「問題社員」を読んで、作者のことが好きになった。
問題社員のつくり方《しりひとみさん》
こちらの感想記事です。
Aさんは間違いなく強烈である。
「私の顔写真が埋め込まれた、『いつも何度でも』のオルゴールが流れる水晶」
こんなものは一生かかっても思いつけないし、一生もらいたくない。
このエッセイを読み終えて一番残ったのは、その水晶ではなかった。
「こんなリアクションしかできないから、問題社員が作られるのだ」
この一文である。
ここで記事の景色がすべてひっくり返る。
それまで作者と一緒になって「Aさん、やばい」「怖い」「逃げて」と笑っていた。ところが最後に作者は、自分へ矢印を向ける。
「私にも原因があったのかもしれない」
普通なら自分を美化したくなるものだ。
「優しすぎたんです」とか「断れない性格なんです」とか。
作者はそんな逃げ道を選ばない。
断れないことも嫌われたくないことも面倒だから受け入れてしまうことも、すべてひっくるめて自分の弱さとして差し出してくる。
だから「問題社員あるある」で終わらない。
「あなたは人との境界線をちゃんと引けていますか」という、とても静かな問いとなって返ってくる。
作者の文章のこういうところが前々から好きである。どれだけ笑わせても最後には必ず自分がいちばん傷つく場所へ戻っていく。
Aさんを笑いものにして終わらせない。自分も同じ舞台に立たせる。だからこそ安心して笑えるのだと思う。
どうしても悔しかった(嫉妬)のは構成である。
「ヤバコレ」で笑わせ、プレゼントで笑わせ、水晶で大爆笑させたあと、そのすべてを「私が育ててしまったのかもしれない」という一本の線で回収してしまう。
笑い話だったはずなのに読み終えたあと少しだけ胸が痛む。この後味は計算して作れるものではない。いや、カンペキな計算なのかもしれない。
読んでいて何度も笑った。最後に残った感情は笑いではなかった。
「ああ、この人は自分を笑いの外に置かない人なんだ」
その誠実さに完全に負けた。
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