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短編小説 悲しみの風景

 スーパーに梅の実が出回る頃になると未華子は毎年必ず梅シロップを漬ける。煮沸消毒した保存瓶に梅、氷砂糖、梅、氷砂糖と交互に重ねていき蓋をする。そして大体2週間後くらいから飲み頃になる。炭酸水で割ってもいいし、かき氷シロップにしてもいい。会社で後輩の女の子にこんな話をしたら
「先輩、丁寧な暮らしをされてるんですね」
と驚かれた。いつも勝ち気な未華子はここでカチンとくるのが常なのだが、こと梅シロップに関してだけは自分でもらしくないことをしているという自覚がある為、後輩の驚きに
「やってみると案外楽しいよ」
とだけ返しておいた。

 梅シロップは今は亡き父方の祖母と幼い頃によく作った。当時同居していた祖母の家には猫の額ほどの小さな庭があり、そこには梅の木があったのだ。ちょうど梅雨のこの時期になると実が採れるので祖母は梅干しを漬けたり、梅シロップを作ったりと梅仕事に勤しんでいた。氷砂糖をこっそりつまみ食いしてはお祖母ちゃんに叱られたりしたなぁ。未華子の胸の中には温かな思い出が蘇ってきて心をじんわりとさせるのだった。

 祖母は寒い冬の朝風邪を拗らせてあっけなく逝ってしまった。元々体の弱い人ではあったのだ。未華子は冷たくなった祖母の手の感触を思い出す。随分小さくなったというのが正直な感想だった。祖母との思い出は未華子がまだ小学6年生の頃でぷっつりと途切れている。ちょうど中学に上がる頃、父親が隣町に家を買ったのだ。未華子も弟も大きくなるし家族6人で住むには手狭だからという理由だった。中学に上がってから未華子は勉強に部活にと忙しく祖母の家に寄り就くことはなかった。そうして大学を出て社会人となり未華子は東京で就職した。

 そんな忙しい日々の中で突然祖母の死の知らせが入ったのだ。未華子は取るものも取り敢えず祖母の家に駆けつけた。葬儀はしめやかに行われた。火葬場から家に戻り、ふと庭先を見ると梅の木があった場所に何もないことに気付いた。慌てて祖父に尋ねると、
「手入れが大変だから5年前には業者に頼んで引っこ抜いて貰った」
と言われた。あるべきものがそこにないことがこんなにも心に穴を開けることになるのだなと未華子は思った。
お祖母ちゃん、お祖母ちゃん。未華子は心の中で呼びかける。何故もっと彼女の側にいなかったのだろう。教えて欲しいことはたくさんあったはずなのに。そう思っても時すでに遅しである。

 梅の実が祖母との接点を持ち続けさせてくれるなんて安易なことを考えたわけではないが、毎年この時期になると未華子は梅シロップを漬ける。思えば東京に出てきてからというもの未華子は圧倒的に四季の移ろいに鈍感になった。空調の効いたオフィスでまるで能面でも被ったように仕事する。鳥のさえずりも頬をなでる風も随分遠くに行ってしまったように感じていた。

 時間はどうにもこうにも戻ってはこないのだ。もし過去の自分に戻れたら足繁く祖母の家に通い、テレビを観ながらあーだこーだと言い合っただろう。いや、そんなことは決してないのだ。思春期の人間には祖母の生き方は大分地味なものに見えただろうし、退屈極まりないないものだっただろう。同級生といる方が余程楽しかったことだろう。月並みな言葉しか出てこないが普通はそうである。

 ゆらゆらゆらと未華子は毎日梅シロップを揺する。こうすることによって梅と砂糖を混ぜ合わせるのだ。日々色が変わっていくのを見守りながら未華子は思った。いつか大事なものを大事だときちんと言える人になりたいと。梅シロップを作ることはその第一歩なのだと。ぽっかりと梅の木がなくなってしまったあの風景は心にくるものがあるのだけど、それは仕方のないことなのだ。失われていくものを嘆いていても前には進めない。お祖母ちゃん、私きっと強くなるね。未華子は心の中でそう呟いたのだった。

了                   1590字 


花澤薫様主催「タイトルから書く文芸賞(悲しみの風景)」に参加しています。


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