正しいだけじゃだめですか?~人生の「HTTP 400」エラー
こんにちは、きのころです。
インターネットを使っていると、ときどき「404 Not Found」という表示を見ることがあります。
これは、ページが消えていたり、URLが間違っていたりして、行き先そのものが存在しないときに出るエラー表示です。
noteの場合、「note 404美術館」の表示を見たことがある方も多いのではないでしょうか。
一方で、「400 Bad Request」というエラー表示もあります。
これは、相手がいないわけではなく、こちらの頼み方が受け付けられないときに出るものです。
たとえば、申込書の書き方が間違っていたり、必要な欄が空白だったりして、窓口で「この書き方では受理できません」と返されるような状態です。
そして、厄介なのは、同じ内容をそのまま送り直しても、たいてい同じように失敗することです。
404は、「そこにない」。
400は、「そこにあるかもしれないが、この出し方ではだめ」。
この違い、実は、人間の会話や文章にも似ている気がします。
私たちは、何かが伝わらなかったとき、つい404だと思いたがります。
つまり、
「相手がわかってくれない」
「受け取る気がない」
「そもそも通じる相手ではなかった」
と考えてしまうのです。
たしかに、そういうこともあります。
世の中には本当に「404」みたいな相手もいる。
何を言っても届かない人、
もう関係そのものが消えてしまった相手、
最初からこちらの話を受信する気のない場合もあるでしょう。
でも、実際には404ではなく、
400だった、ということも少なくありません。
話の内容が悪かったのではない。
気持ちが足りなかったわけでもない。
ただ、送り方が雑だったのです。
話が長すぎた。
伝える順番が悪かった。
前提を共有していなかった。
あるいは、自分の中では筋が通っていたのに、
自分以外から見ると文脈が飛んでいた。
そういうことは、いくらでもあります。
にもかかわらず、人は400を受け取ると、
なぜか「もう一回送れば通る」と思ってしまう。
しかも、前回より少し強い口調で。
少し大きな声で。
少しイライラしながら。
けれど、400の世界では、それは最悪の対処です。
同じものを、同じ形で、同じやり方のまま再送しても、結果は変わりません。
変わるどころか、「伝わらない」という事実だけが積み重なっていく。
これは、会話だけではありません。文章でも同じです。
内容は悪くないはずなのに、なぜか最後まで読まれない。
言いたいことはある。熱意もある。知識もある。
でも、読み手は、何を言いたいのかつかめない。
そして、そっと閉じられてしまう。
そういう文章は、内容がゼロなのではありません。
受理される状態になっていないのです。
私は、この「受理される」という感覚の重要性が、
年を重ねるごとにわかってきたような気がします。
若いころは、正しければ通ると思っていました。
本気で言えば、相手も本気で受け取ってくれると思っていました。
でも、現実は、そんなに単純ではありません。
正しいことでも、タイミングが悪ければ届かない。
こちらに100の説明する気持ちがあっても、
相手の受信箱に入るのは20まで、という日もある。
つまり、人生には、内容以前に「通る形式」が重要なのです。
もちろん、形式ばかり整えて中身が空っぽでは困ります。
けれど、中身があるのに、形式が整っていなくて
受け取ってもらえないのも、やはりもったいない。
たとえば、頼みごとをするとき。
自分の苦しさをわかってほしいとき。
私たちは、つい、自分の気持ちそのものを丸ごと投げてしまいます。
でも、相手は人間です。
無限の処理能力があるわけではありません。
受け取れる量がある。
理解できる順番がある。
「今は読めない」ということだってある。
だから、本当に必要なのは、再送ではなく再編集なのだと思います。
結論を先に出してみる。
同じことを、もっと短く言ってみる。
相手が知っている前提と、知らない前提を分けてみる。
「わかってくれない」と決めつける前に、
「読める形式になっていたか」を見直してみる。
これは、なかなか難しい作業です。
400だと認めることは、自分の側を疑うことだからです。
私は悪くない、相手が悪い、で終われたほうが、気持ちは楽です。
でも、本当は届く可能性があるのに、
送り方だけが不適切なのだとしたら?
それは、改善可能ということです。
うまくいかなかった日、すべてを「自分はだめだ」にしなくていい。
だめなのは、自分そのものではなく、送信形式なのかもしれない。
少なくとも、そう考えてみる余地がある。
そして、それなら修正できる。
見出しをつけたり、段落を分けたり。
相手の画面に表示される形を想像しながら、言葉を整える。
人生には、何度言っても伝わらないことがあります。
でも、そのたびにただ同じことを繰り返していても、
400エラーは消えません。
必要なのは、
声量ではなく、整理。
気合いではなく、編集。
再送ではなく、再構成。
404なら、諦めるしかないこともある。
けれど、400なら、やり直せる。
しかも、ただのやり直しではない。
前より少し、相手のことを考えたやり直しです。
だから、私は、伝わらなかった日にも、
まだ次の出し方が残っていると思うようにしています。
ほんの少し言い方を変えるだけで、
別の光の当たり方をすることもある。
伝えるというのは、そういう小さな工夫の積み重ねなのだと思います。
【了】
<あとがき>
たかっちさんの #400note祭り に参加します。
お題1:「400から連想したもの」
昔、IT関連の仕事をしていて、この手の用語には馴染みがあります。
(いやな馴染みです💦)
タイトルの「正しいだけじゃだめですか?」は
「かわいいだけじゃだめですか?」をもじりました。
【MV】CUTIE STREET「かわいいだけじゃだめですか?」
前回の「300note祭り」に続いての参加となります。
よろしくお願いします。
<前回参加作品>
本日は、以上です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
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