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【短編小説】悲しみの風景【#タイトルから書く文芸賞】

 耳をつんざく様なサイレンと共に、地から這いあがったような轟音が響き渡る。

──どうしてこうなったんだろう。

 波多野は呆然としながら、高台から街を見下ろした。いや、もう街とは呼べないのかもしれない。街は波に流されて、一瞬にして消えてしまった。 そこにあったのは流された瓦礫や車。まるで船旅のように揺られながら、いずこへ向かう。

「はは……」

 全く笑えない。自分の家だって、船旅に出てしまった。それなのに笑いが止まらない。それどころか、目の前の悲惨な光景に爆笑さえしてしまう。
 そういえば、今頃、父と母はどうしているんだろう。携帯で電話をしても、メールを送っても全く繋がらない。父と母の現状を知る手段は残念ながら無い。最悪、あの黒い海の中なのだろうか。

「ママぁぁぁぁ!!!」

 隣で一人の女の子が喚いている。小学生くらいの子だろうか。黒い海に向かって必死に母の名を呼んでいる。この女の子の母親はここにはいない。他の高台か、あるいは、あの海の中か。波多野にはどの道、分かりっこない。
 やがて波の勢いは収まり、海は何事もなかったかのように引いてゆく。残ったのは潮の匂いと、瓦礫の山だけだった。
 その様に苛立ちを感じるのは何故だろう。さっきまで笑っていたはずなのに、腹の底で獣が暴れるような激しい憤りが波多野を襲う。

──ふざけんな。全部攫っておいて平気な顔して帰るな、馬鹿野郎。自分の生活を返せ。家を返せ、全てを返せ!

「引き潮……第二波が来るぞ!」

 老人が叫んだ。またやってくると言うのか。さっき帰ったばかりだというのに、お前はまたやって来るのか。
 波多野は隣の女の子の手を引っ張って、さらに高台へと登った。老人の言う通り、波は再びやって来た。まるで帰省した大学生のように、嬉しそうな顔で何もかも飲み込んでゆく。畑、倉庫、店舗、住宅、車。我が物顔で攫ってゆく姿は、大学生ならぬ盗人の様だ。

「お兄ちゃん。何で笑ってるの?」

 自分でも聞きたい。なんで、笑ってはいけない場面で笑ってしまうのか。

「何でだろう」

 それしか言えなかった。理由は自分にも分からないので、そう言うことしかできなかった。
 再び波は勢いを増して、やがて止んだ。そして再び波は引いてゆく。
 もう二度と帰ってくんな。まるで勘当を告げる父親のように、内心で別れを告げる。

「ママ……」

 先程わんわん喚いていた少女は、その気力もなくなったのか、その場に崩れ落ちた。

「ママは、あの波に……」

 少女は力なく呟いた。
 それは分からない。もしかしたら避難所にいるのかもしれないし、瓦礫たちと一緒に海に盗られたのかもしれない。

「きっと大丈夫だよ」

 波多野は少女の肩にそっと手を乗せた。だが、大丈夫とは言えない状況だった。目の前に広がるのは、何もない更地。全て海に奪われて、残ったのは瓦礫の山だけだ。

「これから、どうなるの……?」

 少女は波多野を見上げた。分からない。これからどう生きていくべきなのか。家もない、家族ももしかしたら──。営みすべてを家族に任せていたから、これから何をするべきなのか、全く見当もつかない。
 少女は涙を袖で拭うと、震える太腿を鼓舞するように叩いて立ち上がった。そして、これから母親を探すと言って、歩き始めた。
 少女は自分なんかより、よっぽど強い。

 それに比べて自分はどうだ。仕事もない、人間関係が怖いからと、家で引き籠ってゲームばかり。そして、津波を見て笑って、何もできずにいる。父も母も探す気力がないと言い訳し、ただ立ち尽くしているだけ。
 あの少女が羨ましい。少女のような強さがあれば、自分の人生はもっといい方向に変わっていたのだろうか。この光景を前にして笑って、立ち尽くさずに済んだのだろうか。

──自分には何もない。あの波がすべて攫ってしまったからだ。

 ああ、ほら。全てを津波のせいにしようとする。そういうところが、どうしようもなく情けない。
 波多野は憤り疲れ、その場で蹲った。



今回、花澤薫様の企画に参加させていただきます。よろしくお願い申し上げます。
#タイトルから書く文芸賞

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