闇 629(真地獄変中核回想編)
闇 629(真地獄変中核回想編)

2026/08/04 tue
※俺は13年間のブランクのリハビリをしているだけなんじゃないかなとまで感じるようになった。そしてこのまま朽ち果てるのは悔しいから自身の人生を書き残している。
前回の章


二千二十三年十二月二十日、水曜日大安。
思えばいつから俺は、こんなに弱々しくなったのだろう?
ヤクザの大物組長に物怖じせず、堂々と殴られても自分の主張を続けたあの頃。
自分でトレーニングして身体を作っただけで、勢いと身体能力のみで殴り込みを掛けた総合格闘技。
納得がいかないからと、自らの足でヤクザの組事務所へ乗り込んだあの時。
いずれも二十代から三十代掛けての若い頃とはいえ、四十代でもその矜持は持ち合わせていたはず。
歌舞伎町〇〇会のヤクザ秋田を殴った時。
少なくともあそこ辺りまでは、俺が俺でいる為に、自分でいられたはずだ。
もちろん根っこの部分は何一つ変わっていない。
それでもいつからこんな風になった?
二度目の横浜の四つの地獄めぐりで、牙を抜かれた?
それとも四年に渡るゲーム屋ラッキーハウス時代の平和ボケが原因か?
どちらにせよ、五十歳になってインカジ『レディ』で働き出してから、明らかにそれからの流れがおかしい。
一度じっくり自身を振り返り、何故こうなったのかを突き留めないと、自称俳優のようなくだらない人間にまでつけこまれてしまう。
二千二十一年の二度目の心筋梗塞で死に掛けてから。
身体が劣化したのはこのせいだけでなく、年齢によるものもあるとは思う。
そのあと周りを取り巻く人間が酷過ぎる。
あまりにもうんざりして一人を切ると、種類の違う変な人間が纏わりつくようにやってくる図式。
まず長年の部下である山下哲也を切った。
田無神社へ着いてきて、タカられてから二日後。
その間、ご馳走様でしたの一言も無し。
「……」
うん、もうコイツはいいか……。
過去何度も呆れた。
二度意図的に手を出した。
一度目はワールドワンの時。
クソ忙しい店内で、食事休憩を空気も読まず出掛け、四十分と言ったのに一時間半も掛けて酒を飲み帰ってきた。
俺がいくら注意しても、酒のせいか辞めればいいんでしょと強気な山下に頭突きをお見舞いして、店をクビにした。
二度目は長谷川昭夫の秋葉原の裏ビデオ屋『アップル』の時。
俺が作り上げたシステムに胡坐を掻き、月に百万の給料を貰っていた山下は明らかに図に乗っていた。
月三十万の給料で我慢しながら働く俺。
それだけの金額をもらいながら「休みが無い俺はほんと可哀想すよ」と愚痴をこぼす山下。
こちらの指示に従わず適当に店を開けた為、あの馬鹿は秋葉原へ着いて僅か三十分でパクられた。
危険を侵し、野方警察署まで面会に行った俺。
身元引受人もいないと泣きを入れたので、知り合いの岡部さんへ頭を下げて裁判へ出てくれるようお願いした。
そんな俺に対し、一言の例もない馬鹿。
そして裁判終了後、毎日飲み歩くだけで、岡部さんの店へ挨拶一つ行かなかった。
ブチ切れた俺は、長谷川にクビを懸けて山下を事務所へ呼び出すように言ったのだ。
ヨロヨロしながらも、自分の足で事務所を出ていく山下。
出血はどこもしていない。
本人的にただ痛いというだけ。
執行猶予四年もつき、保証金だって前借りしているから、残り百数十万しか残っていない。
これから惨めな人生を送らねばならない山下に対し、俺は暴力を使うのが最善の療法だと思った。
馬鹿なのはしょうがない。
ただ心まで忘れたら、それは動物と変わらない。
年齢は関係無しに、叩いてでも教えないといけない事だってある。
少しはこれであいつも凝りて、身に沁みて分かってくれれば良いが……。
そんな山下と再び再会したのは、俺が川越で岩上整体を開業した時だった。
いや、正確には再会ではない。
あの馬鹿から連絡が来ただけだ。
「オメーは二度と俺の前に面出すな、馬鹿野郎!」
馬鹿は馬鹿でしかない。
駄目だ、あんなのと絡んでいたら、こっちまでおかしくなる。
この日俺は、山下哲也と決別する事を決めた。
あの時で一度、俺は見離したのだ。
しかし神の悪戯か、再び再会したのは二千十五年。
岩上整体のあの時から、八年後だった。
そしてまた同じ店で働くようになったのは、当時のオーナー酒井さんによる鶴の一声。
もちろん馬鹿でだらしないのは把握していた。
だが、正直内心どこか憎めない可愛い昔からの後輩という慈悲に近い複雑な心はあったのだ。
亡くなってしまった盟友斉藤弘一から、俺があの馬鹿を引き継ぐ事が何となく宿命のような勘違いをしてしまった。
しかし再びタッグを組んだ山下は、以前にも増して口だけ達者になり、中身は何一つ変わっていなかった。
だから、俺は前の店『ラッキーハウス』を辞める決意をしたのである。
その決定的となったのは、山下の口先だけなのが分かったから……。
「テメーよ…、年取って俺が丸くなったと勘違いしてんのか? 悪いけど、元は何も変わっちゃいねえぞ、おい……」
「す、すいません……」
この日俺が、山下と仕事以外の会話をする事はなかった。
袂を分けたあの時、しかしそれでも腐れ縁なのか、ズルズルここまで来てしまった。
俺にとっては馬鹿でも可愛い部下だった。
だけどもう手の施しようがない。
いい加減断ち切ろう。
この悪縁を……。
「……」
斉藤さんよ…、ごめんよ。
やっぱり俺にはあの馬鹿、ちょっと無理だったわ……。
山下を着信拒否に設定する。
次にしつこくLINEの電話が鳴った。
動揺にLINEもブロック。
そしてフェイスブックもすべてブロックする。
もう可哀想とか、昔からの付き合いではない。
この馬鹿を切らないと、こっちがどんどん泥沼に嵌るだけ。
馬鹿は死んでも治らない。
馬鹿につける薬はない。
二十九歳からの三十年以上の付き合いがあった山下哲也。
俺はこの日、本当の意味合いで自ら縁を切った。
あの時の日付が二千二十二年二月十一日。
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