中国AIのインパクト(下) 現地訪問編【アジア株投資の最前線】
東京海上アセットマネジメント・インターナショナル
CIO 秋澤 宏典
中国発「DeepSeek(ディープシーク)」を中心に、急速に開発が進む米中のAI(人工知能)サービス。IT企業の多い中国の上海や、深センを訪問した際の様子を交えながら、AIの急成長がアジア株へどのような影響を与えたか見ていきましょう。
記事は上・下2本立てのロングレポートでお届けします。1本目の(上)では、米中の最新AIの企業とサービスをくまなく紹介しました。本稿(下)と併せてご覧ください。
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中国AIのインパクト(上) 企業と製品編
今年6月、中国の上海と深センを訪問しました。
中国経済の中心都市である上海にはコロナ禍の時期を除き毎年訪問してきましたが、コロナ禍を経て空気も街並みもきれいになった印象です。電気自動車(EV)の増加や工場の郊外移転、景気対策で公共工事を進めたことが背景にありそうです。
上海は約2500万人が住むとされ、中国で最も栄えている都市の一つです。地下鉄をはじめとした交通インフラも整い、中心部は大都会の雰囲気が広がります。

深センはコロナ禍以降では初訪問となりました。現地でもAIに対する期待値はかなり高く、さまざまな場面でデジタル化の進展を感じるとともに、製品・サービスへ既にAIが浸透し始めている事を実感しました。
香港に隣接する深センは「東洋のシリコンバレー」とも呼ばれ、2024年末の人口は約1800万人。経済発展とともに人口増加が続いており、華為技術(ファーウェイ)や騰訊(テンセント)、EVメーカーの比亜迪(BYD)など新興IT企業が数多く本社を構えることでも知られます。そのため平均年齢は30歳台前半と低く、街中を見ても若年層が多い活気のある都市です。
深センには香港から「高鐡」と呼ばれる高速鉄道を使って移動しました。香港の西九龍駅から深セン市内の福田駅までを14分で結んでいます。
高鐡乗車前に手荷物検査、出入国の審査や手続きがいるため、駅には出発の1時間以上前に入る必要があります。福田駅まではすぐに着いてしまいますが、車内は非常に快適です。

深セン市内では、ほとんどのタクシーがEV(ほぼ全量がBYD社製)であることに気付かされます。また街中では多くの自動販売機などで現金が使えず、アリペイやウエイシンペイなどのQRコード決済のみの対応になっています。
これはクレジットカードだとスキミングされるリスクがあるため、リスクの少ないQRコード決済が一般的になっているといわれています。
タクシーを呼ぶのも配車サービスアプリ「滴滴出行(ディディ)」などを使うのが一般的で、慣れれば便利ですが、旅行客として訪れる場合に最初は戸惑う人もいるかもしれません(料金は日本よりもだいぶお安くなっています)。

上海や深センでIT企業や製造業に取材すると、皆さん口をそろえて「AI活用」について語ります。AIモデルを開発しているようなIT企業は当たり前ですが、製造業各社も製品やサービス、製造ラインでいかに活用するか、真剣に考えている様子がうかがえます。
例えば今回は、医療機器や医療向けIT機器のメーカー複数社を訪問しました。各社とも電子カルテや医療用画像の管理・参照に加え、診断領域においてもAI技術を活用し始めています。画像診断における活用は以前から行われてきましたが、既に現実のものとなりつつあるようです。
深センは、深セン宝安国際空港も有名で、13年に開設した第三ターミナルは非常にきれいな空間です。北京首都国際空港と並んで「世界で最も美しい空港」などのランキングに名を連ねることがあります。これまでは、陸路での訪問が中心で空港には初めて足を踏み入れましたが、うわさに違わぬ風景が広がっていました。

AIがけん引
中国関連銘柄
ここで、今回言及した企業をはじめとする中国AI関連銘柄の株価はどのような動きを見せているか、ご説明しましょう。
中国で「DeepSeek-R1」がリリースされた25年1月下旬以降、AI関連の株価は大幅な上昇を見せ、中国株式市場全体をもけん引する形となりました。その後は米国による相互関税の発表を受けて、大きく下落する場面が見られたものの、再び高値を試すような展開となっています。
中国株式市場を代表する株価指数として、上海市場・深セン市場に上場する主要300銘柄で構成される「CSI300指数」と、香港市場に上場する主要50銘柄で構成される「ハンセン指数」が存在しています。
AI関連IT企業の多くが上海市場・深セン市場に上場していないこともあり、年初来で見るとハンセン指数のパフォーマンスがCSI300指数を大きく上回っています。

出所:筆者作成
今回ご紹介したAIサービスを手がけるIT企業の株価を見ていくと、主力事業であるネット広告の業績がAIサービス浸透の影響を受けるバイドゥの株価は低迷しているものの、アリババやテンセントの株価は年初来で見て大きく上昇していることが分かります。
半導体の受託製造サービスを手がける中芯国際集成電路製造(SMIC)社の株価も、AIサービスの浸透と、米国の対中規制によって中国製半導体に対する需要が高まるとの期待感から大幅な上昇を見せています。
データセンター運営を手がける万国数拠控股(GDS)社も、株価上昇率が高かった銘柄です。半導体やデータセンターは、AIサービスを支える重要なインフラであり、黒子のような役割を果たしています。AIサービスの低価格化によって需要が高まり、それを支えるデータセンターの稼働も拡大するとの期待感から株価が大きく上昇しています。
アリババやテンセント、SMICの株価上昇にけん引される形でハンセン指数も大きく上昇しました。25年の年初来のパフォーマンスを見ると、ハンセン指数の上昇率は他のアジア株式市場に加え、米国IT関連株を代表する株価指数であるナスダック(NASDAQ)指数やフィラデルフィア半導体株指数(SOX指数)を上回っています。
新興企業IPOへ
大手が積極出資も
中国新興AI企業の新規上場も今後は増えてきそうです。
アリババやテンセントは新興AI企業への出資も積極的に行っており、月之暗面(ムーンショットAI)、智譜AI(ジプAI)、百川智能(バイチュアンAI)、MiniMax(ミニマックス)といったスタートアップ企業へ出資を行ってきました。
ミニマックス社は、香港市場での新規株式公開(IPO)を目指し、早ければ年内の上場となる可能性があると報じられました。智譜AIも上場に向けた準備を進めているといわれています。
これ以外にも、 世界初とも言われる汎用(はんよう)型AIエージェント「Manus(マヌス)」を25年3月に発表した武漢発のスタートアップ、蝴蝶効応(バタフライエフェクト)も注目を集めた会社です。「第二のディープシークか?」と持ち上げるような報道もありましたが、ディープシークほど大きな話題にはならなかった印象です。
AIに関する規制の影響か、現在は中国(北京、武漢)でのオペレーションを縮小し、シンガポールに移転する準備を進めているようです。マヌスAIは、米オープンAI社のChat GPT の「Deep Research」機能を上回る性能を持つ、とアピールしていますが、基盤モデルは米アンソロピックの「Claude(クロード)」や、中国アリババの 「通義千問(クエン)」をベースにしているといわれています。
米中の性能差は縮小
激化する価格競争
では、米中のAI技術格差はどの程度まで縮まっているのでしょうか。
なかなか定量的な分析が難しいのが実情ですが、米スタンフォード大学が17年から毎年出している『AI Index Report』25年版では、オープンウエート・モデルとクローズドウエート・モデルの性能差がほぼなくなったことに加え、米国と中国のAIモデル間の性能差が大幅に縮まったことを伝えています。

市場では、常に次世代版に関するうわさも事欠きません。ディープシークでいえばR-1の後継となるであろう「R-2」、Chat GPTでいえば新世代版となる「Chat GPT-5」です。
ディープシークのR-2は、当初25年6月には出るのではないか、7月に上海で開催されたAIに関するカンファレンス(第8回世界人工知能会議)の前に出るのではないか、といったうわさがありましたが、いまだに発表されていません。これには半導体調達の影響があるとされています。
ディープシークは主に米エヌビディア製の半導体を使い、中国国内のサーバーで稼働しているといわれています。ただ、中国当局による国産半導体の使用を奨励する指導もあって、ファーウェイ製も使い始めているようです。
しかし、ファーウェイ製の性能は、エヌビディア製に見劣りする事に加え、製造能力の問題から供給量が不十分なようです。そのため、AIモデル開発プロセスのうち、要件が厳しいとされる部分には引き続きエヌビディア製を使用していると報じられました。
さらに、4月に出された米政府の規制(7月下旬に緩和)により、中国勢によるエヌビディア製半導体の調達には制限が生じているようです。それに加え、ディープシーク首脳陣が開発中のR-2の性能に満足しておらず、当初の想定よりも開発に時間がかかっている、という報道も見られます。
一方、Chat GPT-5は8月8日にリリースが発表されました。グーグルのGemini(ジェミニ)など競合との競争が激しいことから、米オープンAIは開発と発表を急いだと思われます。私もまだ数日試した程度ですが、以前のバージョンと比べると処理速度は速くなり、より詳細な回答が得られるようになったという印象を持っています。
ディープシークによって引き起こされた低価格化、すなわち価格競争の波の前には米国勢も無縁ではいられず、グーグルのジェミニが低価格化への対応に先行しているようにも映ります。
性能が同程度であれば、やはり価格勝負になってしまうので、高価格を維持しようとすれば性能を上げるしかありません。
競争によって性能向上と価格下落が同時に期待できるので、ユーザーにとってはおいしい状況ですが、近日中にリリースされる可能性のある「DeepSeek R-2」が、どの程度性能を引き上げてくるのかを楽しみに待ちたいと思っています。
秋澤 宏典(あきざわ・ひろのり)
Tokio Marine Asset Management International
Chief Investment Officer
東京大学工学部卒、同大学院経済学研究科修了。大和総研を経て2008年に東京海上アセットマネジメント入社。株式運用部にて企業調査・株式運用のキャリアを歩む。ITセクターに明るい。21年よりシンガポールに駐在、22年より現職。

Tokio Marine Asset Management International
東京海上アセットマネジメント株式会社は、東京海上グループの中核資産運用会社として、主に個人投資家の顧客を対象とした「投資信託業」と機関投資家の顧客を対象とした「投資顧問業」を展開。運用資産残高は約9兆円(2025年3月末現在)。
主要海外拠点であるTokio Marine Asset Management International Pte. Ltd.(シンガポール)では「東京海上・インド・オーナーズ株式オープン」などの運用を担う(同ファンドのリスク・手数料はホームページを参照)。
【連載バックナンバー】
■1 トランプ関税で脱中国 岐路に立つサプライチェーン
■2 中国AIのインパクト(上)企業と製品編
中国AIのインパクト(下)現地訪問編


