塵と十字架(1)
【あらすじ】
2033年、国会議事堂でテロ発生。その後、数十発の核でニッポンは壊滅した。残ったのは放射能の灰舞う僅かな土地のみ。人はその街を《塵──ダスト》と呼んだ。
街外れの麻薬更生施設に拘束されているチカゲは核を生き残った19歳の青年だ。特殊部隊隊員の亡き姉イズミ──通称《赤き死》仕込みの卓越した戦闘能力をもつ。
四駆高機動車両RATTを操る死体フェチの葬儀屋・オキ。
獣人に変異する謎の少年・ビースト。
3人で施設を脱走したチカゲは《塵》に戻る。
しかし姉の影を色濃く残すこの街は、今や官房長官を名乗る男アラカキにより統治されていた。
序章
バンカーバスターが炸裂した。
厚さ二メートルのコンクリートをも突き抜ける一トン級の地中貫通爆弾が──たとえそれを威力十分の一に小型化したものといえど──ほんの数十メートル先で爆発したのだ。爆風を受けて男の身体が飛んだ。建物の壁に激突して、暫くの間彼はぴくりとも動かない。それでも手にしたサブマシンガンを手放さなかったのは本能だろうか。
「クソッ」
吐き捨てて、よろよろと立ち上がる。咳き込みながらも片手で両目を覆って、今更ながら爆風の余波をやり過ごす。ばさばさと翻る前髪と、簡略化された戦闘服が凪ぐ。特殊部隊の対ゲリラ戦用に開発されたそのタクティカルベストには胸と胴に深いポケットが多数。その幾つかから銃の装飾品(アクセサリー)が覗いていた。
「重ぃんだよ」
八つ当たり気味に、まず胸ポケットから手の平大(サイズ)の小型GPS(全地球測位システム)を取り出すとぽいと投げ捨てた。容赦ない。
細身の、特殊戦闘員というには些か頼りない体躯ではある。まだ若く、傷一つない肌は青白く映るほどだ。整った顔立ち、しかしそれは不機嫌に歪められている。その容姿、だらしない立ち姿から、彼が正規の軍人であるとは到底思えなかった。その証拠に、生命線とも言える大事なGPSをいかにも鬱陶しそうに蹴り飛ばしている。
目の前に開くバンカーバスターの直撃痕、体中に纏い付く線(コード)や装置。この大掛かりな仕掛けに、彼が少々うんざりしている様子が見て取れる。
原発内に少数のテロリストが侵入。核を盾に十時間近くもの間立てこもっている。
当然ながら外からミサイル攻撃を行うわけにもいかない。
潜入しての掃討作戦を決行。三十分以内に九名のテロリストを行動不能(生死は問わない)に、且つ原発心臓部である機械操作室を制圧せよ。
それが、任務(ミッション)。
「バカバカしい」男は呟く。
何で僕がこんな遊び(ゲーム)に駆り出されなきゃならないんだ。
『……チカゲ』
突然、自分の胸元から飛び出した機械音に彼は一瞬身を固くした。チカゲ、と己の名を呼ぶのは、やはり胸元に装着させられた個人用携帯無線機だ。
『三十秒後に突入しろ、チカゲ』
最新型REMBASSⅡ(遠隔操作戦場監視センサー)で敷地全体を偵察している別部隊からの伝達である。その英語での命令に、彼は応答する事すら面倒臭くなっていた。
「邪魔だ」
日本語で呟くと、英語と雑音の飛び出すMBIRT(多周波対応チーム内無線)アストロ・セイバーⅢ──その小さな機械をもポケットから放り出す。この鬱陶しいコードを外してしまいたいのはやまやまだが、そんな事をすると脳に重大な障害が残るぞと脅されている為、迂闊に行動には移せない。それならば、この状況を利用して日ごろの憂さを晴らしてやれ。つまり暴れてやろうと腹を決めて、チカゲは小さく頷く。その眼は完全に据わっていた。
視線の先──破壊された壁から立ち上る濛々とした煙はなかなか収まりそうもない。ならば、と逆にその煙に己の身を隠しこんで、チカゲは建物に向かって走り出した。
その身のこなしは確かなものであった。手にした獲物はMP5KA4──ドイツのヘックラー・ウント・コッホ社が誇る名だたるサブマシンガン。銃の上半分をステンレスで上塗り(コーティング)された銀色のクローム・レシーバー・モデルである。
予め弾倉(マガジン)は装着されている。建物に飛び込む直前、初弾が薬室(チャンバー)に入っているかを確認。足を止める事なく、チカゲはバンカーバスターの開けた穴に身を滑らせた。素早く左右に視線を走らせる。煙の向こうに人影を認めた瞬間、引金(トリガー)に掛かっていた指先が勝手に反応した。広い室内にある柱の影に向かって駆けながら、彼のMP5が火を噴く。爽快なまでの銃声の乱打と共に影は崩れた。
チカゲの視線は、続いて現れたもう一つの人影に走る。狙いを付ける必要なんてない。腰に銃身を当てがったまま、新手の人物の頭目掛けて引金を。フルオート射撃に設定している為、三十二発の弾丸などあっと言う間に使い切る。しかしそのほとんどは敵の頭部に命中した。手持ちのアサルトライフルを構える間もなく、相手は倒れる。
柱の影に滑り込むと同時に再装填。あと何人? 敵の気配はまだ絶えない。チカゲの手は再びポケットへ。装備させられた(・・・・・)下らない物──これはフリーズレータ(携帯式翻訳機)と言ったか──を取り出すと、そのままの勢いで壁に投げ付けた。
実戦において、動く物に反応してしまうのは兵士の常だ。よく訓練された兵であれば尚の事。非武装の女子供や、例えそれがただの物質であれ、視野で動くものには反射的に銃口を向けてしまう。チカゲが放った機械目掛けて敵の銃が宙に火花を散らす。その瞬間、兵士の頭も飛んだ。
「これで三人」
頬が紅潮していた。口元には微かな笑み。彼がこの状況を楽しみだしたと分かる。硝煙の匂い──生きていると実感できるのはこういう時くらいだ。
気配はまだ続く。
「いけない」
僅かな時間でもじっとしているわけにはいかない。次の小部屋へと開け放たれた扉の影に、彼は頭から滑り込んだ。その軌跡を追うように散弾が。チカゲの爪先で敵の弾が弾ける。彼が飛び込んだ扉目掛け、数百発もの弾丸が撃ち込まれた。
取手も蝶番も何もかもが壊れた扉の前に、ボディアーマーに身を固めた男が二人走り寄る。あれだけの攻撃に晒されて、中の侵入者(チカゲ)が生きている可能性は著しく低い。しかし彼等に油断は一切なかった。一人が小さく顎を動かしたのを合図に、もう一人が扉を蹴破る。二人はほぼ同時に部屋になだれ込んだ。侵入者を圧倒するように室内に左右に展開する。
しかし目指す敵の姿はどこにもなかった。無論、死体すらも。小さなランプ一つの薄暗がりの中とはいえ、隠れる場所などない部屋だった。顔を見合わせる二人。
「おい、奴はどこへ……」
扉を蹴った方の男が何か言いかけた時だ。その言葉は途中で切れた。真上から銃弾の音の雨。男の頭が吹き飛ぶ。
「しまった」
もう一人が天井を見上げる。その瞬間、顔面に強い衝撃が。天井の梁に足を引っ掛けてぶら下がっていた侵入者が鮮やかに半円を描いて舞い降りてきたのだ。咄嗟に引金に指を掛けたものの、撃つより早く相手の膝が男の顔面を抉る。意識を消失する一瞬、目の前に真っ赤な実が弾け、それが男が見た最後の光景となった。
通常有り得ない、単独での突入。それは逆にどんな無茶な動きをしても同士討ちの危険がなく、チカゲにとっては身軽な戦いであった。大勢で足並み揃えるより、この方がずっと性に合っていると思う。
かつん。音を鳴らして床に降り立つ。細い肩はさすがに激しく上下に揺れていた。相棒(MP5)を小脇に抱え、ポケットを探る。震える指が取り出したのは小さな箱だった。中から煙草を一本取り出す。ライターを扱う間、指の震えは更に激しさを増した。
煙草の中に忍ばせているマリファナの香りを思い切り吸い込むと、チカゲはその場に座り込んだ。命綱のサブマシンガンは抱えたままだが、眼を閉じて……脱力したその表情。
テロリストに占拠された原発──時にそれは病院だったり、放送局だったりする──を制圧せよ。
そういう設定は昔、随分訓練させられた(・・・・・・・)っけ。訓練というより、あれは苛めに似た無意味な特訓であったが。しかしそのお陰であるに間違いはなかった。今、こういう場所で体が勝手に動いてくれるのは。
煙を吐きながらチカゲは俯く。顔は見えないが、どうやら笑っているらしかった。
「まさかこんな下らない事に役立つとはな」
赤い髪を靡かせた、やたらエキセントリックな女を思い出す。あの高い声が今も耳に残って離れない。
戦っている時だけは彼女が側に居るような気がした。振り向けば、いつもそこに彼女が……。
しかし、想いはあえなく途切れた。手にしたMP5──その引金がまるで危険を知らせるように加熱し始めたのだ。
「熱ッ」と悪態をついてから、チカゲは持っていた布切れで握り(グリップ)部分をぐるぐる巻く。何だ、この駄作(ガラクタ)。大して撃ってもいないのに、早くも銃身が加熱してきやがった。MP5がこまめな手入れが不可欠な繊細な銃であるとはいえ、これではあんまりだ。どうやらいい加減な銃を持たされたらしい。
原発の制御塔となっているこの二階建ての建物は、階下に幾つかに区切られた小部屋。そして二階部は面積全てを使ってのコントロールシステム、いわばメインルームとなっている。
事前に得た情報で建物の構造は頭に入っている。まさかバンカーバスターの穴から、しかも一人で突っ込んで来るとは思わなかったのだろう。不意をつけた。開始から僅か十五秒で半数以上──九名のテロリストのうち五名を始末できたのは、幸運というより作戦の勝利だ。
そもそもこういう突入作戦の場合、単独での行動は有り得ない。十名単位の部隊が二つ以上出動する規模である。迎え撃つ側としては突入一人目には照準を合わせにくいものだ。一人目の動きを見て、次の者の動線を読む。しかし今回、その二人目はいつまで経っても来なかった。不意をつかれ、故に行動が遅れたのだ。この成功は無論、チカゲの身体能力の高さも考慮しなければならない。
「あとの四人は二階か」
彼は天井を睨む。空の弾倉を落として新しいものを装填した。
随分使っちまったなと呟く。三十二発のマガジンを、一体何度取り替えただろう。酷使しすぎて銃が悲鳴をあげるのも無理ない。もう少し持ってくれよと念じながら、素手で持つには熱くなりすぎた銃を半自動(セミ・オート)に切り替える。
麻薬(マリファナ)入りの煙草を吐き捨てると、呼吸を整え気配を消して階段へ。古い倉庫のような造りの建物だ。階段は狭く、途中で曲がっている。明かりといえば踊り場にぶら下がる小さなランプのみ。誰が潜んでいても分からない。ここを一気に駆け上る事は、さすがに躊躇われた。
周囲を見回し、床に転がる廃材を見付けたチカゲは音を立てないようにそれを抱えて引きずってきた。数あるポケットの中から、今度はシグナルミラーを取り出す。小さな鏡だ。長い廃材の一方にそれを乗せて、するすると段を上らせた。手元で板の角度を調整するだけで階段の死角が露になるという仕掛けだ。何とも原始的な仕組みであるが、特殊部隊突入用のサーチカム(画像モニター付カメラ)をも庭に捨ててきた以上、仕方あるまい。
チカゲの眼が鋭くなった。鏡が人影を映したのだ。階段の踊り場の隅の方に、ハンドガンを構えた男が蹲るようにしてこちらを睨み据えている。階下の銃撃戦が治まったのを聞き、待ち構えているのだ。
「………………」
微かに息を飲んだチカゲだが、そのままするすると板を戻す。大丈夫、相手は気付いては居ない。音を立てないように服を探る。特殊部隊の一応の装備は持たされている。面白いように何でも出てくるポケットだ。多分目指す物もある筈だと幾つかのポケットに手を突っ込んでから、彼の表情は余裕の笑みを醸した。幾つか有益な道具を見付けたらしい。まずは消音装置(サイレンサー)を取り付ける。
敵は多数。ならば相手が声をあげるより早く片を付けるのが原則だ。まして一発の銃弾でも撃たせてはならない。チカゲは足音を立てずに階段を半分まで上ると、突如踊り場に滑り込んだ。
不意に眼前に現れたチカゲの姿に、アメリカ人の男は僅かに口を開きかける。叫び声と共に引金を引こうとしたのか、それとも二階の仲間に危険を知らせようとしたのか。いずれにしても息を吐くような小さな音と共に男の体も力を失った。
──あと三人。
鏡を使った同じ要領でチカゲは二階の様子を探る。事前情報の通りだ。コンピューターを配置しただだっ広い空間に、三人の人物の姿。全員がアサルトライフル、もしくはサブマシンガンを持っている。鉄板入りのボディアーマーに身を包んだフル装備だ。
出来れば一対一に持っていきたかったのだが、それも難しいだろう。身を隠す場所すら見付けられない。舌打ちして、照準装置を銃の上部に取り付ける。しょうがない。分かってるよ。やるしかないんだろ。
極限まで加熱したMP5を片手に、もう片手には先程の鏡。こいつには最後の一働きをしてもらう。踵が音を立てないように注意しながら体を上下に揺らす。次の瞬間、チカゲの身体はバネの様にしなった。そのままの勢いで二階広間に飛び込む。その一瞬、きらりと光る小さな輝きが宙を舞った。彼が放った鏡のきらめきだ。重い銃撃音が響き、それは瞬時にして砕かれ四散する。鏡を撃ったのは45ACP弾。その重い弾音に、チカゲの放つ9㎜パラベラム弾の痛快な連射音が重なる。
こめかみを撃ち抜かれて瞬く間に一人が倒れ、その時点で漸く敵は侵入者の姿を認識するに至った。しかし一瞬たりとも動きを止めない侵入者に銃口を合わせるのは、訓練された人間にとっても困難な技だ。チカゲの頭上の壁、周囲の器材に弾が無駄に撒き散らされる。身を縮めたままの状態でチカゲも走り抜ける。止まるわけにはいかない。近接した状態での銃の撃ち合い。こちらも動きながらの戦いである。敵に照準を付けている暇などない。先程取り付けたエイムポインターCOMP.Mを付けたMP5を腰だめに構える。弾の着弾点が赤いドットで照射される為に片目で狙う必要がない分、動きに無駄がなくなる。
引金の熱は最高潮に達していた。相手が倒れるのを確認するまで指を放すわけにもいかず、チカゲの指は火傷に悲鳴をあげる。
「あ、あと一人……」
向こう側からばら撒かれる銃弾を掻い潜って、身を寄せるようにして奥へ進む。敵のアサルトライフルの銃口が踊っているのが見える。それがやけに左右にふらついていると感じたのだろう。重い銃を制御しきれていない様子だ。チカゲは初めて敵の顔を見た。
「あっ……」
敵は女だった。茶色の髪をした外人女である。一瞬だけ、彼女を思い出す。銃を持った女は皆彼女に見えてしまう。チカゲは苦笑した。
だが、違う。これはあの女じゃない。躊躇いなく銃を構えた瞬間、しかし抵抗するかのように彼のMP5が暴れ出した。
──しまった。叫ぶと同時に、たまらず銃を取り落とす。間髪入れず女の銃弾がチカゲの髪を掠めた。
ジュッ。派手な音を立てながら銃(MP5)が煙を放出し始めたのだ。蓄熱放出(コック・オフ)か。冷却時間なしで銃を撃ち続けた場合、銃身の熱を冷ます為、こうやって煙を放出するシステムだ。勿論、その間、銃は使用不能だ。しかし何もこんな時に。
「クソッ」
吐き捨てながら、それでも動き続けるしかあるまい。動きを止めたら最後なのは知れていた。女が銃を持て余しているのが幸いだ。マガジン交換のその一瞬を使って、チカゲは敵の身に迫った。相手が銃を構えても、その銃口がこちらを指しても、それでも一瞬も止まるな。それが生き残る唯一の道だ。
そのままの勢いでチカゲの身体が跳ねる。膝が相手の顔面に入ったと感じた瞬間、視界から全ての映像が消えた。
最後の女が彼女だったら、殺られてたのはこっちだな。ぼんやりとそう思った。
彼女の為に戦っている。死んだと知ってるけど、でもどこかで信じてる。それが未練でも……信じたい。
光の失われた完全な闇。ジジ……というコンピューターの処理音だけが彼の周囲で唸る。やがてその音が途絶えた時、闇一杯に無数の0と1の数字が並んだ。
やがて機械音が『チカゲ』と繰り返す。
0と1が点滅しては消え、また瞬く。
『チカゲ』戦闘技量──《制御不能(レベル・オーバー)》
【 ↓ 1~13話へのリンク ↓ 】
