見出し画像

個人文学賞「タイトルから書く文芸賞」の受賞者発表

個人文学賞「すべて失われる者たち文芸賞」に続き、note上で「タイトルから書く文芸賞」の企画開催を発表したのが二〇二五年四月十九日。それから一カ月あまりの応募期間で、個人文学賞「タイトルから書く文芸賞」には三十三編の応募がありました。「歌われない作家」による試みとしては望外の挑戦に出合えたことをうれしく感じます。参加者の皆さまには深く感謝申し上げます。

さまざまな「悲しみの風景」が届けられました。「すべて失われる者たち文芸賞」と同じく、いずれの作品も意欲作で、選考には相応の時間を要しました。どの作品もそれぞれ個性的でしたし、今回の結果に一喜一憂せず、これからも地道に書き続けてほしいと思います。

応募作品一覧

発表は、以下のとおり、寸評とともに期待賞、佳作、優秀賞の順で行います。

期待賞(五名)

四四田鹿辰/奥津雨龍 さん

寸評
主人公が悲しいキスを振りかえざるを得ないショートストーリーです。応募作品のなかでは会話がうまく活用されている作品だと思いました。

北国冬雪さん

寸評
街は波に流されて、一瞬にして消えてしまった。瓦礫の山だけが残り、母を探すといった少女を思い出しながら、前に進めない主人公がうまく描けています。

広山しずさん

寸評
二十歳を迎えたばかりの娘と母の一幕を切り取った作品。「こどもが大嫌いだった」わたしがその二十年を振り返る構図も巧みだと感じました。

高村芳|yoshi takamura さん

寸評
本当はそこにいるべき人がいない写真。どこか偏った写真の数々は悲しみの風景そのものだと感じました。

時雨 さん

寸評
夜の散歩で出会った女性が「死んでしまいたくなるような事があったけど、ここでずっと泣いてたら何だか吹っ切れたの」と言う。不思議な出会いと別れを描いた短編です。

佳作(三名)

紅石紗良 Sara Kureishi さん

寸評
幼少期に母を失くしたという共通点がある二人の男性の物語。母親のいない二人にとって、クロード・モネの絵画『散歩、日傘をさす女性』は少年時代、解釈の違うものだった。応募作品のなかでは文章も会話も、物語の終わらせ方も群を抜いていると感じました。

紫葉柚月(しば ゆづき) さん

寸評
電車で出会った男性は実は「今朝、妻が亡くなった」のだという。「母親を失った子どもたちの、精一杯の“日常”」を見た「私」は自身の母との別れを思い出す。応募作品のなかでは特に明確に「悲しみの風景」が描かれていると感じました。

コナ さん

寸評
梅シロップ、あるいは梅の木が今は亡き祖母とのつながりを保つ象徴として描かれていて、「あるべきものがそこにないことがこんなにも心に穴を開けることになるのだな」という人生観が丁寧な文章で描かれています。応募作品のなかでは(おそらく)最小の文字数ですが、完成度は高いと思います。

最優秀賞(一名)

deko(朝野にわ) さん

寸評
deko(朝野にわ)さんは合計三作品を応募してくださりました。ありていに言えば、どの作品も優秀賞に選んでも問題ない完成度でした。戦後間もない時期、母の死を切り取った受賞作は、揺れる彼岸花がはかない命や動揺する心とを想起させる作品で、文章力も非常に高いと思います。二〇〇〇字という限られた文字数ですが、「妹が病弱」というような裏設定を入れられる技術はあるはずですし、たとえば二〇〇〇字でももっと深さや広さを描ける書き手として大きく期待しています。

あらためて今回の個人文学賞「タイトルから書く文芸賞」に参加されました皆さまには深く感謝申し上げます。

前回の「すべて失われる者たち文芸賞」の受賞発表時と同じく、受賞者を含め、今回の応募者、ひいては小説を書いている多くの人に対して、最後に、二〇世紀に活躍し、一九六九年にノーベル文学賞を受賞したアイルランドのサミュエル・ベケットが残した言葉を送りたいと思います。

挑み続け、しくじり続けてきた。だからどうした。また挑め。またつまずけ。もっとうまくつまずけ。
Ever tried. Ever failed. No matter. Try again. Fail again. Fail better.

『いざ最悪の方へ』 サミュエル・ベケット

受賞者の皆さまへ
賞品の送付に関して、二〇二五年七月五日(土)までに、staff@nowhere1011.com宛にnoteのアカウント名とともにメールをお送りください。期待賞の五名さまにつきましては、氏名と住所も明記いただけますと幸いです。

短編小説集『すべて失われる者たち』を出版しています。参加者のみなさまにおかれましては、ぜひチェックしてみてください。

いいなと思ったら応援しよう!