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ケケケのトシロー 第一部(32)

ヤンキーのカズに絡まれ老人狩りにあったトシローはキダローという不思議な術を使う男と知り合う。彼は悪霊退治を使命にもつケケケの妖術使いだった。非力で情けなさ100%のトシローは、最初はキダローの強さに惹かれ行動を共にし彼から妖術を学ぼうとするが、キダローがカズの仲間をゴキブリに変え抹殺したことからその非情さに疑問を持つ。一方、命を助けたことでトシローを慕っていたカズが音信不通になり、トシローは彼を追って反社組織権藤会本部へ走る。そこに待っていたのはサトーという人間の姿を借りたキダローと因縁のある悪霊だった。キダローと共に戦い勝利を手にする寸前のところでサトーはカズに乗り移り逃走。そして妻、真由美が連れ去られそうになるのを間一髪のところでキダローとトシローは協力し助ける。

前回までのあらすじ

 決戦 網乾VSキダロー・トシロー

(本文3624文字) 

 一瞬飛んでいた俺の意識はキダローがかけたバケツの水で戻りたくない現実に引き戻された。真由美の鬼の形相はともかくとして、お花畑に星が輝く夜を見上げている場合ではない。

「はよ、起きろトシロー。まだ安心できる事態やないぞ」
「なあ、あんた誰? ウチの主人ひとの友達かなんか?」
「その話はあとで。それよりここから離れます。ここはまだ危ない」キダローはマンションを見上げながら真由美を庇うようにしてそう言った。

「何? どういうことなん? さっきのえらいメイクの濃い女、誰?」真由美はそう言いながらもキダローの後ろに隠れるようにしてやはりマンションを見上げている。俺はケープを拾い羽織ると、頬のシビレやふらふらしていた意識はすぐさま消えた。

「さっきの奴は俺が締めあげたけど、退治できてないんか」
「ああ、蛇女は干からびてるからもうええが、あれは本体やない。本体はこのマンションの中に入り込んでるみたいや」
「網乾か?」
「いや、あいつは不帰橋で構えとる。こいつは姫…… いや、奥さんをさらいにきた奴や」
「なあ、姫ってウチのことやんなあ」真由美がにたぁ~っと笑い顔を覗かせる。
「えぇ、えぇ、そうみたいですよ。俺もさっきまで知らんかったけどね。いろいろとキダローはんに教えてもろた」
「あーやっぱり…… ウチ、若い時からウチは他の人とは少し違うかなあ~と思ててん。そーか、やっぱりなぁ~ もうちょっと若い時からそれを知ってたらなあ~、人生変わってたかなぁ~ ふふ」
 そう言って真由美は右手で髪を撫でつけ、パンダさんのパジャマのままの姿でお尻を二度ほどふった。俺とキダローはその姿を見て・・・となったことは言うまでもない。

 ルンルンの真由美の姿を横目に「しかしこう、あとからあとから変な奴らが出てくるのはまずいんとちゃうの」とキダローに訊く。しかも目当てが真由美となればなおさら不利や。
「不帰橋の結界が破られて奴らが大挙として這いあがってきているのは確か。なんとしてもあそこを塞がなあかん。でないと今の戦力では対応しようがない。小豆ちゃんが『ガクロー』にメールしてるはず。あいつがくれば形勢は逆転できるが、間に合わんやろ。ここはワシとお前でやりぬかんと」キダローは錫杖をしゃくっと一振りする。すると俺たち三人の周りを大きなシャボン玉のような膜が包み込んだ。

「いやーん、この人、マジシャンなん?」真由美は状況を全く無視してはしゃいでいる。俺は再び・・・となる。

「奥様、少し驚かれるかも知れませんがトシローにしっかりと抱かれていてください。しっかり、離れないように」キダローが腰を落とし両手で印を結び「ギャーテイ…… ハラソウ…… と唱え始める。
「え、こんなとこで抱かれてって言われても、ねぇ、あんた、ねぇ」
「ええから、俺につかまってて」俺はケープをマントサイズにして真由美を覆いしっかりと真由美を捕まえる。しかし胴回りが最近またちょっと肥えてない?と思ったのは内緒だ。

 次の瞬間、三人を包んだシャボン玉は宙に高く舞い上がった。すぐにマンションは眼下に俯瞰された。
「ひゃあああー!引田天功顔負けやん!」真由美が叫ぶ。
「来るぞ!トシロー、姫を離すな!」
 そうキダローが言い終わる前にマンションから、不帰橋から黒い雲が一斉に俺達を追いかけてくる。その数は真由美を包んでいた数の数百倍以上だろう。空中を飛ぶ俺達にはもう、どれが本当の雲でどれがあの気持ち悪い虫の大群かわからないほどに周囲を囲まれていく。

「心配ない、この玉は奴らでは破れん。トシロー、亀甲トルネードを頭上に出せ」
「よっしゃ、いくで」俺は真由美をしっかりと抱きかかえたまま、もう一方の腕で亀甲布を頭上にトルネードさせる。
「いや~、あんた、いつのまに大道芸人の修行してたん?」いちいち感心すなよ。
「よし、奴らが俺達を完全に囲んだ時が勝負や」
「どないすんねん?」
「俺があいつらをさっきと同じく、錫杖電撃でこの玉ごと吹っ飛ばす。その瞬間にお前は姫と亀甲トルネードに沿って上空へ飛び出せ。姫はケープで守れるから大丈夫や」
「お前はどうすんねん、大丈夫なんか」
「生きてたら、また会おう。ケケケ」
「おい、そんなこと言うなよ。あかんて、このまま逃げよ、いったん」
「アホぬかせ(アホな事言うな)逃げたら奴らは追ってくる。小豆ちゃんところまでもな。そうしたら時間すら稼げん。ええか、ワシの言う通りにせぇ。まだ網乾レベルすら退治できてない。これからお前の力は大きくなる。ケケケ伝を守れ。ええか、後の事は小豆ちゃんが全てわかってる。ワシはフキさんの魂と合体して奴らを抑える。それが俺の運命や。わかったな。ちびるなよ。一番の見せ所やぞ」
「キダロー……」俺はもうちびってはいなかったが、両の眼から涙をちびりそう。

 周囲は黒一色に染められた。俺達の正面に何やら顔が浮かぶ。それは間違いなくカズの顔だった。

「もう逃がさんぞ。お前ら三人とも焼き尽くして、その屑を土産に『あのお方』に召し抱えてもらうんや」カズの顔は全く違う声色でそう言った。
「ケケケ さもしいのは変わらんのう。糞浪人は悪霊になっても糞やのうケケケ、あ、悪霊やから最初から糞か。ケケケケケケ」キダローが左母二郎を煽る。

「ふざけた口もそれまでじゃボケ!」周囲の黒が段々と赤みがかってくる。噴火した溶岩のそれに似た、地獄の光景が俺達を囲っていた。急激に温度が上昇している。玉の中もいつまでも安全ではなさそうだ。
「わしの錫杖は『村雨丸』の妖力を受け継いでるのを知らんようやの」
 もやもやとするカズの顔が一瞬苦渋の色を浮かべたように見えた。
「お前は所詮、切られてすぐにストーリーから消えるんや ケケケ」
「死ね!!」カズの顔はそう言って消え、周りは全て赤黒く染まってドンドンと収縮してくる。一気にこの玉の中の温度も燃えるように熱くなってきた。

「あんた、暑い。パジャマ、汗でびちょびちょになりそう」
「もうちょい、我慢や」真由美を再びしっかりと抱く。しかし手が回りきっていない。やっぱ肥えてるな……。

「いくぞトシロー」
「合図は?」
「この錫杖でわかる」俺は頷く。キダローが俺を見て口角をあげた。
「姫を頼む。ワシの妹の魂もそこにあるんやからな」
「えっ? あっ!」俺はその時真由美の祖先を正しく理解した。

「ノウマクサンマン…… かああっ!!」
 キダローが錫杖を振る。三人を包む玉が大きくなって迫る赤と交わり境界がはっきりとしなくなる。そして赤が青く色が変わりはじめ、次第に色味さえなくなり発光しだした。

「シノ、タノンダゾ……」
 キダローが再度錫杖を頭上にあげた。
「かあっ!」錫杖が降り下げられるのをと同時に俺は真由美を抱えたまま亀甲布トルネードの中に飛び込み、意識を成層圏に向けた。

何秒か後、はるか眼下に光る玉が見え、それはどんどんと大きくなり四方に破裂して散らばった。遅れて途轍もない爆発音と衝撃波が襲ってくる。ケープを空中で広げ盾としたあと、真由美と共に亀甲布にくるまった。
ゴゴゴゴと言う爆裂音とケープ越しに伝わる強烈な波動。真由美を抱えながらも両の手で印を結ぶ。「オンア……ソワカ」俺は自然と唱えていた。習ったはずのない真言を。

 そして波動が弱まり、辺りの光が普段の朝焼けに変わった。俺達は高度を下げマンション近くにまで降りた。マンションは普段と変わらぬ朝を迎えているように見える。不帰橋のあたりもフキさんの時計店辺りを覗き、日常と変わりはなさそうだ。

 静かにマンションの六階の外廊下に真由美を連れ降り立った。
「ねぇ、あれ、ホンマやったん?」真由美がいつになく穏やかな表情で俺に訊いた。
「ああ、信じられへんやろうけど全部ほんまや。それにこれから起きるかもしれんこともな」キダローの顔を思い浮かべる。そしてアイツが言い残したことも。きっとアイツは無事なはずや。フキさんも一緒に守ってくれてるはずや。

「違うよ、ウチの言うてるのは」真由美は少し口を尖らせる。
「え、なにが?」
あんたが書いてた小説、その通りやん。ウチが悪い奴に囚われて、あんたが助けにきてくれた」
「ああ、あれか、でもやっぱり俺はあかんわ」
「え、なんで?」
「結局助けてくれたのはキダローやからな」俺は堪えずとも涙はこぼさなかった。もちろんちびってもいない。

「それでもええ、これからも姫を守るんでしょ」真由美が俺の腕に絡まる。なんやねんな、こんなん久しぶりやな、ケケケ。

「あーら、オオツカさん、おはようございます~。えらい早いね~、しかもなんやの? 腕くんだりして、まあ、朝からお熱いですこと」
 隣の北島さんの奥さんが顔をだしてじろじろニタニタと笑う。

「おはようございます。今日はエエ天気になりそうですねぇ」そう言って俺は北島さんに愛想をふりまいた。その時北島さんの寝ぐせ気味の髪の毛から、ぷーんと一匹の翅虫が飛んで逃げたのを俺は見逃さなかった。


第一部 完

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注 あくまでもこの作品はフィクションです。


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