ソーセージ座の夜——千年目の流星群【創作大賞】
父の本は、いつも笑われていた。
表紙には、古びた星図が描かれている。
その横に、ありえないほど風変わりな名前が書かれていた。
『消された星座――ソーセージ座の謎』

子どもの頃、僕はその本が嫌いだった。
授業参観の日、クラスメイトのひとりが、教室にあった父の本を指さして、大声で言った。
「ソーセージ座だって!」
教室は笑いに包まれた。
僕も、笑った。
笑わなければ、自分まで変なやつだと思われそうだったからだ。
父は教室の後ろにいた。
その日、家に帰ると、父は少しだけ寂しそうに言った。
「笑っていい。名前はたしかに変だからな」
そして、いつものように夜空を見上げた。
「でも、星は名前で光っているわけじゃない」
その言葉の意味を、僕は長いあいだ考えなかった。
父は天文学者だった。
ただし、望遠鏡だけをのぞいているような学者ではなかった。
古い星図を集め、写本を読み、山奥の村に残る祭りの記録を調べ、砂漠の民の歌までノートに書き写していた。
父が追いかけていたのは、「ソーセージ座」だった。
古代の人々が「ソーセージ座」と呼んでいたわけではない。
古い記録に残る名は、「天の腸詰め」だった。
天の腸。
夜空に横たわる、細長い黒い帯。
その輪郭に沿って並ぶ、金色の星々。
そして、その裂け目から、ぱちぱちと飛び散る光。
古代の人々は、それを火にかけられた腸詰めのように見たのだろう、と父は書いている。
腸に肉や血や脂を詰める食べ物は、文字の記録よりも古くから存在していたかもしれない。
動物を一頭しとめれば、肉だけでなく、血も脂も内臓も出る。
腸を洗い、袋にし、細かな肉を詰め、火にかける。
それは、古代の人々にとって、決して突飛な発想ではなかった。
父は、その「天の腸詰め」という名を、現代の言葉に訳した。
ソーセージ座。
それはたしかに、わかりやすかった。
わかりやす過ぎた。
その瞬間、研究の半分は終わったようなものだった。
誰も、その先を読もうとしなかったからだ。
父の研究は、学会ではほとんど相手にされなかった。
天文学者には、観測データが弱いと言われた。
考古学者には、遺構の解釈が飛躍していると言われた。
民俗学者には、宇宙物理の話は専門外だと言われた。
誰も、父の研究を正面から否定したわけではなかった。
ただ、誰も正面から受け取らなかった。
天文学にしては、古文書が多すぎる。
考古学にしては、星の話が多すぎる。
民俗学にしては、計算式が多すぎる。
どこにも収まらなかった。
父の論文が学術誌に取り上げられることはなかった。
共同研究者は離れ、研究室で父の名前を出す人も減った。
父は異端の研究を続けた結果、学会から追放された。
正確には、「追放された」のではない。
招かれなくなり、引用されなくなり、返事が来なくなり、やがて、誰も父の研究を読まなくなったのだ。
それでも、父はやめなかった。
父の本には、世界各地に残る古い記録が集められていた。
メソポタミア方面の古い記録に残る、「天の腸詰め」。
砂漠の民が歌い継ぐ、「空のはらわた」。
中世の修道院写本にある、「天に腸のごとき筋」。
父が特に重視していたのは、約千年前の山寺の文書だった。
そこには、平安時代の天文密奏の写しとされる断簡が引用されていた。
天文密奏——
天の異変を観測し、陰陽寮の天文博士がその意味を占って、朝廷へ密かに奏上する記録。
父の本によれば、その断簡には、流星とも彗星ともつかない異様な現象が記されていた。
「天に黒き腸のごとき筋あり。
その縁、金星を連ぬ。
筋の内より火、しきりに走る」
そして、その余白には、後世の筆でこう書かれていたという。
「空見ノ窟ニテ見ルベシ」

空見。
父は、この一語にこだわった。
それは地名なのか。
窟とは、石室のことなのか。
研究を重ね、ついに、紀伊山地の奥にある「空見の石室」という山上の遺構にたどり着いた。
父は、平安の都の陰陽師たちが、最初から空見の石室を知っていたとは考えていなかった。
父の仮説はこうだ。
紀伊山地の山寺や修験者のあいだに、「千年に一度、空を見る窟」という伝承が残っていた。
天文異変の前兆を調べていた陰陽寮の天文博士、あるいは地方へ下った陰陽師が、その伝承を聞きつけ、現地の案内を受けて石室を訪れた。
そして観測結果だけが、天文密奏として都へ送られた——
もちろん、すべてが証明できたわけではない。
正本は失われ、残っているのは写本の断片や山寺文書の引用、地元の祭りの記録だけだった。
だが、父はそこに、ソーセージ座と空見の石室をつなぐ細い糸を見ていた。
時代も土地も違う。
それなのに、どれも同じ夜のことを語っていた。
空に現れる、細長い黒い帯。
その縁に並ぶ、金色の星の列。
裂け目からはじける、金色の火。
ある写本には、こうある。
あの夜、天は裂けた。
星々は落ちたのではない。
天の腸より、金の脂がこぼれたのだ。
父は著書の最後に、こう書いている。
ソーセージ座流星群とは、ただの流星群ではない。
それは、空がほころぶ夜に現れる、巨大な何かの影である。
そして、その影の輪郭を、星が縁取る夜である。
父が戻らなくなったのは、僕が高校生の頃だった。
いつものように、父は山へ向かった。
行き先は、紀伊山地の奥にある「空見の石室」だった。
熊野と吉野を結ぶ古い修験道から、さらに外れた尾根にある場所だ。
地元では「ソラミ」と呼ばれていた。
古い地図には、「空見」とも「空御」とも書かれている。
学術的には、用途不明の石造遺構、とされていた。
古い調査報告書にも、数行だけ記されている。
「山上に所在する円形石造遺構。
中央に台座状の石組みを有する。
祭祀遺構と推定されるが、詳細用途不明。」
それだけだった。
だが父は、その「用途不明」という言葉の奥に、失われた天文台を見ていた。
父の仮説では、空見の石室の原型は、古墳時代後期の山岳祭祀場だった。
それが奈良時代末から平安初期にかけて、天文観測用の石室として改修された。
約千年前の天文密奏の断簡に残る「空見ノ窟」とは、この場所のことではないか。
父は、そう考えていた。
後世の人々にとって、そこはただの古い祭祀場だった。
空を見るための場所だったことは、忘れられていた。
父だけが、それをもう一度、天文台として読もうとした。
千年に一度のソーセージ座流星群を観測するための場所として。
父は、僕の机に一枚のメモを残していた。
そこには、父の字でこう書かれていた。
「千年目の夜、空見の石室へ行け。
私の観測の続きを見ろ。」
そのときの僕には、意味がわからなかった。
わかろうともしなかった。
父はそのまま戻らなかった。
捜索隊が山に入ったが、見つかったのは古いリュックの一部と、壊れた方位磁石だけだった。
石室に続く崖道では、小さな崩落の跡も見つかったらしい。

大人たちは言った。
無謀な調査だった。
研究に取り憑かれていたのだ。
僕も、そう思おうとした。
父は変わった人だった。
変な本を書いた。
変な星座を追いかけた。
そして、山で消えた。
それだけの話にしてしまえば、僕は父を忘れられた。
でも、忘れられなかった。
母は、父の本を捨てなかった。
けれど、表紙が見えないように、いつも背を奥へ向けて本棚にしまっていた。
大人になってから、僕は父の本を読み直した。
笑うためではない。
確かめたくなった。
父は本当に、ただの変人だったのか。
それとも、誰も読まなかっただけなのか。
父が本を執筆する際に記したノートには、書き込みがいくつも残っていた。
「方位一致、偶然の可能性あり」
「記録の年代に疑問」
「再検証必要」
父は狂信者ではなかった。
むしろ、誰よりも自分の仮説を疑っていた。
父が最後までこだわっていたものがあった。
星の列だった。
古い記録には、黒い帯の縁に、必ず星が描かれていた。
十三の星。
ある記録では十七。
別の写本では、数えきれぬ金の粒。
だが、現在の星図には、そんな星の並びは存在しない。
父は、著書にこう書いていた。
「ソーセージ座は、常に空にある星座ではない」
「千年に一度、星と星のあいだに姿を現す」
消えたのではない。
まだ現れていないだけなのだ。
そして、著書には、ある日付が記されていた。
——次に現れる夜。
父が残していた資料の中に、古い星図の写しがある。

そこには、江戸時代の観測記録が添えられていた。
天保十四年、秋の夜。
長崎の天文師、星見屋栄次郎、南の空にて発見す。
形状あまりに奇異なれば、記録し後世に伝うべし。
資料の端には、父の筆跡でこう書かれていた。
「天保十四年に本現象が出現したとは考えにくい。
千年周期と合わない。
後世の加筆、または別現象との混同か。
ただし、長崎という地名は無視できない。」
たしかに、長崎なら、江戸後期の西洋天文学や暦学の知識が入っていてもおかしくない。
蘭書を読み、望遠鏡を扱い、空の異変を記録しようとする者がいても不思議ではなかった。
だが、天保十四年の夜にソーセージ座そのものが現れた、という記述は明らかにおかしい。
本物の観測記録ではなく、古記録の写し、または想像図の可能性。
あるいは、単なる流星群を「天の腸詰め」伝承に結びつけたものか。
その星図に描かれたソーセージ座は、あまりに俗っぽかった。
一つ一つの星には、こんな名前が付けられている。
「肉汁星」
「香辛星」
「結び星」
父はその横に、さらに書き込んでいた。
後世に加筆した可能性大。
ただし、星列の角度と黒帯の位置は、他資料と一致。
父が見ていたのは、名前ではなかった。
江戸の誰かが面白半分に飾り立てた星図の奥に、もっと古い観測記録の影が残っている。
「怪しい資料ほど、嘘だけでできているとは限らない」
余白には、そう書かれていた。
父は、古文書を丁寧に研究したうえで、
前回の観測から千年目の夜に、本当の姿が現れると予測した。
——そして、その夜を見る前に消えた。
父の本に書かれた「千年目の日」は、もう目前に迫っていた。
それでも、僕は、ぎりぎりまで迷っていた。
父の本を読み、地図を広げ、空見の石室の位置を調べた。
紀伊山地の奥。
熊野と吉野を結ぶ古い修験道から、さらに外れた尾根。

けれど、そこへ行く理由を、僕はまだ自分に説明できなかった。
いい年をした大人が、父のトンデモ本を片手に、ソーセージ座を探している。
まともではない。
そう思うたびに、子どもの頃の教室がよみがえった。
「ソーセージ座だって!」
笑い声。
その中にいた僕自身。
僕は、父の本を笑った。
父が見ようとしていた空まで、笑った。
それなのに、父は僕を責めなかった。
「笑っていい」
そう言っただけだった——
顔をあげて、カレンダーを確認する。
「千年目の日」。
その言葉は、あまりにも重かった。
誰かに知らせることも考えた。
けれど、証拠は何もない。
あるのは、絶版になった父の本と、疑問符だらけのノートだけだった。
状況は、父がいた頃と何も変わっていないのだ。
——自分で確かめるしかない。
ようやく決意を固めたとき、
千年目の日は、二日後に迫っていた。
僕は紀伊山地のふもとの町に入った。
すぐに石室へ向かったわけではない。
そんな度胸はなかった。
町の小さな資料館で、古い資料を確認した。
しかし、父の本やノートの記述以外の情報は出てこなかった。
宿の主人に「ソラミ」という名を出すと、少し顔を曇らせた。
「あの尾根は、もう誰も通らんよ」
昔、学者先生がひとり戻らなかったことがある。
そう言われて、僕は返事ができなかった。
それが父のことだと、すぐにわかったからだ。
翌日、僕は登山口まで下見に行った。
古い修験道は、地図の上では一本の線だった。
けれど実際には、倒木と崩れた石段と、獣道のような踏み跡が続いているだけだった。
父が通ったとされる崖道は、今も危険なままだった。
途中で、道が大きく崩れている場所に出た。
立入禁止の古い札が、半分倒れたまま草に埋もれていた。
父は、この道を通ったのだろうか。
僕はしばらく、その崩れた斜面を見ていた。
父のノートには、別の道も記されていた。
石室の北側へ回り込む、古い迂回ルート。
距離は長い。
道も悪い。
ただ、崖道よりはまだ安全だと書かれていた。
僕はその日、石室までは行かなかった。
迂回ルートの入口だけを確認して、ふもとの宿へ戻った。
怖かった。
山が怖かったのではない。
父が最後に見たかもしれない道に、自分が近づいていることが怖かった。
千年目の日の朝、空はよく晴れていた。
宿の窓から山を見た。
山は、昨日と何も変わらない表情でそこにあった。
大きく深呼吸する。
もう、行かない理由はない。
僕はリュックを背負って宿を出た。
父のノートに従い、北側の迂回ルートから尾根へ入った。
道は細く、何度も見失いそうになった。
木の根を踏み、濡れた石を避け、古い赤い布が結ばれた枝を目印に進んだ。
日が傾くにつれ、山の色が少しずつ変わっていった。
鳥の声が遠のき、風の音だけが残った。
何度も引き返そうと思った。
けれど、そのたびに、父のメモの文字が頭に浮かんだ。
千年目の夜、空見の石室へ行け。
私の観測の続きを見ろ。
——観測の続き。
それだけを考えて、足を進めた。
日が沈む前に、ようやく石室が見つかった。

崩れかけた石造りの円形遺構。
半分失われた屋根。
中央に据えられた、用途のわからない台座。
たしかに、祭壇に見えた。
だが、父の本を読んだあとでは、それは別のものにも見えた。
空を見るための場所。
正確には、空に落ちる影を見るための場所。
台座の上には、何もなかった。
いや、何もないように見えた。
割れた石板と水晶片。
錆びた輪。
床に刻まれた、意味のわからない溝。
普通に見れば、それは壊れた祭具の残骸だった。
だからこそ、この場所は長いあいだ「用途不明の山岳祭祀遺構」とされてきたのだろう。
けれど、父のノートを読んだあとでは、違って見えた。
台座のくぼみ。
床の溝。
壁の切れ込み。
天井に残る、細い開口部。
それらは、何かを固定し、何かを通し、何かの角度を合わせるための跡だった。
父のノートには、台座の上の残骸をどう読むかが描かれていた。
水晶片は、祭具ではない。
光を曲げるための断片。
錆びた輪は、装飾ではない。
円盤を固定するための枠。
床の溝は、祈りの線ではない。
千年目の夜、星の位置に合わせるための方位線。
父は、この石室に完成した装置を見つけたのではなかった。
誰もが壊れた祭具と見なしたものの中に、分解された観測装置を見ていたのだ。
父のノートに、小さな注釈があった。
肉眼は、光を見る。
この装置は、影を見る。
僕はその一文を何度も読んだ。
古代の人々にも、流星は見えていたのだ。
金色の光が、夜空にぱちぱちとはじけるように流れる。
それは肉眼でも見えた。
だから、歌になり、祭りになり、写本に残った。
けれど、その光がどこから現れているのかは、肉眼では見えない。
黒い帯の輪郭。
その縁を示す星の列。
裂け目の奥から、光がこぼれ出す瞬間。
それを見るために、この石室は作られたのだ。
父の予測した時刻が近づいていた。
僕は台座の周囲を調べた。
父のノートには、石室の北側に小さな空洞があると書かれていた。
壁の根元に手を入れると、石の奥で指先に冷たい金属が触れた。
引き出すと、古い金属筒だった。
表面は錆びていたが、防水用の布で何重にも包まれていた。
中には、ノートが入っていた。
それから、薄い水晶板が三枚。
小さな真鍮の固定具。
そして、父の字で書かれた紙片が一枚。
「復元部品。
欠損部を補うためのもの。
石室備え付けの断片と合わせて使用すること」
僕はしばらく、その紙片を見つめていた。
父は、この石室に完全な装置を見つけたわけではなかった。
壊れた祭具の残骸にしか見えないものを、古文書と星図から読み直し、足りない部分を自分で復元していたのだ。
だから、誰にもわからなかった。
この場所に来た者はいた。
調査した者もいた。
写真を撮り、寸法を測り、報告書に「用途不明」と書いた者もいた。
けれど、誰もこの残骸を組み立てようとはしなかった。
誰も、千年目の夜の空に向けて、もう一度使おうとはしなかった。
父だけが、ここに、まだ終わっていない装置を見ていた。
僕は、この場所に残されていたノートを開いた。
表紙には、父の字でこう書かれていた。
「未完観測ノート
ソーセージ座流星群・千年目予測」
ページをめくる。
そこには、石室に残された水晶片と、父が復元した水晶板を組み合わせる手順が細かく書かれていた。
僕は、父の字を追いながら、ひとつずつ部品を組み合わせていった。
手が震えた。
錆びた輪は、最初、ほとんど動かなかった。
両手で押し、肩で支え、ようやくわずかに回った。
水晶板は、想像していたより薄かった。
力を入れすぎれば、すぐに割れてしまいそうだった。
それでも、ノートの通りに並べていくと、ただの残骸だったものが、少しずつ形を持ちはじめた。
祭壇に見えていた台座が、観測台になった。
飾りに見えていた輪が、角度を測る枠になった。
意味のわからなかった溝が、星へ向かう線になった。
僕は最後の固定具を締めた。
石室に残っていた断片と、父が復元した部品が、台座の上でかろうじてひとつにつながっている。

それは、立派な装置には見えなかった。
古代の天文台というより、壊れた祭具を無理やり組み合わせたものに近かった。
けれど、北東の切れ込みから入った星明かりが、水晶板を通った瞬間、台座の中央に細い影が落ちた。
影は、ただの影ではなかった。
ゆっくりと揺れながら、夜空の一点を指している。
僕は息を止め、父のノートに書かれた角度に、最後の水晶板を合わせた。
装置の向こうに、黒い線が現れた。
いや、線ではなかった。
それは、夜空に横たわる細長い空白だった。
星がない場所。
闇よりも黒い闇。
それは少しずつ伸び、夜空に長い傷跡のようなものを作った。
そして、その両側に、金色の点が並んでいた。
ふだんの星図には存在しない光が、黒い帯の輪郭を縫うように浮かび上がっている。
ソーセージ座。
本当にあった。
それは、星座というより、千年に一度、地球の夜空に重なる未知の暗い帯のように見えた。
濃密な宇宙チリなのか、暗い星雲の縁なのか、僕にはわからない。
ただ、その闇の輪郭だけが、星明かりに照らされて、一時的に燃え上がっていた。
この空を、千年前の人たちも、この場所で見たのだ。

僕は息をのんだ。
「父さん」
声に出してから、自分で驚いた。
ここには誰もいない。
それなのに、最初にこの空を見せたい相手は、やはり父だった。
僕は、もう一度ノートを開いた。
最後のページに、僕への言葉があった。
「これを読んでいるなら、お前はここまで来たのだろう。
私は、まだソーセージ座を見ていない。
千年目の夜、本当に何が現れるのか、私にはわからない。
ただ、ひとつだけわかっている。
笑われたものの中にも、確かめる価値のあるものはある。
星は名前で光っているわけじゃない。」
僕は、しばらく動けなかった。
ノートの続きには、こう書かれていた。
「ここには、もう戻れないかもしれない」
僕の心臓が跳ねた。
「今日、登ってくる途中で、崖道が崩れた。
帰りは別の尾根を回るしかない。
ただし、危険なルートだ。
戻って来られなかったときのために、このノートを残しておく。」
僕は顔を上げた。
装置の向こうで、黒い裂け目はさらに濃くなっていた。
その輪郭を、金色の星々が、強い光で縁取っている。
裂け目の奥から、光がいくつも現れていた。
ノートの続きを読んだ。
「お前が笑ったことを、私は怒っていない」
風の音が強くなる。
「子どもは、親の孤独まで背負わなくていい」
あの日の教室がよみがえる。
笑い声。
父の本。
後ろに立っていた父。
そして、笑った僕。
父は、見ていた。
見ていたのに、怒っていなかった。
「ここまで来て、自分の目で確かめようとしたなら、それで十分だ。」
ノートの記述は、そこで終わっていた。
その後、父はどうなったのか。
石室に残された復元部品とノート。
下山の途中で見つかった、リュックの一部と壊れた方位磁石。
たぶん父は、荷物を減らすために、観測に必要なものを石室に残したのだ。
そして、普段は使わないルートで山を下りようとした。
いつか、僕がここへ来るかもしれない。
父は、そう考えたのだろう。
けれど、父は戻れなかった。
何があったのか、正確なことは、もうわからない。
それでも、少なくともひとつだけはわかった。
父は、逃げたのではなかった。
最後まで、見ようとしていた。
見られないなら、次に来る誰かのために残そうとしていた。
僕は、カメラを手に取った。
父が立った場所に、僕は立っていた。
父が見られなかった空を、僕が見ていた。
黒い裂け目の奥から、金色の光が音もなくはじけ始めた。
まるで、火にかけられた腸詰めの皮が裂け、熱い脂が空へ跳ねるように。

夜明け前、黒い裂け目は薄れていった。
金色の星の列も、ひとつ、またひとつと消えていった。
最後には、星々は何事もなかったかのように元の場所で光っていた。
翌朝、復元した観測装置をそのまま残し、石室を後にした。
山を下りる途中、何度もリュックを確かめた。
中には、父の未完観測ノート、昨夜の現象を記録したカメラが入っている。
ふもとの町に着く頃には、昼前になっていた。
駅前の小さな食堂のテレビでは、昨夜の流星群の映像が繰り返し流れていた。
「昨夜未明、世界各地で極めて珍しい金色の流星群が観測されました」
ニュースキャスターは、少し興奮した声でそう言った。
「専門家によりますと、地球が未知のダストトレイルを通過した可能性があるということです」
画面の中で、人々が空を見上げていた。
歓声。
拍手。
携帯電話の光。
夜空に流れる、金色の線。
世界は、金色の流星群を見た。
けれど、その光がどこから現れていたのかは、まだ誰も知らない。
ニュースの中に、父の名前はなかった。
ソーセージ座という言葉もなかった。
すぐに信じてもらえるとは思わない。
父の名誉回復も、そう簡単なことではない。
きっと、また言われるのだろう。
天文学なのか、考古学なのか、民俗学なのか、まず整理してほしい。
たぶん、それは正しい。
でも、正しいことだけで、世界はできているわけではない。
誰かが笑ったもの。
誰かが読むのをやめたもの。
誰かが分類できなかったもの。
その中に、まだ見られていない空がある。
小さな喫茶店に入り、僕は父の本を開いた。
表紙には、ありえないほど風変わりな名前が書かれている。
『消された星座――ソーセージ座の謎』
昔の僕なら、その表紙を伏せていただろう。
誰かに見られないように。
誰かに笑われないように。
けれど、もう隠さなかった。
僕は本を横に置き、ノートパソコンを開いた。
ネットニュースに、昨夜のことが出ている。
先ほどのテレビより、少し詳しい内容だった。
「国内外の複数の観測所で、流星群の中心付近に原因不明の減光領域が記録された。」
僕は目を見張った。
減光領域。
星の明るさが、一時的に弱まる場所。
父のノートに、何度も出てきた言葉だった。
「専門家は、画像処理上の問題や大気の影響も含め、慎重に解析を進めるとしている」
記事に添えられた観測写真には、
小さな点がいくつも並ぶ中に、細長く暗い帯が写っている。
世界も、見ていた。
ただ、まだ読み方を知らないだけだ。
それでも、やはり、父の名前はなかった。
ソーセージ座という言葉もなかった。
それは当然だ。
けれど、もう父だけの記録ではなかった。
世界の観測データにも、同じ影が残っている――
僕は、ネットニュースの画面を閉じ、書きかけの文書を開いた。
そして、新しいページに、一言だけ入力した。
「見た。」
少し考えて、言葉を書き足した。
「父さんが見られなかった空を、僕が見た。」
それから、もう一行書いた。
「父さんは、嘘つきではなかった。」

僕がやるべきこと。
父の書いた本に、補遺を付け足して、もう一度世に出す。
父のノートと、僕の写真と、世界の観測データを照らし合わせられる形で。
「補遺。
千年目の夜の観測記録。」
店の窓の外では、真昼の光が街を照らしていた。
星はもう見えない。
けれど、空はそこにあった。
昼の空も、夜の空も、父が見上げていた空も、僕が笑ってしまった空も。
僕はノートパソコンを閉じた。
そして、父の本の表紙をなでた。
ソーセージ座。
風変わりで、奇妙で、笑ってしまう名前。
でも、もう恥ずかしくはなかった。
「星は名前で光っているわけじゃない。」
父が言っていたことを、僕はようやく少しだけわかった気がした。
(9,798字)
『ソーセージ座の夜——千年目の流星群』<了>
<あとがき>
こんにちは、きのころです。
今回は、「ソーセージ座流星群」の短編小説版をお届けしました。
この作品は、
田原にかさんの「毎週ショートショートnote」に投稿した、
『失われた星座を求めて』を元に、リライトしたものです。
元になった作品『失われた星座を求めて』は、
「たらはセレクション」に選ばれました!
この嬉しい通知を受け取ったとき、まさに、
今回投稿した短編小説版を執筆している最中でした。
ようやく、仕上げることができ、感無量です。
今回、短編小説化を思い立ったのは、
ショートショートのアイデアを考えているときに、
1000年前だったら、日本は平安時代——
大好きな「陰陽師」とからめることはできないか、
と思いついたのが発端でした。
陰陽師といえば、安倍晴明に代表されるような、
呪術や占術の達人を思い浮かべますが、
そもそもは、天体観測や暦作成等を担う専門家です。
「空見の石室」の場所や歴史等の設定については、
AI(ChatGPT)の知見に頼りました。
先週、奈良に行ったときに、奈良国立博物館で、
吉野・大峯の修験道に関する展示を見たことも、
作品執筆のエネルギーになりました。
陰陽師が大活躍する展開にはなりませんでしたが、
個人的には、ロマンあふれる話を作れて満足です(笑)
ご一緒に楽しんでいただけたなら、嬉しいです。
本日は以上です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
たくさんのnoteの中から、私の記事を見つけて読んでいただき、
ありがとうございました。
「なんかいいかも」と感じていただけたら、
スキやフォローで合図を送ってもらえると、とても励みになります。
どうぞ、よろしくお願いします。
