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死の家の記録(ドストエフスキー著 工藤精一郎訳) を読んだ感想

 約150年前の帝政ロシア時代、シベリアの刑務所を舞台にした作品である。この作品は著者のシベリア流刑の経験が主にベースと成っている。
そして筆者が「罪と罰」でも「カラマーゾフの兄弟」でもなく、何故、この作品の感想をまず書くのかというと、面白くて自分が大好きなドストエフスキーの作品だからである。「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」の方が有名だろうが、あまりに長い作品だし面白いが語る事が多すぎる。当作品の主人公は妻を殺して10年の刑期を言い渡されたある貴族である。彼がその刑務所での生活がどのようなものであるのか、何を考え、思ったかを詳細に語っていくのだがこれがかなり面白い。刑務所の中でも貴族は逆に差別されること、犯罪者でもかなり良心的な人物(入所して不安な際、励ましてくれたタタール人、聖書に詳しくずっと神に祈っている老人など)が多くいること、仕事や刑務所内での博打の様子。なかでも出て来る人物が面白い。何人か挙げられるが筆者が印象に残った人物を何人か紹介したい。まず、一人目がガージンという人物である。彼は "刑務所内" で "酒屋のおやじ"をやっていて(この酒を密輸する描写もかなり面白い)がめつく儲けている。屈強なタタール人で残忍で主人公に云わせれば大きな蜘蛛の様な怪物を想像させる。
普段は物静かで、それも俺がわざわざこんな奴らに声をかけるまでもないといった感じ。しかし酒を飲むと一気にその残忍性、人を人とも思わない性格が表れる。最初は周りを聴くに耐えない言葉で罵り、最終的には誰彼構わずナイフを持って飛び掛かる。これだけでも恐ろしい話だがその先が凄い。
そうなったらもうどうしようもないから10人位で棒やら何やら得物を持って彼を襲い、メッタ打ちにするのだ。みぞおちや顔、その他様々な急所もお構いなし。そして気絶したら外套(コート)だけ掛けてやる。他の者なら
そのまま死んでしまうが、翌朝にはケロリと起き上がり、ぶつぶつ云いながら刑務作業へ行く。だからガージンが酒を飲んだ日は殴られて半殺しの目にあって気絶するのがオチ。中々に強烈な話だ。二人目がアレイという異教徒の青年、少年に近い青年なのだが、とにかく美しい。彼は兄たちのことを尊敬していて一緒になってロシア人の集落を襲撃した罪でここへやってきたが、本人は高潔。性格の美しさがその顔に表れていて主人公も彼の顔を観るのが好きだったと語る。そして主人公は彼が賢いのを知りロシア語を教える。そして聖書しか教科書がない中で彼はロシア語の読み書きをマスターする。そして最初はよそよそしかった兄たちも主人公に感謝して優しく接する様になる。別れの際にはあんたは俺に感謝しても感謝しきれないことをしてくれたとお互い涙する。刑務所でもこういった人間同士の心温まる交流がある。その他にも良心というものを一切持たない男や、軽い刑だったのにだまされてここにやって来た男、陽気な屯田兵あがりの男、とにかく几帳面で自分が正義だと信じて疑わない元貴族の男、三つ目とあだ名される少佐などいろんな人物が物語を彩るのだが、書いていけばキリが無い。
 ただ筆者が思ったのが "死の家の" 記録と成っているが囚人たちが基本いきいきしていること。酒を飲んだり、博打をしたり、手仕事に精を出したり、クリスマスを祝って本格的な劇をやったり。もちろん死にゆく囚人の姿や恐ろしい列間笞刑(れつまちけい。文字通り笞の列を歩かされる)の様子も描かれているが、あのソビエト時代の恐ろしいシベリア流刑と比べればかなり違ったイメージだ。ガチガチの身分制、農奴も存在していた帝政ロシアの刑務所が意外ときつくないというかちょっと楽しそうで、人民の平等を謳ったソビエトロシアの刑務所が地獄そのものだったのは一種の皮肉だろう。ドストエフスキーの作品が好きな人、刑務所モノ("心躍る" 脱獄シーンはないけど。主人公は普通に刑期を勤め上げて出所する)が好きな人は当作品を読んでみてはいかがだろうか。

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