闇 630(河本マンション地獄変)
闇 630(河本マンション地獄変)

2026/08/04 tue
※俺は13年間のブランクのリハビリをしているだけなんじゃないかなとまで感じるようになった。そしてこのまま朽ち果てるのは悔しいから自身の人生を書き残している。
前回の章

二千二十三年十二月二十一日、木曜日赤口。
これまでの悪循環を整理するつもりが、かえって自分の首を自分で絞めるような精神負担を強いられてしまった俺は、仕事中も覇気がない状況の中何とか終える。
何で俺はこんなに駄目なんだろう?
歌舞伎町を抜け、靖国通りを渡ったところで携帯電話が鳴る。
柏原からの着信。
「岩上さん、良かったら一杯飲みませんか」
彼にとっては退屈凌ぎの連絡でも、俺にとってはいい気分転換だった。
大久保駅南口近辺で待ち合わせ、飲み屋通りを歩く。
「今日もしょうちゃんですか?」
「いえいえ、大将のところないから、あそこが無くなって難民が増えとるんですよ」
「難民?」
「だってあそこを憩いの場所にしていた人間からすれば、他にどこへ行けばいいんだろうって思うでしょ?」
「確かに」
「しょうちゃんは二度行ったし、次に良心的な店を教えておこうかなと思いまして」
初回は柏原とマスター、二度目は二人で、三回目は龍平と行ったのは恥ずかしいから伏せておこう。
真っ直ぐ進み、小滝橋通り手前にある地下へ階段がある店で足を止める。
「クローバー…、バーですか?」
「岩上さん、ヘビースモーカーでしょ。安くてタバコも吸えてッて店の方がいいと思いまして」
さり気ない彼の気遣いに感謝する。
俺たちは階段を降りて、クローバーへ入っていく。
タッチパネル形式なのが手間で面倒だが、彼は店主に俺を紹介してくれ、適当なつまみを頼む。
ここでも平等に割り勘。
むしろ俺の方が酒の量も食い物も食べるので、柏原のほうが損をしているほどだ。
俺の話題といえば共通の知り合いである自称俳優の若菜龍平の愚痴がほとんど。
そんなどうでもいい話を聞きながら、柏原は笑いながら言った。
「最初いつも一人ぼっちだった龍ちゃんに、大きな男の相棒ができたなあと思いまして。でもよう見たら、岩上さんに龍ちゃんタカってるだけやないですか。岩上さんは人がええから、見ててちょっと言っとかんとあかんなあと思いましてね」
胸につかえていたものが、雪解けのように少しずつ溶けていく感じがした。
おそらく俺はこの遣る瀬無い感覚を誰かに分かってほしかったのだろう。
イーブンな関係で酒を飲み楽しい時間を送る。
そんな当たり前の事が、まるでここ数年できていなかったのだ。
俺は彼に頭を下げてお礼を言う。
今宵の酒は格別に旨く感じた。
河本マンションへ帰ると、ドアの横に宅急便の荷物が置いてある。
中へ入れると宛名がでったんからというのだけ確認して、泥のように眠った。
二千二十三年十二月二十二日、金曜日先勝、冬至。
目をさましてから、荷物を開ける。
でったんが九州から送ってきたお菓子『博多通りもん』。
向こうで有名なお菓子なんだろう。
お礼の連絡をしないと。
『でったん、昨日届きました。ありがとうね。 岩上智一郎』
『甘いものでスミマセン。一応「工場直送」な新鮮なヤツです。 出口貴行』
『ありがたく頂きます。 岩上智一郎』
『お召し上がりくださいませ。 出口貴行』
食事へ行こうと部屋を出ると、またドアにセロハンテープで貼られている光熱費手書き請求書。
今月はというと、またまた謎のニ万超え。
前回より二千円程度の上乗せだけど、ほとぼり冷めたらまたどうせ上げて来るのだろう。
このマンションの大家の卑しい人間性。
それはもう変わる事はない。
俺がずっと主張してきた事はシンプルなものだけで、何故一人暮らしで毎月三万から四万も光熱費が掛かったのかという理由を知りたい。
それを手書きで出鱈目な数字で高額請求され、話にならないからここを紹介したタウンハウジングへ相談したのだ。
すると突然半額にしたような金額の一万八千円。
こうなるとじゃあ今までのは何だったのだと怒りが湧いてくるのは当然の感情だった。
何故こうなったとの問いに応えようとしない大家。
明らかにやましい事をしてきた証拠。
そして今回二千円上乗せの二万四百八十円。
また払いにいけば、この請求書は取り上げられうやみやにされてしまう。
写真を証拠に撮っておく。

内訳を見ると、また水道代が四千九百八十円。
何で水が毎月請求されんだよ……。
大家が何かしらの不正をしている事だけは事実。
本当に訴訟でも起こさなきゃわからないのか?
相手は日本語もいまいち通じない台湾人。
言った言わないが焦点になる為、俺はまず警察署の電話番号を調べ相談してみる。
これまでの事情を話すと、これは犯罪というより消費者センターの案件になるからと、そちらを促された。
消費者センターへ相談すると、これは訴訟したほうが案件だと言われる始末。
普通に生活したいだけなのに、何でこんな風になっていくのだろうか。
そもそも大家がまともな光熱費の金額を請求していたなら、ここまで揉める事もなかったのに……。
時間になり仕事へ向かう。
受付にいるメガネザル大家が、俺の姿を見ると「岩バミさん、光熱費!」と言ってきたので、無視して駅へ行く。
何で請求書を貼られた初日に、金をすぐ払わなきゃならないんだよ。
頭大丈夫か、あのババア。
タウンハウジングの担当マーに電話をして、何故こうなったのかを納得いく説明しない限り、光熱費を払わないと伝える。
あくまでもそれは俺と大家の問題だと言い張るマー。
拉致が開かない状況の中、もう仕事だから明日またおって連絡をする事にした。
仕事へ集中できない環境の中、柏原から飲まないかと誘いのLINE。
大久保駅から近くにある居酒屋のたぬ吉を紹介してもらう。
飲みながら必然的に出てしまう河本マンションの愚痴。
そして動かない不動産に対してのアドバイスをもらう。
二千二十三年十二月二十三日、土曜日友引。
ドアを激しく叩く音で目覚める。
声でメガネザル大家だとすぐに分かった。
昨日の今日で光熱費を払えとは、頭がいかれているのか?
「あのー、大家さん…。いい加減にしてもらえませんか? 俺は何で毎月三万も四万も請求していたものが、タウンハウジングが絡むと半額になったのか説明してくれと言ってんですよ」
「岩バミさん、光熱費!」
「だから今回も二千年上乗せして、水道代もまた五千円ぐらい撮っているけどさ。何でこんな風になるのか、納得いく説明をして下さいよ!」
「岩バミさん、光熱費!」
「それを説明しない限り、金は払いません!」
強引にドアを閉める。
またドアをバンバン叩きながら叫ぶ大家。
「……」
完全にキチガイだ。
まるで話が通じない。
完全な越権行為であり、生活への明らかな侵害。
早速昨日柏原からアドバイスされた事を念頭に、タウンハウジングのマーへ、まずこれまでの手書き請求書を送る。

『いきなり一万八千円。で、今回は二万。水道代は毎月請求。 岩上智一郎』
『岩上様、先ほどオーナーの場所へ行ってきました。オーナーが不在みたいで明日もう一度行きます。 タウンハウジング』
何をコイツは呑気な事を抜かしているんだ?
おまえが、河本マンションを紹介しなければ、俺はこんな目に遭う事すらなかったんだぞ?

柏原の情報によると、不動産は宅建協会というところへクレーム入れられ評価が落ちるのは嫌らしい。
警視庁にも今回の件は連絡しておく。
マーに電話をしてそれらを伝えると、再度大家へまた行くと焦っていた。
インカジ『レディ』の業務をこなしながらなので、じれったさだけが募る。
結局マーの話によると、総合的な請求書を見せてくれと言っても大家は見せなかったようだ。
明らかにやましい行為をしている証拠。
不正をしていないなら堂々とそれを見せればいいだけなのだから。
日本に来てまでこういった卑劣な行為をする外国人…、今回のケースで言えば台湾人だが、本当に国外追放してほしい。
少なくとも俺だけで年間二十万以上ピンハネしている。
この事をフェイスブックへ記録するように投稿。
『契約書の内容によるかもですが、不正請求は詐欺罪の可能性高いです。 いしかわ まさゆき』
『姑息な外国人には甘い顔しちゃ駄目って典型的な話ですよね。俺、横浜行った時とか結構お土産持って行ったり、飲み物差し入れしたりしていたし、家賃だって月末でいいのを月初に払うようにしていたんですよ。こういう守銭奴は本当にタチが悪いです。 岩上智一郎』
ドッと疲れを感じた。
普通にこれまで家賃も光熱費も言い値で払ってきている。
それなのに何故罪人が責められるような仕打ちを受けないといけないんだ?
気分を変え、有馬記念の予想でもしよう。
明日はこの一年の総決算ともいえる大レース。
俺にとって縁起がいい時期でもある。
フェイスブックに過去ズバリ的中させた過去を書きながら、予想を載せた。
2014年ジェンティルドンナ、2019年リスグラシューでズバリ取っている有馬記念!

ジャパンカップ一着イクイノックス引退、二着リバティアイランド出ない中、枠順とか色々考えて……。

◎10ジャスティンパレス
◯13タスティエーラ
▲5 ドウデュース
△4 タイトルホルダー
△15スルーセブンシーズ
△16スターズオンアース
他にも色々買いました。
賭け金を増やし、一気に金を儲けたい。
俺はさらに五万円追加し、有馬記念へ臨む事にした。
二千二十三年十二月二十四日、日曜日先負。
ドアを激しくノック音。
「岩バミさん! 岩バミさん!」
大家の叫び声。
これってもう犯罪だろ……。
俺は無視をして知らんぷりを決め込む。
クリスマスイブにタカりに来るんじゃねえよ。
せっかくの休みがいきなり気分台無し。
せめて有馬記念ぐらい当たってくれよと望む。
買うと来ない武豊。
買わないと来る武豊。
二千二十三年有馬記念は、武豊のドウデュースが勝利。
もちろん俺は大負け。
もうふて寝するぐらいしかやる事がなかった。
夜になってリオからLINEが届く。
『おじさん、メリークリスマス。 リオ』
おじさんかよ…、本当小娘にも舐められるようになってしまったもんだ。
『メリークリスマス。競馬負けて部屋で大人しくしている。 岩上智一郎』
『あははは、どのくらい負けたの? リオ』
『十万円。 岩上智一郎』
『結構有るね。 リオ』
随分素っ気ないもんだな。

そういえば今日タウンハウジングのマーの奴、まったく連絡一本無かったな。
不動産という第三者を間に挟まないと、河本マンション大家はしたい放題。
殴っても罪にならないのなら、顔面の形が変わるほど殴りつけてやりたい。
二千二十三年十二月二十五日、月曜日仏滅。
仏滅らしく、今日もドアをバンバン叩く音が激しい。
いや、これは毎日か。
気でも違ったかというほど、ドアを打楽器代わりに大家が叩く。
それを眺めながら、俺はタウンハウジングのマーへLINEを打った。
『マーさん、大家が不動産にも請求書見せないとか、こっちには手書きの請求書とかいい加減なので、しっかりするまで俺は光熱費払わない事にします。これまでで考えても、一年以上に渡って三倍近い金額を払ってきたので。 岩上智一郎』
インカジ『レディ』の出勤時間になり、受付の前を通ると大家が「岩バミさん! 光熱費!」と狂ったように近付いてくる。
「不動産通して下さい。あなた方じゃ、話にならないので」
「光熱費! 光熱費!」
無視して外へ出た。
いかさま請求も大概にせえ。
あそこまでブレずにいる大家を見ると、むしろ清々しい。
道を歩きながら必死な形相の大家を思い出すと、吹き出した。
『かしこまりました。 岩上様の代わりに私オーナー様にお伝えさせていただきます。 引き続きよろしくお願いいたします。 タウンハウジング』
返事が遅いよ、マー。
もう仕事始まったじゃないかよ。
『それでマーさん、一月分までは家賃払っていますが、そろそろ他の物件してもらってもいいですよ。 岩上智一郎』

店の状況を見て、マーへ電話を入れる。
会話にならない大家と直接のやり取りをしたくない。
そして間に不動産が入らないと、直接金をキチガイ夫婦に払いたくない意思を伝える。
一瞬マーは怯んだが、柏原に言われた宅建協会の名前を出すと「分かりました」と了承した。
訴訟を本当に起こさないと、馬鹿な大家は分からないのか?
この阿鼻叫喚のような現実の中、俺は自分の意思をフェイスブックへ残しておく。
有馬記念も外れたし、大家もちゃんとした明細書出さないので、今回から光熱費払うのやめる事にする。
もちろん大家宛に届く正式な請求書の開示、他の住人たちへどういう金額で請求しているのかを開示すれば、ちゃんと正規の金額ならすぐ払うけど。
これに対し横浜の石川雅之が呆れたようにコメントをしてきた。
『お仕事しない不動産屋で驚きます。 いしかわまさゆき』
『宅建協会にクレーム入れて、訴訟起こすしかないと脅しました。そもそも俺に落ち度何も無いし、小銭をズルくせしめようとする大家が問題だけの件ですからね。 岩上智一郎』
柏原からのアドバイス、そして消費者センターからの訴訟の助言。
考えてみれば俺が悪いような態度を大家は取っているが、酷いのは向こうだろ。
実際に理不尽な金をずっと盗られ続け、何故あそこまで偉そうにできるのか?
恥という概念があったら、とてもじゃないができない行為。
育ちが悪いのかな?
地元川越でこのようなセコい人間って、見た事ないもんなあ……。
以前若菜龍平情報で、民泊の件で逮捕されたと聞くが、別件の詐欺罪になるのか分からないけど、警察を介入させられるのなら今すぐ突撃させたい気分だ。
二千二十三年十二月二十六日、火曜日大安。
部屋のドアを乱暴にノックされ、「岩バミさん! 岩バミさん!」と連呼され起こされる。
さすがにイラッとしてきた。
タウンハウジングのマーから聞いてないのか?
何故俺に直接来るのか?
「不動産を通して来て下さい!」
「岩バミさん! 光熱費、光熱費!」
だから…、何故不動産が入ると、これまで散々言ったのに突然光熱費が半額になったんです? そしてまたジワジワ上がっているの? 全部にちゃんと答えろ!」
「光熱費! 光熱費!」
「不動産を通せ」
支払いを拒絶して、ドアを強引に閉めた。
再び叩く音が聞こえる。
「……」
こんなんじゃ、生活にならないぞ……。
着替えを済ませ、河本マンションを出る。
俺の姿を見るとメガネザルが飛び出て「光熱費! 光熱費!」と何度も連呼してきた。
それしか日本語覚えられなかったのか?
顔も合わせず外へ出る。
イライラしながらひたすら大久保通りを歩く。
三日前の十二月二十三日に貼ってあった手書き請求書。
何も光熱費の金を払わないのではなく、ちゃんとした正規の請求なら払うと言っているだけの話。
そういったものはすっ飛ばし、自分たちの要求だけいつまでもまかり通ると思おうなよ。
ここは台湾でなく日本。
他所の国に来てまでおかしな事をするなら自国へ帰れ。
明治通りまで来てしまい、左側を真っ直ぐ行けばビックボーイがあるのを思い出す。
せっかくだから久しぶりに寄ってみよう。

分厚いローストビーフを注文し、サラダバイキングで山ほど野菜を取る。
この手の料理だと今は無きハーフダイムのほうが全然美味しかったなあ。
食事を終えて部屋に戻ると、ドアにメモが貼ってあった。
『光熱費を支払い下さい』と胆略的なもの。
三日前に手書き請求書で、こちらの改善点を無視していきなり支払い催促って頭大丈夫なのかなと思う。
今まで滞納なんて一度もした事ないし、どこまでガメつくできているんだろうか。
俺は逐一河本マンション大家の奇行をフェイスブックへ残す事にした。
『高すぎ。 かおり蒼井』
『ここ一年以上で二十万、三十万は余分に取られているはずですよ。 岩上智一郎』
『いくら値上がりしたとはいえボリ過ぎだと思う。 かおり蒼井』
『文句言ったらこの金額になったので、まだ安くなったほうなんですよ。酷い時は四万円超えもありましたから。 岩上智一郎』
蒼井かおりがこの酷い現実に対し、コメントをくれたのが嬉しかった。
さて今日も仕事へ頑張って行ってくるか。
二千二十三年十二月二十七日、水曜日赤口。
部屋のドアを乱暴にノックされ、起こされる。
無視をすればいつもなら十分ぐらいで行ってしまうが、今日に限ってまだ鳴っている。
本当にしつこいなあ……。
イライラしながらドアを開けるとまた大家…、いや、横に今回は大家の息子の姿も見えた。
「あのまだ光熱費を払っていないと聞いたのが、親の代わりに私が来ました」
「しれっと何を言ってんですか? 俺は何度もおかしな光熱費の内訳を教えてくれと散々言いましたけど? それに請求は不動産を通してくれと言ったはずです」
「タウンハウジングさんですか? 何も聞いてませんが?」
「はあ? 何言ってんですか? こっちはタウンハウジングのマーさんとLINEのやり取りもしているし、直接話もしているんですよ。大家には俺のところへ直接来させるなと」
「いえ、聞いてません。とにかく光熱費は使ったものだから、払ってもらわないと」
何だ、この野郎…、まるでこっちが悪人のような言い方しやがって。
俺はマーにLINEを打った。
『マーさん、大家と話はしたんですか? 岩上智一郎』
電話も掛けてみたが出ず。
肝心なところで役に立たねえな、あの中国人。
「いいですか? 俺が言っているのは、まずこれまで一年以上に渡って三万何ぼの料金を請求されてきたました。酷い時は四万越える金額もね。ずっとそちらの言い値通り払ってきたけど、俺は一人暮らしなんですよ? そんな掛かる訳ないじゃないですか」
「ですからうちの親が使った数値をちゃんと算出して請求書に書いていますよね?」
「だからそんな手書きのものをこれだけ使ったと渡されても、信用できないと言っているんですよ。ひょっとして俺にだけ、こんな金額を請求してんですか?」
「そんな事はありません。ちゃんとメーター通りに請求していますよ」
「それなら他の人の請求書見せてもらえませんか?」
「それは個人情報になるのでできません」
「名前隠した状態で金額だけでいいですよ」
「それもできません」
「それなら俺も納得いかないので、料金はお支払いできません」
「いや、電気もガスも使っといて、それはないですよね?」
さすが大家の息子だけあって、コイツも話が通じない。
日本の教育をちゃんと受けてきたのか?
「だいたい水道代もおかしい」
「どうおかしいと言うのです?」
「毎月八千円取られていて、間に不動産が入ると何故かいきなり五千円。正確には四千九百八十円ですけどね。それも二ヶ月連続で同じ値段。これはどう説明するんですか?」
「うちのマンションは親メーター方式だから、水道代はどうしても高くなります」
「いやいや…、俺一人で毎月八千円も五千円も、どうやって水を使うんです? 節約してシャワーだけにしているぐらいですよ?」
「親メーターを見て割り振るから、どの部屋が多く使うかまでは分かりません」
「じゃあその元の請求書…電気ガス水道を教えてくれ。それとここ一年ちょっとの俺が払った金額を教えてくれ」
「それは父が取っていない為、お答えできません」
ぶん殴ってやろうか、このクソ野郎。
「話にならないですね」
「いいですか? 内のマンションは立地的に考えてかなりいい場所にあります」
「そりゃあ大久保駅からすぐですからね」
「その割に場所的に考えて家賃を安くしてます。だからちょっと水道代が高いのはしょうがないです」
「……」
もう店に出勤しないといけない時間になってんじゃねえかよ。
大家の息子との話は永久にただの水掛け論。
俺が仕事へ行くと言っているのに、光熱費を払えとずっとドアの前に立っている。
さすがに遅刻はできない。
切羽詰まった状況で、仕方なく金を払ってインカジ『レディ』へ向かう。
マーの野郎、何をしてやがるんだ?
腸の煮えくり返る思いで、LINEを打った。
『大家は話ししてないと言ってますが。 岩上智一郎』
『岩上様大変申し訳ございません。私二度行ったんですが、二度ともオーナー様管理室に不在で、私年末年始のお休みをいただいて、中国に戻ってしまいましてオーナー様のお電話はつながらないこと昨日発覚しまいました。連絡が遅くなりまして大変申し訳ございません。一月四日私中国から戻りますので、当日にオーナー様の場所に行ってちゃんとお伝えいたします。それでもよろしいでしょうか。大変申し訳ございませんでした。 タウンハウジング』
「……」
何を抜かしてんだ、コイツは?
中国へ帰っている?
それなら何故先に俺へそれを報告しない?
明かな職務怠慢。

溜め息をつきながら、この一連の狂った情報をそのままフェイスブックへ書き記す。
一言で表現すると混沌(カオス)。
今日昼頃大家の息子が部屋まで来た。
水道代が高いという事で来たんですがとか言ってましたけど、光熱費全部高いよ!
一人暮らしで何故3、4万っていくのよ。
親メーター方式だから、水道代はどうしても高くなる→ 毎月8000円→ 不動産通して文句言ったらいきなり毎月5000円(ここ二ヶ月連続)→ 俺はそんな水道使ってない→ 親メーターを見て割り振るから、どの部屋が多く使うかまでは分からない→ じゃあその元の請求書(各電気ガス水道)を教えてくれ、それとここ1年ちょっとの俺が払った金額を教えてくれ→ データ取ってないから分からない、このマンションは場所的に考えて家賃を安くしている→ だから光熱費高い?
そういえば不動産さんは何してんだよ、何故俺のところへ直に来る?
不動産へ電話→ 本日より長期休暇に入りましたのアナウンス→ 頭来てメール→ 大家のところ2回行ったけどいなく、長期休暇入ったので中国へ帰ってます→ ???、一言の連絡もなしでか?
もー、ほんと疲れた。
引っ越ししよう。
頭おかしくなる。
ここまで書き終えて、ドッと疲れを感じる。
早速渚が面白おかしくコメントをしてきた。
『ぶん殴ってしまえ〜って言いたいけど、岩ヤン早く引っ越して。 渚』
おまえみたいにフィリピン人とダブル不倫なんて節操な真似できるほど、こっちは常識がある分良識があるんだよ。
無責任に煽るんじゃねえって。
『ほんと早めに引っ越さないと。 岩上智一郎』
『おはようございますー。早めに引越しをしたかたが良いかもですね。しかし…、納得いかないね。 成田ゆかり』
まあみんな、引っ越せとなるよね。
年末というこの師走時期が恨めしい。
『年末じゃなかったらと、ほんともっと早めに引っ越し動けば良かったでした。 岩上智一郎』
『世帯数全体での割り振りっておかしくないですか? 金額聞いても普通の家より高く感じます。早く引っ越した方が良いですよ。
KimikoHashimoto』
店内の業務が忙しくなり、終わり間際で一息つけた時マーに文句のメッセージを打った。
『今日大家の息子が部屋まで来て、水道代高いのは家賃をかなり安めに設定しているからとか無茶言い分を言ってました。マーさんも、長期休暇で中国帰る前に、一言の連絡あってもいいんじゃないですか? とりあえず不動産に言っても、大家とも話にならないんで(光熱費向こうの言い値で今回も払いました)、宅建協会へ相談する事にします。 岩上智一郎』

『結果、大家の無茶な金額の光熱費を俺が1年以上に渡って、ただ払わされているという現状なだけなので俺は少なくとも二ヶ月前に不動産にも相談しています。 岩上智一郎』

仕事を終え総武線に乗った時、マーから返事が来る。
『岩上様ご連絡遅くなって誠に申し訳ございません。私三日に日本に戻ってからすぐオーナーさんの方に岩上様の意思をお伝えさせていただきます。オーナーさんの息子のお話は詐欺みたいな感じで私の方はちょっとおかしいと思います。賃料は賃料で水道光熱費と分けるべきです。消費者センターの方にもこのお話をされた方がいいと思います。まだ私ができることがございましたらぜひ教えて頂ければ幸いです。引き続き宜しくお願い申し上げます。 タウンハウジング』

コイツ本当に口先ばかりで何の役にも立たねえ。
不動産もあてにならなしし、自分の身は自分で護るしかない。
もう得か損かではない。
ここから逃げられるかで考えなければならない。
正念場だ。
もう自称俳優マンションの正規料金でもいいから出たい。
これは投げやりではない。
生存本能による合理判断。
そうしないと間違いなく俺は、頭がおかしくなりそうだった。
来月もまた同じ問答が始まるのが目に見えて分かる。
さすがに精も根も尽き果て、ゆっくり眠れる場所がほしかった。
二千二十三年十二月二十八日、木曜日先勝。
リオの誕生日。
LINEで祝福コメントを送る。
既読になるが、返信無し。
ミラノコレクションは、別の女にあげてもいいか……。
河本マンション大家のドア叩きは、光熱費を払ったので当たり前だがなくなった。
二千二十三年十二月二十九日、金曜日友引。
今日で今年も仕事納め。
明日の夕方にインカジ『レディ』の忘年会。
本当に時間が経つのも、金が無くなるのもあっという間だ。
二千二十三年十二月三十日、土曜日先負。
リオから三十一日突然のキャンセル。
『おじさん、三十一の午前中は急用が出来て、会えなくなってますが、一月の四日ぐらいに良かったら、お昼でも一緒に食べませんか? リオ』
前日にいきなり急用って、本当に河本マンションの大家といい、タウンハウジングのマーといい、福建省のリオも、中国人というのは都合良く物事を進めるものだな。
あまりショックを受けていない自分が不思議だった。
色々な事があり過ぎて、麻痺しているのかもしれない。
『いいですよ。 岩上智一郎』

まあこの女はまだセックスだけはできる利点があるので、そう返信しておく。
今年の忘年会は歌舞伎町にあるしゃぶ叙。
焼肉叙々苑の系列らしい。
しゃぶ叙へ続々集まるレディの面々。

霜降りの高級肉が渦を巻いた塔のように盛り付けられて出てくる。

それでもしゃぶしゃぶのような料理は、似てしまうからあまり意味がないんだよね。

炭火で焼けるほうも用意してくれればいいけど、それだと煙の問題とかで無理があるか。

佐藤ボンズが図に乗ってライスの大盛りを五杯も頼み、食べきれないから俺にお願いしますと渡してくる。
お陰で俺も六杯の大盛りご飯を胃袋へ詰め込む事になり、あまりの苦しさに二次会移行不参加で帰って寝た。
二千二十三年十二月三十一日、日曜日仏滅。
昼にリオから挨拶が届く。
『おじさん、良いお年をお迎えください。 リオ』

特に返事はしなかった。
もうこの子に何か俺が、期待をする事はないだろう。
抱きたくなったらラブリーハートへ行き、ただ抱くだけの女。
さて大村庵で年越し蕎麦でも食べるか。
一度だけ行った焼肉屋『縁』の前を通り過ぎ、ここには二度と行く事はないだろうなと思いながら、蕎麦屋へ入る。
今日で今年もおしまい。
レモンサワーに烏龍ハイを注文し、味噌味のねりものをつまみにもらう。

天ざるを頼み食べるも、いまいち物足りないのでカレーライスもお願いする。

黄色い昔ながらのカレー。

期待して口へ運ぶも、味はぼんやりしていて少し残念。
本当に今年も酷い一年だったなあ……。
河本マンションの暴威に加え、神田との縁を切れたのはよかったが、自称俳優若菜龍平が現れ、あの馬鹿のせいで本当に散々な目に遭った。
結局今年も、自分一人で年越し蕎麦。
まあその方が気が楽でもある。
来年こそは河本マンションを脱出しないとね。


この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
