映画『ザッツ・エンタテインメント』 : ミュージカル映画が見せてくれた〈夢の世界〉
映画評:ジャック・ヘイリー・jr.監督『ザッツ・エンタテインメント』(1974年/アメリカ映画)
アメリカの映画会社「メトロ・ゴールドウィン・メイヤー」社が、一一と書いても、映画ファン以外にはピンと来ないだろう。ここ数年、古いものまで含めて映画を積極的に見るようになった、新参者の映画ファンである私も、「MGM」(エムジーエム)なら聞いたことくらいはあったが、つい最近まではそれが「メトロ・ゴールドウィン・メイヤー」の略称だとは知らなかった。しかもこの「メトロ・ゴールドウィン・メイヤー」は、もともとは別々の映画会社が合併してできたもので、言うなれば「三菱東京UFJ」みたいなものだったのだ。
本作は、そんなMGM社が得意とした「ミュージカル映画」の名場面を集めた、アンソロジー映画である。
もちろん、この映画が制作されたのは「1974年」だから、MGMの最初のミュージカル映画、トーキー黎明期の「1929年」に製作された『ブロードウェイ・メロディー』以来その時点までの、おおよそ45年間に作られた作品、約200本の中から、選ばれた75本の名場面を紹介している。

そして、そうした名場面を、当時すでに「懐かしの映画スター」になりかけていたであろう、フランク・シナトラ、ジーン・ケリー、フレッド・アステア、エリザベス・テイラーなど、11人の往年のスターが、順ぐりに案内役を務めて繋いでいく、という形式になっている。
『内容は『ブロードウェイ・メロディー』(1929年)にはじまるMGM社ミュージカルのなかから名シーンを抜粋し、プレゼンターのコメントを挟みつつ紹介してゆくというもの。モノクロやカラーの別にはこだわらず、通常サイズからシネマスコープまで画面の種類もさまざまな作品のなかから、ミュージカル・シーンにおいて優れたものだけを取出した作品であり、このため現在でもミュージカル映画の入門篇として高く推奨されることが多い。
またビデオ化やDVD化されなかった作品、国によっては未公開の作品も多く含まれるため、特にモノクロ時代のミュージカルに関する貴重な資料ともなっている。アンソロジー・ピースは時代順に配列することを原則としているが、フレッド・アステア、ジーン・ケリー、ジュディ・ガーランド、エスター・ウィリアムズの4人については、特にそれぞれのフィルモグラフィが独立してまとめて紹介される。
映画化にあたっては、新たにプレゼンターの登場するシーンが、カリフォルニア州のMGMの野外セットやその跡地、MGM本社やスタジオ前などで撮影された。「天の星の数よりも多いスターを擁する」と言われた1930年代から1950年代の最盛期に比べると、1974年当時のMGMにかつての面影はほとんどなく、長年使用されず雨ざらしで荒れ果てた野外セットは観客に隔世の感を与えた。
登場するスターたちも、アステア、クロスビーをはじめほとんどが老境にあったが、アステアがケリーの、ケリーがアステアの、そしてライザ・ミネリが母親であるガーランドのフィルモグラフィのプレゼンターとなるなど、スターたちの変わらぬ友情や家族愛、次代に受け継がれるミュージカルへの情熱をスクリーンのなかに見ることのできる作品である。』
(Wikipedia「ザッツ・エンターテインメント(映画第一作)」)
おおむね時代順に「名場面」が紹介されていくのだが、これは「名作」という意味ではなく、あくまでも「名場面」であり、ミュージカルとして、歌や踊りが優れたもの、あるいは、歴史的意義のある名場面が紹介されているということだ。
ちなみに、本作の大ヒットを受けて、翌年には本作が取りこぼした部分を補うかたちの「PART2」が作られ、さらに19年後の1994年には、MGM創立70周年を記念して「PART3」が作られている。
話を本作『PART1』に戻そう。
上の説明にもあるとおり、本作は時代順構成という基本的な流れとは別に、ミュージカル映画の代表的スターであった『フレッド・アステア、ジーン・ケリー、ジュディ・ガーランド、エスター・ウィリアムズの4人については、特にそれぞれのフィルモグラフィが独立してまとめて紹介』されている。

この4人の中では、私はフレッド・アステア、ジーン・ケリーの男性二人については、すでに1本ずつだが代表作を見ており、そのダンスの素晴らしさに圧倒されて、今やファンである。だから、この先もおいおいその主演作を見ていく予定で、すでにDVDを何本も購入済みだ。
一方、後の二人、つまりジュディ・ガーランドとエスター・ウィリアムズの女性二人についてはどうかということ、あまり興味がない。
あくまでも、映画の素人である私の印象でしかないが、ジュディ・ガーランドについて言えば、子役から出発して、代表作『オズの魔法使い』で大スターになった人、ということくらいのことしか知らない。だが、いつも言うように「面食い」の私は、ジュディ・ガーランドの「顔」が、あまり好みではない。悪くはないが特に良くもないという感じだから、あまり興味が持てない。


また、垣間見た程度の範囲での印象だが、彼女に歌やダンスで圧倒されるということもない。
結局は、時代の「人気スター」が、当時流行っていたミュージカル映画の主演を数多く務めたということなのだろうと、そんな印象しかないので、あまり興味が持てないのだ。
では、もう一方のミュージカル女優エスター・ウィリアムズはどうなのかというと、名前くらいは耳にしたことがあるような気もするが、基本的には、私はこの人を知らなかった。でも、なかなか好みの美人だ。

私は本作で、この女優さんが特殊な経歴の持ち主であり、特殊なジャンル映画をやった人だと知った。しかしながら、だからこそ今となっては、その名を聞く機会も無くなったのではないだろうか。
『来歴
1921年、ロサンゼルス郡イングルウッド生まれ。ハイスクール時代から競泳選手として活躍し、1938年には全米大学選手権において15歳で世界記録を達成。1940年のオリンピック出場が見込まれたものの、オリンピックは戦争で中止された。サンフランシスコ万博での水中ショーに出演していたところ、MGM社のスカウトの目にとまった。
1942年、『アンディ・ハーディ』で映画デビュー。以後、『世紀の女王』(1944年)、『水着の女王』(1949年)、『百万弗の人魚』(1952年)などのMGMミュージカル作品に出演している。1956年限りでMGMが水中レビュー映画の製作を中止したのに伴い契約を打ち切られ、他社へ移籍した後1961年に女優業を引退した。』
(Wikipedia「エスター・ウィリアムズ」)
つまり、この人は基本的に『水中レビュー映画』の人であり、そこでこそ代わりなどいない特別なスターだったのだ。

だが、今ではミュージカル映画すら珍しくなったのだから、水中レビュー映画などというマニアックなジャンルの映画が、話題になることがないのも当然だろう。
だがまた「MGMのミュージカル映画史」を語る上で、彼女は決して外せないほどの大成功をおさめ、MGMにも貢献したということなのではないだろうか。
それにしても、本作『ザッツ・エンタテインメント』で紹介されている彼女の主演映画の名場面を見ると、その豪華さには圧倒されてしまう。
私は水中レビュー自体にはカケラも興味はないのだけれども、彼女の人気が確定してからあとの、予算を費やした作った豪華極まりない作品には圧倒されるし、さすがは元競泳選手だということなのか、飛び込みの姿など(吹き替えはあるのか?)も非常に美しい。オリンピック競技の飛び込みとは違い、アクロバチックなものではないが、高い場所から真っ直ぐに水中へと飛び込んでいくそのシルエットが、とても美しいのだ。
無論、オリンピック中継などとは違い、撮り方が上手いというのもあるけれど、エスター・ウィリアムズ自身が、競泳選手らしい逆三角形の、ギリシャ彫刻的に鍛え上げられた美しい肉体を保持しるので、そのシルエットが絵として非常に美しいのだ。
ところで、彼女がプールの中の水中セットを、人魚姫のように泳ぐシーンでは、彼女よりも、その周辺に控えている女性たち、水中でにこやかに立っている女優たちの姿の方が、さすがはハリウッドと感心させられた。
というのも、こういう脇の女性たちも、当然、水の中にいるわけだから、息を止めているわけで、それでもカットがかかるまで、そこそこ水深のある場所で、微笑みながら立っていなければならなかったわけで、それがどんなに苦行だったろうかと、水泳が苦手な私は空恐ろしくなったのである。今なら、ほとんど全部CG合成なんだが、昔は、ほとんど何でも、そのまんまやったのだ。昔の人は、ホントにすごい。
ともあれ、あまり好みではなさそうだとしても、エスター・ウィリアムズの「水中レビュー映画」も、1本くらいは見ておきたいとは思っている。
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そんなわけで、本作中で、どのような作品やスターや楽曲が紹介されているのか、そんなことは全部「Wikipedia」に列挙されているから、ここで繰り返すことはしない。興味のある方は、是非そちらを参照してほしい。
したがって以下では、この映画を見て、私が感じたことや考えたことを書いておきたい。
そもそも、「私はなぜ、ミュージカル映画に惹かれるのか?」という疑問である。
私は基本的に「歌やダンス」には興味がない。だからテレビの音楽番組は見ないし、そもそも音楽も聞かない。もちろん、ダンス番組などにも興味がない。
では、今のそうした「歌やダンス」と、私が惹かれる「かつての(一部の)ミュージカル映画」とは、どこが違うのだろうか?
それはたぶん、「現在の歌やダンス」は、オリンピック的に「優れたもの」ではあるのだろうが、「夢を見させてくれない」という点にあるのではないか。
言い換えれば、「かつてのミュージカル映画」は「夢を見させてくれる作品」であり、その中でも、それが「際立った技巧に支えられた作品」に、私は惹かれるのではないか、ということだ。
言い換えれば、「夢を与えてくれるミュージカル映画」であれば、なんでも良いというわけではない。そこが肝心なのだ。

ともあれ、技巧的な面から言えば、まず間違いなく、今のものの方が(平均的に)優れてはいるだろう。だが、それらの多くは、前述のとおり「オリンピック」的に、他との比較や競争において「どうだ、すごいだろう」的なものであり、たしかに「すごいな(勝っているな)」と感心はさせられるが、しかし、それでこちらが「楽しくなる」ことはない。
ブレイクダンス(ブレイキン)とかは「人間業ではないな」と「感心」はさせられるが、それでハッピーにさせられることはない。せいぜい金メダルでも取ったことに対して「勇気をもらった」とかいった、紋切り型の虚しい言葉を吐かせるくらいが関の山だ。
これは歌や音楽についても同じで、たしかに「すごい」「素晴らしい」とは思うが、聞いて「感動せられる」というのとは、ちょっと違う。
ボーッと聞いていては感動できない曲が多いから、コンサートでは「一緒に盛り上がる」ことで感動しようとするのではないだろうか?
では、そんな私が「かつての(一部の)ミュージカル映画」に惹かれるのは、なにゆえなのか?
しかも、「夢を与えてくれる作品」であるだけではなく、そこに「際立った技巧に支えられた」という条件がつくのはなぜか?
それはたぶん、私は単に「夢を与えてくれるような作品」の「物語性」には興味がなく、そこで演じられていることの「凄さ(現実)」に感動したのである。
つまり、フレッド・アステアやジーン・ケリーに惹かれるのは、彼らのやっていることが、当たり前に考えて「超人的な苦行」であるにもかかわらず、フレッド・アステアなら楽しそうな笑みを浮かべて、ジーン・ケリーなら満面の笑みで、超人的なダンスを披露してみせるところに、感動するのである。


つまり、その「苦労を絶対に見せない」という「ストイックなプロフェッショナリズム」に、私は感動させられるのだ。
「こんな凄いことをやってるんだぞ」というのを見せつけないで、「私は楽しくて仕方がないんから踊っているんだ」と、そのように見せてしまう、彼らの「超人ぶり」に、私は感動させられるのである。
本作を見ても分かるとおり、昔のミュージカル映画では、男も女も「満面の笑み」を浮かべて踊っている。
しかし、彼らの大半は「天才」ではなく、厳しい訓練の成果としてそれをやっている。だがそのために、やはりどこか「無理をしている」というのが感じられる。
そしてその点で、どこか「どうだ、ここまでやってるんだぞ」という感じが、しないでもないのだ。
その点、フレッド・アステアやジーン・ケリーのような「天才」になると、陰でどれほど血の滲むような努力をしていても、それを感じさせない「余裕」まで、演じることができるのだ。一一それが「凄い」と思うし、私はそれに感動させられているのだと思う。


今の音楽や歌は、あまりにも「どうだ凄いだろう」的なものが強すぎるように思う。
「このくらいどうってことありませんよ。楽しいからやっているんですから」という、昔にはあった「プロフェッショナリズム」が失われて、「すごいだろう」と積極的に売り込まなければ「買ってもらえない」という「貧乏くささ」を、私は今どきのそれに感じてしまう。
この映画が作られた「1974年」とは、私がよく話題にする「アメリカン・ニューシネマ」の時代である。
つまり本作『ザッツ・エンタテインメント』は、
『1960年代のヒッピー文化などの影響を受けて、1970年代中盤当時きわめて低調であったミュージカル映画にふたたび注目のあつまるきっかけとなった。』
という時代の作品であり、もはや「華やかなミュージカル映画」など作られなくなってしまった時代に、「かつての夢の世界」を紹介した作品なのだ。
MGM社の創立50周年を記念作品として作られた本作は、しかし、当時にあってすら「こんなものを作っても、客は来ないのではないか」と危惧されていた。
そもそも、本作は「テレビ特番」用に作られたものなのだが、試写会での評判が良かったので、劇場公開に切り替えられ、しかし当初は「一部劇場」での限定上映だった。しかし、評判が評判を呼んで、その年のナンバー1ヒット作になったという、本作はそんな作品なのである。
では、なぜ、悲観的な予測に反して、本作は大ヒットを収めることができたのか?
それは無論、「ベトナム戦争」だ「ウォーターゲート事件」だといった、アメリカにとっては極めて「暗い時代」において、一方では、その現実をそのまま反映した、暗い「アメリカン・ニューシネマ」が評判をとった反面、一方ではやはり、多くのアメリカ人は「かつての、希望と善意に満ちた時代の夢」を見たかった、ということなのであろう。
だがまた、本作が制作された「1974年」からすれば、たしかに本作中で紹介された作品の多くは「希望と善意に満ちた時代」の作品という印象なのだが、しかし、少なくとも、その多くを占める「戦後」の作品の場合は、現実には、そうではなかった。その頃はすでに「暗い時代」であり、そこからの逃避としての「夢の世界に誘うミュージカル映画」であったという事実を、忘れてはならないだろう。
だからと言って「夢を与える作品」を「現実逃避」だ「欺瞞」だと批判したいわけではない。人間にとっては、そういう「フィクション」だって必要なのだが、しかし、最後のところで、こうした作品に描かれた世界は、決して「そのままの現実世界ではない」ということも、忘れてはならないのだと思う。
つまり「現実と格闘する者だけが、夢を語る資格をもつ」ということだ。
一一アステアやケリーが、そうだったように。
(2025年3月24日)
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