ケケケのトシロー 第一部(19)
悪霊退治なぞごめんとキダローたちとの修行を放り出したトシローは、暗雲が立ち込める不帰橋の空を見て見ぬふりをしながら過ごしていた。そんな時、カズから反社組織「権藤会」サトーからの呼び出しに助けを乞う電話を受けトシローは関係ないと電話を切ってしまうが、灯のような正義感はトシローを外へ走り出させていた。
不帰橋攻防戦 2
(本文2728文字)
「カズ君、今、どこにおる? すぐに折り返し電話してくれ」
小走りに駅前へ向かいながら電話を掛けるが、呼び出し音が続き留守電に切り替わる。メッセージを入れたあと胸騒ぎを押さえる術を何も持ち合わせていないことを知る。ああ、こんな気持ちになるんなら、なんでさっきの電話で会う約束だけでもしてやらんかったんや。後悔の正体はそれに尽きる。カズ君よ、どこにいる。
足は自然と神社へ向いていた。キダローに助けを求めるためだ。いくら情けない俺でもキダローに頼るのは虫が良すぎるということはわかっていた。しかし俺では自分の気持ちほどにもこの問題を解決する力はない。頭を下げよう。少なくともキダローならケープの一振りで解決できるだろう。
神社の鳥居をくぐって、例の社務所の扉を開ける。扉は簡単に開いた。つまり俺はまだ見捨てられていないということだ。少しの息をついたが、そのあとの目の前の光景に、久しぶりに膝がガクガクとなるのを押さえられなかった。キダローの持ち物が詰まっていたはずの沢山の長持が一つ残らず消えていて、不要だったものなのか、まるで使い方の分からない道具や着古した衣料が散乱していた。慌てて必要なものだけを詰め込み持ち出したかのような有様だ。
え、まさかあのキダローが夜逃げ? そんなわけないよな。ヤーさんごときに逃げ出すなんてことは万に一つも無い筈や、俺じゃあるまいし…… ああ、なんかまた情けないなあ。いや、それどころやないがな。キダロー何処へ行った。俺はブツブツそんなことを言いながら部屋の中に散乱しているものを一つ二つと拾い上げ途方に暮れていた俺の目に、部屋の隅にある古そうな衣文掛けが留まった。そこにかかっているのは反物と言っていい長さをした布地だった。色は濃紺で亀甲の柄がつなぎで染められている。これは言えば浴衣の生地だ。なんでこんなものを衣文掛けにかけているのだろう。緊急事態の真っ最中ではあるが何故か気になる。しかしこんなものよりケープみたいに何か役にたつものはないのか。俺は彼のケープを探したが当然のようになかった。俺が与えられたケープもない。多分、俺に愛想をつかしたキダローはフキさんか瀬戸内海先生に使わせるに違いない。
あーどうする。とにかくこの様子じゃキダローは当分、ここに帰ってくるつもりはないぞ。でもあいつに助けてもらわなきゃ。
俺は不帰橋へ行こうと決意した。なんだか怪しげな雰囲気の不帰橋ではあるけれど、橋を渡ればすぐにフキさんの時計店と祠がある。彼女はずっとそこの番人だ。あの人は必ずいる筈。彼女に事情を話して協力してもらおう。俺はそこを出ようと踵を返し一歩踏み出したが、足に何かが絡まって身体が宙に浮いてしまい、丁度一回転して床に叩きつけられた。
あたた、くそっ。なんか引っ掛かってしもたやないかい。けど、派手に一回転したわりにはそんなに痛くないな。床から立ち上がろうと手をつくとその手の下には先ほどの浴衣の布地が、丁度身体の下に守るように敷かれてある。
「なんや、さっきの布に足、取られたんか」
俺はその布を蹴るようにしたが布は足に絡まり纏わる。
「あー、この忙しいのに鬱陶しいわ、ほんま、くそ」
そう言いながら布から足を振りほどこうとジタバタするのだが、すればするほど布は絡んで、とうとうモンペをはいたような感じに収まってしまった。
「なんやねんな、なんかズボンの上からモンペを履いてるみたいになってるやん。あーイライラする、どっからほどいたらええねん。くそ、端が分からんラップと一緒や。あーイライラする。あー、もーええ! これで動けるから、とにかくフキさんのとこへ行く!」
そのまま社務所を飛び出し、もと来た道をその恰好で不帰橋を目指し走りだした。
よっしゃー! 走れる。ん? え? なんか違うぞ。俺の目の前の景色が飛ぶように後方へ流れる。下を見ると俺のガクガクのグルコサミン不足の足が高速回転してアスファルトを蹴っている。昔のギャグ漫画で下半身をぐるぐる~と書いて早く走っているのを表現している絵がよくあったけど、まさにその感じ。歩いて10分以上はかかってしまう不帰橋のたもとまでほんの数十秒でついてしまった。
「なんや、俺の下半身、どうなってるんや。このモンペみたいに纏わりついたやつのおかげか? お~これは使える!」
おれはキキーっと急ブレーキをかけて不帰橋前に仁王立ちとなった。いける。イケルカモ。オレ。
不帰橋を歩いて渡る。その足取りの力強さに俺は気持ちを高揚させながら橋向こうのどんよりとした視界の悪い、何とも気味の悪い町の風景を睨みつ
けていた。霊感なんぞはないけれど、絶対にあかんやつの雰囲気がムンムンなのはわかる。何人かの人がいるのを見て取れるが、まるで生気を感じない。死者が彷徨うゾンビの町。そんな形容がぴったりだろう。けど今の俺にはこのモンペみたいなのがある。逃げ足は速いぞ。いつもより増してな。ふふふ。
フキ時計店の玄関前にくる。お地蔵さんの祠に一礼をしようとしたが祠は台石を残して消えていた。え、なんで…… これってやばいやつ……?
フキさんの時計店の玄関扉はぐしゃぐしゃに潰れ、中は真っ暗で見えない。え、これ、本当にやばいやつ? 俺はサラリーマン営業職時代のスキルを活かし、できる限り声に微笑みをのせて、やや小さめに声を出す。
「フキさ~ん、こんにちは~。お忙しいところすみませ~ん。オオツカで~す。あの、この間、キダローさんとお邪魔したトシローで~す」
しかし中から返事はない。
「あの~お取込み中ですかね~。だったら出直そうかと思います~」
いや、出直したらあかんがな。キダローに助太刀を頼まんとあかんのに。
「あの~お留守ですよね~」
「は~い~れ~」野太い声が聞こえた。俺はその声で下半身に違和感を覚える。
「いや~、あの、フキさんと…… お声が、その、ちょっと違うような……」
俺はグルコサミンが足りないムーンウォークでずりずりと後ずさりする。
やっぱこれはあかん展開に間違いないような。そう思いダッシュ体制に入ろうと後ろを振り返る。
そこには青白い顔にまるで生気がなく焦点の定まらない目をした数十人の町民が俺の退路を断つように集まっていた。何とも気味の悪い低いうなり声をあげ、俺に近づいてくる。完全にゾンビ映画そのもののシチュエーションやん。股間から股下を暖かいものが垂れ流れていた。これは完全に漏らした。いや、詰んだ…… 「キダロー…… キダロ~」声を震わせ俺はモンペの太もも辺りを両手でつかんだ。上からでもわかる湿り具合だ。いや、そんな場合やないがな…… あかん、あかんがな。
続く
注 あくまでもこの作品はフィクションです。
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