中東紛争とエネルギー危機 アジア株式市場への影響
【連載】アジア株投資の最前線 第6回
東京海上アセットマネジメント
シニアファンドマネージャー 秋澤 宏典
2026年2月下旬、米国とイスラエルがイランに対して軍事行動を開始したことで引き起こされた、中東紛争およびその後のホルムズ海峡封鎖。原油や液化天然ガス(LNG)などエネルギーの供給懸念が発生し、価格が大幅に上昇しました。日本を含むアジア諸国の多くは中東にエネルギー調達を依存しており、インフレ懸念に加えて「産業の血液」とも呼ばれるナフサの供給懸念を通じ、幅広い産業に影響が出る可能性が高まっています。今回は、中東紛争およびエネルギー危機がアジア各国に与える影響や、株式市場の反応について詳しく見ていきたいと思います。
米国とイスラエル
イランに軍事攻撃
2026年2月28日、米国とイスラエルがイラン国内の核関連施設や軍事基地に対して「核武装阻止」と「自衛権行使」を名目に大規模な空爆をしかけました。この攻撃により、イランの最高指導者だったアリ・ハメネイ師の死亡が報じられました。
イランも報復としてイスラエル本土はもちろんのこと、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、カタールなどの周辺諸国にある米軍基地を標的にミサイル攻撃をしかけました。停戦交渉が続く現在でも攻撃の応酬が続いています。イランに対する攻撃の背景にあったのは、イランの核開発とテロ組織支援に対する抑止といった見方が一般的です。
イランと米国・イスラエル間の対立は、1979年のイラン・イスラム革命によって親米政権が倒れたことにまでさかのぼりますが、その後はイランの核開発抑止を図る西側諸国による経済制裁が続いてきました。イラン側は自国の民兵組織に加え、ヒズボラ(レバノン)やハマス(ガザ地区)、フーシ派(イエメン)といった周辺地域の協力組織に対する支援を通じて西側諸国との対立を深めていきました。
海運の「チョークポイント」
ホルムズ海峡
3月4日、イランは対抗措置としてペルシャ湾の出口に位置するホルムズ海峡を事実上閉鎖すると宣言、機雷敷設や船舶に対する攻撃の示唆によって船舶の自由航行が事実上不可能となりました。これが世界を揺るがす事態へと発展します。
中東産油国が輸出する石油、LNGは基本的にこのホルムズ海峡を通過しており、全世界で海上貿易される原油の25%、LNGの20%に相当すると言われています。問題はそのうちの8割前後がアジア向けに輸出されていることです。
アジアの国の多くはエネルギー調達を中東に依存しており、中でも原油の中東からの輸入に対する依存度が消費量の約6割と高い状況でした。日本の場合だと消費量の9割、韓国だと7~8割、インドも6割、中国も5割を中東からの輸入に頼っています。
東南アジア諸国連合(ASEAN)地域は国によっても異なりますが地域全体で見ると消費量の5~6割に相当する原油を中東から輸入しています。ただし中国などは、ウクライナ侵攻に対する制裁で西側諸国が規制対象とするロシア産原油の輸入強化といった手段もありそうです。
原油以外だと、ガソリンやナフサ(粗製ガソリン)の中東への依存度も高く、特にナフサはプラスチックを始めとする石油化学品の原料として「産業の血液」とも称される主要原材料です。アジアが輸入するナフサの半分以上は中東産といわれ、ナフサの供給不足からプラスチック製品の調達が難しくなっており、一部メーカーで受注停止となるような製品が出てきたという報道も記憶に新しいかもしれません。
LNGや液化石油ガス(LPG)も市民生活や経済活動には欠かせません。発電用途や都市ガス、家庭用プロパンガス、自動車用燃料など幅広い用途に使われており、ガス供給の不足からインドの一部の州でレストランが営業停止に陥るといった事態が発生し、市民生活に不安を与えています。

医療、半導体に不可欠
カタール産ヘリウム
ヘリウムは風船をふくらませる際に使われる軽い気体として有名ですが、医療用途や半導体・光ファイバーの製造においても欠かせない産業ガスでもあります。ヘリウムは人工的に作り出すことが難しく、天然ガスを液化する際に回収される副産物で、中東のカタールが全世界供給量の30~35%を占めます。日本の場合は約4割を中東から、約6割を米国から輸入しています。
一方で、韓国は消費量の半年分に相当するヘリウム在庫を抱えているとされるものの、調達のうち65%をカタールからの輸入に頼っておりカタールからの供給が再開されない場合、半導体生産に影響が出る可能性が指摘されています。
半導体は韓国の輸出額の約2割を占める最大の輸出品目であり、韓国経済そのものへの影響に加えて、韓国の半導体メーカー2社が供給する半導体メモリの世界シェアはDRAMで約7割、NANDで約4割と高く、データセンターやPC、スマートフォン市場へ影響が波及する恐れがあります。
台湾は火力発電が電力供給の中心で、特にLNG火力発電への依存度が約4割と高い状況です。政府や企業からは当面の電力供給や半導体生産に問題がないといった旨のコメントが出ているものの、LNGの調達価格上昇を通じてコスト増要因となります。
原油、LNG、ナフサ
3カ月で1.6~1.8倍に
中東に供給を依存するエネルギーの価格は、中東紛争によるインフラ破壊とホルムズ海峡封鎖による供給懸念を受けて、大きく上昇しました。エネルギー価格の推移は中期で見るとおおむね連動しており、同様の動きをしている事が確認できます。

昨年末時点を始点にして見ると、エネルギー価格は3月頭から急上昇し、3月下旬にかけて倍近くになりました。4月以降はやや落ち着きをみせましたが、原油先物、LNG先物、ナフサは昨年末対比で見ておおむね1.6~1.8倍の水準にあります。

調達価格上昇によるコストの増加は、価格転嫁を通じて消費者に負担が回ってきます。コメ価格の上昇によるインフレが記憶に新しいところですが、今後は石油化学製品をはじめとするあらゆる製品の販売価格が上昇する可能性があります。
フィリピンは利上げ
タイ中銀も続くか
現時点で目に見える形での影響は出ていませんが、インフレは消費にとってマイナスとなります。アジア各国・地域のインフレ率は比較的落ち着いた水準にありましたが、今後は上昇が見込まれています。消費者の財布のひもが締まる事で、一部の生活必需品を除き、販売数量は減少する恐れがあります。
アジアの消費者物価指数(CPI)上昇率は国・地域によって事情が違うこともあり、2025年までは水準が異なりましたが、26年に入ってから緩やかに上昇しています。
インドは農作物の価格変動が与える影響が大きく、天候に左右されてきました。中国は長引く需要低迷によりデフレの足音が聞こえてくるような状況にまで陥っており、23年以降はCPI上昇率がほとんどゼロ近傍(時にマイナス)で推移してきました。ASEAN域内では、フィリピンやベトナム、タイでCPIが上昇し始めています。

アジア各国・地域通貨の為替市場での動きを見てみると、やはり中東情勢によるエネルギー調達懸念の影響が感じられます。緊張が高まった3月下旬にかけて、エネルギー自給率が軒並み50%以下と相対的に低いインド、タイ、フィリピンの通貨が対ドルで見て売り込まれる場面が見られました。
一方、エネルギー自給率が100%近いマレーシアやロシア産エネルギーの調達を強化している中国の通貨は米ドルに負けず好調な推移を見せました。

多くの国・地域の中央銀行は現時点では静観の構えを見せていますが、インフレ率の上昇が顕著なフィリピンの中央銀行が既に利上げに動きました。インフレ抑制への対処に加えて、通貨防衛を狙ったものだと言えそうです。
タイでもインフレ率が上昇を見せており、中央銀行の対応が注目されます。アジア圏のインフレ率がどの程度上昇するかは読めませんが、多くの中央銀行はインフレ率の低下に伴って金利を低下させてきたところであり、利上げサイクルに転換するかが注目点となります。

AI相場に沸く
アジア株式市場
さて株式市場の反応はどうだったかを見て行きたいと思います。皆さまも近年は「人工知能(AI)関連」銘柄が大きく上昇していることをご存じではないでしょうか。アジア株式市場でもその傾向は同様で、韓国や台湾など、AIの浸透により需要が大きく盛り上がる半導体関連銘柄の構成比が高い市場が大きく上昇してきました。
中東紛争によって下落を見せたものの、4月以降は業績を見に行く展開となり、過去最高の業績に対する期待感から韓国、台湾市場ともに大きく上昇を見せ、既に年初来高値を更新しています。一方で、景気のさえない中国やAI関連銘柄が少なく、エネルギー危機によるマイナス影響への懸念の強いインドやASEANの各市場は出遅れています。

業種別に見てもパフォーマンス格差は顕著となっており、AI関連銘柄を数多く含む情報技術や資本財が大きく上昇する一方で、消費財や日用品、通信サービスといった消費関連業種の出遅れが目立っています。エネルギーやヘリウムなど重要物資の供給懸念は残るものの、需要の強さにより注目が集まった結果だと言えそうです。

パキスタンなどの仲介によって、米国・イスラエルとイランの間で停戦合意が結ばれてはいるものの条件交渉が長引いており、先行きは不透明です。年内のどこかのタイミングではホルムズ海峡の航行も正常化する可能性があり、エネルギー価格も落ち着いてくると見られますが、株式市場ではAI相場が今後もうしばらく続く可能性が高そうです。
次回以降、AI相場とアジア株式市場についても詳しくお話する機会を持てたらと思っています。
【コラム】中東とアジアのかかわり
地理的な距離の近さもあり、中東とアジアは密接に結び付いています。今回見てきた通り、中東から輸出されるエネルギーの7~8割はアジア向けとなっています。その一方で中東地域は、中国やインドをはじめアジアの国々から物品を輸入しています。古くはシルクロードを経由し、現在では海上交通を中心にさまざまな交易が行なわれています。中国の推進する「一帯一路」戦略もその状況を後押ししています。
中東政府系ファンドもアジア新興国のインフラや中国AI関連銘柄への投資を強化しており、今後も両地域の結び付きはより強固なものとなっていく可能性が高いと言えそうです。
イスラム教とアジア
中東地域の特色の一つとして、人口の9割程度がイスラム教徒であることが挙げられます。一方、イスラエルだけは人口の大半をユダヤ教が占めており、政治的にも西側諸国との距離が近いことで知られています。
イスラム教徒の人口は全世界で約20億人と言われ、その多くは実はインドネシア、パキスタン、インド、バングラデシュなどアジアに住んでいます。インドを除く3カ国は人口の9割前後がイスラム教徒であり同胞意識が強いとされます。
パレスチナのガザ地区を巡るイスラエルとハマスの争いにおいても、イスラム教徒が世界最大のインドネシアが抗議の声をあげたほか、ガザ地区の治安維持のためにインドネシア軍を派遣する姿勢を見せています。
秋澤 宏典(あきざわ・ひろのり)
東京海上アセットマネジメント株式会社
株式運用部 シニアファンドマネージャー
東京大学工学部卒、同大学院経済学研究科修了。大和総研を経て2008年に東京海上アセットマネジメント㈱入社。株式運用部にて企業調査/株式運用のキャリアを歩む。ITセクターに明るい。21年から25年までシンガポール駐在、東京海上アセットマネジメント・インターナショナルCIO。26年1月より現職。

企業概要
東京海上グループの中核資産運用会社として、主に個人投資家の顧客を対象とした「投資信託業」と機関投資家の顧客を対象とした「投資顧問業」を展開。運用資産残高は約9兆円(2025年3月末現在)。
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