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【利益相反管理実務(29)】医療データ・試料の提供契約と説明責任─契約で何を明確にするか

第27回では、病院が保有する医療データ・試料の利用類型を確認しました。
また、第28回では、企業から利用の相談を受けたとき、提供前に何を確認すべきかを整理しました。

本シリーズ(第27回〜第30回)は、
 ・現在進行形の産学連携を類型化して整理(第27回
 ・提供前に確認すべき実務指針と対価設定(第28回
 ・契約で明確にすべき事項と社会的説明責任(第29回, 本稿)
 ・5つの事例から考える実務上の論点(第30回
という三段階+事例で、組織としての管理のあり方を考えます。

本稿では、その次の段階として、医療データ・試料を企業等に提供・利用させる契約で、何を明確にしておくべきかを取り上げます。

医療データ・試料の提供では、提供時点だけでなく、提供後に企業が何をできるのかを確認する必要があります。
特に、AI学習やRWD解析、検体利用のように、利用後の成果が企業側に残る場合には、成果物の取扱い、再識別の禁止、安全管理、病院名・大学名の使用、契約終了後の対応をあらかじめ定めておくことが重要です。
また、法制度の見直しが進む中でも、患者・社会に対して説明できる状態をどう作るかが問われます。


1.契約では、利用後の展開まで先に確認する

(1)提供目的は「研究目的」だけでは足りない

医療データ・試料の提供契約で確認すべきなのは、提供後に企業が何をできるのかです。

第27回で整理したように、企業側のニーズは、探索研究、創薬、診断法の開発、AI学習、SaMD開発、治験の設計、承認申請、製品化、市販後利用まで広がっています。
したがって、契約書で提供契約の目的を「研究目的」と書くだけでは不十分です。

特に、次の点は明確にする必要があります。
 ・利用目的
 ・利用範囲
 ・目的外利用禁止
 ・第三者提供、再提供、委託先利用
 ・海外提供
 ・AI学習、再学習、派生成果物の取扱い
 ・商業利用、承認申請利用、市販後利用の可否
 ・成果物、知財、ノウハウの帰属
 ・論文、学会発表、プレスリリース
 ・広告、営業資料、投資家説明への利用禁止または事前承諾
 ・病院名、大学名、診療科名、研究者名の使用
 ・安全管理措置、アクセス管理、再識別禁止
 ・監査、報告、インシデント対応
 ・契約終了後の削除、返却、二次利用禁止

AMEDの支援を受けた研究開発課題を対象とする研究開発データ利活用ガイドラインでは、制限共有の場合、共有先に対して目的外利用の禁止や第三者提供禁止の義務を課す必要があるとされています。
また、データを企業等の第三者に共有・提供するためのデータ利用許諾契約書ひな型について、AMEDの事前承諾を得てからデータ受領者に提供データを提供していることを担保するものと説明されています。
(資料1)

(2)企業側に残る成果物の取扱いを決めておく

AI開発、RWD解析、検体利用では、病院が提供したデータや試料そのものだけでなく、データや試料をベースに企業側に生じる成果物の取扱いが問題になります。
ここでいう成果物には、学習済みモデル、アルゴリズム、解析結果、評価レポート、検体解析データなどが含まれます。

たとえばAI開発では、病院が提供した画像データが、企業側の学習済みモデルやアルゴリズムの一部として残ることがあります。その場合、契約終了後も企業側に当該モデルを残してよいのか、追加学習に利用できるのか、第三者に提供される製品・サービスに組み込めるのかを確認する必要があります。

レジストリ・RWDの利用では、企業が取得した解析結果が、治療実態の把握だけでなく、治験設計、対象患者の推計、承認申請の資料、市販後安全対策、マーケティング資料に接続する可能性があります。
そのため、契約書に「研究目的での解析」とだけ記載するのではなく、企業が解析結果を承認申請、販売促進、営業資料に利用することを認めるのか、これらの利用には病院・大学の承諾を別途必要とするのかを、契約上明確にしておく必要があります。

バイオバンクや検体の利用では、企業による解析の過程で、試料そのものが消費される場合があります。
そのため、企業が試料をどの目的で利用するのか、どの解析項目まで実施できるのか、残余試料をどう扱うのか、再解析や二次利用を認めるのか、第三者への再提供を認めるのか、解析データの帰属をどうするのかを確認する必要があります。
有限な試料を特定企業に利用させる以上、病院・大学として、なぜその企業にその利用を認めたのかを説明できる状態にしておくことも重要です。

関連する連載回

データそのものだけでなく、そこから派生した学習済みモデルや解析結果を、適切な対価や制約なしに企業に独占させることは、大学の無形資産を企業の営利活動に供する資源流用のリスクを孕んでいます。
資源流用の考え方は第9回を、ブランド資源の流用への対応については第21回を参照してください。

(3)ゲノム情報等では、再識別の禁止と安全管理責任を明確にする

ゲノム情報など、再識別リスクや機微性の高いデータを扱う場合には、安全管理措置と再識別禁止を契約上明確にする必要があります。

NIHは、ヒトゲノムデータ利用者に対し、研究参加者のプライバシーを保護する形でデータを管理・保護することを求めています。
また、オープンアクセスデータの利用者にも、個々の研究参加者を特定しようとしないことを求めています。制
限アクセスデータ(Controlled-access data)については、承認された利用者と所属機関が、データの機密性、完全性、安全性を維持する責任を負うとされています。
さらにNIHは、利用者がクラウドサービス事業者や第三者のITシステムを利用してデータを保存・分析する場合でも、問題が生じた場合は、クラウドサービス事業者等ではなく利用機関側に責任があるとしています。
(資料2)

この考え方は、大学病院が企業に医療データ・試料を利用させる場合にも参考になります。
契約では、再識別の禁止、他データとの照合禁止、アクセス権限、保存場所、クラウド利用、委託先管理、インシデント報告、契約終了後の削除・返却について具体的に定める必要があります。

関連する連載回

企業にデータを渡して終わりにせず、学術側の著者が一次データにアクセスし、分析に参加できる権利を確保することは、学術発表の信頼性を守る国際的な最低ラインです。
ICMJE(医学雑誌編集者国際委員会)が求めるデータアクセスや説明責任の基準は、第20回で詳しく解説しています。

(4)名称使用は、広告・営業利用と分けて確認する

企業が医療データ・試料を利用する場合、病院名・大学名の使用についても契約上確認しておく必要があります。

「○○大学との共同研究」「○○病院データを使用」「大学監修」などの表示は、社会的には、病院・大学が製品やサービスの有用性を保証しているように受け止められることがあります。

特に、論文で研究協力を示す場合と、企業の営業資料やWeb広告で製品の信頼性を示す場合とでは、意味が異なります。
学会発表やプレスリリースでの使用も、研究成果の公表なのか、製品・サービスの宣伝に近いものなのかを確認する必要があります。

企業による病院名・大学名の使用は、すべて同じ扱いにするのではなく、使われる場面ごとに分けて確認する必要があります。
たとえば、論文で研究協力の事実を示す場合と、Web広告で製品の信頼性を示す場合とでは、社会的な受け止め方が異なります。

そのため契約では、病院名・大学名を使用できる場面をあらかじめ限定し、営業資料、Web広告、投資家向け説明など、販売促進や信用補強につながりやすい利用については、病院・大学の事前承諾を必要とする形にしておくことが重要です。

関連する連載回

連携企業への「謝意の表示」と、企業の「広告・営業活動」への大学の信用の借用を切り分ける実務のポイントは、第26回で整理しています。
また、大学名が不適切に広告に流用された際の初動対応の手順については、第21回が実務的なガイドとなります。

2.法令上可能でも、説明責任は残る

(1)法制度は利活用促進と保護強化の両面で動いている

医療データ・試料の提供では、「匿名化しているから問題ない」「法令上は提供できる」と説明されることがあります。

しかし、患者や社会が関心を持つのは、法令上の可否だけではありません。
誰に、何の目的で、どの範囲まで、どのような利益関係のもとで利用されるのかが問われます。

近年、医療・研究データを含むデータ利活用の促進に向けて、個人情報保護法制の見直しも進められています。
2026年4月7日には、「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」が閣議決定され、第221回特別国会に提出されました。
同法律案は、個人情報を含むデータ利活用の需要が高まる一方で、違法な取扱いにより個人の権利利益が侵害されるリスクも高まっていることを踏まえたものと説明されています。
(資料3)

同資料では、データ利活用を進めるための見直しと、本人の権利利益を守るための見直しが、あわせて示されています。
たとえば、統計等の作成を行う第三者に個人情報を提供する場合などについては、本人の同意を不要とする内容が法律案に盛り込まれています。
一方で、身体の一部の特徴に係る情報が含まれる個人情報等については、違法な取扱い等がなくても本人が利用停止等を請求できるようにすることや、違法な取扱い等によって財産上の利益を得た場合に課徴金納付命令制度を設けることも示されています。
(資料3)

この動向は、医療データの利活用にとって重要です。
ただ、法律案の内容は今後の国会審議等により変わる可能性があるため、実務では最新の法令、ガイドライン、個人情報保護委員会の公表資料を確認する必要があります。

(2)法令上可能でも、社会的説明は別に必要になる

ここで注意すべきなのは、仮に法令上、本人同意によらない第三者提供やデータ利活用の範囲が広がったとしても、法令順守で説明責任が尽くされるわけではないということです。

医療データ・試料は、患者の診療や研究参加を通じて蓄積されたものです。
病院・大学には、誰に、何の目的で、どの範囲まで利用を認めるのかを説明できる状態を維持することが求められます。

特に、商業利用を伴う場合には、研究目的、公共性、患者利益、企業利益の関係を明確にする必要があります。

関連する連載回

ここで言う説明責任とは、単なる事後の弁明ではなく、組織が自らの判断プロセスを「後からたどり、示すことができる状態」を指します。
アカデミアにおけるこの「説明可能性(アカウンタビリティ)」の定義と、誠実さだけでは足りない理由については、第14回で詳述しています。

(3)判断過程を後からたどれる状態にする

複数部門が関与する案件では、確認事項が部門ごとに分かれやすくなります。それぞれの確認は必要ですが、別々に処理されているだけでは、病院・大学として何を認めたのかが見えにくくなります。
なお、人事、研究費、契約、利益相反といった分散した情報を繋ぎ、組織として「リスクの輪郭」を把握する手法について、第15回で解説しています。

特に、企業が医療データ・試料を何に利用するのか、どの範囲まで商業利用を認めるのか、病院名・大学名をどこまで使えるのか、対価または無償提供の理由をどう説明するのかは、部門横断的に確認する必要があります。

そのため、医療データ・試料の提供では、後から次のことを確認できる状態にしておく必要があります。
 ・なぜその企業に提供したのか
 ・なぜその利用目的を認めたのか
 ・なぜその対価、または無償提供を認めたのか
 ・なぜ商業利用を認めたのか
 ・誰が、どの資料を見て判断したのか
 ・倫理審査、個人情報保護、契約、利益相反管理をどのように確認したのか

説明責任を果たすためには、判断過程を後からたどれる状態にしておくことが重要です。

3.まとめ

本稿では、医療データ・試料の提供契約で、何を明確にしておくべきかを確認しました。

契約では、提供後に企業が何をできるのかを具体的に定める必要があります。
AI学習、RWD解析、検体利用では、学習済みモデル、解析結果、検体解析データなどが企業側に残ることがあるため、契約終了後の取扱い、追加利用、第三者提供、承認申請や営業資料への利用を確認しておくことが重要です。

また、再識別の禁止、安全管理措置、病院名・大学名の使用についても、契約上明確にする必要があります。法令上利用できる場合であっても、患者・社会に説明できる状態を整えておくことが、実務上の説明責任になります。

参考資料(本文中の資料番号に対応)

  1. AMED. 研究開発データ利活用ガイドライン 2.2版. 2025.
    https://www.amed.go.jp/content/000157165.pdf

  2. NIH. Using Genomic Data From NIH Data Repositories. National Institutes of Health. 2025.
    https://grants.nih.gov/policy-and-compliance/policy-topics/sharing-policies/accessing-data/using-genomic-data

  3. 個人情報保護委員会. 「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」の閣議決定について. 2026.
    https://www.ppc.go.jp/news/press/2026/260407/

2026年5月9日投稿
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