見出し画像

トランプ関税で脱中国 岐路に立つサプライチェーン【新連載:アジア株投資の最前線】

東京海上アセットマネジメント・インターナショナル
CIO 秋澤 宏典

皆さまこんにちは。今回から隔月で連載を担当する秋澤です。私は現在、日系資産運用会社のシンガポール拠点で、日本を除くアジア株の運用ビジネスを担っています。中国、台湾、韓国はもちろん、インドや東南アジアの上場企業に幅広く投資しており、アジア各国に頻繁に足を運んでいます。この連載ではアジア株式市場の動きを、現地でキャッチした各国の情報とともにお伝えします。

アジアのみならず、世界の株式市場は現在、米国のトランプ政権が打ち出した「相互関税」に大きく揺れています。この原稿が公開されるころにはまた状況が変化しているかもしれませんが、米国が貿易赤字を大きく計上するアジアの各国に対して、より高い関税率が課される事となっています。これを受け、中国をはじめアジア株式市場も、対米輸出の減少や経済成長率の低下などを見越して大きく下落する場面が見られました。

ベトナムに46%の高関税
チャイナプラスワンの余波

米国が各国に関税を課す最大の目的は、貿易赤字の縮小と製造業の米国回帰です。貿易赤字の原因である諸外国からの輸入は、サプライチェーンがグローバルに拡大してきた結果でもあります。「同じ物を作るのであれば製造原価は安い方が良い」という理由から、米国をはじめとする先進国は中国に工場を設立しました。そして衣類からパソコン(PC)、スマートフォンに至る全ての物が“Made in China(中国製)”となり、中国は「世界の工場」と呼ばれるようになりました。
 
そうした状況に変化が生まれたのが、2010年代後半です。米国が安全保障上の脅威を理由に、当時スマホの世界シェアが大きく拡大していた中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の製品の使用を禁止する法律を制定。19年には同社に対する実質的な禁輸措置を発効したのです。現在の対中規制のはしりとなりました。
 
このことは、サプライチェーンを中国以外にも移転するという「チャイナプラスワン(China+1)」戦略を加速させるきっかけにもなりました。チャイナプラスワンは、元々は中国国内の人件費上昇などを背景に、中国への依存度を徐々に減らそうという発想から生まれたものでしたが、ここに米国による対中規制も加わったことで、米国向け輸出品などが、中国以外の国で製造されるようになりました。
 
結果的に、米国では中国からの輸入が減少し、中国以外のアジアの国々やカナダ・メキシコからの輸入が増えていきました。米国の貿易赤字は年々拡大を続けていますが、対中国での赤字は18年をピークに減少に転じています。一方で、中国以外のアジア、カナダ・メキシコとの貿易による赤字が急速に拡大したのです。

出所:米Census Bureauデータを基に筆者作成

この裏で、サプライチェーンの移転が進んでいきます。中国よりも低い人件費を求め、ベトナムを筆頭とする東南アジアやインドといった新興国に製造拠点が段階的にシフトしていきました。特にベトナムの北部(ハノイ周辺)は中国南部と陸続きという地理的要因が奏功し、中国南部のサプライチェーンに組み込まれる形で発展を遂げていきました。

出所:米Census Bureauデータを基に筆者作成

結果的に、ベトナムは多額の対米貿易黒字を計上するまでになりましたが、今回の措置では高い関税率を賦課される事となりました。一方で、元々そこまで輸出依存度の高くない(逆に言えば米国向けに輸出する競争力のある製造業をあまり持たない)インドは相対的に低い関税率(26%)で済んでいます。

台湾や韓国は、やや事情が異なります。例えば、台湾ではPC、サーバー、半導体といった製品が主な対米輸出品目です。これらはAI関連需要の伸びを背景に、輸出額が20年代に大きく伸びています。

韓国も半導体や自動車が主な輸出品目となります。両国の対米輸出はチャイナプラスワン戦略によって増えたわけではなく、競争力の高さから輸出額が段階的に拡大していきました。韓国や台湾に関しては、またいずれお話しする機会を持ちたいと思っています。

株価下落のアップル
脱中国を加速か

これら、相互関税による影響への懸念から株価が大きく影響を受けた銘柄の一つに、米国のアップル社が挙げられます。同社のiPhone(アイフォーン)シリーズは年間2.3億台を売る看板商品ですが、かつてはそのほぼ全量を中国で生産(組み立て)していました。現在では約2億台を中国で、3000万台程度をインドで組み立てていると言われています。
 
一方、中国からの輸入品に対する関税は、4月10日時点で何と合計145%(報復関税20%+相互関税125%)まで引き上げられ、6月10日時点では暫定的に30%まで下がってはいるものの、アップルは中国からインドへの製造能力シフトの前倒しを検討していると見られています。

iPhone以外の製品は、AirPods(エアポッズ)の大半やMacBook(マックブック)、iPad(アイパッド)の一部をベトナムで生産しているようです。今後はインドネシアでもAir Tag(エアタグ)の多くを生産する計画になっています(iPhoneの販売許可を獲得するという目的も兼ねています)。関税率の影響を受けて、製造品目は今後増えるかもしれません。

アップル社の例からも分かる通り、IT製品を中心に、いまや世界のサプライチェーンの大半はアジアに集中しています。米国の関税政策がその状況に変化を促すのか、現在はその岐路に立たされているような印象を持っています。次回以降は現地の情報を交えながら、アジア各国の株式の状況についてお話ししていきます。


秋澤 宏典(あきざわ・ひろのり)

Tokio Marine Asset Management International 
Chief Investment Officer

東京大学工学部卒、同大学院経済学研究科修了。大和総研を経て2008年に東京海上アセットマネジメント入社。株式運用部にて企業調査・株式運用のキャリアを歩む。ITセクターに明るい。21年よりシンガポールに駐在、22年より現職。

Tokio Marine Asset Management International
東京海上アセットマネジメント株式会社は、東京海上グループの中核資産運用会社として、主に個人投資家の顧客を対象とした「投資信託業」と機関投資家の顧客を対象とした「投資顧問業」を展開。運用資産残高は約9兆円(2025年3月末現在)。
主要海外拠点であるTokio Marine Asset Management International Pte. Ltd.(シンガポール)では「東京海上・インド・オーナーズ株式オープン」などの運用を担う(同ファンドのリスク・手数料はホームページを参照)。