【日記:死の家の記録篇】2026年3月31日
ケアマネの仕事をしていて、モニタリングのために毎月、利用者の家を訪問していると、ある利用者の家に行くときは必ず雨が降るという迷信めいた現象が起こることがある。前の職場で、そういうことがあったのだが、今の職場でも、また、同じような目に遭っている。
「降星森記」という短編集を作って、文学フリマなどで売っている。独立した5つの短編小説と、連続小説を1つ収録している。5月4日の文学フリマ東京42では、その第2集を並べる予定で、今、作業中。昨日は、「雨の中で芽吹く街」という物語の校正を行った。椎名林檎の「闇に降る雨」のオマージュという位置づけなのだが、とっさに思いついただけで、それほど関連性はない。ただ、「無罪モラトリアム」と「勝訴ストリップ」は、当時、良く聴いた。良く聴いたというだけではない、長い間、一日中そればかり聴いていたという日々があった。久々に聴いてみた、米米クラブの「KOMEGUNY」も聴きたくなった。これも、10代のころ、良く聴いていた。米米クラブと椎名林檎の曲を、「祝祭」をテーマにした一つの系譜として関連づけてみるのも面白いかもしれない。
4月から、ドストエフスキーの『死の家の記録』を読んでいこうと考えている。それと並行して、ジョイスの『ユリシーズ』を読む。
シベリヤとは、いかなる場所なのか。日本から遠く離れた極寒の地。雪に覆われた流刑地として、罪人が集まってくるところ。それでも、千人から二千人は住んでいるらしい。その中には、警察署長や地方議員もいるし、役人もいる。貴族もいる。大自然が剥き出しになっている場所にも、町があり、人々の暮らしがある。
『死の家の記録』は、ドストエフスキーが大作を生み出すことになった母胎であり、ツルゲーネフ、トルストイ、ゲルツィンといった当時のロシア文学者たちにも最高傑作であると評価された作品らしい。
『ユリシーズ』は、第4挿話カリュプソに突入。しかしまず、あらすじを読んだだけで、ウヘーッとなってしまった。なぜなら、ブルームが朝食で、豚の腎臓を食べてるんだもの。あまり焼肉に詳しくないので、そもそも、豚の腎臓なんて食えるのかと疑問に思い、知らべてみると、豚のマメといって、フツーに売られて、フツーに調理されていることがわかった。あえて、食べたいとも思わないのだが・・・。それをブルームは朝の8時から食している。なんて、タフな奴なんだ。
ブルームは38歳の広告営業マン。父は、ハンガリーから移住したユダヤ人。18年前に自殺。妻のマリアン・ブルーム(通称モリー)との間には、ミリーという愛称の娘がいる。ミリーが生まれるまえに、ルーディという名の息子もいたが、生後すぐに死亡したという。父と息子の死に挟まれたブルームも、スティーヴン同様、身内の死という十字架を背負っている。
タイトルのカリュプソ―は、巨人アトラスの娘。オーギュギアー島の洞窟に暮らす。この島は孤島であり、訪れる者はいなかったが、様々な苦難の果てに、オデュッセウスは島に漂着した。そして、二人は恋に落ちた。ただ、7年経って、オデュッセウスは島の暮らしに飽きてしまったらしかった。
