個人文学賞「すべて失われる者たち文芸賞」の受賞者発表
ふと思い立ってnote上での企画開催を発表したのが二〇二四年十二月六日。それから二カ月あまりの応募期間で、個人文学賞「すべて失われる者たち文芸賞」には四十八編の応募がありました。「歌われない作家」による試みとしては望外の挑戦に出合えたことをうれしく感じます。参加者の皆さまには深く感謝申し上げます。
応募作品一覧
どの作品も意欲作ばかりで、選考は容易ではありませんでした(いずれの作品もそれぞれ個性的でしたし、結果に一喜一憂せず、これからも地道に書き続けてほしいと思います)。なかでもより独創的でわかりやすく、心を動かされた短編小説を受賞作品に選びました。特に佳作以上の四本にあって、ほかの作品に足りなかったものについては、後半の総評で話したいと思います。
発表は、以下のとおり、寸評とともに期待賞、佳作、優秀賞の順で行います。
期待賞(五名)
甲斐 露太郎さん|【短編小説】昼とネズミとハンバーガー
寸評
ネズミの死骸に出合った少年のモノローグの作品。死に直面した流れから、生まれて初めてマクドナルドでハンバーガーを食べる少年の様子や心の動きに引き込まれました。思わず嘔吐したり、赤ん坊をあやすことを想像したり、お母さんのことを考えたり、「意識の流れ」が効果的な、いい意味で不穏な物語です。少年が「雑踏の中」「美醜の感覚」「咀嚼」という言葉を使うかしら、といった荒さは残るものの、筆圧強く勢いよく書き上げたような文章は魅力的で、この世界観を大切にしてほしいです。
アンカシモリさん 【短編小説】プリンパフェチョコレートパフェ
寸評
昭和感漂う店内に誰よりも馴染んでる「森ちゃん」は「普通って何?」と常識を突っぱねるような女子大生。語り手である一方の私は森ちゃんと同じ高校出身で、森ちゃんは「あっち側の人」だと思っていた。今もそう。けれども、メロンソースをかけたプリンパフェを食べる森ちゃんに少し勇気をもらう。多様性が叫ばれる昨今、普通とは何か、個性とは何かを、まだ未熟な大学生の視点から問う会話劇に好感が持てました。メロンソースのプリンパフェの象徴は少しわかりやすすぎて惜しい気がしましたが。
ぬりや是々さん 短編小説「けものみち」
寸評
話し手は幼いころの「あなた」を思い出し、「あなた」に語りかけるように文を紡いでいく。文章力や表現力が際立つ作品で、掛け値なしに読みやすかったです。比喩や終わらせ方(≒本当の物語の始まらせ方)も巧みです。同時に、二〇〇〇文字という制限のある文章のなかでも「あなた」の性別(と語り手の性別や現在の年齢層)、あるいは「あなた」と語り手の関係性を少しでも明かせば、より深みのある作品になったのではと思いました。読者の存在をもっと意識すれば、持ち前の文才をより生かすことができるはずです。
幸坂かゆりさん 短編『始めるために』
寸評
祭りは終わり、待ち合わせた恋人は結局来なかった。残された「僕」は女性運転手のタクシーに乗り、すぐに帰りたくないからドライブをお願いする。車中で二人はお互いの愛の悲運を打ち明け合う。淡々とした情景描写も会話もうまく、よどみなく読み進めることができました。惜しむらくは最後の三行でしょうか。タイトルが示唆する終わらせ方(≒本当の物語の始まらせ方)は大慌てで物語をまとめたような印象があります。けれども、そのとおり人間とはふとしたきっかけで気持ちが大きく変わるものなのかもしれません。
ホシガラスさん 百舌鳥の速贄
寸評
ある世代にとっては典型的とも言えるような夫婦関係を描いた作品です。長年連れ添った男女の息苦しさを、比喩を軸に据えながら語っていきます。定年退職したあと「家にいるのに、家事を手伝うことはなく、ただ時間を持て余している」夫は、妻という存在であることを常に要求し、刺すような視線で追い詰めてきた。古風で、ある年代においては標準的な夫の姿を非常に疎ましく描く筆力には刺激を受けました。それにしても最後の一文に込められた圧倒的な皮肉。意図した絶望感だったら見事の一言です。
佳作(三名)
冬至ハクさん 掌編 Lithiumと6時の鐘
寸評
成田空港の出発ゲートに着いた莉子のLINEが鳴る。メッセージは「ボクは不合格だった。ごめん。」というもの。それでも、二人の夢だったパリに向かった莉子の呆然とした数時間を描いた物語です。情景描写や構成、あるいは比喩や終わらせ方がどこか物悲しく、選考委員(つまり、わたしですね)の好みに合っている(合わせている?)点も加点ポイントとなっています。ただし、「たった一行のメッセージ」を軸に展開されているのですから、「不合格」が何を指しているかは明確にしたほうがよかったのではと感じました。
七味屋 将さん 【短編小説】流行りの曲を知らない
寸評
地方都市の寂れた駅に雨の日だけ勝彦は成美を迎えに来る。成美の視点から描かれた物語で、情景描写や心理描写は応募作品のなかで群を抜いていました。「勝彦の蒸れた体臭」や「雨に濡れたアスファルトののっぺりとした反射に血だまりのように映る信号の色」など、五感を刺激する表現も嫌味なく意欲的に活用されています。「勝彦に抱かれたことはない」成美が流行りの曲を知らないのは勝彦との過去から抜け出せないから? であれば二人の関係を少しでもほのめかしたほうが読後のざらつきはさらに強まったように思います。
ちなみさん 【短編小説】かたすみの紫
寸評
会社員の「わたし」は、退職した永田さんをふと思い出し、チューリップの球根を買って社屋の裏手に向かう。「花が咲いていたこともあったのかもしれないと思わせる、極小の花壇だ。シングルベッドの半分くらいだろうか」「緑色のフェンスぎりぎりには別のビルが迫っていて」など、わかりやすい文章が最後まで続きます。ありふれた日々の暮らしを扱いながら独特の読後感を与えているのは細部を丁寧に描写しているからでもあり、「わたし」の行動に何か儀式的なものを感じさせる物語として心に残りました。
優秀賞(一名)
囃子さん 短編小説「卯月、弦月」
寸評
「私」と楓さんの出会いと別れを描いた掌編小説です。二〇〇〇文字という制限を言い訳にせず、二人の関係をしっかりと描き、分厚い物語として成立している点が高く評価できました。二人を表現する場面の多さについては、応募作品のなかでも抜きん出ていたと思います。「満月で居続けることはできない。」で始まる一説はほかの部分より力強さがあり、物語の芯をはっきりと明示した勇気も印象に残りました。最後にそっと添えられた二行は、読み手をいい意味で置き去りにする効果があるように感じました。
総評
あらためて今回の個人文学賞「すべて失われる者たち文芸賞」に参加されました皆さまには深く感謝申し上げます。
応募作品の四十八編を読んでいて繰り返し感じたのは、「私」や「わたし」を含め登場人物の描写が少ないなという点でした。結局、性別や年齢層、複数の人間の関係性(親子? 幼なじみ? 元恋人同士?)などが最後まで明かされず、読後の消化不良が多かったように思います。
男性か女性か、いつくくらいの年齢なのか、どのような容姿なのかを少しでも明かすだけで(二〇〇〇文字に収めるのはそれほど難しくないはずです)物語の深みや読者のわかりやすさが増すでしょう。好きな作家や有名な作家が最初にどんな人物描写をしているか、一度、分析的に読んでみるのもよいかもしれません。
特に佳作以上の四本にあって、ほかの作品には足りなかったものは主に以下の四つです。
わかりやすさ(=読者を想定している)
設定や締め方の独創性
嫌味のない文章力や的確な表現力
二〇〇〇文字という制限を言い訳にしない姿勢
「わかりやすさ(=読者を想定している)」のない、または足りない文章は、ごく私的な「日記」とも言えます。多かれ少なかれ、誰かに伝える意図に欠けている作品は、歯切れよく言うと、それ以上の文章にはなり得ません。
「設定や締め方の独創性」があった受賞作に対し、「テレビドラマか何かで見たことがあるな」といった既視感のある展開の作品も少なくなく、あまつさえ結末が読めてしまうものもありました。それでは、自分こそが描く意義がないのではないでしょうか。
読者がどう感じるかに無意識な自己陶酔型の表現や、自己満足的な展開の作品もありました。本当に読みやすい文章とは、読んでいることさえ忘れてしまうほどなめらかな流れを持っています。そこには「嫌味のない文章力や的確な表現力」が不可欠であり、やはり可能な限りあらゆる読み手を想定して書かなければなりません。
二〇〇〇文字という制限を足かせのように感じて書き上げたような作品も見受けられました。受賞作が証明しているとおり、二〇〇〇文字は十分に一つの物語を紡ぎ上げられる文章量です。その試みを成し遂げるには、「何を書くか(=何が必要か)」とともに「何を書かないか(=何が不要か)」を吟味する必要があります。二〇〇〇文字という制限で苦労した場合、「何を書かないか」と十分に向き合っていない可能性があります。
「言葉」と「意味」が常に恣意的であるという点でも、より独創的でわかりやすく、心を動かす短編小説を仕上げるのは容易ではありません。わたしも書き上げた作品を後々読み返して、「不完全だな」と思うことがほとんどです。物語の精度を上げていくには、書いて読む行為を続けていくしか方法はありません。
受賞者を含め、今回の応募者、ひいては小説を書いている多くの人に対して、最後に、二〇世紀に活躍し、一九六九年にノーベル文学賞を受賞したアイルランドのサミュエル・ベケットが残した言葉を送りたいと思います。
挑み続け、しくじり続けてきた。だからどうした。また挑め。またつまずけ。もっとうまくつまずけ。
Ever tried. Ever failed. No matter. Try again. Fail again. Fail better.
二〇二五年夏に、「すべて失われる者たち文芸賞」の第二回目を開催する予定です。またお会いしましょう。
受賞者の皆さまへ
賞品の送付に関して、三月七日(金)十四日(金)までにnote上の「クリエイターへのお問い合わせ」を通してメッセージをお送りいたします。ご確認のほどどうぞよろしくお願いいたします。
短編小説集『すべて失われる者たち』を出版しています。ぜひチェックしてみてください。
