【利益相反管理実務(9)】兼業・外部活動と責務相反─「時間・労力の問題」は、なぜ不開示や資源流用として表面化するのか
本シリーズ(第9回〜第11回)では、人的・心理的要因による「責務相反とバイアス」をテーマに、
・時間配分(第9回)
・少額の利益(第10回)
・名声や信条(第11回)
という三段階で、目に見えにくいリスク要因について整理しています。
これまでの回では、主として経済的利益と意思決定の結びつきという観点から、利益相反管理について整理してきました。
これに対し、今回扱う「責務相反」は、主に時間、労力、忠誠、コミットメントの配分に関わる問題です。
米国の research security の文脈では、NSPM-33 とその実装ガイダンスにおいて、conflict of commitment は、複数の雇用主や組織に対して相反する義務を負う状況として位置づけられています。NSF も、conflict of commitment とは、複数の雇用主や他組織との間で相反する義務を負う状況であり、多くの組織では時間と労力の相反として理解されると説明しています(制度的背景・資料③、資料④)。
責務相反は、「その研究者や教員が忙しすぎる」という抽象的な問題ではありません。実務上、大学、資金配分機関、監督機関、捜査当局から指摘される問題点の多くは、外部機関での雇用・外部活動の不開示、外部活動のための大学資源や研究費の流用、本務と外部活動の切り分けの不明瞭さとして現れます。とくに研究資金の申請・報告において、研究者が外部から受けている支援や他機関で担っている役割は、研究費の重複、申請・報告対象の研究に必要な時間配分の有無、研究の客観性への影響を判断するための重要な情報です。
NIH は、Other Support、foreign component、conflicts of interest に関する情報について、透明性が不可欠であるとし、Current and Pending (Other) Support は研究実施能力や conflicts of commitment、科学的・予算的重複の有無を評価するために用いられると説明しています(制度的背景・資料①、資料②)。
本稿では、責務相反がどのように表面化するのかを、いくつかの米国事例を素材に整理します。
最初に、最も象徴的な導入事例として Charles Lieber 事件を見たうえで、本文では、
① 外部活動・外部支援の不開示型
② 大学資源・研究費の流用型
③ 研究機関のエフォート管理不全型
という三つの類型に沿って考えます。
1.責務相反は「時間・労力の問題」だが、別の形で表面化する
責務相反というと、「兼業が多すぎる」「外部活動に時間を取られすぎている」のように抽象的に語られがちです。
しかし、大学や研究機関が確認すべきことは、外部活動の多寡ではなく、その外部活動が本務先に対する義務と両立可能なのか、その外部活動との関係が適切に申告されているのか、大学の資金・設備・機器・人員・情報と切り分けられているのかという点です。
したがって、責務相反は、服務管理だけの問題ではなく、研究費の管理、大学の資源利用の管理、申告制度、情報管理、さらに research security とも接続するテーマです(制度的背景・資料③、資料④)。
そのことを端的に示すのが、Harvard大学の Charles Lieber 事件です。
米国司法省によれば、Harvard大学の元教授であり元学科長であった Charles Lieber氏は、中国の Thousand Talents Program や武漢理工大学との関係について、Harvard大学や連邦当局に対して虚偽の説明を行いました。
2021年に陪審評決で有罪となり、2023年4月に量刑言渡しを受けています。
司法省の起訴時公表資料では、武漢理工大学との契約内容として、月額報酬、生活費、研究室設置資金に加え、年9か月以上勤務する義務があったと説明されています(Lieber 事件・資料①、資料②)。
ここで米国司法省が本質的に問題にしたのは、Lieber 氏が外部から報酬や研究室の設置資金を受けていたことではありません。
司法省の公表資料からは、Harvard大学における本務と、武漢理工大学に対する継続的な勤務の義務とが、時間と忠誠の配分という観点から両立し得たのかが問われていたことがわかります。
つまり、この事案は、経済的利益の不開示の問題であると同時に、外部機関に対する相当程度のコミットメントが、本務先に対する責務とどう関係するのかを問う事案です(Lieber 事件・資料①、資料②)。
この Lieber 事件は、責務相反の問題が、現実には不開示の問題として表面化しやすいことを示しています。
第三者が、研究者本人の時間配分や忠誠の配分を直接測定することは困難です。そのため、大学、資金配分機関、監督機関、捜査当局にとっては、外部機関での雇用、外部からの支援、役職、契約関係が適切に申告されていたかどうかが、責務相反管理の最初の焦点になります(Lieber 事件・資料①、資料②)。
2.不開示型──外部機関での雇用・外部からの支援・エフォートの不透明化
(1)Feng “Franklin” Tao 事案
この点がわかりやすいのが、Feng “Franklin” Tao事案です。
2019年の起訴時、米国司法省は、Tao 氏が福州大学との関係を University of Kansas や連邦機関に開示しなかったとして起訴し、公表資料で、“Any potential conflicts of commitment … must be disclosed” と述べ、この事件を、責務相反の不開示事案の典型として位置づけていました(Tao 事案・資料①)。
ただし、この事件は、起訴当局の評価と最終的な法的結論が一致していない点に注意が必要です。
DOJ は2019年に責務相反の不開示事案として起訴しましたが、2022年の一部有罪評決の後、地裁で、通信手段を用いた詐欺罪(wire fraud)の有罪が取り消され、2024年7月には連邦第10巡回区控訴裁判所が、大学や連邦機関に対する虚偽説明を理由とする虚偽陳述(false statement)の有罪判断も覆しました。
したがって、Tao 事件は、起訴当局が責務相反の典型として位置づけた事案ではありますが、最終的に有罪が維持された事案ではありません。
他方で、この事案から、研究機関や資金配分機関が、外部雇用・外部活動・他機関との関係を、研究費配分や研究実施体制の適切性を判断する重要情報と捉えていたことがわかります。
責務相反管理における申告と透明化の重要性を示す事案です(Tao 事案・資料①、資料②、資料③、制度的背景・資料①、資料②)。
(2)Cleveland Clinic事案
同じことは、個人の刑事責任の有無とは別に、研究機関の管理不全としても現れます。
Cleveland Clinicは2024年、NIH に提出した助成金申請書や進捗報告書において、助成の実施や管理に重要な役割を担う研究者・関係者が他の資金源からも研究支援を受けていたこと、そしてその結果として当該 NIH 助成研究に充てることができる時間がすでに拘束されていたことを十分に開示しなかったとして、米国司法省との間で、760万ドルを支払って和解しました。
司法省は、この種の情報について、NIH が、当該研究者や key employee に提案研究へ充てる十分な時間があるか、他の資金との重複がないか、研究の客観性に影響し得る状況がないかを判断するために用いると説明しています。
したがって、ここで司法省が問題にしたのは、研究者個人の所属機関に対する義務違反や倫理観の問題だけではなく、Cleveland Clinic という研究機関が、当該 key employee の他の研究活動を適切に把握し、その情報をNIHの 申請書や進捗報告書に反映していたか、ひいては NIH が研究支援の重複や commitment overlap を判断できる状態になっていたかという点でした(Cleveland Clinic 事案・資料①、制度的背景・資料①)。
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なお、情報のサイロ化が招く「説明不能」の組織的なリスクについては、第15回をご参照ください。
(3)Van Andel Research Institute事案
Van Andel Research Instituteも同様です。
Van Andel Research Institute は2019年、所属研究者2名が中国由来の研究支援を受けていたにもかかわらず、その事実を NIH 助成に関する申請や報告の中で適切に開示しなかったとして、米国司法省との間で、550万ドルを支払って和解しました。
さらに2021年、NIH の助成を受けた研究の一部が、海外の機関や拠点とも関係していたことや、主任研究者らが外国から研究支援を受けていたことを適切に開示しなかったとして、米国司法省との間で、110万ドルを支払って和解しています。
これらの事案は、責務相反の問題が、単に「兼業を届け出ていなかった」という人事管理上の問題にとどまらず、助成金の申請や進捗報告において、研究の一部が海外の機関や拠点と関係していることをどう管理・開示するか、また、他の研究支援をどう管理・開示するかという制度上の問題として現れることを示しています(Van Andel 事案・資料①、資料②)。
3.資源流用型─本務と外部活動の切り分けが崩れるとき
責務相反がさらに深刻化すると、問題は、単なる時間配分の不均衡にとどまらず、大学資源の流用という、より明白なコンプライアンス事案として現れます。
Kentucky大学の Dongping “Daniel” Tao 事案は、その典型です。米国司法省によれば、同氏は、Kentucky大学から与えられた研究費や、大学が提供する物品・サービスを、本来の鉱山工学・資源開発に関する研究のためではなく、自身の consulting business のために使用しました。
さらに同氏は、虚偽の請求書を作成して大学や民間企業に請求したとして、2015年、連邦地方裁判所において、通信手段を用いた詐欺罪(wire fraud)について有罪を認め、その後量刑を受けました。
司法省の発表では、その結果として、同氏には12か月の拘禁、罰金、Kentucky大学および民間企業への返還が命じられています(Kentucky事案・資料①、資料②)。
この事案のポイントは、責務相反が「忙しくて本務に十分な時間を割けない」という抽象的な問題ではなく、大学における本務と私的な外部活動との切り分けが崩れた結果、大学の資金・設備・機器・人員・情報の不適切利用に至った点にあります。
大学の研究費、設備、機器、人員、研究関連の情報、出張、物品購入、発注、旅費精算等は、いずれも本来、大学の教育研究活動のために用いられるべきものです。
外部活動へのコミットメントが大きくなりすぎ、その区別が曖昧になると、責務相反は、大学資源の流用や不正請求という別の法的問題に転化し得ます。
したがって、大学実務においては、責務相反を単なる時間管理や働き方の問題としてではなく、大学の資金・設備・機器・人員・情報を、本来の目的に沿って適切に使うための問題として捉える必要があります(Kentucky事案・資料①、資料②)。
4.責務相反は、個人の義務・倫理観だけでなく、組織として必要な管理体制をどのように整備するかという問題でもある
ここまで見てきた事案に共通しているのは、責務相反の問題が、最終的には申告制度、研究費の管理、大学資源の利用管理、情報管理、エフォート確認といった、組織的な管理の問題として現れるという点です。
個人が外部活動にどれほど時間や労力を割いているのか、どの外部機関にどのような義務を負っているのか、大学の資金・設備・機器・人員・情報と外部活動とが適切に切り分けられているのかは、本人の申告や組織的な確認がなければ、大学や研究機関が把握することはできません。
だからこそ、大学や研究機関は、外部機関での雇用、兼業、外部役職、共同雇用、他機関からの研究支援、外国機関との契約、海外機関や海外拠点が関与する研究、研究スペースの利用、外部からの研究支援、物品・サービスの提供、研究関連情報へのアクセスなどを、制度として把握し、必要な場面で申請書、進捗報告書、利益相反申告、兼業申請等に正確に反映できるようにしておく必要があります(制度的背景・資料①、資料②、資料③、資料④)。
Cleveland Clinic 事案と Van Andel Research Institute 事案が示しているのも、まさにこの点です。
これらの事案では、問題は単に「ある研究者が兼業や外部支援を申告しなかった」という個人レベルの話にとどまりませんでした。
むしろ、研究機関が、当該研究者や助成対象の研究の実施・管理に重要な役割を担う研究者・関係者について、他の研究支援、外部機関との関係、研究の一部に海外の機関や拠点が関与していることなどを把握し、その情報を NIH に提出する申請書や進捗報告書に適切に反映していたかが問われました。
言い換えれば、責務相反は、個人の倫理観や誠実性の問題としてだけではなく、研究機関が必要な情報を集め、確認し、記録し、外部に提出する正式な書類に反映できる状態を整えていたかという、組織としての管理体制の問題として現れます(Cleveland Clinic 事案・資料①、Van Andel 事案・資料①、資料②、制度的背景・資料①)。
とくに、NIH や NSF などの資金配分機関は、研究者や key employee に他の研究支援があるか、研究の一部が海外の機関や拠点と関係しているか、提案研究に充てるべき時間と他の活動とが重複していないかといった情報を、研究の実施体制が適切かどうかや、重複支援がないかどうかを判断するための重要な情報として扱っています。
そのため、大学や研究機関では、どの外部活動や外部支援を、誰が、どの様式で、どの時点で申告すべきかを明確にし、その情報が研究費申請、進捗報告、利益相反申告、兼業審査、大学資源の利用管理の間で整合するような仕組みの構築が必要です(制度的背景・資料①、資料②、資料③、資料④)。
また、3節で見た Kentucky大学の事案が示すように、責務相反の問題は、時間や労力の配分だけでは終わらず、大学の資金・設備・機器・人員・情報の不適切利用に発展することがあります。
このことは、責務相反の管理が、人事管理や服務実態の監督では完結しないことを意味します。
大学実務においては、兼業申請や利益相反申告だけでなく、研究費の執行、物品・サービスの利用、出張、発注、研究スペースの利用、情報アクセス権限、研究関連データの管理まで含めて、本務と外部活動の切り分けを支える仕組みを整える必要があります。責務相反は、単なる時間配分の問題ではなく、大学の業務、資源、情報を横断的にどう守るかというガバナンスの問題でもあります(Kentucky 事案・資料①、資料②)。
そのため、大学実務として重要なのは、兼業や外部活動を一律に制限することではありません。
重要なのは、外部活動の内容と位置づけが適切に申告されているか、本務先に対する職務と両立可能なエフォート配分か、大学の資金・設備・機器・人員・情報と外部活動とが適切に切り分けられているか、さらに研究費の申請・進捗報告・利益相反申告・兼業申請の間で情報が整合しているかを、組織として確認できるようにすることです。
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こうした部署ごとに分散した「点」の情報を組織として統合し、具体的なスクリーニング指標(レッドフラグ)を用いて効率的にリスクの兆候を捉える実務については、第15回および第16回で詳しく解説しています
責務相反は、個人の誠実さだけに委ねて管理できるものではなく、申告、確認、記録、承認、監督をどう組み合わせるかによって精度が左右される組織的な管理の課題です(制度的背景・資料①、資料②、資料③、資料④)。
5.まとめ─責務相反は、「兼業の有無」ではなく「本務と外部活動を区別する仕組み」で考える
責務相反は、利益相反に比べると、「時間配分の問題」として漠然と理解されがちです。
しかし、大学や研究機関にとって実務上問題になるのは、多忙であること自体ではありません。外部活動や外部からの支援が適切に申告されていない、大学資源が外部活動のために使われている、研究費申請や進捗報告で必要な支援やエフォートが正確に示されていないなどの実態があり、本務と外部活動の区別が不明瞭になったとき、責務相反は具体的な法務・コンプライアンス問題として現れます(Lieber事案・資料①、資料②、Kentucky事案・資料①、Cleveland Clinic事案・資料①)。
近年は、この問題は research security の文脈でも重視されていますが、大学実務の出発点は基本的に変わりません。
・誰が、どの外部活動に、どの程度コミットしているのか
・そのコミットメントは本務と両立するのか
・大学の資金・設備・機器・人員・情報との境界は守られているのか
責務相反の管理とは、こうした点について、大学や研究機関が組織として説明可能な状態を整えることです(制度的背景・資料③、資料④)。
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第20回では、学術誌がなぜ過去36か月もの長期間にわたる外部活動の開示を求めるのか、その背景にある「透明性」の理念を整理します。
補足
※ 本文中では、各事案について参照した主要資料を「事案名・資料番号」で示しました。また、末尾の参考資料欄に、各資料の正式名称、発行主体、日付、URLをまとめました。
※ とくに Feng “Franklin” Tao事案については、起訴時の DOJ 公表資料と、2024年の連邦第10巡回区控訴裁判所判決とで結論が異なるため、両方の資料をご確認ください(Tao事案・資料①、資料③)。
参考資料
1) Charles Lieber事案(Harvard University)
資料① 起訴時の DOJ 公表
U.S. Department of Justice, Harvard University Professor Indicted on False Statement Charges (June 9, 2020).
2) Feng “Franklin” Tao事案(University of Kansas)
資料① 起訴時の DOJ 公表
U.S. Department of Justice, University of Kansas Researcher Indicted for Fraud for Failing to Disclose Conflict of Interest with Chinese University (August 21, 2019).
資料② 2022年の DOJ 公表(陪審評決時)
U.S. Department of Justice, Jury Convicts University of Kansas Researcher for Hiding Ties to Chinese Government (April 7, 2022).
資料③ 2024年の控訴審判決
U.S. Court of Appeals for the Tenth Circuit, United States v. Tao, No. 23-3013 (July 11, 2024).
3) Dongping “Daniel” Tao事案(University of Kentucky)
資料① 有罪答弁時の DOJ 公表
U.S. Department of Justice, Former University of Kentucky Professor Pleads Guilty to Wire Fraud (February 5, 2015).
資料② 量刑時の DOJ 公表
U.S. Department of Justice, Former University of Kentucky Professor Sentenced for Wire Fraud (June 11, 2015).
4) Cleveland Clinic事案
資料① 2024年の DOJ 和解公表
U.S. Department of Justice, Cleveland Clinic to Pay Over $7 Million to Settle Allegations of Undisclosed Foreign Sources of Funding on NIH Grant Applications and Reports (May 17, 2024).
5) Van Andel Research Institute事案
資料① 2019年の DOJ 和解公表
U.S. Department of Justice, Department of Justice Reaches $5.5 Million Settlement With Van Andel Research Institute To Resolve Allegations Of Undisclosed Chinese Grants To Two Researchers (December 19, 2019).
資料② 2021年の DOJ 和解公表
U.S. Department of Justice, Van Andel Research Institute Settlement (September 1, 2021).
6) 制度的背景
資料① NIH の開示要件
NIH, Requirements for Disclosure of Other Support, Foreign Components, and Conflicts of Interest (last updated October 22, 2024).
資料② Current and Pending (Other) Support の説明
NSF, Common Form for Current and Pending (Other) Support (Nov. 1, 2023).
資料③ NSPM-33 実装ガイダンス
Executive Office of the President / OSTP, NSPM-33 Implementation Guidance (Jan. 14, 2022).
資料④ NSF の定義
NSF, Definitions – Policies (NSPM-33 Implementation).
2026年3月8日投稿
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