4ヶ月間のレポート一挙公開!~東大寺とその近傍をめぐる⑱
11月下旬に父が他界してから、noteでの投稿が滞っていましたが、せっかく友の会に加入したこともあり、東大寺の特別行事には最低限参加するようにしていました。
とはいえ、なんとか足を運ぶことはできても、記事を落ち着いて仕上げる時間が取れず、すべて「行ったきり」の状態だったのです。
このたびの再開を機に、今年のテーマの一つである未公開の東大寺シリーズを一気に書き上げます。
「良弁忌」の特別公開

2025年12月16日には、東大寺東エリアの「俊乗堂」「開山堂」「法華堂」が同時に公開され、普段は目にすることのできない秘仏を拝観する機会がありました。
「釘打ちの弥陀」を検証する
昨年7月5日の「俊乗忌」にも訪れた俊乗堂ですが、いわく付きの快慶作の阿弥陀立像の足の甲にのこる釘跡を見逃してしまいました。
この日も同時公開だったため、再び確認できるチャンスに恵まれたのです。
そもそも釘跡の所以は以下の2つだと考えられています。
①浄土真宗を開基した親鸞聖人が立ち寄った際、あまりにも深く信仰したため、親鸞が持ち帰れないようにするため
②親鸞の人徳に触れ、阿弥陀如来自らが彼について行こうとしたから
左足の甲に穴があると聞いていましたが、驚いたことに右足にも穴のような傷が確認されました。
そう、両足だったのです。
別の傷が偶然釘跡のように見えるだけではないかと思い、念入りに左右を見比べてみましたが、どちらもくぼんでおり、区別はつきませんでした。
それでも、噂通りの穴が存在していることに気づいた瞬間、思わず胸が高鳴りました。
阿弥陀像が自ら動くなどあり得ませんし、ましてや徳の高い親鸞が盗もうとしたとは考えにくい話なので、本当に不可解です。
ただ、現実的に考えると、地震の際に倒れないよう一時的に釘で固定した可能性もあるのではないでしょうか。
仏さまを傷つけるなど、それもまた信仰上は考えられないのですが…
開山堂の「良弁僧正座像」
この日は良弁忌。
東大寺創建に尽力した初代別当である良弁僧正の命日にあたり、国宝指定されているその像も公開されました。
画像ではわかりづらいですが、膝の上で持っている棒が「靴ベラ」のような形をしていたので、堂内の僧侶に聞いてみると「如意棒」とのことでした。
如意棒といえば…『西遊記』で孫悟空が自在に操る棒が浮かぶのですが、それとはまったく異なる形状です。
そもそも如意棒とは、意の如く智慧を授け、苦しみから人々を救う力を象徴するものであり、奈良時代の信仰の一形態を示すものでした。
この像は、先日訪れた勧進所での公慶上人によって再興されたものですが、時代が移り変わってもその信仰が確かに受け継がれていることが感じられます。
色鮮やかな法華堂の「執金剛立像」
これが見たくて春から楽しみにしていました!
法華堂のご本尊・不空羂索観音とはちょうど背中合わの厨子に安置されています。
実は最初の一文字「執」の読み方がわからず困っています。
調べてみると「しゅ」という読み方が多数派で、東大寺の公式サイトでも「しゅ」と記載されています。
一方で、「しつ」と読む場合もあるようで、仏像教室の先生は「しつ」と教えてくださいました。
結局どちらが正しいのか判断がつきませんが、私としては東大寺を信頼して以後は「しゅ」で統一しようと思っています。
リーフレットの写真ではその美しさがわかりませんが、実物は何倍も鮮やかで感動的です。
良弁がこの法華堂に安置して以来、1300年もの時が流れたとは到底信じられません。
さらに塑像でありながら、風化や色褪せを最小限に抑えている東大寺の保存努力に改めて感銘を受けました。
この像は、現在各寺院の山門に安置されている仁王像の原型となったものです。
身長はおよそ170cmほどで人間に近く、人体の特徴が細かく描写されているため、非常にリアルな印象を受けます。
この像を起源として、全国各地で多様な展開が見られたと考えると、非常に納得がいきます。
普段は混雑することはない法華堂ですが、この日は長い列ができていたことから、この像の価値の高さがうかがえ、一見の価値は十分にあると言えるでしょう。

◇◇◇
この日は同日に友の会に入ったペコちゃんと訪問したのですが、つきふねさんとも偶然に出会いました。
まさに友の会の仲間同士、類は友を呼ぶとはこのことで、広い敷地内で混雑していても自然と引き寄せられるものですね(笑)

7年ぶりの「修二会」

3月初旬の2週間にわたり「修二会」が執り行われました。
これは「お水取り」や「お松明」として知られる儀式で、1250年もの間、一度も途絶えることなく続けられてきた「不退の行法」です。
11名の僧侶が「練行衆」となり、二月堂のご本尊である大・小二体の十一面観音に「罪の懺悔」「国家安泰」「天下泰平」を祈ります。
修二会は奈良だけではなく、畿内全域に春を告げる特別な行事として親しまれているのです。
7年の歳月はルールも変えた
私は2日㈪に早速足を運びました。
後半になると混雑が予想されるため、できるだけ早めに行こうと考えたからです。
さらに7年前、最も人気のある最終日に訪れてクライマックスを存分に楽しむことができたため、今回は心に余裕を持ちながら異なる日のパフォーマンスを見てみたいという気持ちもありました。
2週間にわたり毎日異なる内容が楽しめるようで、前回の最終日には11本のお松明が一斉に上がり、突き出したり回転したりと非常に迫力のある光景が広がっていました。
その際は二月堂の敷地内のほぼ真下から鑑賞したため、臨場感を直に体感することができたのです。

しかし、この7年間には「コロナ禍」があり、極端な過密を緩和するための工夫が確立されました。

二月堂の前面(南)は急坂になっているため、足元にはかなりの注意を要します。
そのため段差には階段を設置することで、一定のスペースごとに人数制限されていました。
以前は全体の入場者数は制限されていたものの、入場後はどこで観賞しても自由だったため、少し窮屈に感じる部分がありました。
安全に観賞するためには、ある程度の制限は必要なのかもしれませんね。
結局今回は二月堂の敷地内には入らず、さらに下のスペースから観賞することにしました。

修二会2日目では、10人の練行衆がそれぞれ一本ずつ松明を手にし、個性豊かな演技を披露していました。
前回とは全く違う内容に、2週間を通じて、各日それぞれに異なる特色や感動を味わえることが想像できます。
ちなみに、お松明は重さ約30kg〜40kg、長さ約6〜8mと非常に大きく、見る方にとっては圧倒的な迫力を体験できます。
しかし、一般の人々には到底持ち上げることすら不可能で、東大寺の僧侶たちは日頃から鍛錬を積んでいるからこその妙技なのでしょう。
お香水とお松明の杉
この日の同行者はおなじみのペコちゃんとつきふねさんです。
目ざとい二人のおかげで、修二会を象徴する貴重なアイテムを手に入れることができました。

中央:お香水
右:お香水の袋
それは、お松明に使った杉の枝葉と、ご本尊に供えるお香水です。
お香水とは二月堂の敷地前にある「閼伽井屋」の若狭井という井戸の水で、どちらも災厄を除き福を招くための縁起物です。
杉葉は玄関に飾り、お香水は飲み干しましたが、クセのない柔らかいのど越しでした。

これで今年は良いことずくめなのは間違いないでしょう(笑)
7年前と今年の修二会の様子を動画にまとめました。
どちらも約1分にまとめていますので、サクッとみれますよ。
2026年版〈修二会2日目〉
2019年版〈修二会最終日〉
【東大寺とその近傍をめぐる】
①冬の「浄瑠璃寺」
②下見の春日大社
③今期初!東大寺散策「南大門と大仏殿」
④今期初!東大寺散策「西伽藍と東伽藍」
⑤noteオフ会!氷室神社と不空院
⑥noteオフ会!ミュージアムと依水園
⑦奈良博「超 国宝展」
⑧ならまち3月2日十輪院
⑨ならまち元興寺
⑩奈良の遠景と「俊乗堂」
⑪ミュージアムと吉城園
⑫五劫院と空海寺
⑬奈良博「世界探検の旅」
⑭転害会と勧進所の特別公開
⑮観音院に集った人々
⑯奈良博「正倉院展」
⑰春日大社・萬葉雅楽会
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