ドラえもんのひみつ道具、何が欲しい?――私の答えは決まっている【創作大賞】
「ドラえもんのひみつ道具、何が欲しい?」
人生で何度か聞かれる質問である。
どこでもドア。
タイムマシン。
もしもボックス。
だいたい、このあたりが人気だろう。
私も、それぞれ素晴らしい道具だと思う。
どこでもドアがあれば、世界のどこにでも行ける。
タイムマシンがあれば、歴史的瞬間に立ち会える。
もしもボックスなら、世界そのものを変えられる。
なるほど。
どれも魅力的だ。
中には「四次元ポケット」が欲しいという人もいるかもしれない。
でも、もしポケットの中身まで欲しがっているならルール違反だ。
たとえるなら、「3つの願いを言え」と告げる魔人に、
「願いをあと100個に増やして」と言うようなものだと思う。
この場合は、「四次元ポケット」そのものだけが対象となる。
中身の入っていない、無限の収容力を持ったポケット。
――「道具は一つ」が大前提である。
もし、たった一つの道具だけ、本当に手に入るとしたら?
私は迷わない。
「ウソ800(エイトオーオー)」
必ずそう答える。
薬を飲んでしゃべったことが、すべてウソになる。
正確に言えば。
しゃべったことがウソになるように、現実が変わる。
「今日は雨なんか降らない」
と言えば、雨が降る。
「もう二度と会えない」
と言えば、会える。
つまり。
言葉の使い方さえ間違えなければ、ほぼ万能なのである。
この万能の道具は、この手の話にあまり出てこない。
マイナーな道具ではない。
人気エピソードに出てくる、インパクトのある道具だ。
それなのに、ほとんど話題にのぼらない。
まったく出てこないとまでは言わない。
ドラえもん有識者が時々話題にする。
その程度だ。
みんな、ウソ800を過小評価しすぎではないだろうか。
これは薬の形をした「現実改変装置」である。
しかも、もしもボックスのように場所を取らない。
持ち運べる。
引き出しにしまえる。
使い方は、飲んでしゃべるだけ。
それでいて、あまりにも強い。
ちなみに、よく似た道具で、
「ソノウソホント」というのもある。
これは、機械だ。
しゃべったウソがホントになる。
ただし、おかしな機械を口につける必要がある。
カッコ悪い。
ひみつ道具を使っているのが見た目でバレバレ。
それに、機械は必ず壊れる。
前触れもなく、突然に。
ドラえもんが出す機械は肝心なときに故障する。
信用できない。
そして、次の点が致命的だ。
――壊れたら、直せない。
その点、「ウソ800」は薬だ。
飲めば、一定期間、効力は保証される。
量が残り少なくなったら、こう言えばいい。
「もうすぐなくなる」
なくならない。
減ってきたら、また言えばいい。
「もうすぐなくなる」
――永久に戦える。
まずは、日常生活で使ってみよう。
朝。
目覚まし時計が鳴る。
私は布団の中で言う。
「今日は寝坊する」
その瞬間、寝坊しない未来が確定する。
多分、飛び起きる。
冷蔵庫を開ける。
何もない。
いったんドアを閉める。
「卵は入ってない」
もう一度ドアを開けると、卵がある。
「牛乳も切れてるだろう」
牛乳がある。
「ロッテのラミーがあるはずない」
ラミーがある。
しかも、春夏仕立てだけでなく、冬季限定まで。
すごい。
ウソ800は食生活を豊かにする。
まずは、冷蔵庫がとてつもなく豊かになる。
私は言う。
「ステーキ肉なんて入ってない」
ある。
「最高級の和牛なわけがない」
最高級の和牛である。
私は満足して、グリルに火を入れる……。
――待て。
私は軽い朝食を作りたかっただけだ。
ウソ800。
人間の欲望との相性が、あまりにも良すぎる。
仕事にも使える。
月曜日。
スクロールしても終わりが見えない未読メール。
ひと山いくらで売れるほど大量の添付資料。
開き過ぎたブラウザのタブ。
私はパソコンの前で静かにつぶやく。
「今日中に仕事が全部終わるはずがない」
終わる。
「会議が30分で終わるとかありえない」
終わる。
「上司が『今日はもう帰れ』なんて言わない」
言う。
私は帰る。
ウソ800。
働き方改革の最終兵器である。
私の妄想は止まらない。
「この資料、修正が入りそう」
修正ゼロ。
「一発で承認されることはないだろう」
一発承認。
「先方から『完璧です』なんて言われない」
言われる。
怖い。
私の実力が向上したのか。
世界の方が、私に合わせてくれているのか。
もう、わからない。
家庭菜園にも使ってみたい。
私は種をまく。
「すぐには芽が出ない」
翌朝、芽。
「害虫にやられるに決まってる」
害虫はどこ?
「オクラは大失敗で食べられない」
食べきれない。
私は近所に配る。
最初は喜ばれる。
3周目くらいから、少し目をそらされる。
「こんなに配って、まだ残っているわけがない」
残る。めちゃくちゃ残っている。
怖い。
野菜が減らない。
ここで私は、ウソ800の運用には慎重な言葉選びが必要だと学ぶ。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」
スパイダーマンの苦悩がわかる。
もちろん、お金にも使える。
「口座残高が1億円にならない」
なる。
私は通帳を凝視する。
1億円。
間違いない。
……待て。
この1億円。
どこから来た?
お金は、冷蔵庫の卵とは違う。
誰かの口座から消えたのかもしれない。
銀行の帳簿が狂ったのかもしれない。
いや。
考えれば考えるほど、怖い。
私は慌てて言う。
「口座に1億円が残る」
残らない。
ホッとした。
1億円を失って、ホッとしたのは人生で初めてである。
私は宝くじに切り替える。
「宝くじなんて当たるわけがない」
当たる。
私は1等と前後賞で我慢する。
「これで老後も安心だ」
思わずつぶやいた瞬間。
私は、自分が何を言ったのかに気づく。
……。
ウソ800服用中は。
ポジティブな独り言が一番危ない。
私は慌てて言い直す。
「老後が安心なわけがない」
……これでいいのか?
ウソ800。
リカバリにも高度な国語力が要求される。
旅行にもいい。
「新幹線は満席だ」
席が空く。
「ホテルの部屋はアップグレードされない」
される。
「窓から富士山は見えない」
見える。
「雨なんて降るはずがない」
これは言ってはいけない。
雨が降る。
ウソ800を持っている人間は、天気の話をするとき、ものすごく緊張する。
「いい天気ですね」
普通の会話である。
だが、ウソ800服用中の私は考える。
これはウソなのか。
本当なのか。
どちらだ?
そもそも、「いい天気」とは何だ?
うかつな雑談が世界を変える。
圧倒的な力を手にした人間は、寡黙になるのかもしれない。
創作にも使える。
これは夢がある。
私はパソコンを開く。
白い画面を見つめる。
「今日は何も書けない」
書ける。
「面白いアイデアなんて浮かばない」
浮かぶ。
「こんな記事、誰にも読まれない」
読まれる。
「スキが1000個もつくわけがない」
つく。
「創作大賞で」――
……。
私は薬の瓶を握りしめて口をつぐむ。
ここで言うべきか。
言ってしまうべきか。
いや。
少し待て。
もし、ウソ800ですべてが叶ったら。
それは、私が書いたことになるのだろうか。
もちろん、文章を書いたのは私だ。
しかし。
評価まで薬で決めてしまったら。
私はきっと、その結果を心から喜べない。
「本当に面白かったのかな」
そんな疑問が残る。
ウソ800は、結果を変えられる。
だが。
結果に納得する自分までは、作れないのかもしれない。
ここまで、ウソ800の使い道を散々妄想してきた。
どう考えても万能である。
言葉一つで、現実をひっくり返せる。
嫌なことはなくせる。
足りないものは手に入る。
できなかったことも、できるようになる。
……待てよ。
私は、何をそんなに変えたいのだろう。
もちろん。
思い当たることはいくらでもある。
あのとき、違う選択をしていればよかった。
もう少し頑張れば、届いたかもしれない。
遠回りをせずに済んだかもしれない。
人生を振り返れば。
「こうだったらよかったのに」は、いくらでも見つかる。
ウソ800があれば。
それらを全部、ひっくり返せるのかもしれない。
「失敗なんてしなかった」
「遠回りなんてしていない」
「届かなかったものなんてない」
そう言えば、全部、反対になる。
……いや、違う。
ウソ800でひっくり返すなら。
むしろ「私は大失敗した」と言わなければならない。
相変わらず、ややこしい薬である。
けれど。
正しい言い方を考えながら、私はふと思う。
本当に。
全部、なかったことにしたいだろうか。
失敗したこと。
遠回りしたこと。
届かなかったこと。
ウソ800のない現実では、起きた出来事は変えられない。
でも――
その出来事につけた意味は、変えられるのではないか。
失敗した。
でも。
その先で、別のことを始めた。
遠回りした。
でも。
その道でしか見られないものを見た。
届かなかった。
でも。
届かせようとする途中で、別の何かを拾った。
出来事は同じだ。
何一つ、書き換わっていない。
それなのに。
人生の物語は、少し違って見える。
ウソ800は、言葉で現実を変える。
私には、そんな力はない。
でも。
現実につけた意味なら。
言葉で少し変えられる。
起きたことは、起きたこと。
失敗した事実が消えるわけではない。
遠回りした時間が戻ってくるわけでもない。
それでも。
別の意味を見つけることはできる。
「あれは失敗だった」
「何も残らなかった」
一度は本当だと思った、そんな言葉も。
別の角度から眺めてみれば。
本当に失敗だったのか。
本当に何も残らなかったのか。
そう考え始める。
その言葉は、もう絶対の真実ではなくなる。
ウソ800ほど万能ではない。
雨も降る。
書けない日もある。
宝くじも、おそらく当たらない。
それでも。
世界の見え方くらいなら。
少し変えられる。
「ドラえもんのひみつ道具で何が欲しい?」
そう聞かれたら。
私はやっぱり、「ウソ800」と答える。
しゃべったことが、全部ウソになる。
そんな力があれば、最高だ。
でも。
「もうダメだ」
「失敗だった」
「何も残らなかった」
自分でそう決めつけた言葉くらいなら。
薬を飲まなくても。
いつか、自分でウソにできる。
(了)
<あとがき>
子どもの頃から、『ドラえもん』が大好きでした。
『ドラえもん』に出てくるひみつ道具は、
効果・効能から欠点まで、丸暗記していました。
藤子・F・不二雄先生は、
今でも、私がもっとも尊敬する漫画家です。
控えめに言って、神 です。
そんな私の推し「ひみつ道具」は、
もう数十年来、変わらず「ウソ800」。
私が愛してやまない「ウソ800」について、
noteの記事を書こうと思ったきっかけは、
湖畔さんの次の記事でした。
母娘で、好きなひみつ道具について語り合う。
なんて素晴らしい!
それでも、私が選ぶなら――
「ウソ800」一択でした。
今回、私が思う「ウソ800」の魅力を、
初めて文章にしてみました。
最初は、ただ楽しく妄想するつもりでした。
冷蔵庫を豊かにして。
仕事を早く終わらせて。
オクラを増やしすぎて。
宝くじを当てて。
そんなバカバカしいことを、ひたすら書いていたはずなのに。
書いているうちに――
いつの間にか、私が普段から考えていることが、にじみ出てきました。
気づけば、人生について語っていました。
前半のバカバカしさとは裏腹に。
書き終える頃には、自分の中で、
かなり大切な作品になっていました。
そこで。
予定外ではありますが、
このエッセイにも「創作大賞2026」のタグをつけて投稿します。
締切日、最後の滑り込み投稿です。
これで、今年の創作大賞への応募は終了です。
最後の最後に。
大好きな『ドラえもん』から、
思いがけず、今の自分につながる文章が生まれました。
こういうことがあるから、書くって面白いですね。
本日は以上です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
たくさんのnoteの中から、私の記事を見つけて読んでいただき、
ありがとうございました。
「なんかいいかも」と感じていただけたら、
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