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塵と十字架(10)


第三章 七十八億の夢


 最後の三日間が始まる。

 顔面を打つのは突風と、それから舞い散る灰だった。目を細めて、それでもチカゲの視線は上方から逸らされない。
 赤い鉄塔が天へと聳える。その所々に黒い人影が動く。目を凝らせばそれがビースト──否、ドクターが造った獣人達だと分かった。鉄梁にしがみついていたり、四つ脚で階段を駆け上がったり。騒ぎは一番上の滑走路から聞こえてくる。大量の獣達もどうやらそこを目指して移動していくようだ。
 階段を一段飛ばしに駆け上がる。すぐに息が切れたが、足は止まらない。
 ──まさか、イズミ……?
 さっきの映像は何だ? 一瞬だけだった。見慣れた赤い髪でもなかった。生きているとも思えなかったし、例え生きていてもこんな所に突然姿を現すわけがない。ただの願望だ、、幻だ。そうは思う。
 しかし、それでもその姿は……。
 
 思考は一瞬で停止した。
 鉄塔全体が小刻みに揺れ始めたのだ。同時に上方から凄まじいプロペラ音が響く。階段の途中で平衡を崩し、チカゲは手すりにしがみついた。隙間から顔だけ出して見上げると、遥か上方──滑走路から赤い機影が一機、飛び立って行くところであった。輸送用ヘリのようだ。
 続いてもう一機。小型の機体が今しも飛び立とうとする寸前だ。黒い影が数匹、機体に飛び付くのが見えた。獣人達はしがみついたまま、操縦席の方へとにじり寄る。せり上がりかけた機体が揺らいだ。そうでなくとも建物が接近した難しい条件の場所だ。戦闘機は失速し、目の前のビルに突っ込んだ。
「……イズ、ミ……?」
 そこに誰が乗っているのかすら分からない。それでもチカゲの叫びは悲鳴に近かった。その場に座り込み、震える身体を必死になって落ち着かせる。大丈夫、大丈夫だ。炎上した様子はない。速度も出ていない。ならばコックピット内の操縦士に深刻な打撃はない筈だ。
 踵を返す。今度は地上へ。階段を一気に飛び降りるように。しかし電波塔上部の獣人達の動きは彼よりずっと速かった。鉄塔の梁から梁へ飛び移るようにして移動を始めたのだ。たちまちのうちに、数匹がチカゲの背に迫る。
 振り返る。咄嗟にMP5を構えたが、撃つ事は出来なかった。目の前には三匹の獣人の姿。相手の動きが速いというだけではない。ビーストと寸分違わぬその姿──いや、これはドクター・カーンの造った人工生命体であって、友人ではない。そうは思うが、でももしこの中にビーストが混じっていたら? 何せ獣人の個体差なんて、一目ではまったく分からないのだから。
 躊躇ったその一瞬、狼の手が彼の武器を凪いだ。カンカン……MP5が鉄梁にぶつかる音が遠退き、やがて下に吸い込まれて行く。命綱のサブマシンガンをあっさり地上に落としてしまって、チカゲは凍り付いた。獣人から感情の波は感じられないが、それは戦闘用人工生命体。殺意などなくとも、目の前の相手の命を奪う事に逡巡はないだろう。
「イズミッ!」
 咄嗟に隣りのビルを眺めていた。さっきのあれが姉だったら? 彼女を目の前にして、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
 狼のような獣人は爪を光らせてチカゲに迫る。今のところ三匹。彼を取り囲むように、徐々に包囲を狭めていく。そしてその数は上階から次々と増えていくのだ。足場は不安定な階段上。隙間から覗く地上は遠く、その高さ六、七十メートルはあろうか。突き上げる突風に飛ばされそうだ。
 クソッ、と呻いてチカゲは周囲を見回す。腹を括るしかあるまい。その場で二、三度体を揺らす。
 獣人が獲物(チカゲ)に向かって躍り上がったその時だ。チカゲは駆け出す。狭い階段を、しかし全力で。鉄塔の外へ向かって身を躍らせた。折からの突風に吹き上げられ、体がふわりと浮く。放物線を描いて、彼の体は隣りのビルに突っ込んで行った。
 窓硝子を割って突然室内に転がり込んで来た姿に、その場に居た兵士達が悲鳴をあげて銃を突きつける。しかし立ち上がって硝子の破片を払い落とすのが《赤き死》であると気付くと慌てて銃口を下げた。代わりに口々に質問が飛び出す。
「う、上から物凄い音が」
「爆発? まさか核が?」
「馬鹿、核な訳ないだろ」
 兵士達はチカゲを見ている。判断が付かないから命令を待っているのだ。兵士として銃を持っていても、何せ昨日までは《塵》のチンピラだった男達だ。咄嗟に統率の取れた集団行為が取れる筈もない。
「隣りの電波塔が酷い事になってる。ビルの入口を封鎖しろ。絶対にアレをビル(ここ)に入れるな」短く指示を与える。「状況が分からない。下手に動くなと他の奴等に伝えろ」
 ああ、ちょっと待て。
「万一アレが入ってきても……殺すなよ」
「わ、分かりました」
 矛盾する命令に、しかし彼等は反射的に頷く。兵士達は階下に、チカゲは上階へと階段を駆け上がった。戦闘機が突っ込んだのは最上階に近い階だ。アラカキは無事だろうか。あとそんな考えも浮かんだが、すぐに他の思念にかき消される。ビーストの事、何よりもイズミの事。
 だからだろう。迫る足音に気付くのが遅れたのは。それは上から階段を駆け降りて来た。踊り場で鉢合わせして、互いに悲鳴を上げる。反射的に、だろう。相手が発砲した。リボルバー式の銃だから弾は一発。しかし強烈な勢いで天井にめり込む。チカゲは相手を見て怒声をあげた。
「落ち着け、アラカキ! 僕だ」
 眼鏡は鼻にずり落ち、髪を乱したその姿。手にした銃はS&W・M60スペシャル3インチ。名銃である。こんな状況ですら、チカゲの目は武器に吸い寄せられる。しかしその持ち主と言ったら。息を弾ませ、目は血走っている。その視線がチカゲを捉えると、ようやく彼は銃を下ろした。
「き、君か。チカゲ」いきなり腕をつかまれた。「何をしている。こんな所に居ちゃ危険だ。こっちへ」
「放せよ。一体どうやって……」
 とは言え、体格負けするチカゲが、しかも全身硝子片で怪我をしている状態では抵抗出来よう筈もない。引きずられるようにして側の部屋に放り込まれると、ご丁寧に外から鍵を掛けられた。
「おい、アラカキ」
 男の足音は遠ざかっていく。扉はびくともしない。完全に閉じ込められたようだ。この部屋には窓もない。以前のように外から回り込む事すら出来ない。銃を落とした事が悔やまれる。銃さえあれば鍵を壊せるのに。
「クソッ!」
 舌打ちしてから気が付いた。MP5は落としたが、オキから奪ったS&Wをベルトに挟んだままだったのだ。ニイガキと同種類の銃であるが、こちらは普及用のタイプであり強力な弾丸には対応していない。だがそんな事に構ってはいられなかった。
 扉の向こう、ずっと奥から銃声が。この鈍い音は・357マグナムの発射音だ。アラカキの銃である。問題は銃口の先に誰が居るのかという事。一瞬の猶予もない。
 至近距離からドアノブの付け根を狙う。回転式銃(リボルバー)独特の引金の重さと感触。弾けるように、バチッと音を立てて蝶番が飛んだ。
 扉を蹴り開けて飛び出すと、微かにマリファナの匂いが鼻孔をくすぐる。ああ、栽培している階なんだ……。そろそろクスリが切れかけていたチカゲは貪るように空気を吸い込んだ。
 また銃声。音で分かる。今度は違う銃だ。重く、鈍い音。これは……ワルサーか? 少なくともこのビル内で、彼が見た事のある銃でない事は確かだった。
 M60を手に走る。元が廃墟ビルである。この階は明かりも備えられていない。窓からの光も徐々に落ちていく時間帯。
 続け様に二発、アラカキの銃の音が響いた。近い。壁一つ隔てた向こう側だ。
「そんなに撃つなよ。あの馬鹿が」チカゲは舌打ちする。
 あの銃の装填弾数は五発の筈だ。闇雲に撃っていれば直ぐに弾は尽きるだろう。単独での戦闘中に回転弾倉(シリンダー)に一つ一つ弾丸を装填していく暇なんてない。五発を撃ち切った時点で彼の銃はがらくたと変じる。それを承知しているのか、ワルサーは息を潜めているようだ。無駄弾を撃たせて、自身の有利となる瞬間に一気に攻勢に出るつもりだ。素人(アラカキ)相手なら、自分だってそう戦うだろう。
 チカゲも呼吸を静める。何せ自分の獲物だってアラカキの銃と同タイプのものなのだから。扉の向こう側からは、またもやM60の銃声が。最後の一発。
 ──撃ち尽しやがった!
 その一瞬後。チカゲが扉を開け放つ。続け様にワルサーが火を噴く。人が転がったようなドスッと鈍い響き。呻くような微かな悲鳴。全てが同時に起こった音であった。
 チカゲが見た映像──床に転がったM60.至近距離から銃(ワルサー)を構えて近付く女。一瞬の躊躇もなく、アラカキが女に飛びかかった。敵の予想外の行動に、女の銃口が踊る。ワルサーじゃない。見た事ない銃だ。力任せにそれを奪い取ると、アラカキは女の頭に銃口を突き付けた。逡巡はない。引金に指を──。
「やめ……」
 悲鳴はチカゲのものであった。
 止めてくれ。その人を殺さないで! だが間に合わない。
 しかしアラカキの指は引き金を最後まで引く事は出来なかった。弾が出ない。焦りの表情で何度も指を動かすが、最後の一押しが無力化される。
 信じられない……という表情でアラカキが女を見下ろした瞬間だ。M60の鈍い銃声が。男のこめかみが鮮血を噴く。飛ばされるようにアラカキの体は向こう側に倒れた。
 倒れたまま、女は咄嗟に顔を背ける。敵の血が目に入れば視界を奪われると分かっているから。命を失う寸前の敵の手から銃を奪い返す。彼女の手に収まって、銃は安心したような機械音を立てた。
 長い黒髪と白い衣服から敵の血が滴り落ちる。白い肌には戦闘の返り血が飛び散っているが、それが彼女の美しさを損なわせる事はない。人形のような大きな双眸が真っ直ぐ見詰める先にはM60を構えた男の姿が。彼女とよく似た顔。しかし男の方は目を見開いて、驚愕に凍り付いている。震える声が彼女の名を形造った。
「イズミ……?」
 女が軽く声を上げた。笑ったのだ。
「何、火事みたいな真っ赤な頭をしてるの。チカゲ」
 間違いない。姉の声だ。少し高くて、早口な。
「イ、イズミこそ……」
 随分落ち着いて見えるけど、その頭……。
 しかし声にならない。呆然としたようにチカゲは姉を見ながらも、アラカキの側に屈み込む。
「……駄目だ、死んでる」弾丸は見事に頭を撃ち抜いている。完全に事切れていた。「どうしよう……」
 咄嗟に撃ってしまった。自分がやった事だが官房長官の──《塵》の指揮官の死体を前にして、チカゲはうろたえた。
「何やってるの、来なさい!」
 イズミに腕をつかまれる。華奢な手だが、とんでもない力だ。ふらつきながら立ち上がる。イズミは階段に向かっているようだった。何であれ、ここから逃げ出すという選択肢は間違っちゃいない。しかし……。チカゲは足を止めた。
「だ、駄目だ。下には兵士達が……」
 イズミは無言。自身の銃とチカゲの持つそれとを見比べる気配。だからと言って上に戻っても壊れた戦闘機しかないのよ、と首を振る。
 その時だ。窓が割れる音にチカゲは弾かれたように顔を上げる。この階だ。続け様に何枚も硝子の割れる派手な音が。
「何なの?」
 何が起こったかは直ぐに分かる事となる。信じられない光景。隣りの電波塔から次々と獣人がこちらのビルに飛び移ってきたのだ。暮れかかる薄闇のせいで外の様子に気付かなかった。
 無言でイズミが銃を構える。
「駄目だ、イズミ」姉の腕を押さえる。「あの中に僕の友達がいるんだ」
「本当に?」唖然としたようにイズミが動きを止める。「相変わらずロクな友達いないわね。チカゲ」
 だけどこの状況をどうしろって言うのよ?
 そうこうする間にも獣人の群れは増えていく。為す術なく二人は後退していき、階段を上へと上り始める。後がない事は分かっていた。自分の銃の残り弾数も少ない。しかし焦りはなかった。姉が居れば……側にイズミが居るだけで、こうまで安心感を覚えるものか。
 二人は赤い戦闘機が半身を突っ込んだ階にまで来た。ちょうどここで突然あいつ──アラカキ? に銃撃されたのとイズミが言う。
 パニくって、それであんなに望んでいた本物の《赤き死》に銃口を向けたわけか。チカゲは唇を噛んで下を向く。
 彼が何か言うより先に、不意にイズミが発砲した。構えの形も取らず、右腕一本を軽く動かす体勢で。銃声に続いて赤い戦闘機の影から「ギャッ」という悲鳴が。獣人が潜んでいたのだ。
「イズミ、止めろって言ってるだろ!」
 さすがに的確な射撃の腕だ。完璧に眉間を撃ち抜いている。倒れた獣人はピクピク痙攣すると機体から滑り落ちた。
 チカゲは思わずその側に駆け寄る。
「ビースト……?」
 いや、違う? 奴じゃない? あいつは獣化中でも意識を失えば人間の姿に戻った。しかし目の前のこれは狼のままだ。元々狼の姿として造られたものなのだろう。ビーストではない……? いや、分からない。
「これは、ホムンクルス? 戦闘用に人為的に造られたものだわ。悪趣味ね」イズミが吐き捨てる。
 その死体を跨いで彼女は機体に近付いた。何とかしてこれを動かして脱出を試みるつもりだ。
 戦闘機が突っ込んだ為、壁は一面抜けていた。上層階の為、下から吹き上げてくる突風をまともに食らえば吹き飛ばされる。しかしその風のおかげだろう。隣りの鉄塔から飛び移ろうと試みる獣人達がきりきりと舞うようにして、ここより下の階に突っ込んでいく様が見える。滅多にこの階に届く者は居ない。もしもこちらに舞って来そうならば、それは仕方がない。撃ち落とす事は十分可能だ。
「イズミ、どうするんだよ!」
 戦闘機(それ)が動かなかったらどうしようもないだろ。そう言うと「うるさい!」と怒鳴られた。しかし実際、イズミは整備士ではない。エンジンは完全に停止しているし、彼女の修理ときたら叩くか蹴るかのどちらかなのだ。
 多少の怪我は覚悟で階段を下まで突っ切るか、さもなきゃ長い紐を巻いてここから飛び降りるか。チカゲはぶるっと身を震わせる。想像したくもないが、それ以外に安全な(・・・)脱出方法はないだろう。
 その時だ。外からパラパラと大きな音が聞こえてきた。操縦席に突っ込んでいた頭を上げてイズミが何か叫んだ。
「来た!」
「今度は何だよ!」
 弾数の乏しい銃を構えてチカゲが走る。落ちた壁の側ぎりぎりの位置から見る外には、赤いヘリが旋回していた。先程電波塔から飛び立って行った機体である。塔とビルの隙間に入り込もうと試みているようだった。
 イズミが駆けて来た。身を乗り出して、ヘリに向かって両手を振る。
「危ないだろ!」
 イズミは「平気」と取り合わない。ヘリは爆音を立てながら二人の前に静止した。
「マキコは上手いのよ。さ、乗りなさい」
 小さなヘリだ。MH─6Jリトルバードと呼ばれる機種である。キャビン外側のEPS──つまり機体側面に折り畳み式の三人用ベンチシートが装備されている。手早くそれを開くと、イズミは彼の手を引っ張った。力任せにヘリに突き出す。
「ま、待てよ。マキコって誰だよ」
 いくら上手いと言っても空中にヘリを静止させるのは相当な技術を要する。ゆらゆらと揺れるヘリ。しかも機体の中ではない。側面に突き出した簡易ベンチシートに乗せられた途端に彼自身の重みで減りは傾いだ。悲鳴をあげてシートにしがみ付く。プラプラ揺れる両足の下は数百メートルもの遥か彼方に地面。ベンチはガタガタ揺れるし、突風は更に強くチカゲを打つ。
「一旦、機体を立て直します」操縦席から機械的な女の声。
 そちらを向くと、眼帯の女が操縦桿を握っていた。分かったわ、とイズミが叫ぶ。
「チカゲ、大丈夫よ。マキコは上手いから」
 もう一度同じ事を言ってから彼女はビルの縁を離れた。イズミ、イズミ! 叫ぶが、彼女はどんどん部屋の奥に入って行く。こちらも急速に上昇するものだから遂に姿を見失ってしまった。
「は、早くイズミを!」
 しかし女は返事もしない。ビルの上方で旋回を繰り返す。
「早く下ろせ! イズミが……」
 眼帯の女──マキコはこちらを見ようともしない。「ほぅ」と無感動に呟いた。
「隊長、始めたな」
「何が……?」
 その視線を追う。ビルに火の手が上がっていた。先程イズミが消えた辺りからだ。あの女、マリファナに火付けやがったな、何やってんだよ。眩暈を覚えたのはこの体勢のせいばかりではあるまい。
「つかまって下さい」
 マキコの短い言葉を合図として、ヘリは急降下を始めた。先程の位置まで戻ってイズミが大きく両手を振っている。熱風をものともせず、マキコはそこにヘリを横付けた。
「早く!」
 差し延べた腕に姉がつかまりかけた時だ。遂にこの場所にまで獣人の姿が。壁を突き破るようにして突進して来たのは金色の毛並みの、一際大きな獣である。
 ──メイか? ここまで僕を追って……?
 考える間もなく、チカゲは慌てて銃を握る。
 メイはヘリと新顔のイズミに用心したのか、その場で動きを止めた。唸り声が何かを形造っているようにも聞こえる。訝しむ表情に見えなくもない。
 しかしイズミは軍隊で身に付けた反射神経から、ほとんど無意識のうちに銃を構えていた。両足と銃口が正三角を成した正確な構えだ。銃口は当然獣の額に──寸分の狂いもなく向けられる。メイは動かない。充血して赤く燃えた目がイズミを凝視する。彼女の指が引金を引く瞬間。
「待て、イズミ!」
 チカゲの銃が火を噴いた。残りの弾丸の全てをメイに向けて撃ち尽くす。跳ね飛ばされたように獣体を躍らせて、メイは倒れた。それを確認する間もなく、イズミはヘリに飛び移る。チカゲを押し入れるようにして機内に入ると、機体は上空へと舞い上がった。
 炎はますます大きくなる。マリファナに炎が次々と燃え広がっているのだ。ヘリの上昇と共に、火を吹くビルが急速に小さくなっていく。兵士と獣人達が次々と外に飛び出して行くのが見える。
 窓辺のメイの死体もすぐに見えなくなった。チカゲとイズミ、結局どちらの銃が止めを刺したかは分からない。ただ、あれとの決着は自分で付けたかっただけだ。
《塵》上空には灰が渦を巻いていた。僅かな面積の国土に崩れかけた廃ビルが林立している。見下ろせば今この瞬間にもあちこちで銃火器が噴く炎が瞬く。
 こうして空に上がれば、中国領の高層ビルも直ぐ近くに見えた。アローが、兵士達が、何よりも国境がなければすぐにでもこのまま飛んで行けるのに。
 ヘリは轟音を立てて《塵》の外れを目指していた。
 チカゲは姉の方に向き直る。
「どういう事?」
 正に言わんとしていた台詞。先を越されて彼は言葉に詰まった。おずおずと姉の手を取る。冷たくて細い。銃を握り慣れた手だ。それは間違いなく彼の姉のもの。
「イズミ……」
 チカゲは彼女を抱き締める。五年ぶりの再会だった。姉の手が自分の髪を撫でる感触に、チカゲはそっと目を閉じた。
 
 しかし、安息は訪れない。
 
 
 


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