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【利益相反管理実務(10)】「小さな利益」は本当に小さいのか─ランチ・謝礼と意思決定バイアス

本シリーズ(第9回〜第11回)では、人的・心理的要因による「責務相反とバイアス」をテーマに、
 ・時間配分(第9回
 ・少額の利益(第10回
 ・名声や信条(第11回
という三段階で、目に見えにくいリスク要因について整理しています。

研究活動や教育活動の中で、企業からランチ、講演謝礼、交通費などが提供される場面は珍しくなく、研究者は、「この程度なら判断には影響しない。」と考えがちです。
また、金額としてはそれほど大きくない場合も多く、「小さな利益」であると認識されがちです。

しかし、行動科学や医療政策の研究では、少額の利益であっても専門家の意思決定に影響が生じ得ることが繰り返し指摘されています。

本稿では、学術論文を手がかりに、利益が意思決定に与える影響について整理します。


1.小さな利益でも意思決定は影響を受ける

医療分野では、製薬企業による食事や資金の提供が医師の行動に与える影響について、多くの研究が行われてきました。

米国で公開されている、製薬企業から医師への支払いデータを分析した研究では、製薬企業がスポンサーとなった食事の提供を受けた医師は、その企業の医薬品を処方する割合が高くなるという相関が報告されています。
この研究では、平均20ドル程度の食事提供であっても、特定の医薬品の処方率が統計的に有意に高くなることが示されました。(資料1)

また、医療分野における企業との関係を体系的にレビューした研究では、企業からの資金提供や贈り物が、
 ・研究結果
 ・教育内容
 ・医師の処方行動
などに影響を与える可能性があることが指摘されています。(資料2)

さらに、製薬企業から提供される情報と医師の処方行動との関係を分析したレビューでは、企業から接触があると、処方量の増加や高コスト薬の使用と関連する傾向があることが報告されています。(資料3)

この問題は、医師だけに限りません。
米国の医学生を対象とした研究では、製薬企業がスポンサーとなったランチョンセミナー(昼食をとりながら開催される講演会やミーティング)に参加した学生は、その企業の薬剤に対してより好意的な評価を示す傾向があると報告されています。
興味深いことに、学生自身はスポンサーの影響を受けていないと認識しているのに、アンケートの回答ではスポンサー企業の薬剤を好意的に評価する傾向があります。(資料4)

これらの研究が示しているのは、利益相反の問題が「巨額の資金」に限られないということです。
むしろ、日常的に提供される小さな利益や好意の積み重ねが、専門家の判断に影響を与え得る点に注意が必要です。

2.人は自分のバイアスを自覚しにくい

もう一つ重要なのは、人は自分の判断が利益の影響を受けていることを自覚しにくいという点です。

医療分野における利益相反を社会科学の観点から分析した研究では、医師は自分自身が企業からの贈り物の影響を受ける可能性を過小評価する傾向があることが示されています。(資料5)
一方で、同じ医師が「他の医師は影響を受けている」と考える傾向も報告されています。(資料2, 5)

この背景には、社会心理学で広く知られている互恵性(reciprocity)の原理があります。
人は贈り物や好意を受けた場合、それに応えたいと感じる傾向があります。
この心理は多くの場合無意識に働くため、当人が影響を自覚していなくても、判断や行動に影響が現れる可能性があります。(資料2)

さらに、心理学や行動経済学では、「自己奉仕バイアス(self-serving bias)」と呼ばれる現象が知られています。
これは、人が自分の利害と関係する問題について判断する場合、自分にとって有利な解釈を無意識に選びやすくなる傾向を指します。実験結果では、利害関係を持つ当事者が同じ情報を評価しても、それぞれが自分に有利な結論を「公平で合理的」と認識する傾向が確認されています。(資料2, 5)

こうした心理的傾向があるため、専門家自身が「自分は影響されていない」と感じていても、意思決定に偏りが生じる可能性があります。

3.利益相反管理の実務的な意味

関連する連載回

本連載の第2回では、利益相反を不正な「行為」ではなく「状態」として捉える必要があることを説明しました。

また、第4回では、利益相反リスクを把握するためには
「誰が、何を決め、その判断がどの利益と結びついているか」を整理することが重要であることを示しました。

今回紹介した研究は、専門家の判断が必ずしも完全に中立ではなく、経済的利益などとの関係によって影響を受け得ることを示しています。
そのため、利益相反管理で重要なのは、金額の大小ではなく、その利益が意思決定とどのように結びついているか、意思決定に影響する可能性があるか、という点です。
第5回では、こうした利益と意思決定の結びつき(リスク)を可視化し、社会的信頼を確保するための対策をどのようにデザインすべきかを具体的に整理しました。金額の多寡に囚われず、リスクの構造に応じた適切な管理を行うことが実務上のポイントです。

4.まとめ

本稿で紹介した研究のポイントは、下記です。
 ・小さな利益であっても専門家の意思決定に影響が生じ得る
 ・当人はその影響を自覚していないことが多い
 ・そのため利益相反は、「意思決定に影響が生じ得る状態」として管理する必要がある

利益相反管理で重要なのは、
金額の大小そのものではなく、
誰が、どの意思決定に関与し、その判断がどの利益と結びついているかを確認することです。

参考資料(本文中の資料番号に対応)

1) DeJong C., Aguilar T., Tseng C. W., et al., Pharmaceutical Industry–Sponsored Meals and Physician Prescribing Patterns for Medicare Beneficiaries. JAMA Internal Medicine. 2016.
2) Institute of Medicine., Conflict of Interest in Medical Research, Education, and Practice. National Academies Press. 2009.
3) Spurling G. K., Mansfield P. R., Montgomery B. D., et al., Information from Pharmaceutical Companies and the Quality, Quantity, and Cost of Physicians’ Prescribing: A Systematic Review. PLoS Medicine. 2010.
4) Sierles F. S., Brodkey A. C., Cleary L. M., et al., Medical Students’ Exposure to and Attitudes about Drug Company Interactions. JAMA. 2005.
5) Dana J., Loewenstein G., A Social Science Perspective on Gifts to Physicians. JAMA. 2003.

2026年3月10日投稿

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