このnoteについて
はじめまして。まこと申します。
ここでは、3つの記録を書いていました←過去形です。
書いていくうちに、変わってゆき、今は日々感じたことと
古代マヤの暦で書いた次の日の流れを綴っています。
書き始めた頃、ひとつは、
介護の現場で出会う人たちとの日々。
もうひとつは、56歳からの留学体験で、
自分の居場所を探していた頃のことを書いていました。
ぶつかりながら、
それでもその時々で選んできた道。
その積み重ねが、いまの私をつくっています。
自分の記録として以下を残しています。
▶ 介護の記事はこちら
①生きのこった私には生きる義務がある
②私のマグカップは棚へ、娘のはカゴの中。――「タオルの魔法」で境界線を越えた日
③冷蔵庫の「多いじゃろ!」を、笑顔に変えるまで
④唇から溢れた「同情」という刃
⑤金曜日は大体カレー
▶56歳の女子大生 留学物語
①《56歳・英語ゼロ・別室送り》
③「しっ!しっ!」と犬のように追い払われて。
④1日に8回「帰れ!」と言われて。56歳、アメリカ免許取得までの泥泥(どろどろ)日記
▶︎マヤの暦語り

どこから読んでいただいても大丈夫ですが、
留学の物語は「別室送り」から始まります。
あのとき私は、
自分の居場所を見失いました。
そこから少しずつ、
道を走り、選び、立ち直っていきます。
2023年に脳出血を発症し
重めの後遺症で車椅子での生活になりましたが、
だからこそ、もう一度自分の物語を書いてみようと思いました。
ゆっくりお付き合いいただけたら嬉しいです。
