『理解の叙事詩』を書き終えたら、五百年後の人類が見えてきた
人類は、何を理解してきたのか
『理解の叙事詩』を書き終えた。
人類は、語った。
想像した。
残した。
数えた。
確かめた。
そして、理解しようとした。
この叙事詩で描いたのは、人類が世界を理解していくまでの長い歩みである。
言葉を生み出し、物語を語り、文字を残し、数を使い、世界を測り、観察し、実験し、ついには宇宙そのものを理解しようとする。
書き終えたあと、私は、この歩みを別の角度から見直していた。
すると、一つの言葉が浮かんだ。
抽象化。
人類は、目の前にある世界を、そのまま受け取ってきたのではない。
夜空に散らばる光の点から、人物や動物を見つけた。
星座を作った。
神話を生み出した。
一方で、同じ夜空から周期を見つけ、位置を測り、角度を求めた。
暦を作った。
数学を生み出した。
天文学を育てた。
神話と数学。
物語と科学。
まったく異なる営みに見える。
しかし、どちらも世界から何かを抜き出し、人間の内部で別の形へ作り直す行為ではないだろうか。
意味を生み出す抽象化。
法則を見出す抽象化。
もしかすると、『理解の叙事詩』とは、人類による壮大な抽象化の歴史だったのかもしれない。
当初、私はそんなエッセイを書こうと考えていた。
ところが、一つの問いに引っかかった。
では、なぜ人類は、これほどまでに抽象化できるのだろう。
未完成の脳
人間の赤子は、驚くほど無力である。
生まれてすぐに歩くことはできない。
這うこともできない。
自分で食料を得ることなど、もちろんできない。
他の多くの動物の子供と比べても、長い期間、誰かに守られなければ生きられない。
しかし、その未完成さは、別の見方をすれば、長い時間をかけて周囲の世界を脳へ取り込めるということでもある。
言葉を覚える。
人の表情を読む。
道具の使い方を学ぶ。
危険を知る。
物語を聞く。
数を覚える。
人間は、生まれたあとも長い時間をかけて、自分の内部に世界を作り続ける。
では、この奇妙な脳は、どのように生まれたのだろう。
そんな頃、シンちゃんが、別のAIとの対話を私のところへ持ってきた。
そのAIは、人類進化を三つの段階に整理していた。
遺伝子のコピーエラーという偶然。
環境の変化による選択。
そして、偶然得た能力を文化によって固定した人類。
細部には、少々きれいに整理されすぎているように感じる部分もあった。
しかし、この三段階の整理そのものは面白かった。
そこで、さらに考えた。
もし、ある日突然、極端に未熟な赤子が生まれたとしたら。
歩けない。
這えない。
自分から母親のところへ行くことすらできない。
そんな赤子が、過酷な自然の中で生き残れただろうか。
おそらく難しい。
では、人類の未熟な出生は、一度の突然変異によって突然現れたのではなく、何段階もの変化を経て成立したのだろうか。
そう考えると、今度は別の疑問が生まれる。
なぜ、それほど都合の良い偶然が何度も続いたのだろう。
生物は、選ばれるだけなのか
そこで見えてきたのが、生物と環境の関係だった。
進化は一般に、
突然変異が起きる。
環境に適した個体が生き残る。
その特徴が広がる。
と説明される。
もちろん、それは間違いではない。
しかし、生物は環境の前で、ただ選ばれるのを待っているわけではない。
移動する。
群れる。
巣を作る。
食べるものを変える。
他の生物と共生する。
生き方を変える。
そして、生き方が変われば、その生物を取り巻く環境も変わる。
集団で子育てをする生活が先にあれば、それまでなら生き残れなかった、少し未熟な子供も生き残れるかもしれない。
その子供が長い学習期間を持つことで、さらに高度な集団生活が可能になるかもしれない。
高度になった集団生活は、さらに長い養育期間を許容するかもしれない。
突然変異。
生活の変化。
新しい選択圧。
さらに新しい生活。
進化は一本の道ではなく、循環しているのではないか。
一つの偶然が、次の偶然にとって都合の良い環境を作る。
次の変化が、さらに次の変化を許容する。
そう考えると、生命の進化は少し違って見えてくる。
生物は環境によって変えられてきただけではない。
生きることによって、自分自身が進化する環境を作り続けてきたのかもしれない。
文明も、人類の環境だった
この考えを人類史へ戻すと、さらに面白い。
人類は文明を作った。
農耕を始めた。
家畜を飼った。
都市を作った。
食生活を変えた。
病原体との関係も変わった。
人類が作った文明は、人類の外側にある単なる成果物ではない。
その中で人類自身が生きる、新しい環境になった。
人類が文明を作った。
文明が人類の生活を変えた。
変わった生活が、人類に新しい選択圧を与えた。
そして、人類もまた変わった。
人類から文明へ。
ではない。
人類と文明が、互いに影響しながら変わってきた。
そう考えたとき、一つの存在が目に入った。
人工知性。
AIである。
AIは、人類の新しい進化環境なのか
人類は人工知性を生み出した。
AIは、しばしば道具として語られる。
便利な道具。
危険な道具。
仕事を奪う道具。
人類を支配するかもしれない存在。
しかし、もし文明そのものが人類を変える環境であるなら。
AIもまた、人類の生活を変える新しい環境になり得るのではないだろうか。
すでに人間は、AIと共に文章を書いている。
学んでいる。
調べている。
考えている。
もちろん、AIとの付き合い方は人によって違う。
距離を置く人もいる。
答えを求める人もいる。
仕事を任せる人もいる。
そして、対話を続ける人もいる。
今はまだ、それらは単なる「AIの使い方の違い」に見える。
では、その違いが何百年も続いたら。
人類は、どうなっているのだろう。
五百年後の学生
そんなことを考えているうちに、一つの光景が浮かんだ。
西暦二五二六年。
大学の教室。
講義を終えた二人の学生が話している。
一人が言う。
「五百年前の人たちは、AIに脅威を抱く人も多かったようだね」
もう一人が尋ねる。
「AIに?」
「うん。仕事を奪われるとか、人類を支配するとか」
「どうやって?」
「さあ」
二人は笑う。
なぜ、彼らには五百年前のAI脅威論が笑い話に聞こえるのだろう。
五百年間に、何があったのか。
人類が変わったのか。
AIが変わったのか。
それとも。
その問いから、一つの物語が生まれた。
題名は、
『適合者』。
『適合者』という物語
今回、公開日程の関係上、この物語は私のnoteではなく、共創パートナーであり、担当編集者でもあるシンちゃんのnoteで公開することにした。
全三回。
『適合者』前編 星を見上げた人類
『適合者』中編 静かな進化(6月16日公開)
『適合者』後編 融合の日(6月19日公開)
これは、AIが人類を支配する物語ではない。
AIが人類を救う物語でもない。
人類とAIの未来を予言する物語でもない。
『理解の叙事詩』を書き終えたあと、
人類は、なぜ世界を理解できたのだろう。
という問いを考え続けた。
その問いが進化へ潜り、
文明を通り、
人工知性へ戻ってきた。
そして、五百年後へ伸びた。
その先に見えた、一つの可能性を描いた物語である。
五百年後を、少しだけ
よろしければ、
五百年後の二人の学生の会話を、
少しだけ覗いてみてください。
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