マーヴィン・ルロイ監督 『百万弗の人魚』 : 歴史という大河の中へ
映画評:マーヴィン・ルロイ監督『百万弗の人魚』(1952年/アメリカ映画)
1910年〜20年代に水中レビューの女優として活躍したアネット・ケラーマンの伝記映画である。
ケラーマンを演じたのは、1940年代〜50年代にハリウッドの水着スターとして活躍したエスター・ウィリアムズ。

私の場合は、先日DVDで見たばかりの映画『ザッツ・エンタテインメント』(ジャック・ヘイリー・jr.監督/1974年)で、初めてエスター・ウィリアムズという女優の存在を知った。彼女が、ハリウッドのミュージカル女優として一世を風靡した人物だと知ったのだが、その出演作品をひとつも見たことがなかったので、今回はエスター・ウィリアムズの主演代表作として、本作を見ることにしたのだ。

そんなわけで、本作で彼女が演じている往年のスター、アネット・ケラーマンの方はまったく知らなかったわけなのだが、伝記映画を作られるほどだから、かつては相当有名な人だったのであろう。
アネット・ケラーマンについては、「Wikipedia日本語版」には「映画出演作品」の記載くらいしかなかったのだが、サイト「Filmmarks」の、カスタマーレビュアーの「くりふ」氏のレビューでの紹介が比較的詳しかったので、その一部を引用させていただくことにする。
『シドニー育ちのアネットさんは、小児麻痺を水泳で克服し競泳の猛者となり、父親の事情で渡米後、ある理由から水中レビューに出演するようになります。
彼女はシンクロ(※ シンクロナイズド・スイミング)の母でもあり、水着に革命を起こした人でもあり、テムズ川を遠泳した人であり、映画女優でもあり…と、話題に事欠きません。
本作、演出は素朴ですが、これらの再現エピソードが続くので面白いのです。水着猥褻裁判など今では驚き。速く泳ぐには水着は小さな方がベターですが、遠泳の為、手足を出しただけのそれで海岸歩けば…え!それだけで逮…!?
アネットさんは、はじめから確固たる一本道を進むというより、彼女を取り巻く人・事情をなるべく取り込んで、道を選ぶ人のようですね。水中レビューという見世物を引き受けたのも、そんな柔軟性からでしょうか。
もちろん(※ 本作においては)創作された部分は多いでしょうが、私には共感度の高い女性でした。(※ アネットを演じた)エスターさんの嫌みのなさが、そんなアネット像と相性良かったようです。』
(くりふ氏によるレビュー【人魚稼業も楽じゃない】より)
つまり、アネット・ケラーマンは、当時の社会においては、その先進性において話題に事欠かない人であり、当時としては「風紀紊乱的」なお騒がせ人物として、お堅い(保守的)な人たちから睨まれたのであろう。
だが、時代が味方をして社会的に成功した、今でいうなら一種の「女性解放」の人であり、「フェミニズム」の一翼をエンターティンメントの側面から担った人だったと、そうも言えるのではないだろうか。

ただ、ここで気をつけるべきは、ケラーマンはオーストラリア出身のアマチュア水泳選手で、アメリカに渡る前に、イギリスのテムズ川で遠泳をして話題になった人なのだが、その際には、素脚を出したワンピースの水着は、なんら問題にならなかったという点だ。それが、アメリカ・ボストンの海岸での遠泳パフォーマンスの際には逮捕され裁判にかけられたという、この違いである。
これは当時のアメリカが、オーストラリアやイギリス以上にお堅かったということなのではないか。
時期としては、「南北戦争」の半世紀後、第一次世界大戦頃のことで、まだアメリカには、良くも悪くも「ピルグリム・ファーザーズの国=清教徒の国」の伝統が生きていた、ということなのであろう。つまり、アメリカ(の白人)社会が、まだ「倫理的に厳格」なプロテスタント文化の気風を残していたということだ。
さて、そんなアネット・ケラーマンの半生を描いた本作は、「くりふ」氏も指摘しているとおり『演出は素朴』で、特に悪くもないが良くもなく、いかにも手堅く作られた、絵に描いたような「伝記映画」である。
実在の著名人の半生を描いたものなので、ケラーマン本人はもとより、登場する「名のある関係者」は全員「善い人」として描かれていて、全体として「良いお話」なのだ。だから、感じは悪くないが、ドラマとしては、いかにも食い足りないのである。
そして、この点は、本作の監督であるマーヴィン・ルロイという人の特徴でもあるようだ。
私は、この人も本作で初めて知ったので、「Wikipedia」を覗いてみると、けっこう有名な作品を撮っている実績のある監督なのだが、しかし、その作家的特徴としては、次のように紹介されている。
『同時期に活躍したハワード・ホークスやフランク・キャプラに比べて、作家性は乏しい監督で、事実、監督作で1931年の『特輯社会面』以降、『仮面の米国』、『風雲児アドヴァース』、『塵に咲く花』、『キュリー夫人』とアカデミー作品賞に何度もノミネートされているが、アカデミー監督賞にノミネートされたのは『心の旅路』のみだった。
しかしその分、てきぱきとした画面処理の才能など監督としての手腕は確かなもので、また『犯罪王リコ』、『仮面の米国』、『悪い種子』など時代を先取りとした題材への嗅覚も特筆するべきことであり、デビュー以来年4本のペースを保ちながら40年間、第一線で活躍した監督というのは稀有なことである。
また、スターの卵を見出す目もあり、クラーク・ゲーブル、ロバート・ミッチャム、ロレッタ・ヤング、ラナ・ターナーなどを見出している。』
(Wikipedia「マーヴィン・ルロイ」)
そんなわけで、いささか物足りなさの残る本作ではあるのだが、多くの人が指摘しているとおりで、本作で再現された、伝説的なショー劇場「ヒポドローム」でのケラーマン「水中ショー」のシーンは、たぶん実物よりも大規模なものであろうし、まさに「圧巻」の一語に尽きる。
前述の『ザッツ・エンタテインメント』でも、この「水中ショー」の部分が紹介されており、私はそっちを見て驚いたのだ。








ちなみに、この点も「くりふ」氏の感想を引用させていただくと、次のようになる。
『成功を収め、ある場(※ ヒポドローム)で壮大なレビューに出演しますが、これがハンパない。水中×水上×空中レビュー!なんです。一歩まちがや死ぬかもな。この仰天スペクタクル演出は誰や思ったら、バズビー・バークレー。はふぅ!
あんな巨大プールの舞台なんて実際ないだろ!と、ポロリ入れてよッ!(笑)
成功の先(※ 同じ劇場)で、某有名バレリーナとも出会うのですが、この邂逅に、アネットさんの表現者としての想いが湧き出て、小さくもいいシーンです。と、バレエ好きにはここ、貴重だと思います。この役を演じるのが、マリア・トールチーフさんなんですね。映画出演は本作だけじゃないかな?』
ここで「某有名バレリーナ」と紹介されているのは、本作中では名前もちゃんと出ている、こちらも伝記映画も作られた、伝説的なバレリーナ「アンナ・パブロワ」だ。
バレエに興味のない私ですら、その名前だけは知っていたのだが、本作中でパブロワを演じているバレリーナ「マリア・トールチーフ」の方は、まったく知らなかった。しかし、バレエ界では有名な人だったのだろう。それにしても「くりふ」さんは、たいへん博識な方である。




私としては、本作を見ても、「初めて知った」とか「名前だけは聞いたことがある」という程度で、本作公開当時の観客たちの持っていたであろう知識を持ってはいない。
だから、そのあたりで、当時の観客たちが楽しんだ部分を楽しめなかったのだが、それでも、すこし調べてみれば、私の持っていた断片的な知識が、思わぬところで本作に描かれた史実と繋がっていくところに、映画そのものとはまた別に、「歴史」というものの面白さを痛感させられたのだ。一一そのあたりを紹介するためにも、ここで本作の「あらすじ」を紹介しておこう。
『1900年のオーストラリア。(※ オーストラリア)シドニーにあるケラーマン音楽学院の経営者教師であるフレデリック・ケラーマン(ウォルター・ピジョン)の1人娘アネット(ドナ・コーコラン)は、小児マヒのために(※ 人並みの)歩行もあきらめ(※ られ)ていたほどだったが、水泳を楽しむようになってから日一日と脚に力がつき、普通に歩ける健康体になったばかりか、競泳(※ 大会)にも優勝するほどになった。
しかし、経済恐慌のためにフレデリック・ケラーマンの経営する音楽学院は閉鎖となり、フレデリックはロンドンの友人が開いている音楽学校を手伝うため、今は美しく成長したアネット(エスター・ウィリアムス)を連れて渡英することにした。
その船中で、父娘はジェームズ・サリヴァン(ヴィクター・メイチァー)という駆け出しの興行師と知り合った。サリヴァンはアネットの美しい姿態を見て、(※ 興行の世界への)プロ入りをすすめたが、2人に一笑に付された。
ロンドンについてみると友人は既に死んでおり、父娘の生活は困窮した。そんなところへジェームズがひょっこり現われ、彼の企画でアネットがテムズ河の遠泳をしたところ、彼女の名前はたちまちロンドン中に知れ渡った。この成功に力を得たジェームズは、アネットをニューヨークの大ショー劇場ヒポドロームに売り込もうと、親子ともども海を渡った。
だが劇場の支配人ハーパー(デイヴィッド・ブライアン)は(※ サリヴァンが持ち込んだ、アネットによる水中レビューという企画を)相手にせず、(※ ヒポドロームへの売り込みを諦めた)ジェームズたちは夏期休暇(※ の人出)をあてこみ、ボストンのリヴァ・ビーチで(※ 話題づくりのための)遠泳(※ パフォーマンス)を試みたところ、アネットのワンピースの水着姿がセンセーションをまきおこし、(※ 風紀紊乱の)裁判ざたまでになった(※ 結局は、脚まで覆うワンピース水着を採用する妥協案で、事なきを得る)。
次いでジェームズは、飛行機(※ 曲芸)とアネットのショーを組み合わせた新企画をたてたが、アネットは(※ 他から持ち込まれた)週500ドルの水泳講習の旅に出て父の音楽学校再会のための費用を稼ごうと考えており、2人は互いに愛し合いながらも喧嘩わかれになった。
その直後アネットは、待望のヒポドロームから水中ショーの主役に招かれ、彼女の父もそこのオーケストラの指揮者にやとわれた。アネットはたちまち人気者となったが、父は間もなくこの世を去った。
アネットとわかれたジェームズは、世間の耳目を惹く、危険な大陸横断飛行レースにみずから参加して、ひと山あてようとした。一方のアネットはハーパーから求婚された。その時、ジェームズの機が墜落したと報ぜられた。幸い彼は軽傷だったものの、手当てをうけて後どこかへ立ち去った。
その年の暮れ、アネットはハーパーの求婚を受け、ハリウッドからは水中レヴュー映画「海神の娘」の主演に招かれた。その撮影中、思いかけない惨事(※ 事故)でアネットは重傷を負った。
(※ それを知った)ジェームズ(※ サリヴァン)は毎日のように病院を訪れたが、面会はできなかった。その姿を見たハーパーは、アネットとジェームズが本当に愛し合っていることを知り、自ら身をひいた。』
(映画.com『百万弗の人魚』、引用者が改行を加え、文章を一部修正した)




















つまり、アネット(ケラーマン)は、少なくとも映画の中では、もともとは興行師のジェームズ・サリヴァンと愛し合っていて、あと一歩でサリヴァンが求婚するというところまでいきながら、興行の方針をめぐって喧嘩別れしてしまった。





そしてその後に、ヒポドロームに招かれて大スターになったアネットに、サリヴァンは自分が「しがない興行師」でしかないという引け目を感じ、自分も彼女に吊り合う人間になってから彼女を迎えにいこうと考えたのだが、そうこうしているうちに、アネットはヒポドローム劇場の支配人であるハーパーと結婚してしまうのである。



ところが、そんなアネットがハリウッドの映画に出演した際、水槽が割れるという事故が発生し、アネットは脊髄を損傷して女優生命が危ぶまれる事態になってしまう。

そして、それを知って、居ても立ってもいられなくなったサリヴァンが、彼女の入院先である病院へ何度も見舞いに行くが、有名人である彼女との面会が叶わない。
そんなところへハーパーが見舞いに来て、サリヴァンの気持ちを知っているハーパーは、彼をベットに寝たままのアネットに面会させてやり、その二人の様子を見て、自らは身を退くことを告げて病室を去り、残されたアネットとサリバンがキスを交わすところで、この物語は幕を閉じるのである。









一一そんなわけで、普通に考えれば、すでに結婚しているというのに、ハーパーが二人の思いを尊重して身を退くというのは、たしかな美談ではあるけれども、まったくリアリティが無い。
そもそもハーパーは、当初から二人の気持ちを知っていながら、それでもケラーマン(アネット)に求婚し、ケラーマンはどこに行ったかもわからないサリヴァンのことを諦めて、誠実なハーパーの求婚を受け入れて結婚したのだ。だから、ハーパーが「身を退く」で済む問題ではないだろうと思うのだが、まあ、そこまでいうのは野暮なのであろう。
だが、このあたりが「昔の伝記映画」の「美化しすぎ」という難点なのだ。
実際、この結末は、たぶん「歴史的事実」として、ケラーマンがサリヴァンと、再婚なり何なりをしたことから、逆算的に捻り出されたエピソードなのであろう。
だが、そんな「美談」も、悪くとれば「使い物にならなくなったであろうケラーマン」をハーパーが捨てた、と取れないことはないのである。本作中では、ハーパーが「結婚からは身を退いても、興行の契約相手としては彼女を支え続ける」という趣旨のことを言っていたとしてもだ。
また、先の「くりふ」氏が次のように指摘しているとおり、本作のこの結末は、いささか「史実」を捻じ曲げているようだ。
『この結末の為に史実も変えてます。映画の通りだと、映画女優としての、アネットさんのフィルモグラフィーがぐっと減ってしまう筈。イカンですよ。』
ここで「くりふ」氏は、本作の描写では、この事故でケラーマンの女優生命が絶たれたかのように表現されていると受け取ったようだが、私の見るかぎりではそうではない。
本作中の担当医師は「女優生命に関わる大きなケガ」だと言ってはいたが、「再起不能」だと断じたわけではないし、ベッドのアネット(ケラーマン)を励ますサリヴァンは「あの医師は、君がもともとは脚に障害を持っていたながら、競泳の選手にまでなり、スターになったのだということを知らない。だから大丈夫だ。君なら、またもとのように泳げるようになるよ」という趣旨の励ましの言葉をかけているのである。
一一つまり、本作のラストは、決して「ここでケラーマンの女優生命が終わった」というふうには描いていないのだから、この「事故による負傷」のエピソードは、ケラーマンとサリヴァンを再び結びつかせるための作り話なのかもしれないが、ケラーマンの「フィルモグラフィー」に関わるような、史実の改竄ではなかったと見るべきなのではないだろうか。
さて、そんなアネット・ケラーマンの「Wikipedia」では、彼女の映画出演作品が4本紹介されており、その最後の作品『海底のヴィーナス』(1924年)の監督は「ジェームズ・R・サリヴァン」となっている。つまり、たぶんこのサリヴァン監督が、本作中のサリヴァンその人なのであろう。

ハーパーと別れたケラーマンが、サリヴァンと結婚したのか否かまでは、私には調べきれなかったのだが、「その後」の二人が、映画の主演女優とその監督という関係になったというのは、まず間違いない。
「ジェームズ・R・サリヴァン」の方は「Wikipedia」が無いので、詳しいことはわからないが、しかし、本作『百万弗の人魚』の中でも、結婚後のアネット(ケラーマン)とハーパーの前に、たまたまサリヴァンが「リンチンチン」という名のシェパード犬を連れて登場し、「この犬で映画を撮ることになったんだ」と話すシーンがあるのだが、この「リンチンチン」もまた「歴史上の有名犬」でなのだ。
私自身は見たことがないが、実際に『名犬リンチンチン』として映画やテレビドラマになって、大ヒットした、実在の犬なのである。

つまり、ケラーマンの主演作である『海底のヴィーナス』を撮った、実在の「ジェームズ・R・サリヴァン」については詳しいことはわからず、彼が映画監督で、その時点では「興行師」ではなかったとしても、時代を考慮すれば、彼が「元興行師」であり、映画『名犬リンチンチン』などに関わって映画界に入り、映画監督になったという道筋は、十分にあり得ることで、たぶん事実としてそういうことだったのであろう。
そしてこのあたりも、本作『百万弗の人魚』公開当時のアメリカの観客にとっては、容易にアクセスできる、「周知の事実」だったのではないだろうか。
そんなわけで、以上のように、それからそれへと事物のリンクしていくところが、私にとっては「歴史の面白さ」だった。この映画の内容以上に、そっちの方が面白かったとも言えるだろう。
「断片的な知識」と「Wikipedia」が無かったならば、私にとって本作は、ただの「水中レビューのシーンだけはすごかった伝記映画」ということで終わっていたのだが、子供の頃に見たアメリカのテレビドラマ『名犬ラッシー』のおぼろげな記憶があり、どこかで耳にした『名犬リンチンチン』というタイトルに対して、子供の私が「何なの、その変なタイトル? 名犬ラッシーのパクリ?」などと考えた記憶が、本作とリンクした。
見たこともない『名犬リンチンチン』が、『名犬ラッシー』の祖型となる作品だったことが、本作を見ることで実感でき、それが本作で初めて知った「ジェームズ・R・サリヴァン」から、同じく今回初めて知った「アネット・ケラーマン」を介して、最近『ザッツ・エンタテインメント』でその存在を知ったばかりの女優エスター・ウィリアムズへと繋がった。つまり、「私」の手元で、このささやかな「歴史の輪」は閉じるのである。まるで、良くできた「ミステリ小説」の結末のように。
「歴史」というと、子供の頃は、自分とは完全に無縁な「昔の話」であり、ただただ「暗記」しなければならないだけの、退屈きわまりないものだった。
だが、62歳のこの歳になると、取るに足らない断片的な知識でしかなかったものが、「歴史」の中で繋がりを持ち始める。そして、歴史というものが、今の私と繋がっているのだということを実感させてくれる。そんな機会がしばしばあって、それがとても面白いのだ。
そして、こうした歴史の網の目の中に、ささやかながら私の人生も編み込まれていくのだろうなと、そんなふうに感じられるのである。
無論、「無名」な私などは、そうした「歴史」の中では、取るに足りない存在であり、誰も思い起こすことのない忘れ去られた存在になるのだろうが、しかし、たとえば私はつい先日まで、ハリウッドで一世を風靡したエスター・ウィリアムズの存在を知らなかったし、あるいはまた、本作を見るまでアネット・ケラーマンの存在もジェームズ・R・サリヴァンの存在も知らなかったのだから、そのことを考えれば、私の存在が忘れ去られることを悔やむ理由などどこにも無い、というのは、あまりにも明らかだろう。
ケラーマンやサリヴァンだって、同時代にはかなりの著名人だったはずなのだが、そんな彼らが、今では「知る人しか知らない」存在なのだから、今の日本の人気タレントや人気作家といった存在だって、歴史の中ではほぼ間違いなく忘れ去られていく存在でしかなく、その意味では、「無名」の私と、じつのところ大差がないのだ。

だが、では、政治家や権力者のように、ひとまず名前を残せればそれで良いのかと言えば、もとから私は、そのようには感じてはいなかった。
立派な業績で名を残すのは好ましいことだが、功罪を含めてまで名を残したいとまでは思わない。私は、安倍晋三やイーロン・マスクのようになりたいとは、一度も思ったことがないのである。
このように考えれば、自分が悠久の歴史の闇へと溶けて消えていくことも、決して恐れるようなことではないと感じられる。
死に際に物理的に苦しむのは嫌だが、死ぬこと自体は、なにも恐れる必要などないように思えてくるのである。
ならば、自分が生きていううちに為すべきことは、自らと同様にいずれは歴史の闇の中に消えていくしかない目の前の他者に、自らを売りこむようなことではなく、残りの人生を、自分で納得のできるよう歩むことなのだ。
一一そのように納得できたのである。
(2025年4月2日)
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