ケケケのトシロー 第一部(21)
トシローは亀甲柄の法力が備わった反物を駆使し、ゾンビ化した住人たちを無力化することに成功したが、時計店の中から悪霊が化身した大サソリが姿を現す。そして不帰橋の番人である店主のフキさんは大サソリの毒針に身体を貫かれ瀕死の状態であった。大サソリはトシローをあざ笑い、フキさんをその触肢で切り裂こうとする。トシローの怒りはかつてないほど膨れ上がっていた。
不帰橋攻防戦 4
(本文2218文字)
「フキさんを返せ……」
「はあ?」大サソリは触肢のハサミを自身の赤く光る眼のあたりに構える。あのあたりに耳でもあるのか。いちいち腹のたつポーズをしやがって。
「おいジジィ。はよ何とかしたらんと、この婆さんズタズタになるで~」
大サソリはチョッキンチョッキンとハサミを動かす。カニでもないくせに口のあたりから泡までふいてやがる。虫のくせに偉そうに。ああ、お前も年寄なんと違うか? 最近俺もな、続けて長く喋ったら、知らん間にヨダレが出てるときあるもん。て、そんなこと言うとる場合やない!
「何、ブツブツ言うてるねん。ほな、この婆さん共々、肉の串刺しじゃあ」
大サソリはフキさんを突き刺したまま、尾の毒針を俺めがけて振り下ろしてくる。咄嗟に後ろへ飛んだ。というか、ひっくり返って間一髪サソリの一刺しをかわした。大サソリは再度、尾を大上段に振りかぶった。その勢いでフキさんは毒針から抜け落ち、時計店のがれきの中に飛ばされ落ちた。
「あ、見てみぃ。婆さん、抜けてもたやないかい! しゃーないのう。それならお前を刺して、あとから婆をもう一回串刺しにしようかのー」
相変わらず口の減らんサソリや。どんな教育受けてきたんや。親の顔見たいわ。って親もサソリか。フキさん大丈夫……じゃないよな。何とかせんとあかんが、その前にこいつを倒さねばならん。俺は亀甲布を鞭のようにしならせサソリの次なる一手に対抗しようと構える。
「ブツブツは終わりじゃ!」大サソリが尾を振り下ろそうと毒針を天に向けたその時だった。毒針のついた尾の先が瞬時に切断され、大サソリの頭にこつんと落ちた。俺は何にもしてないぞ。
「え、なんか、尻尾が痛いような、軽いような…… え、切れてる? 俺の毒針チューチューの尾っぽが切れてるー」
大サソリはハサミで落ちてきた尾を掴み、なんとか自分の尾に元通りに付けようとして、ヨガのサソリのポーズより極端に身体を曲げる。綺麗なお姉さんならずっと見ていたかったが、お前のは見るに堪えん。
「トシロー! 今や亀甲縛りや!」
そ、その声はもしや……
大サソリの後ろ、フキ時計店のがれきの上に見覚えのあるシルエット。ケープを片手に立つ男。その名も、ケケケのキダローやないかい!
「え、どうしたらええねん」
「亀甲布に念じろ! 秘術亀甲縛りや!」キダローが叫ぶ。秘術って……
「秘技! 亀甲縛り!」俺は少し恥ずかしい気持ちをこころの奥に秘めたまま念じ、再び亀甲布を振り回す。布を持つ手先を細かく回転させ、宙に挙げた。新体操バトンの舞。やったことないけど。
亀甲布は螺旋を描き宙に舞う。しだいにそれは散髪屋のトリコロール看板のごとく筒状になって回転していった。それを見て、あ、散髪いかなあかんなと思った。テッペンは薄くても横は伸びる。そんなことはどうでもいい、フキさんの仇! くらえ!
大サソリめがけて亀甲布を振り下ろした。亀甲布は意志を持ったように大サソリに絡みつく。奴はハサミで抵抗しようとするが、先に亀甲が巻き取ってしまい、すぐにチョッキンできなくなる。
「なんじゃこれ、小便臭い布、外さんかい!」大サソリは暴れるが、亀甲はヨガのポーズを保ったままの大サソリをぐるぐる巻きにしていく。
どこが胸か股ぐらかはサソリなので分からない。であるから正確に亀甲縛りなのかは判断できないが、サソリの折りたたみワンパッケージは瞬時に完成した。
「ぐっ、貴様ら~、ク、臭い…… 放せ、ボケ!」大サソリは身動きできずに悪態をつく。
「臭い? いや、臭いはずはないぞ、お前の匂いやろ。わし、亀甲はちゃんと陰干ししてあったからな」
キダローは大サソリの横を悠然と歩いてきて、布地をクンクンと臭った。俺は臭い理由を知っている。知っているけど言えなかった。
「く、臭い……」キダローは三歩ほどは後ずさりした。
「これは悪霊の匂いにしては強烈すぎる。お前何人、人を喰らった? 成仏せい」
キダローはケープを天にむけて翻す。
「ナムシンゴン…… ノウマク…… かぁっ!」
キダローのケープが敷地全体ほどに大きくなった。そしてキダローが両手を振り下ろすとケープはサソリのパッケージを包みこんだ。
「ノウマク…… マンダバザ…… ダンカン!! かぁっ!」
キダローが再び呪文を唱えるとケープは元の大きさに戻った。そしてキダローがケープを拾い上げると、潰れかけたサソリがよろよろとはい出てくる。
「ナム…… トシロー、とどめをさせ」キダローが唱えながら言った。
「え、私? いや、キダローはんが……」
「フキさんの仇討ちや。お前、あんだけ怒ってたやろ」
俺は必死で逃れようとしているサソリをじっと見ていた。さっきまで悪態ついてたバケモンが今はこの有様や。なんか虚しい。お前は何がしたかったんや。
「こいつはな、まだラスボスやない。まだわしらの前にあらわれてない、えげつない奴がおるんや」キダローは同じようにサソリを見ながら言う。
キダローと二人でやっと片付けたこいつがラスボスじゃない? なら、そのボスはいったい何処におるんや? 俺らで勝てるんか? キダローへと視線をあげるとキダローの肩が震えているのがわかった。彼も怖いんか。それともフキさんの最期に涙しているのか。
俺は渾身の力を右足に込め、力ないサソリを踏みつぶした。ボンという小さな音と共に足下の感触が無くなった。いや、正確に言うと、漏らしてぐちょぐちょの靴の中の感触は消えていなかった。
注 あくまでもこの作品はフィクションです。
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