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短編小説「悲しみの風景」


「なんか偏ってない?」

 一年ぶりに顔を合わせたサトミが言った。私は最近気に入っているコナコーヒーを淹れてから、彼女が手土産で持ってきてくれたケーキを取り皿に分け、ダイニングテーブルの上に置いたところだった。ケーキ切れたよ、と声をかけると、サトミはにんまりとした笑顔を携えながら、ダイニングチェアに腰をかけた。高校が同じでそれ以来の友人であるサトミが、自分が好きなチョコレートケーキを買ってきたことを私はわかっている。「いただきます」と、彼女はコーヒーよりも先にケーキを頬張った。私はゆっくりと熱いコーヒーを味わう。

「何が偏ってるって?」

 私はサトミに尋ねた。彼女は人差し指で口角についたチョコレートソースを拭う。

「写真よ。あそこに飾られてる写真」

 サトミがフォークで指し示した壁には、幾枚もの家族写真が飾られている。私と夫と小学生の一人息子が、入れ替わり立ち替わり、いろんな場所でカメラのファインダーを見つめている。お花見、海水浴、ぶどう狩り、スキー、動物園、クリスマス。イベントを楽しむ私たちは、みんな笑顔だ。

「何枚か、アキコと子どもが端っこに写っちゃってるじゃない」
「ああ」

 確かに、私と息子が映る写真には、何枚かぽっかりと空白があるものがあった。それには、私も気づいていた。

「夫がね、カメラが苦手なの。構図とかよくわからないんだって」
「そうなんだ。それにしても写真ヘタだね、アキコの旦那さん」

 サトミのストレートな物言いは昔からなので、私は何も言わずに彼女が買ってきてくれたチョコレートケーキを口にする。控えめな甘さと引き換えに、ほろ苦さが舌に広がっていく。

「どうなの? 一年経ったけど」

 瞬く間にケーキを食べ終えたサトミは、コーヒーを吐息で冷ましながらおそるおそる口をつけている。

「うまくやってると思うよ。カズキくんももう慣れてくれてるし」

 私がそう答えると、サトミは「ふうん」とコーヒーをすする。
 一年と少し前、私は遠方に住むサトミにわざわざ会いにいって、夫とのことを相談していた。当時付き合っていた彼は、数年前に妻に先立たれ、小学生の息子であるカズキくんを一人で育てるシングルファーザーだったからだ。

「もう息子さんも大きいし、前の奥さんのこと覚えてるんでしょ? 結婚はやめといた方がいいと思うなあ、ワタシは」

 当時、サトミがそう言ってくれたのは、私を心配してのことだとわかっていた。それでも彼らを支えていきたいと思えたから、私は一年前に結婚を決めたのだ。
 夫と息子は、私の想像以上にあたたかく私を迎え入れてくれた。前の奥さんの荷物は私の目の届かないところにしまわれ、写真も飾られていなかった。息子は最初こそ戸惑っていたものの、今では多少のわがままも言ってくれるくらいになっている。あと数時間で、お腹をすかせて帰ってくるだろう。

「それならよかった。ほら、相談してくれたとき、結婚はやめときなとか、変なこと言っちゃったからさ」

 私は笑いながら頭を横に振る。サトミは言葉がキツいから勘違いされがちだが、優しい人なのだ。改めて感謝の言葉を伝えるのは気恥ずかしく、私は静かにコーヒーを飲んだ。

 それからは昔話に花が咲いてしまい、気づけば陽が落ち始める時間になっていた。「やば、そろそろ帰らないと」と、彼女はあわてて帰り支度を済ませる。

「バタバタとごめんね。よければこっちにも遊びに来て。また連絡する。じゃあ、またね」

 去り際にすべての言葉を詰め込んで、彼女は足早に帰っていった。彼女らしい去り方に、私は思わず頬がゆるんだ。

 シンと静まり返った部屋に、冷めたコーヒーの香りが残っている。空になった食器を片付けようとテーブルに向かったそのとき、壁に飾った家族写真に目が留まった。赤い夕陽が差す、私と息子の写真。ぽっかりと空いた、息子の隣。近づいて、そっとその場所に触れる。少し、指先が痛む。

 私ではない、本当はそこにいるべき人がいない写真。撮った夫は、きっとカメラ越しにその人を見つめている。無意識なのか、本当に視えているのか。それは、私にはわからない。でも気づいてしまった。彼がファインダーから覗く風景には、もうこの世にはいないその人がまだいるのだということを。

 いつまでそうしていたのだろうか。突然、玄関から、バタバタと音が聞こえた。ダイニングに、帰宅した息子が駆け込んできた。

「ただいまー! あっ、これケーキ!?」

 テーブルの上に出たままだったケーキ皿を指さして、息子は私を見る。口角を上げて、私はなんとか笑顔をつくる。

「カズキくんの分もあるよ。手、洗っておいで」

 息子は勢いよくうなずき、洗面所へと走っていった。私は壁に並ぶ写真を一瞥してから、キッチンへ向かう。息子のために冷蔵庫のケーキを取り皿に出して、自分にもう一度苦いコーヒーを淹れるために。


   了



下記に応募させていただきました。

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