死の家の記録(ドストエフスキー)のクリスマス
今年もクリスマスがやって来ました。
街はイルミネーションの輝きにあふれ、道行く人々の表情もウキウキと明るくなる、素敵な時期ですね。
マライヤ・キャリーの歌のように「クリスマスに欲しいのはあなただけ」的なことを囁き合うカップルも多いのでしょう。喜ばしいですね。
折角なので、今日はクリスマスにぴったりの素敵な小説をひとつ紹介したいと思います。
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーの『死の家の記録』です。
ドストエフスキーは思想犯として死刑を宣告され、後に恩赦されてシベリア流刑に処されました。懲役囚として監獄に入れられたのです。彼はおよそ5年間の懲役を終えてから、この壮絶な体験を元にした作品を書き綴ります。それが『死の家の記録』です。
ドストエフスキー作品といえば『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』が有名ですが、私はこの『死の家の記録』も傑作だと思っています。文学的価値とかそういう堅苦しいことは専門じゃないのでよく分かりませんが、単純に面白いので。
話は変わりますが、皆様は「ひたすら穴を掘って埋めるだけの拷問」をご存知でしょうか。
旧ソ連で実際に行われていたらしく、聞くところによると、無益で無意味な労働を延々強いることで、肉体的にも精神的にも追い詰めるという趣旨の拷問とのことです。
『死の家の記録』にも、似たような話が出てきます。
囚人が行うレンガ作り、土掘り、漆喰塗り、建築といった仕事には、ちゃんとした意味と目的があるのだ。だから時には囚人も仕事に興味を覚え、器用に、手早く、上手に仕上げようとする。だがもし同じ囚人に、たとえば一つの桶から別の桶に水を移し、その桶からまたもとの桶に移すとか、ひたすら砂を槌で叩くとか、一つの場所から別の場所に土の山を移して、また元に戻すといった作業をやらせてみれば、きっと囚人は何日かで世をはかなんで首を吊るか、それともそのような屈辱、恥、苦しみから逃れるためならいっそ死んでもいいと、自棄になって犯罪をし散らかすことだろう。
「ブルシット・ジョブ」という概念が提唱されて久しいですが、19世紀の帝政ロシアでは、無益な労働はブルシットどころか拷問でした。
今味わってる苦しみも、いずれ何かの役に立つ。何かしらの形で報われる。そう信じている限り、人は前を向くことができるのでしょうが、降りかかる苦痛に何の意味も意義も見出だせなくなった時、人は案外簡単に折れてしまうものなのかもしれません。
ドストエフスキーの得意技は、人が抱く希望や絶望の根源的な部分を活写することです。加えて『死の家の記録』は監獄生活の描写が凄まじく、ドキュメンタリー的な面白さがあります。随筆ではなく、あくまで小説ですけども。
文庫本でも結構分厚いので、読むハードルが高く思われますが、一度読み始めるとグイグイ引き込まれます。そして、ここからが本題なんですが、この作品のクリスマスの場面がとても素晴らしいんです。
大きな祝祭の日々は、ごく幼い頃から、庶民の記憶にはっきりと刻み込まれているものである。それはつらい仕事を休んでくつろぐ日であり、家族が集う日だからである。監獄の中では、そうした思い出が切なくやるせない気持ちを伴うのも、また当然であった。晴れの日を大事に思う気持ちが、囚人たちの間では一種の作法にまでなっていて、浮かれ騒ぐ者は多くなく、皆まじめな顔つきで、多くの者はそもそも用事などほとんどないくせに、なんだか用ありげな様子をしていた。暇な遊び人たちでさえ、一所懸命威厳らしいものを保とうとしているのだった……。
囚人たちのほとんどは貧しい農民の犯罪者で、アウトローの集まりです。生まれも育ちも良くありません。罵り合いや喧嘩は日常茶飯事。そんなやくざ者たちも、降誕祭(クリスマス)の日だけは、しっかりしようと心がける。争い事をやめて、楽しい祝日を壊さないようにお互い気を配る。『死の家の記録』の中で最も静謐で、美しい時間が流れているのが、このクリスマスの日なんです。
囚人たちのこうした気分のあり方は瞠目すべきもので、感動さえ覚えた。大いなる祝日に対する生まれながらの敬虔の念に加えて、囚人たちは無意識に感じていたのだ──この祭りの日を祝うことによって、自分はいわば世の中の人全部とふれあっている。ということは自分も、完全に世から見捨てられ滅びた人間ではないし、切り離されたパン切れなんかではなく、たとえ監獄の中にいても、世間にいるのと同じなのだと。
罵声や嘲り声、喧嘩の声が絶えない檻房も、クリスマスの日だけは静かになり、皆が礼儀正しく振る舞います。あまつさえクリスマスを祝う挨拶が囚人同士で交わされ、普段の殺伐とした雰囲気が皆無で、監獄の全員がこの祝日を大事にしていることを、読者は語り手を通じて明確に理解します。
ところで、主人公のゴリャンチコフは貴族で地主です。つまり農民の囚人たちからすれば「ご主人様」「旦那様」に当たる人種であり、ほとんどの囚人から冷淡な扱いを受けます。地主は搾取する側ですから。当然のごとく虐められます。
中には世話好きの変わり者がいて、助言を与えたりしてサポートする奴も現れるのですが、基本的に全員から悪意と憎悪を向けられます。やるせないですね。
作者のドストエフスキーも地主の息子だったので、きっと同じような体験をしたのでしょう。余談ですが私にも似た経験があります。就職先が、高卒や専門卒の方の多い所で、大卒の私は「親に高い学費出してもらって、散々遊んできたんだろ」などとたまに言われました。
「お前が親のスネかじって大学で遊んでた時と同じ歳で、俺は子ども2人と嫁養ってたけど?」と言われたこともありました。何も言い返せませんでした。
そのような言葉を直接口にしなくても「お前はアレだもんな、俺らとは違うからな」という態度が透けて見えることも多く(自意識過剰かもしれませんが)、疎まれてることを自覚せずにはいられませんでした。あるいは、心を開こうとしなかったのは私の方だったのかもしれません。人を見下す傲慢さが、無意識の内に言葉と態度に滲み出ていた可能性を、私は否定することができません。
話を元に戻します。主人公・ゴリャンチコフは貴族という出自ゆえに孤立します。獄中での交友(?)関係も、当初ほとんどありませんでした。しかし降誕祭(クリスマス)の朝のこと、そんな彼に声をかける囚人が現れます。
炊事場のすぐそばで、毛皮の長外套を肩に引っかけた軍事犯檻房の囚人が一人、私に追いついた。まだ内庭の中ほどから私の姿を認め、「ゴリャンチコフさん! ゴリャンチコフさん!」と声を掛けてきたのだ。(中略)丸顔で穏やかな目つきをした青年で、誰に対してもきわめて無口、私とはまだ一言も口をきいたことはなく、入獄以来何の関心も寄せられた覚えはなかった。私はこの青年の名前さえ知らなかったのである。
「何かご用ですか?」
前に立った相手がにこにこしながら、目を見開いてこちらを見つめるばかりで、いっこうに口を開こうとしないので、私は幾分驚いてそうたずねた。
「いえ別に、降誕祭が……」相手はそんなふうにつぶやいたが、それ以上何もしゃべるべきことがないのに自分で気づくと、私を見捨ててさっさと炊事場めがけて立ち去った。
ついでに言っておくが、この後監獄を出るそのときまで、二度とこの青年と一緒になったことはないし、互いにほぼ一言も口をきかなかったのである。
私はこのシーンが大好きです。クリスマスという特別な日に、今まで喋ったこともない囚人に声をかけられ、結局それっきり何も話さず終わるという、とてもささやかなエピソード。人生の後の方になって思い出されるのは、案外このような小さな出来事なのかもしれません。
ドストエフスキーの文学はとても暗いです。しかし、暗いからこそ、闇の中に小さく光っている思い出の断片がこんなにも優しく、かけがえのないものとして目に映るのでしょう。
クリスマスのイルミネーションは、暗い夜の中だからこそ輝くんです。たとえ死の陰の谷を歩むとも、頭上にはきっと、谷間の空に星が輝いていることでしょう。暗いからこそ光るものもある。ドストエフスキーの文学はそんなことを教えてくれているように思います。
『死の家の記録』、おすすめです。是非クリスマスに読んでみて下さいね。
