※2026年8月12日 18:31時点
1850年1月、聖書一冊を懐中にしてドストエフスキーはオムスク要塞監獄に着いた。 そして4年間の服役に――。 思想犯として逮捕され、死刑を宣告されながら、刑の執行直前に恩赦によりシベリア流刑に処せられた著者の、四年間にわたる貴重な獄中の体験と見聞の記録。地獄さながらの獄内の生活、悽惨目を覆う笞刑、野獣的な状態に陥った犯罪者の心理などを、深く鋭い観察と正確な描写によって芸術的に再現、苦悩をテーマとする芸術家の成熟を示し、ドストエフスキーの名を世界的にした作品。 本書「解説」より 『死の家の記録』は、主題、人物、方法など、さまざまな意味において、後年の大作を生み出す母胎となったという点において、ドストエフスキーの作品系列の中で重要な位置を占めている。ドストエフスキーは兄宛の手紙の中で「ぼくは監獄生活から民衆のタイプや性格をどれほどたくさん得たかわかりません。浮浪人や強盗の身の上話をどれほど聞いたかわかりません!何巻もの書物にするに足るでしょう!」と述べている。 ――工藤精一郎(訳者) ドストエフスキー Фёдор М.Достоевский(1821-1881) 19世紀ロシア文学を代表する世界的巨匠。父はモスクワの慈善病院の医師。1846年の処女作『貧しき人びと』が絶賛を受けるが、1849年、空想的社会主義に関係して逮捕され、シベリアに流刑。この時持病の癲癇が悪化した。出獄すると『死の家の記録』等で復帰。1861年の農奴解放前後の過渡的矛盾の只中にあって、鋭い直観で時代状況の本質を捉え、『地下室の手記』を皮切りに『罪と罰』『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』等、「現代の予言書」とまでよばれた文学を創造した。 工藤精一郎 (1922-2008) 福島生れ。ハルビン学院卒。日ソ文化交流機関講師、関西大学教授等を歴任。著書に『ソ連の素顔』等、翻訳にトルストイ、ドストエフスキー、ツルゲーネフ等のロシア文学、また『ゴルバチョフ回想録』等がある。
※2026年8月11日 11:33時点