人生の300メートル
こんにちは、きのころです。
突然ですが、あなたは「100km先」が見えますか?
——見えませんよね。
もし見えるという方がいらっしゃったら、
ちょっと都合が悪いので、
一旦、見えないことにしておいてくださいね。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
私たちは、「100km先」を見ることはできません。.
なのに、人生の話になると、
私たちは平気で「100km先」を見ようとします。
10年後。
老後の不安。
資産形成のゴール。
見た瞬間、足が止まってしまいます。
「見た瞬間」といっても、実際は見えてないですよ。
見ようとしてしまっただけです。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
やたら大きな目標を立てるのも、
いきなり「100km先」を目指すようなものです。
立派すぎる目標は、眺めただけで疲れます。
まだ靴ひもも結んでいないのに、心拍数だけ上がる感じ。
「目標を眺めるの、楽しいですよ」
という方もいらっしゃると思います。
でも、失礼ながら、
その「100km先」を走る道のりをリアルに想像できていますか?
具体的にシミュレーションしたら、
走る前に燃え尽きることが多いと思います。
原因は単純です。
距離が長すぎるんですね。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
そんなとき、思い出してほしいのが、
「1粒で300メートル」のキャッチコピーでおなじみの、
グリコのキャラメルです。
これ、昔は四角い形でしたが、今は🧡(ハート型)になってます。
大阪の道頓堀に、有名な看板(グリコサイン)がありますよね。

🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
グリコの公式サイトでの解説はこうです。
「アソビグリコ」 (キャラメル) には、実際に一粒で300メートル走ることのできるエネルギーが含まれています。
「アソビグリコ」一粒は 16.5 kcal です。年齢20歳の男性が分速160m で走ると、1分間に使うエネルギーは 8.71 kcal になります。
つまり 「アソビグリコ」 一粒で 1.89分、約300m走れることになります。
キャラメルを1粒🧡食べたら300m走れるんです。
もう1粒🧡だと、さらに300m。
1粒🧡食べるごとに、到達できる距離が伸びていきます。
つまり——
人生も、1粒🧡300m単位で考えた方がいいかもしれません。
(な、なんだってーーー!?)
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
1粒🧡300mって、単位としてはちょうどいいんです。
短すぎない。長すぎない。
300mは「やる気がゼロでも着手できる最大単位」です。
「今すぐ全力を出せ」と言われるほど近くはないけれど、
「いつか頑張る」と先送りできるほど遠くもない。
なにより、息が切れる前に終わります。
でも、けっして、ゼロではない。
「お、動いたな」と自分でわかる距離です。
この感覚があるかどうかで、次の一歩がまるで違います。
未来の100kmを考えると、足が止まる。
けれど、次の300mだけなら、たぶん走れる。
1粒🧡300mだけなら、貯められる。
1粒🧡300mだけなら、覚えられる。
1粒🧡300mだけなら、片づけられる。
人生で無理なく走れるのは、大体この「だけ」の領域です。
そして、この300mが、次の300mを呼ぶ、
再現性のある距離なのです。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
ちなみに、この「300m単位」が机上の空論じゃないことを、
私はわりと身をもって知っています。
たとえば「書く」こと。
「1年続ける」「本にする」みたいに、
急に「100km先」を見た瞬間、私の手は止まります。
立派な目標のわりに、なぜか最初の一文字が出てこない。
靴ひもも結んでいないのに、心拍数だけ上がる。
まさにあれです。
だから、私はいったん細かく刻むことにしました。
「今日は1段落だけ」。
たったそれだけにしたら、急に動けたんですね。
そして不思議なことに、内容の出来よりも先に、
「人生が進んだ感」だけは確実に残る。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
ただし、ここで、
私の脳内の「監督」が出てきます。
人生の監督って、厳しい、口が悪い。

「距離を刻むなんてのは甘え」
「300mなんて先延ばしの言い訳じゃないのか」
「1粒🧡舐めたくらいで人生が動くほど現実は甘くない」
たしかに。
キャラメルは甘いけど現実は甘くない。
刻むのが目的化して、
永遠に準備をする人が出てくるのも、あるあるです。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
「刻む」とは——
作業を小さくすることだと思われがちです。
もちろん、それもあります。
でも本当の価値は、
次の一歩が生まれる形に設計することです。
たとえば、300m走ってみたあとに、
「もうちょっと行けるかも」
という気持ちが立ち上がる。
この反応が出たら、それは着手です。
ちゃんと前に進む刻み方です。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
逆に、刻んでいるはずなのに、なぜか進まないときがある。
そのとき起きているのは、だいたいこれです。
準備ばかり増えて、走り出さない。
小さくやって満足してしまい、次が出てこない。
刻む行為を言い訳にして、靴ひもを結び直し続ける。
つまり、刻むこと自体が目的化してしまう。
これが「刻む」の落とし穴です。
だから私の中では、300mには条件があります。
その300mが、
次の300mを呼ぶ300mになっていること。
やったあとに、
「もうちょっと」
が生まれるサイズであること。
「前進した感触」が残ること。
この条件を満たしている300mは、現実の中で効きます。
満たしていない300mは、いくら積み重ねても「準備の山」になる。
大切なのは、次の気持ちが生まれる300mを、積み重ねることです。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
そしてもう一つ、大事なことがあります。
グリコのキャラメルは、食べる前に包み紙をはがしますよね。
今は、袋から取り出します。
つまり、1粒🧡には、300mを走る前の「動作」が含まれています。
同じように、人生の300mも、
いきなり走るのではなく、まず包み紙をはがすことです。
始める前の「動作」が必要だということです。
やる気になるのを待っていたのでは始められません。
始めたからやる気になるということも多いんですね。
だから、始まりを「動作」にしてしまう。
珈琲を飲む。
ノートを開く。
タイマーを押す。
その小さな「動作」を、やる気スイッチとして扱う。
不思議なもので、「動作」は人を裏切りません。
裏切るのはいつも気分ですが、「動作」は淡々とできる。
そして淡々と続けると、気分が後から追いついてくる——
脳は、始まったものに参加したがるのです。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
この「包み紙をはがす」を先にやると、
300mが走りやすくなります。
たとえば集中なら、「3時間やる」は10kmです。
一気に走るのは苦しい距離です。
だから「まず15分だけ」を1粒🧡にする。
タイマーを押して15分。
できらたすごい(笑)。
うまくいったらもう15分。
ダメならそこで終えていい。
習慣も、執筆も同じ。
筋トレなら「腕立て1回」を1粒🧡にする。
執筆なら「1段落だけ」を1粒🧡にする。
「300m」は小さい作業にちょうどいい距離です。
「1段落しか書けなかった」ではなく、
「1段落も確保できた」と言える距離。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
100km先を見ようとする生き方が疲れるのは——
意志が弱いからでも、
才能がないからでも、
努力が足りないからでもない。
単位がデカすぎるのです。
100kmの単位で自分を動かそうとするから止まる。
300mの単位に落とすと、自然と足が出ます。
そして、包み紙をはがす——準備の動作を入れると、
さらに動きやすくなります。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
300mの積み重ねが、人生になる。
最初から100kmを狙うとコースから外れていくのに、
300mを積み重ねると、いつの間にか目的地に辿り着いている。
どうやら、人生とはそういうものらしいです。
だから、今日も私は、まず、今日の1粒🧡を実行します。
そして、次の300mだけ、先に進むのです。
🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡🧡
<あとがき>
たかっちさんの #300note祭り に参加します。
お題1:「300から連想したもの」
グリコの1粒🧡300メートルを素材に執筆しました。
300メートルを積み重なるイメージで、
300個の🧡を積み重ねてみました。
※この記事の中に、🧡が300個あります。
探してみてくださいね!(笑)
(コメント欄は含みません)
本日は以上です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
【Special Thanks】
はっちゃんLIFEさんのこちらの記事が、
🧡を並べるアイデアの素になりました。
はっちゃんLIFEさん、ありがとうございました!
たくさんのnoteの中から、私の記事を見つけて読んでいただき、
ありがとうございました。
「なんかいいかも」と感じていただけたら、
スキやフォローで合図を送ってもらえると、とても励みになります。
どうぞ、よろしくお願いします。
