ポップコーンは弾けるために時間がいる。
ポップコーンが弾けるとき。《野やぎさん》
こちらの感想記事です。
不謹慎だが何度も「うまいなあ」と思った。でも読み終えたあとに残ったのは、文章の巧さへの嫉妬ではない。
「悲しみには時間が必要なんだ」
そんな、ごく当たり前なのに見落としていたことだった。
ポップコーンは収穫してすぐには食べられない。一か月乾燥させる。焦って火にかけてもうまく弾けない。
作品の前半で何気なく語られるこの事実が、最後には物語全体の設計図になっていることに気づいたとき、目が耐えられなかった。
友人を亡くした知らせを受けてから3年。作者はGoogleマップにお寺の場所を保存したまま、そこへ向かえない。
行こうと思えば行けた。
でも行かなかった。
いやきっと、行けなかったのだ。
Googleマップの赤いピンは目的地を忘れないための機能なのに、この作品では少し違う意味を持ち始める。
あの赤いピンは「まだ受け止められていない場所」の印だ。
地図の上では目的地まで案内してくれるのに心はまだそこへ辿り着けない。そんな時間が3年続いていた。
ようやく訪れたその日。
押し込めていた思い出が一気に弾ける。
ここで初めてタイトルの「ポップコーン」が人の心と重なる。
弾けるというのは爆発ではない。十分な時間をかけて、ようやく外へ出てこられることなのだ。
友人の死を書いた文章ではないと思う。残された人がいつかその悲しみを受け入れられる日のことを書いた文章だ。
最後に家族でポップコーンを食べる場面がとても印象に残る。
悲しい出来事があったからといって人生はそこで止まってくれない。パンを食べ、映画を観て、子どもと笑って、ポップコーンを頬張る。その営みの中にしか人は前へ進めない。
「なんとかこうにか、生きていくしかない」
あの一文がこの作品のすべてなんだ。
最後まで読んで、もう一度タイトルを見返した。
「ポップコーンが弾けるとき。」
作品の中ではポップコーンは何度も弾ける。
フライパンの中でも。
思い出の中でも。
そして3年間、Googleマップの赤いピンの前で立ち止まっていた作者の心の中でも。
弾けるためには時間がいる。
その時間ごと書いてしまったから、この作品はこんなにも静かで、こんなにもあたたかいのだ。
📣創作大賞に応募してます
📝創作大賞感想
🗺️このnoteの歩き方
💡もっと深く学び、仲間と続けたい方へ
※Facebookでの入部はこちら
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んで頂きありがとうございます!
また是非おこしください。
「スキ」を押していただけるとめちゃくちゃ感激します
感想をツイートして頂ければもっと感激です
ありがとうございます!感謝のシャワーをあなたに