56歳・未経験・フリーウェイ爆走 30分の練習で「泣き叫びながら」時速100キロの合流に挑んだ私
前回の「入国審査・別室送り」に、スキとフォローをくださった皆様、ありがとうございました。
56歳にして異国の地で味わった絶望の淵から、
私はようやく最初の一歩を踏み出すことができました。
しかし、アメリカの神様はどこまでもスパルタでした。
入国の次に私を待っていたのは、文字通りの「命がけのサバイバル」だったのです。
距離の概念が狂っている、アメリカの日常
私が留学を決めたのは、
カリフォルニア州立大学サクラメント校語学準備クラス。
運良く知り合いのツテでホームステイ先が見つかったのですが、
なんとその場所は、大学から60キロも離れた街でした。
アメリカには、日本のような便利な電車もバスもありません。
車がないことは「足がない」ことと同じ。
私は渡米後すぐに中古車を購入することにしました。
ところが、アメリカ在住の知人に
連れて行ってもらった中古車センターは、
ステイ先からさらに80キロも先。
そこでようやく手に入れた相棒(中古車)を前に、
店員さんはあっさりと言い放ったのです。
「さあ、今日これに乗って帰りなさい」
……えっ、今から? この不慣れな左ハンドルで?
アメリカの交通ルールもよくわからない56歳の女性に、
80キロの道のりを一人で帰れというのです。
それがアメリカの「普通」なのだと。
練習30分、そして「死の合流」へ
ついてきてくれた知人は、「少し慣らす?」と言って、
ほんの30分だけ練習に付き合ってくれました。
けれど、そのあとは無情にもこう告げられました。
「じゃあ、ステイ先まで案内するから、後ろをついてきてね。
はぐれないように!」
待って、置いていかないで!
はぐれるわけにはいかない私は、
必死に知人の車のテールランプに食らいつきました。
すると、目の前に巨大な「フリーウェイ(高速道路)」の入り口が……!
「スピードを落としちゃダメよ! 勢いよく踏み込んで!」
事前に言われていた言葉を思い出し、
私は半狂乱でアクセルを床まで踏み込みました。
「怖いよーーーーー!!」 車内に響き渡る自分の叫び声。
恐怖で涙が溢れ、視界が歪みます。
4車線の奔流、泣きながらの爆走
本線に合流した瞬間、目に飛び込んできたのは広大な
4車線の海」でした。
右からも左からも、巨大なトラックや猛スピードの車が私を追い越していく。
時速100キロ超えの世界。
ここで少しでもハンドルを切り損ねたら、一瞬で終わる。 私
は泣きながら、叫びながら、
ただひたすら前の車を見失わないことだけを考えて走り続けました。
「死ぬかもしれない、でも、止まるわけにはいかない!」
56歳の留学生、アメリカ生活の実質的な初日は、
鼻水を垂らしながらの命がけの爆走でした。
今、私は屋内は杖歩行で生活し、
移動は車椅子を使うことが多いですが、 当時のように
時速100キロで風を切ることはもうありません。
けれど、あの時、恐怖に震えながらも
アクセルを踏み込んだ私の「野生の根性」は、
今も私の中に眠っている気がするのです。
「怖いけれど、進むしかない」
あの日の私に、今の私はどれだけ励まされていることか。
フリーウェイを爆走したあの日から、
私の本当のアメリカ生活が、火を吹くように始まったのでした。
(つづく)
