【利益相反管理実務(33)】「名目」があると見えにくくなる利益相反―肩書・対価・情報提供の事例から考える
利益相反というと、現金提供や接待のように、外から見ても分かりやすい関係を思い浮かべるかもしれませんが、実務で難しいのは、もっともらしい「名目」が付いている場面です。
名目は、例えば、非常勤講師、客員研究員、共同研究者、奨学寄附金、講演料、市販後調査費、業務委託費、手術動画、症例報告、技術資料などです。
いずれも、それ自体が直ちに問題になるものではありません。
教育、研究、医療技術の向上、製品の適正使用、安全性の確認のため、正当と評価しうるケースもあります。
ただ、名目と実体のずれが生じているケースは問題です。
この記事では、公開資料で確認できる国内外の事案を手がかりに、もっともらしい名目の下で、何が見えにくくなるのかを整理します。
1.「名目」は、何を見えにくくするのか
もっともらしい名目が付いている場面では、利益相反リスクを大きく三つに分けて考えると整理しやすくなります。
一つ目は、肩書や立場が、実際の関係を見えにくくする場面です。
企業社員や外部者が、大学や病院の肩書を持つことで、その人が何者として関与しているのかが分かりにくくなる場合があります。
二つ目は、対価や資金の名目が、製品の使用・購入・処方との関係を見えにくくする場面です。
奨学寄附金、講演料、コンサル料、市販後調査費、業務委託費などは、いずれも正当な名目として存在します。
しかし、そのお金が何に対するものなのか、製品の使用や採用の判断と結びついていないかを確認する必要があります。
三つ目は、情報提供の名目が、患者情報や病院資源の外部利用を見えにくくする場面です。
手術動画、症例報告、診療画像、検査データ、技術資料などは、医師個人や研究者個人の判断だけで外部に提供してよいものとは限りません。
名目だけを見れば、いずれも正当な関係に見えることがあります。
だからこそ、利益相反管理では、名目ではなく、実際に誰が、何に、どのような立場で関与しているのかを確認する必要があります。
2.肩書・立場型
その人は、何者として関与しているのか、まず問題になるのは、肩書です。
医薬品の臨床研究をめぐる過去の事案では、製薬企業の当時の社員が、大学非常勤講師の肩書で臨床研究に関わっていたとの指摘が、厚生労働省の報告書で取り上げられています。
同報告書では、製薬企業の元社員による臨床研究の統計解析業務への関与や、研究者の利益相反に関する透明性が確保されていなかったことも指摘されています。(ディオバン(バルサルタン)事案。資料1)
大学の肩書があるからといって、中立の立場になるわけではないことに、注意が必要です。
企業に所属している人が、大学や病院において非常勤講師、客員研究員、共同研究者などの肩書を持つこと自体が、直ちに問題になるわけではありません。
実際に教育・研究上の必要があり、職務内容、勤務実態、企業との関係、研究上の役割が明確であれば、適切に整理できる場合もあります。
しかし、肩書だけが前面に出て、企業所属であること、対象製品との利害関係、データ・解析・論文作成への関与が見えにくくなると、研究の独立性への信頼が損なわれます。
実態と合わない肩書は、利益相反を見えにくくする要因になります。
大学・病院側としては、企業社員や外部者に肩書を付ける場合、その肩書が実際の職務内容に合っているかを確認する必要があります。
勤務実態や役割が記録されているか、企業での所属や企業製品との関係が開示されているか、データ・解析・評価・公表にどこまで関与するのかも重要です。
3.対価・資金型
次に問題になるのは、対価や資金の名目です。
例えば、奨学寄附金、市販後調査費、業務委託費、講演料、原稿料などです。
いずれも、それ自体が問題なのではありません。
教育・研究への支援、製品の安全性確認、専門的知見の提供、情報発信への協力として、正当化できる場合もあります。
ただ、名目が整っていることと、実体が適切であることは別です。
第25回でも見たように、外形上は適法に見える名目でも、実質として特定製品の採用、使用、処方、購入の誘引と結びついていれば、利益相反管理上の問題になります。
また、国内の大学病院をめぐる事案で、奨学寄附金が、特定医薬品の使用量増加や医療材料の選定に関する便宜供与との関係で問題となった例があります。(三重大学奨学寄附金事案, 東京大学整形事案。資料2, 3, 4)
また、医療機器分野では、市販後調査の業務委託費等の名目で医療関係者に金銭等が供与され、公正競争規約上の厳重警告を受けた事案が公表されています。(ゼオンメディカルによる販促目的PMS事案。資料5)
ここで確認すべきなのは、寄附金や調査費という制度そのものの是非ではなく、下記のような点です。
・本当に必要な業務か否か
・成果物や作業量に対して、支払額は妥当だったか
・製品の採用、使用、処方、購入の判断と切り離されていたか
・支払先は適切で、契約・院内の承認・利益相反申告などの手続が遵守されているか
こうした点を、組織として後から説明できるかが重要です。
個人であれば、講演料や原稿料について説明できるのか、のチェックも必要です。
第31回では、企業協力イベントでの研究者の講演が、製品展示や企業による説明と一体となることで、販促活動の一部に見えるリスクを扱いました。
海外では、医師向けの講演会や教育プログラムという名目が、実質的には特定薬剤の処方を促すための利益提供として問題化した事案があります。
米国司法省は、いわゆる “sham speaker program(虚偽の講演プログラム)” を通じた賄賂・キックバックや、処方を誘導するための企業から医師への支払いについて公表しています。
(インシス・セラピューティクス社(Insys Therapeutics)のSubsys事案。資料6, 7)
第14回で述べたように、利益相反管理では、本人の誠実さだけでは十分ではありません。
対価・資金型で問われるのは、金銭の名目ではなく、その対価の実体です。
そのお金が何の業務に対する支払いで、どの判断から切り離されていたのかを、組織として説明できることが重要です。
4.情報提供型
次に、診療情報の外部提供の問題です。
手術動画提供事案では、個人情報保護委員会が、医療機器メーカーに、眼科手術の際に患者の身体の一部を含む術野を記録した手術動画が提供されていた事案を端緒として、同社および全国60の医療機関に対し、手術動画の管理・取扱い状況について報告を求めました。(スタージャパンへの手術動画提供事案。資料8)
その結果、一部の医療機関から取得した手術動画に患者本人の氏名等が記録されていたこと、手術動画を個人データとして管理していた医療機関の一部で、第三者提供を行う際に患者本人の同意を取得していなかったこと、医師が医療機関(個人データの保有主体)に無断で手術動画を提供していたことなどが指摘されています。(資料8, 9)
また、一般社団法人日本眼科医療機器協会の資料では、本件を不当な取引誘因にあたる不祥事として、重く受け止めています。
医師に対して「動画キャンペーン」と称する不当な金銭提供が行われたもので、実態はPMS(市販後調査)の代替となるキャンペーンだったことが明らかになっています。
このことが、自社製品の購入を促す「不当な取引誘引」にあたる「重大な規約違反事例」と判断され、医療機器業公正取引協議会により規約違反措置基準における極めて重い厳重警告の措置がとられ、公表に至りました。
(資料10)
ここで重要なのは、手術動画を「医師個人の技術資料」と見ないことです。
診療の過程で作成され、患者を識別し得る情報を含むのであれば、医療機関として管理すべき情報になります。
たとえ医師が撮影・保有しているように見えても、企業への提供を医師個人の判断だけで決められるとは限りません。
このことは、症例報告、診療画像、検査データ、手技動画、院内で作成された技術資料にも共通します。
企業が製品の改良、教育、適正使用、研究協力を目的として情報提供を求めること自体はあり得ます。
ただし、その場合でも、患者への説明や同意の要否、医療機関としての承認、個人情報・個人データとしての管理、企業側の利用目的、対価の妥当性を確認する必要があります。
あわせて、その情報提供が企業の製品・サービスの販売促進や院内での採用の判断と結びついていないか、契約や記録が残されているかも確認すべきです。
診療情報の外部提供は、研究者個人・医師個人の裁量だけで処理してよい問題ではありません。
病院・大学として、情報管理、契約管理、利益相反管理を一体で見ていく必要があります。
5.まとめ
今回取り上げた事案に共通するのは、肩書、寄附金、調査費、講演料、情報提供といった名目があることで、かえって企業との関係や判断への影響が見えにくくなる点です。
企業との連携や、対価を伴う業務、情報提供自体が問題なのではありません。
確認すべきなのは、誰がどの立場で関与しているのか、そのお金は何に対するものか、その情報は誰の管理の下で、何の目的に利用されるのかという実体です。
利益相反管理では、名目や形式的な手続だけでなく、名目と実体が一致しているかを組織として確認し、その判断を記録し、後から説明できることが重要です。
関連する連載回
・寄附金や調査費などの「名目」と取引誘引のリスク(第25回・第31回へ)
・主観的な「誠実さ」から客観的な「説明可能性」へ(第14回・第15回へ)
・肩書・情報の提供と「資源流用」の考え方(第9回・第21回・第2回へ)
・レピュテーションリスクの日常化(slippery slope)とガバナンス(第12回・第13回へ)
・手術動画や診療情報の組織的管理(第28回・第29回・第30回へ)
参考資料(本文中の資料番号に対応)
厚生労働省「高血圧症治療薬の臨床研究事案を踏まえた対応及び再発防止策について(報告書)」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000043426.pdf小野薬品工業株式会社「三重大学医学部奨学寄附金問題に関する外部調査委員会報告書」
https://www.ono-pharma.com/sites/default/files/jp/news/%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%20.pdf東京大学「本学教員の起訴を受けて」2025年12月11日
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0508_00125.html東京大学「プロセス検証委員会報告書(公表版)」2026年3月31日
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400284954.pdfゼオンメディカル株式会社「医療機器業公正取引協議会による当社に対する措置公表について」2024年8月26日
https://www.zeonmedical.co.jp/topics/pdf/pdf_2024_8_26.pdf.pdfU.S. Department of Justice, “Opioid Manufacturer Insys Therapeutics Agrees to Enter $225 Million Global Resolution of Criminal and Civil Investigations,” June 5, 2019
https://www.justice.gov/archives/opa/pr/opioid-manufacturer-insys-therapeutics-agrees-enter-225-million-global-resolution-criminalU.S. Department of Justice, “Founder and Former Chairman of the Board of Insys Therapeutics Sentenced to 66 Months in Prison,” January 23, 2020
https://www.justice.gov/usao-ma/pr/founder-and-former-chairman-board-insys-therapeutics-sentenced-66-months-prison個人情報保護委員会「手術動画提供事案に対する個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」2022年11月2日
https://www.ppc.go.jp/files/pdf/221102_houdou_2_1.pdf個人情報保護委員会「『医療機関における個人情報の取扱い』に関する注意喚起」2022年11月2日
https://www.ppc.go.jp/files/pdf/221102_houdou_2_2.pdf日本眼科医療機器協会「眼医器協コンプライアンス委員会の取り組みについて」
https://www.joia.or.jp/annual_report/annual-report-2023/p7/日本眼科医療機器協会「不適切な金銭提供、他不当な取引誘引による不祥事を二度と起こさないために」2022年8月10日
https://www.joia.or.jp/wp-content/uploads/2023/03/69d194640b4399c5bf0ab43f10e22bc5.pdf
2026年7月11日投稿
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