無人島転生 第1話 「転生したらマジで無人島だった件」
目が覚めると、見慣れない空があった。
青い、とても青い空。雲ひとつない完璧な青。そして聞こえてくるのは波の音と、鳥の鳴き声。
「…は?」
田中恵理(27歳)、ゲーム会社でシナリオライターをしていた私は、慌てて身体を起こした。
ここはどこ? そしてなぜ私は砂浜に寝ているの?
「えっと…昨日は確か、また修正地獄で終電逃して…」
思い出そうとした瞬間、記憶が蘇ってきた。課長の山田さんが、またあの台詞を言ったんだった。
「田中さん、このシナリオなんだけど、やっぱりヒロインをもっと可愛くできない? あと主人公の動機も弱いから、家族が死ぬ設定追加して。明日までに直しといて」
三週間かけて練り上げたシナリオを、たった五分で全否定。しかも家族が死ぬって、どんだけワンパターンなんだよ。でも逆らえば「やる気がない」扱い。
「なんで私がこんな目に…」
そう思いながら、ふと自分の手を見て絶句した。
「は? はぁぁぁ?」
これは私の手じゃない。こんなに白くて、細くて、若々しい手は私の手じゃない。慌てて水たまりを覗き込むと、そこには見知らぬ美少女の顔があった。
18歳くらいの、アニメから飛び出してきたような美少女が。まつ毛が長くて、肌がツヤツヤで、どこから見ても完璧な美人顔。
「うそでしょ…これ私?」
「ちょっと待って、待って待って!」
私は砂浜で一人パニックを起こしていた。
「転生? 異世界転生ってやつ? でもここ異世界じゃなくて普通に地球っぽいし!」
周りを見回すと、確かに美しい砂浜と青い海、そして緑豊かな森。でも現代的な建物は一切見当たらない。椰子の木らしきものが生えていて、まさに南国のビーチそのもの。
「まさか…無人島?」
その可能性が頭をよぎった瞬間、現代人としての本能が発動した。
「スマホ! スマホはどこ?」
ポケットを探る。ない。そもそもポケットもない。私が着ているのは、なんだかよくわからない白い布の服で、しかも所々破れている。
「GPSは? Wi-Fiは? 4G回線は?」
当然、何もない。スマホのない生活なんて、もう何年も経験していない。
「Google Map! Google先生に聞けば…」
手に何もないことを再確認して、現実を受け入れざるを得なくなった。
「マジで…マジで無人島…」
「とりあえず、状況整理よ」
私は砂浜に座り込んで、冷静になろうとした。転生前の記憶をたどってみる。
あの夜、終電を逃した私は会社で一夜を過ごすことになった。いつものように、デスクで仮眠を取って、朝一で家に帰るつもりだった。でも、あまりにも疲れていて…
「もしかして、過労死?」
そんな間抜けな死に方をしたとは思いたくないが、可能性は高い。毎日終電まで働いて、土日も出勤して、まともな食事も睡眠も取らない生活を三年も続けていたのだから。
「えーっと、転生チェックリスト…」
指折り数える。
「美少女になった、チェック。無人島にいる、チェック。現代文明ゼロ、チェック。サバイバル知識…」
最後の項目で手が止まった。
「サバイバル知識…ゼロ。完全にゼロ」
愕然とした。私のサバイバル知識といえば、「コンビニでカップ麺を買う」「Amazonで保存食を注文する」「Uber Eatsでご飯を頼む」程度だった。
「火は…ライターで着ける? ライターない」
「水は…水道をひねる? 水道ない」
「食べ物は…冷蔵庫から出す? 冷蔵庫ない」
「トイレは…」
ここで重大な問題に気づいた。
「トイレ…ない」
これは緊急事態だった。
立ち上がって身体をチェックしていると、さらなる問題が発覚した。
「うわあああああ!」
私が着ている白い布、想像以上に破れていた。特に胸の辺りと太ももの辺りが危険な状態になっている。
「見えちゃう! 見えちゃうよ!」
慌てて手で隠しながら、でもふと周りを見回す。
「…あ、一人だった」
誰もいない。当たり前だ、無人島なんだから。
「あー、でも恥ずかしいものは恥ずかしいよね」
とりあえず破れた部分を結んで、何とか体裁を整える。でも動くたびに破れが広がりそうで、とても不安だった。
「服…どうしよう。しまむらもユニクロもないんだよね…」
そして避けては通れない問題が発生した。
「トイレ…したい」
森の奥に入って、適当な茂みを探す。森は思ったより深くて、巨大なシダ植物や見たことのない花が咲いている。鳥の鳴き声も聞こえるし、時々小さな動物が草むらを駆け抜けていく。
「リスかな? それとも違う動物?」
でも現代人の私には、野外でのトイレが恐怖でしかなかった。
「人に見られたらどうしよう…」
一人なのに、なぜか誰かに見られているような気がしてしまう。
「トイレットペーパーは…」
当然ない。
「葉っぱ? 葉っぱを使うの? どの葉っぱ? 毒があったらどうしよう?」
結局、一番安全そうな大きな葉っぱを選んでトイレを済ませたが、案の定、肌がピリピリし始めた。
「かぶれた…確実にかぶれた…」
お尻が痛痒い。でもどうすることもできない。
「オロナインは? ムヒは?」
もちろんない。
次に気になったのは口の中だった。
「歯磨き…してない」
口の中がネバネバしている。いつもなら歯ブラシと歯磨き粉でスッキリするのに、何もない。
「歯ブラシは?」
ない。
「歯磨き粉は?」
ない。
「せめてモンダミンは?」
あるわけない。
仕方なく海水で口をゆすいでみたが、しょっぱいだけで全然スッキリしない。
「うえー、塩辛い…」
指で歯を擦ってみるが、歯ブラシの爽快感には程遠い。
「誰もいないから関係ないけど、でも気持ち悪い…」
絶望していた時、ふと手のひらに暖かい感覚を感じた。
「ん? なにこれ?」
手のひらを見つめていると、小さな炎がゆらゆらと浮かんでいた。最初は見間違いかと思ったが、確実に炎が出ている。温かくて、でも熱すぎない、不思議な感覚。
「えええええ! 火! 火が出てる!」
慌てて手を振ると、炎は消えた。でもまた集中すると、炎が現れる。
「魔法? マジで魔法?」
興奮した。これで生活が楽になる! 火が使えれば料理もできるし、夜も明るいし、寒くても大丈夫!
「よし! 魔法マスターになる!」
でも、どうやって使うんだろう? 集中すると出るのはわかったが、大きさや強さをコントロールする方法がわからない。
「えーっと、燃えろ燃えろ?」
言葉で指示してみるが、特に変化なし。
「ファイヤーボール!」
RPGゲームの呪文を唱えてみるが、やっぱり変化なし。
「うーん、気持ちかな?」
暖かくなりたいと思うと、炎が少し大きくなる。明るくしたいと思うと、炎の色が変わる。
「おお、なんか分かってきた」
調子に乗った私は、魔法をいろいろ試してみることにした。
「まずは髪を乾かそう」
海で身体を洗った後、髪が濡れて不快だった。ドライヤーの代わりに魔法を使えば完璧だ。
「えい!」
手のひらの炎を髪に近づける。暖かい風で髪を乾かすイメージで…
「うわああああああ!」
炎が予想以上に大きくなって、髪の毛を直撃した。
「燃えてる! 髪が燃えてる!」
慌てて海に飛び込んで消火する。鏡代わりの水面を見ると、悲惨な姿が映っていた。
前髪が半分焼けて、おでこが丸見え。そして眉毛も巻き添えを食って、片方だけ消失していた。
「うそでしょ…美少女なのに…」
涙が出てきた。せっかく美少女に転生したのに、これじゃあ台無しだ。
「魔法って…危険…」
でも諦めるわけにはいかない。魔法は私の唯一の武器なのだから。
「もっと弱い炎で練習しよう」
今度は本当に小さな炎を作ってみる。マッチの火くらいの大きさ。これなら安全だろう。
木の枝に火をつけてみる。うまくいった。でも炎の強さを調節しようとすると、また大きくなってしまう。
「加減が難しい…」
何度も練習してみるが、思った通りにコントロールできない。魔法って、もっと簡単だと思っていたのに。
「集中しすぎると大きくなって、リラックスしすぎると消える…」
絶妙なバランスが必要らしい。でも、そのバランスがつかめない。
泣いているだけでは何も解決しないので、とりあえず食べ物を探すことにした。
「果物とか、きっとあるよね」
森に入って探索開始。思ったより森は大きくて、いろんな植物が生えている。大きなシダ、色とりどりの花、見たことのないキノコ。
「これ、毒キノコ? それとも食べられるキノコ?」
判別がつかない。母親に聞いたことがあるような気もするが、「毒キノコは派手な色」だっけ? 「地味な色」だっけ?
「思い出せない…」
しばらく歩くと、バナナみたいな果物を発見した。木になっているから、たぶん果物だろう。
「毒があったらどうしよう…」
でもお腹が空いていたので、一番安全そうなものを少しだけ食べてみる。甘くて美味しかった。
「これは大丈夫そう」
でも一個では全然お腹が満たされない。もっと探してみると、オレンジみたいな果物も見つけた。こちらも甘酸っぱくて美味しい。
「とりあえず果物は確保したかな」
でもタンパク質も必要だ。
「魚を取ろう」
海に向かって、魚を捕まえる作戦を実行する。
「素手で魚を捕まえるのって、どうやるんだっけ?」
テレビで見たことがあるような気がするが、実際にやったことはない。透明な海水の中を、カラフルな魚たちが泳いでいる。
「綺麗…でも捕まえないと」
「えい!」
海の中の魚に向かって手を伸ばす。
当然、魚は素早く逃げていく。
「あ、逃げた」
何度も挑戦するが、魚は全然捕まえられない。それどころか、水しぶきで全身ずぶ濡れになってしまった。
「魚って…こんなに速いの?」
魔法で魚を動けなくできないかと思ったが、火の魔法しか使えないので意味がない。というか、海の中で火の魔法を使ったら大変なことになりそう。
「魔法でお湯を沸かして、魚を茹でる?」
でもそんなに大量のお湯は作れそうにない。魔法の練習が必要だ。
ずぶ濡れになったついでに、海で身体を洗うことにした。
「せめて清潔にしないと」
でも海水では、石鹸やシャンプーのようにはいかない。塩水で髪を洗っても、なんだかギシギシする。
「リンスしたい…」
それに、海といえども身体を洗うのは恥ずかしい。
「誰もいないのに、なんで恥ずかしいんだろう」
透明な海水に映る自分の姿を見て、頬が赤くなる。18歳の身体は、27歳の時とは明らかに違う。肌のハリ、体のラインの美しさ。でも、それが余計に恥ずかしい。
「こんな格好…絶対人には見せられない」
でも一人だから大丈夫。そう思って、しっかりと身体を洗った。
海から上がって、破れた服を着直しながら思う。
「パンツ…欲しい」
下着という概念がこんなに重要だったとは。
島をもう少し探索してみることにした。砂浜から森へ、森から岩場へ。島は思ったより大きくて、一日では全部回れそうにない。
岩場では、カニや貝を発見した。
「これなら捕まえられるかも」
小さなカニに手を伸ばすが、これも素早く逃げていく。
「カニも速い…」
でも貝は動かないので、いくつか拾うことができた。
「生で食べるの? 火を通した方がいいよね」
魔法で火をつけて、貝を焼いてみる。意外と美味しかった。
「魔法、役に立ってる」
少しずつだが、魔法の使い方もわかってきた。弱い火で長時間燃やすには、リラックスして、でも集中を切らさないこと。強い火が必要な時は、一気に感情を込めること。
「もっと練習すれば、上達するかも」
夕方になって、今夜どこで寝るかという問題が浮上した。
「ホテルは…ない」
「家は…ない」
「ベッドは…ない」
「せめて布団は…ない」
結局、砂浜に葉っぱを敷いて、簡易ベッドを作ることにした。森で大きな葉っぱをたくさん集めて、できるだけ柔らかくなるように重ねる。
「野宿…人生初の野宿」
でも砂浜は思ったより寒くて、葉っぱだけでは全然暖かくない。
「毛布…欲しい」
それに、暗くなると怖い音がしてくる。虫の声、何かが動く音、風の音。全部が恐ろしく感じられた。
「電気…欲しい」
「テレビ…欲しい」
「エアコン…欲しい」
現代文明の恩恵を、身にしみて感じた。
魔法で小さな炎を作って、明かりにしてみる。少し安心できたが、ずっと集中していないといけないので疲れる。
「明かりを作る魔法も練習しないと」
夕日が沈んでいく海を見ながら、私は今日一日を振り返った。
「髪は燃えるし、魚は捕まえられないし、お尻はかぶれるし…」
散々な一日だった。
「でも…死ななかった」
それだけでも奇跡かもしれない。サバイバル知識ゼロの現代人が、一日生き延びたのだから。
「明日は…もうちょっと上手にやろう」
魔法も使えることがわかったし、食べられる果物も見つけた。完璧ではないけど、寝床も確保した。
「少しずつ、少しずつ慣れていけばいいよね」
夕日を見つめながら、そんなことを思った。美しい夕日だった。こんなにゆっくり夕日を見たのは、いつ以来だろう。
「会社にいたら、絶対に見られない景色だなあ」
残業地獄の日々を思い出すと、この無人島生活も悪くないような気がしてきた。少なくとも、理不尽な修正要求はない。
「山田課長の顔、もう見なくていいんだ…」
それだけでも、転生した甲斐があったかもしれない。
「まあ、なんとかなるかな」
それが私の口癖だった。今日も、その言葉で一日を締めくくる。
夜になって、葉っぱのベッドに横になりながら、私は今日の出来事を整理していた。
「転生って、本当にあるんだ…」
まだ信じられない気持ちもあったが、この若々しい身体と、手のひらから出る炎が現実を物語っていた。
「魔法…もうちょっと練習しよう。でも今度は慎重に」
焼けた髪を触りながら苦笑いする。明日は、もっと安全に魔法を使ってみよう。
「明日は何をしよう? 家を作る? 食べ物をもっと探す?」
考えているうちに、波の音が子守歌のように聞こえてきた。
「案外…悪くないかも」
最後にそんなことを思いながら、私は人生初の野宿に入った。
明日も、きっと何とかなる。
そんな根拠のない確信を胸に。
翌朝、私は鳥の鳴き声で目を覚ました。そして海の向こうから、何かが近づいてくるのを発見する。
「あれは…人?」
ついに、二人目の住人との出会いが!
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