タイの期待はハイテク株 車と観光からバトンタッチ
【連載】アジア株投資の最前線 第5回
東京海上アセットマネジメント
シニアファンドマネージャー 秋澤 宏典
今回はタイを取り上げます。「ほほ笑みの国」として知られ、日本からはもちろんのこと、世界中から多くの旅行客が訪れる世界有数の観光立国です。それと同時に早くから製造業が発展した国でもあり、特に自動車生産が盛んな工業国でもあります。そんなタイについて、現地情報を交えながら見ていきましょう。
タイ経済を一言で表すと、工業(製造業)と観光業への依存度が高い構造をしているといえます。1人当たりの国内総生産(GDP)に占める工業(製造業)の寄与度は3割前後と言われ、日本の2割を上回り、中国の3割弱と同等程度の水準です。また、GDPに占める観光業への依存度は1割台半ば~後半といわれ、世界的に見ても高い部類です。
製造業の中でも特に重要なのは、やはり電気・電子機器と自動車です。

特に近年のデジタル需要を追い風に、電気・電子機器製品の輸出が伸びています。白物家電や精密機器の製造に始まり、一時期はハードディスクドライブ(HDD)の世界的な生産拠点としても有名でした。「チャイナプラスワン」を追い風にプリント基板(PCB)の生産能力が拡大してきました。近年ではAI関連需要の伸びを受け、サーバーや データセンター向け電子部品の生産が急拡大しています。
自動車の販売・生産が低迷
自動車生産も、タイにとって非常に重要な産業です。
タイはかつて「東洋のデトロイト」と呼ばれ、東南アジアを代表する生産拠点でした。年間100万台前後を海外市場に輸出し、国内販売台数を上回る生産を続けてきましたが、近年では国内販売の低迷に伴って生産台数が減少しています(図)。

2011年の洪水被害による景気悪化からの浮揚策だった自動車購入支援策を追い風に、12年には過去最高の販売台数を記録。生産台数も250万台近くにまで上昇しました。しかし、バーツ高の影響や国内販売の低迷などを受け、25年の生産台数は150万台を下回るレベルに留まっています。
ちなみに、米国ミシガン州の都市デトロイトは、かつて米国ビッグ3(GM、フォード、クライスラー)が本社を構えた「自動車生産の町(モーターシティー)」でしたが、米自動車産業の衰退を受けて13年に財政破綻を迎えました。現在では電気自動車(EV)やロボットの製造など新産業へのシフトを進め、街としても再起を図っているところです。
タイの四輪市場は、かつてはそのほとんどが日系メーカーで占められ、日本車天国と呼べるような状況でしたが、販売に占める日系メーカーのシェアは徐々に低下しています。
背景にあるのは、比亜迪(BYD)をはじめとする中国メーカーのEV攻勢です。10年時点では日系メーカーの販売シェアは9割ほどありましたが、25年は7割を下回りました。一方で中国勢のシェアは既に2割を上回っています。これはタイに限った話ではなく、タイ同様に日系メーカーのシェアが高かった隣国のマレーシアやインドネシアでも似たような状況に陥っています。
バーツ高と円安で中国人観光客の減少続く
観光産業は引き続きタイの主要産業ですが、コロナ禍からの回復が鈍い状況が続いています。
コロナ前の2019年、タイを訪れた観光客数は約4000万人と過去最高を記録。そのうち、中国人観光客が1000万人超を占めていました。コロナ禍を経て、24年には観光客数が3500万人を回復したものの、中国人の占める割合は2割を下回り、中国人の減った分だけ総数も減少しています。

25年に入ると、タイで拉致された中国人俳優がミャンマーに連れ去られる事件(※)が発生し、タイの治安に対する信頼が大きく揺らぐこととなりました。結果的に 25年にタイを訪れた中国人観光客数は前年比3割超の減少となり、タイの観光産業にとって大きな痛手となりました。
※「人身売買、タイ観光業に暗雲 背景にミャンマーの不安定化」
2025年1月21日付『NNA POWER ASIA』

背景には、円安の影響もあるといえそうです。
為替相場では昨今、米ドル高が叫ばれていましたが、タイバーツは米ドル対比で見ても相対的には強く、特に22年以降は円とは真逆の動きとなっています。結果的に日本円は1米ドル150円を上回る円安になったのに対して、タイバーツはむしろバーツ高となっていることから、中国人観光客がバーツ高のタイから円安の日本に流れる動きが見られていました。
対円で見るとその傾向はより顕著で、11年末には1バーツ 2.5円を下回る水準だったところから、2025年末には1バーツ5円近くまで円安が進みました。
通貨高は製造拠点としてのタイにとってもマイナスです。相対的にコストが上昇することを意味しますので、メーカーにとっても積極的にタイで製造するインセンティブに欠けてしまいます。

タイの消費においても観光客による寄与は無視できないほど大きなウエートを占めます。
客数に占める外国人(観光客に限らない)の割合は都市部では2~3割に及ぶとされており、1人当たりの消費金額も高いため、主要都市では消費の3割程度が観光客によるものとみられています。
中国人観光客の減少を主因とする消費の減少は、結果的にタイ経済の回復が遅れる要因にもなっており、自動車産業の伸び悩みもあって、タイ経済は東南アジアの中でも低い経済成長率に留まっています。
2月の総選挙後に上げ相場
ここでタイの株式市場を見てみましょう。タイ株式市場は東南アジア市場の中でも出遅れる場面が目立っていましたが、2026年に入ってからは2月に実施された下院の総選挙の前後を境に上昇が目立ちます。
25年4月4日を起点にしたパフォーマンス推移を見てみると、タイ証券取引所(SET)の総合株価指数「SET指数」は30%超の上昇を見せました。中でも、電子部品製造を手掛ける デルタ電子タイランド(Delta Thailand)株が大きく上昇しました。反対に消費関連を中心とした内需株で占められている商業セクターの出遅れが目立ちました。


デルタ電子タイランドは、台湾のデルタ電子の製造子会社に当たり、両社の株価は似通った動きを見せます。昨今のAI関連需要の強さを背景にして、デルタ電子の受注は右肩上がりで伸びており、同時にデルタ電子タイランドの業績も右肩上がりです。
タイ経済の弱さに関係なく、世界的なAI需要の強さを享受できる希少なタイ銘柄として投資家の関心を集めました。直近の好調なパフォーマンスを受け、タイ株式市場で時価総額首位となっています。
デルタ電子にとってもタイは貴重な生産拠点であり、現在では中国に次ぐ生産能力を有しています。今後は、タイとインドで製造能力を拡大させていく方針です。
ハイテク産業育てる「タイランド4.0」
経済的な側面と産業振興策に関しても触れておきます。
タイは海外からの投資を積極的に受け入れることで比較的早期に工業化が進みましたが、近年は経済成長率が低迷しています。「中所得国のわな」とも評される状況に陥っていますが、その状況を打破すべく15年にタイ政府が打ち出した20年単位の長期経済開発戦略が「タイランド4.0」です。

「タイランド4.0」では、イノベーション主導の高付加価値型経済への転換を目指します。
これまでの外資による投資が主導する安価な労働力に頼った成長モデルでは成長の限界が訪れる、との観点から重点的に育成する10分野を指定。それらハイテク産業の育成をバンコク東部3県で構成される「東部経済回廊(EEC)」と呼ばれる地域で実現していこうというものです。コロナ禍による中断はありましたが、大規模インフラ整備が進んでおり、投資優遇策も打ち出しています。
重点的に取り組む10分野には、 次世代自動車、スマートエレクトロニクス、高付加価値観光、スマート農業・バイオテクノロジー、産業用ロボット、デジタル産業、高度医療サービスなどが含まれています。東南アジア株を運用する投資家としても注目している領域であり、進捗について別の機会に触れられたいと思います。
【コラム】タイの歴史
「ほほ笑みの国」と呼ばれるタイには穏やかな印象を持つ方も多いかもしれませんが、幾度となく繰り返されるクーデターによって政治体制がコロコロ変わる国でもあります。21世紀に入ってからのタイの歴史を簡単に振り返ってみましょう。
タクシン政権の誕生と「中所得国の罠」
2001年、実業家出身のタクシン・チナワット氏が首相に就任しました。これが、タイの政治に大きな転機をもたらします。
彼は「格差是正」を訴え、農村部や都市部の貧困層から高い支持を集めました。高度成長期を経て経済格差が拡大していたことから都心部や支配層に対する不満も蓄積しており、大衆の政治参加を促す事に一役買った一方で、それまでの権力層との対立も深まり、06年に起きた軍事クーデターで政界を追われ国外逃亡を余儀なくされます。
その後、タクシン派と反タクシン派の争いが続き、政治デモなどによって治安も悪化しますが、11年にタクシン氏の妹であるインラック氏が首相就任。しかし、彼女も14年の軍事クーデターで首相の座を追われ、再び軍部主導による政権が誕生します。
王室改革派の台頭
20年代に入ると若者主導で大規模な民主化・反政府デモが多発し、王室改革に言及する抗議運動へと発展します。タイでは王室に対する敬意が高いと言われてきましたが、国民に絶大な人気を誇ったラーマ9世(プミポン国王)の崩御に伴って現国王であるラーマ10世に代替わりして以降、若者層を中心に王室に対する不満の声が聞かれるようになりました。
23年の下院総選挙では、王室改革を訴えた改革派「前進党」が支持を集め第一党になりますが、首相指名に必要な過半数の票を獲得できず、第二党でタクシン派の流れをくむ「タイ貢献党」を中心とした連立政権が誕生します。
軍部と距離が近いとされる憲法裁の違憲判断による二度の首相交代を経て、25年には「タイの誇り党」による連立政権へと移行しました(一連の動きは「司法クーデター」とも称されています)。
26年2月に実施された下院総選挙では「前進党」の後継に当たる「国民党」は第二党の地位に甘んじる事となり、少数与党だった「誇り党」が第一党となることで不安定な政治体制による混乱も一旦は収束しそうです。
しかし、21世紀に入ってからも幾度となく繰り返されてきた民主化への動きや改革に対する期待と、それを封じ込めようとする権力層との対立が収まるかは分かりません。
秋澤 宏典(あきざわ・ひろのり)
東京海上アセットマネジメント株式会社
株式運用部 シニアファンドマネージャー
東京大学工学部卒、同大学院経済学研究科修了。大和総研を経て2008年に東京海上アセットマネジメント㈱入社。株式運用部にて企業調査/株式運用のキャリアを歩む。ITセクターに明るい。21年から25年までシンガポール駐在、東京海上アセットマネジメント・インターナショナルCIO。26年1月より現職。

企業概要
東京海上グループの中核資産運用会社として、主に個人投資家の顧客を対象とした「投資信託業」と機関投資家の顧客を対象とした「投資顧問業」を展開。運用資産残高は約9兆円(2025年3月末現在)。
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