ならまち十輪院~東大寺とその近傍をめぐる⑧
いきなりですが、
京終
↑これどう読むのかわかりますか?
「きょうしゅう」「きょうじまい」「けいしゅう」「きょうつい」・・・?
私はいろいろ考えましたが、どれも正解ではありませんでした。
実は、
「きょうばて」
と読むのですって!
AIによると、
奈良時代の都、平城京の外京(げきょう)の南端に位置していたことから、「京の終わり」「京の果て」という意味で名付けられました。
それなら「京果」と表記した方がよさそうなものですが、わざわざ「終」を「はて」と読ませるところに、日本語の奥深さを感じずにはいられません。
今回の東大寺周辺めぐりは、関西人の私も知らなかった難読名の駅からのスタートです。

JR奈良駅から1駅目であり、さらに高田駅まで続くこの沿線は「桜井線」というのですが、通称名の「万葉まほろば線」の方が有名です。
たまたまなのか狙ったのかはわからないですが、沿線には万葉集で読まれた名所旧跡が多く存在するのでこの名が付いたそうです。
駅舎は一見すると古風なデザインですがどう見てもまだ新しい。
それは2019年11月7日にわざと明治期の姿にリニューアルされ、まだ6年しか経っていないからです。
そういえばトイレも借りましたが、ちゃんと最新設備になっていました。
ならまちの南北の駅を利用する
大体「ならまち」はひと昔前まで「奈良町」と表記されていましたが、現在ではひらがな表記が定着しています。
位置的には、ちょうど東大寺の南東部にあり、江戸時代以降の景観を遺す街並みが続き、気候さえ良ければブラブラ散歩するには最適なエリアです。

ならまちへ行くには、近鉄奈良駅から南へ下るという固定概念しかなかったのですが、立ち寄る場所をいくつかピックアップしていると、その一つの最寄り駅が「京終駅」となっているのに気づき、調べてみるとそこは「ならまち」の最南端にあるではありませんか!
この駅が観光用の「ならまちてくてくマップ」に記載されていないのはなぜだろう??
まほろば線で来る人もいると思うのですが数が少ないのでしょうか?
しかもこの日はまだ6月だというのに、カンカン照りの30度以上の真夏日だと数日前から予想され、北の近鉄奈良駅から往復縦断するよりも、南の京終駅から北へと片道縦断の方が楽ではないかと、この駅の存在を知った瞬間に閃き、ほくそえんでしまいました。
ましてや「万葉まほろば線」や「京終駅」にも興味はあるので、絶好の機会でした。
この日はペコちゃんと二人の紀行ですので、お互いに歩くのは苦手。
なるべく無駄な労力は避けたいという共通の感覚を持つ者同士なので、すぐに行程は決まりました。
ならまちラビリンス
ところが、いざ京終駅からスタートして目的地に行こうにも、道幅が細いわりに車が頻繁に通り、その上無駄に曲がり角が多いため、やみくもに進んでいると完全に方向感覚を失います。
京都のように碁盤の目ではなく、鉤型の角が数回続いたかと思えば、逆方向に曲がったりで、まっすぐに通っている道が少ないのです。
今も住宅密集地ですが、昔の「邑」時代からまったく整備されないまま現在に至ったような区割りは、私たちには大きなトラップとなりました。
スマホでナビを使わないと絶対に抜け出せない迷宮なのです。
おかげでスマホの電池を浪費して、最寄り駅まで帰った時にはたったの18%しかありませんでした。
圧巻の石仏龕!
十輪院のご本尊がすごい

とにかくスマホにナビってもらいながら、なんとか到着したのが「十輪院」で、そして是非とも見たかったのは「石仏龕」というものです。
「石仏」はそのままの意味ですが「龕」とは「厨子」のことで仏像や仏画、経典など大切なものを収める収納箱の事。
一般的に木製が多い中、石製はなかなか珍しい。
この存在を知ったのが愛読中の「見仏記」で、みうらじゅん&いとうせいこう両氏の感動と興奮が大いに伝わるものだったので、ぜひとも見てみてみたいと強く思っていたのです。

小さい寺院ですが清楚な雰囲気で気持ちが良い。
感動の御対面!
もう早く見たくて、でも、この敷地のどこにあるのかHPをみても明記されておらず、ひとまず一目散に本堂へ入らせていただきました。
すると突然現れたので、思わず絶句状態に陥ってしまいました。
撮影禁止なのでお伝え出来ないのが残念です。
とにかく、「大きくて深い!」というのが第一印象で、圧倒されてしまう迫力がありました。
それもそのはず、幅:2.68m、奥行:2.45m、高さ:2.42mもあるという。
中央には本地垂迹説(神仏習合説)における地蔵菩薩を神とした「本地地蔵」が右手を降ろして掌を前に向けた「与願印」で立っています。
驚くことに脇侍として、向かって左に「釈迦如来」、左に「弥勒菩薩」。
さらにその両サイドには四天王のうちの左:「多聞天」、右:「持国天」。そのまた両サイドに「十王」と言われる裁判官たちが5体ずつ。
「見仏記」では特別に裏側まで見せてもらい、四天王のうちの残りの2天、「増長天」と「広目天」も彫られていたのを確認されているので、オール四天王が龕の四隅をしっかり固めているとのことです。
「ここがあの世とこの世の境だったんだね」
「見仏記」を読んだ時、このみうらじゅん氏のセリフにゾワゾワした感覚は忘れられない。
やはり実物を見ても、得体の知れないゾワゾワ感が全身を走り、なんとも言えない感覚を体験しました。
というのも、手前中央には「引導石」という平らな石が置かれ、そこに棺を置き死者をあの世へと送ったのだそう。
現世から死後の世界へと行くために、伝達や申し送りをするのが中央の地蔵なのだと思うと、願いを叶えるための「与願印」なのも大いに納得できます。
みうら氏による
~この世とあの世の境~
という、妙に頭にこびりついた言葉が、この現場を見て実にリアルに迫ってきます。
それは気味が悪いというより、限りなく神聖な場という感覚であり、信仰心の乏しい私にも大きく感じ入るものありました。
「死」は誰にでも平等に訪れるだけに、様々な仏たちのご加護も等しく受けて旅立つのだと知り、安心して受けとめられるような気がしました。
う~ん。これは仏教美術における最高傑作ではないか?
キリスト教の立体彫刻も細やかで素晴らしいですがこれも素晴らしい!
弥勒菩薩にわずかに彩色が残るのを見ると、当時は全体が極彩色で見事だったことでしょう。
この十輪院は鎌倉時代前期の創建ですが、この地蔵菩薩も同時代の作とされています。
ガイドの方の説明によると、弘法大師が造ったという伝承があるにも関わらず、かつてこのならまちのほとんどを占めていた「元興寺」の境内に野ざらしで置かれていたものだという。
その地蔵菩薩を当時の子院のひとつであった十輪院がご本尊として祀り、釈迦如来よりも弥勒菩薩よりも、肝心要の存在として大切に扱われているのです。
民間信仰をナメてはいけない
いとうせいこう氏も石仏のランクを下に見ていたようですが、ここのご本尊を見た時に、その認識が変わったと語っています。
確かに私も、石仏どころか地蔵菩薩も単に地方のどこにでも祀られている身近で親しみのある仏像という印象でしかありませんでした。
そのお地蔵さんがここでは一番に崇められ、しかも大きな意義を持つ存在となっているのを見て、大いに見る目は変わりました。
石仏とは、かつて村のあちこちの道などに祀られた小さな範囲の民間信仰に過ぎないと思っていましたが、実は日本人にとっては死後の世界へと誘ってくれる絶対的なキーパーソンなのだと気付かされたのです。

祭壇の中央には立派な「宝塔」、
その向こうには「吉祥天」だろうか?
お姉さんに聞いても解らなかった。
ガラスケースの仏像たち
ガイドのお姉さんから聞いた象の姿の「歓喜天」の逸話にギョッとしました。
とんでもない悪ガキがいて、何度諭しても改めないので親自ら、その子の首をはねてしまう。
やがてその子が歓喜天となった。
我が子の首をはねるなんて~~!
過激すぎて2人してビビりましたが、いったいどれだけのレベルの悪だったんだろう?
確かに歓喜天は、元々は悪神だとは聞いた事はありますが、かなりのレベルだったのですね。

やさしくハグしてはいるが、二度と悪さをしまいように、
片方がもう一方の足をしっかり踏んで逃げないようにしている。

ここでヘルメットのようなアフロヘアの仏さまに出会えるなんて感激です。
失礼だけど本当に可愛らしい。

仏像の他、ご住職の趣味の骨董品の数々が2つの大きなガラスケースにびっしりと収納されていました。
河島英五の墓碑
最初からしっかりついてガイドしてくれた、若いお姉さんはここが実家だと話されていたのですでに嫁がれているのでしょう。
11時半に予約したランチの時間が迫っている事に気づき、深々とお礼を述べて行こうとすると、河島英五のお墓もあるとサラリと言うので、あわてて見に行きました。

若い人は知らないかなぁ。
河島英五はシンガーソングライターでヒット曲を飛ばし、中でも「酒と泪と男と女」は私にとっても青春賛歌として心に残る名曲です。
もちろん彼は大阪人ですが、この十輪院にご縁があって檀家となり、ここに葬られたとの事です。
墓碑に刻まれた言葉は、彼の歌と同じく心の琴線に触れるような素直さがあらためて沁みました。

ガイドしてくれたお姉さんが自ら御朱印も書いてくれました。
拝観受付・ガイド案内・御朱印の揮毫までこなすスーパー女子だったことに驚き、おまけに細くて美人というパーフェクトな女性でした。
大変!ランチの予約時間が迫っています。
場所もはっきりわからないだけに、めちゃくちゃ焦りながら、私たちはならまちラビリンスへと飛び込み、その迷宮にまた挑むことになりました。
続きます。
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