア力は作者であるゆでたまごの島田先生からも、初期横浜時代フェイスブック上で『岩上さん凄い!』と言われた事がある。
これは俺が小学生の頃『週間少年ジャンプ』で企画された各週漫画家が連載をしつつ別に読み切りをもう一本載せるもので、ゆでたまごは当時『勇者ビックボディ』を描いた。

これはその前の年に『闘将拉麺男』を載せ、キン肉マンに出てくるキャラクターのラーメンマンが『フレッシュジャンプ』の連載に繋がった事もあり、俺はワクワクしながらゆでたまごのページをめくる。

結果から言えば『勇者ビックボディ』の人気投票はイマイチだったようだが、俺は各読み切りシリーズだとこの漫画が一番好きだった。
島田先生は当時を振り返り『本当に編集も酷い時代だった』と猛烈な激務だった事を告白。
しつこいファンが粘着で質問責めだったので、自分の知る知識をコメントし続け、島田先生から『岩上さん凄い!』と書かれたエピソードに繋がる。
つまり俺が何を言いたいか?
川崎のウヒョヒョは、これらゆでたまごの描く超人たちの笑い方に匹敵するだろう。
「ん? あ、赤崎さん、ひ、一人でニヤニヤしてど、どうしたんです?」
「いや、川崎さんの明るさは人間の心に火を灯すなあと思って」
「ウヒョ! そ、そんな事ないですって、ウヒョヒョー」
短いバージョンもあるのか。
褒められ慣れていない川崎は、俺の台詞で上機嫌。
橋本は俺たちの会話に興味無いような感じで、携帯電話で漫画を眺めていた。
そんな日常を過ごしながら迎えた十七日の土曜日。
起きると妙に頭が痛い。
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