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伝統鍼灸は『創られた』か?


0.学会に参加して、そして引き篭もる

2025年10月11/12日 東京船堀で日本伝統鍼灸学会が開催されました。学会での個人的な思い出は後で述べるとして、ふと思うところがあり二日目は参加せず自宅にこもり、一冊の本とじっくり向き合うことにしました。その本がこちら。
…なかなか剣呑なタイトルであります笑

『創られた伝統』(エリック・ホブズボウム/テレンス・レンジャ1983年刊)近代以降、「伝統」がいかに意図的に創出されてきたかを、歴史・社会の両面から精密に解き明かした古典であり、今日まで多分野に強い影響を与え続けている

1. 日本伝統鍼灸への射程

実際文化人類学の文脈では、異国を事例とする分析が、自国の伝統を客観化するための有効な補助線として使用されることは珍しいことではありません。本書の主題はイギリスにおける「伝統(がいかに創られたか?)」ですが、これは日本「伝統」鍼灸のルーツをさぐる上で有用な議論だと言えます。

2. 「伝統」という言葉の定義
その強さと曖昧さ

今年5月に行われた東洋医学会、9月に20周年を迎えた社会鍼灸学研究会、そしてまた今回の伝統鍼灸学会でも複数の演題が扱い中心的議題となった「日本伝統鍼灸とは何か」について。もちろんこの小論一つで片付く話ではないのですが、本書を読んで少なくとも「伝統」ということが抱える矛盾した性質・課題を少し明確に表現することができるのではないか?と感じたのでした。あるいは
意外と認識している人が少ないのかもしれないとも

「伝統」は誰もが想起する語である一方、定義が曖昧なまま放置されがちです。おのおのが「私の伝統」を語れる状況は多様性の表れでもありますが、公共圏での議論では障壁となります。坂部昌明氏(明治国際医療大学)が社会鍼灸学研究会で述べた「内輪で好きにやっている分には問題ないのだが(ISO/TC249などの国際的な議論の場ではそうは行かない)」という発言は示唆的です。
国際・制度文脈では、定義が曖昧なままでは議論の俎上にすら載りません。実際、「伝統鍼灸」の立場の不明確さは日本東洋医学会・伝統鍼灸学会・社会鍼灸学研究会で繰り返し論点となり、ISOやJLOMの議論とも密接に関わっています。重要なのは、共通了解の形成を通じて初めて「伝統」が議論可能になるという点です。

3. 「慣習」と「伝統」の違いと政治性

本書の中核は「慣習」と「伝統」の区別です。

  • 慣習:文化・風俗として無意識に継承されるもの

  • 伝統:明確な意図や戦略と結びつき、象徴的・政治的な力を帯びるもの

象徴例として、タータンチェック、スコットランド高地文化、王室儀礼などが挙げられます。いずれも自然発生的ではなく、政治的意図を伴って構築されました。

3-1. ヴィクトリア朝インドにおける権威の表象

ムガル帝国の遺産とイギリス帝国を接続し、統治の正統性を演出。1877年の帝国議会(Imperial Assemblage)ではデリーを会場に選び、「インド女帝」の称号を発することで、多様な宗教・言語・慣習を包摂する帝国イデオロギーを可視化しました。支配層の忠誠固定(爵位・勲章)や建築・服飾・軍礼の象徴操作も徹底されました。

インド帝国成立を題材にとった、風刺画

3-2. 植民地下アフリカにおける「創り出された伝統」

間接統治の枠組みで首長制度を制度化し、「部族アイデンティティ」を創出。教育制度や軍事儀礼も含めて、伝統を「作る」ことで支配秩序を強化しました。

3-3. 伝統的タータンチェックは、実は織物業者の作成したパターンブックから急造された。

今日ではスコットランドの象徴とされるキルトやタータンも、ロマン主義的な空気と商業的な思惑、そして王室の政治的演出によって近代に「創られた伝統」でした。例えば18世紀初頭、イングランドの製鉄所経営者トーマス・ローリンソンは、自身の工場で働いていたハイランド人労働者のために、大きく扱いづらいフェリーモール(伝統的なキルト)を改良したといわれています。

タータンのルーツは1822年の国王ジョージ4世のエディンバラ訪問。この時は作家ウォルター・スコットが演出を担い、ハイランドの族長たちに「それぞれのクラン・タータン」をまとって王を迎えるよう促したのですが、そんなものは殆ど存在していませんでした。実際には多くの柄はそのときに織物業者によって新しく作られたか、あるいは「発見された」ことにされたものでした。なかには完全な創作もあったといわれています。

4. 「伝統」についての日本の批評空間

「伝統の意識化」は近年の輸入概念に限りません。日本でも、日本浪曼派や国体明徴運動が高まった1930年代に小林秀雄が先駆的に論じました。小林にとって伝統はスローガンではなく批評の実践であり、「近代を乗り越えるのは近代においてのみだ」という発言は情緒的ナショナリズムへの批判として知られます。小林は、無意識の継承としての習慣と、根源への連続を意識的に引き受けるものとしての伝統を区別し、この発想にはドストエフスキーの思想が強く影響しているとされます。

小林秀雄
1983年に亡くなった日本の思想家
晩年の大作『本居宣長』(1977年刊)で日本文学大賞受賞

4-1. ドストエフスキーと「根源への意識」

流刑以前のドストエフスキーは進歩主義的傾向をもち、革命結社関与で逮捕・シベリア抑留を経験。抑留地で多様なロシア人が『新約聖書』を唯一の精神支柱として抱く現実に触れ、ロシアの「どうしようもないもの」=根源的精神に直面し、「ロシアのキリスト」を見いだしました。これは『白痴』のムイシュキン公爵にも象徴されるように、「無垢で、どこかボーッとしている」存在が救済者たりうるという観念で、近代的イデオロギーから民衆(ナロド)と大地に根ざす精神性への転換を意味します。小林の伝統理解—無意識の習慣ではなく、根源との連続を意識的に見いだす—に深く影響したと考えられます。
(抑留体験は『死の家の記録』アウシュビッツを想起させるおどろおどろしいタイトルに反して、読みやすい名作です。)

5. 現代における伝統の射程と国際標準化

明治以降、日本は外来文化との接触や戦後のアイデンティティの揺らぎを経て、「伝統」をめぐる言説が繰り返し注目されてきました。現在、JLOMISO/TC249など国際標準化の場では、伝統鍼灸の立ち位置が焦点になっています。ISOの場で「伝統」は単なる文化ラベルではなく、医療制度・保険・用語・技術標準に直結する政治的資源として機能します。共通了解のない「伝統鍼灸」という語の使用は、国際的政策交渉で不利に働き得ます。

ISO/TC249参加国


6. 「伝統が作られたものである」という事実の重み

「伝統は作られたものだ」という指摘は、価値の否定ではなく、力学を正確に理解し主体的に扱うための前提です。伝統は文化遺産であると同時に、共同体の境界を定義し、アイデンティティを形成し、他者に対する象徴的「武器」にもなり得ます。起源を自然なものと誤解したままでは、伝統に従属するだけの立場に留まります。

7. 伝統鍼灸における批判的視点の必要性

伝統鍼灸では、古典や口伝を「守るべきもの」として固定化する傾向が見られます。しかし、それらは歴史的文脈のなかで再構築されてきたものです。疑うことは破壊ではなく再所有の第一歩であり、「伝統性」(継承・技術・敬意)を保ちながらも、物語は必要に応じて更新可能です。

8. 柳谷素霊と「再創造」としての伝統

折しも私の母校・東洋鍼灸専門学校の創設者柳谷素霊が「古典に帰れ」を掲げ、新古典主義を主張したのも1930年代でした。柳谷は戦後日本で伝統鍼灸を再構築した象徴的存在で、その立場は次の一節に端的に表れています。
鍼灸は古典に還り、事実求是・親試実験の精神によって、玉石混淆の古典理論を検証・洗い直し、真に臨床に資する理論を構築し、その科学化を探求する。
ここから明らかなように、柳谷の提唱は単なる古典回帰ではなく再創造でした。すなわち、臨床での検証科学的検討を大前提とする動的再編です。
ただし、「伝統」は批判精神の資源であると同時に、正統化の強力な道具にもなり得ます。特定団体や権威に独占されれば他の可能性を閉ざす危険がある。実際、日本の伝統鍼灸界では複数流派の対立・相互排除が確認され、その実態は昭和期のフィールドワーク(大貫ら欧米系文化人類学者)でも報告されています。

9. まとめのようなもの

『創られた伝統』は、伝統を神聖化も暴露もせず、その政治性・社会的力を見極める鋭い視座を与えます。「伝統は作られたものだ」という視点は、排他的な「正統性」を問い直す批判的ツールです。伝統を批判的に問うことは失うことではなく、自らの手に取り戻す営みである。伝統鍼灸を含む現代社会において「伝統」を語るには、この批判的まなざしが不可欠だと感じます。

10. 伝統鍼灸学会とわたし

2025年10月11〜12日に開催された日本伝統鍼灸学会は、学生時代以来の参加でした。受付は変わらず5階。エスカレーターで上がる途中、手にパンフレットを握りしめて階下へ向かう学生の一団が見えて、かつて会場アシスタントとして緊張でガチガチだった自分を思い出し、どこか懐かしい気持ちになりました。
学会では大変有意義な時間を過ごしました。欧州の研究者であるStephen Birch氏と直接お話しして連絡先を交換でき、K.S先生の欧州講演にひょっとしたら同行させていただけるかもという嬉しいご提案もいただきました。
温めていたテーマは、伝統鍼灸の若き旗手であるK.Y先生と議論を交わすことができ、しかもK.Y先生から「ちょうど話してみたいと思っていました」と言っていただき、たいへん光栄でした。
母校の先輩ともばったり再会して話し込み、懇親会では学生に先輩風を吹かせてみたり、新しい知り合いも何人かできました。

臨床歴が私の年齢より一回りもありそうなあたたかな大先生方、そして奇抜な手技に目を輝かせる学生たち。何より、この空間とイベントを長年かけて形づくってきた多くの先生方の存在、本当に素晴らしいと思います。どうかこの場所がこのまま続いてほしい。
これは「伝統がどうこう」という難しい議論とは別に、私個人が素直に抱いた感情です。

伝統鍼灸学会にてStephen Birch氏と通訳の方と私

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