披露宴でPK戦をやる夫婦は、実在する
PKを蹴った花嫁《空原ゆにさん》
こちらの感想記事です。
新郎新婦のどちらかが熱狂的サッカーファンで、「どうしてもこの演出を!」と熱望した話かと思いきや、提案者はサッカー好きでもない夫。突然の「PK戦、やってみない?」である。
結婚式準備で心が削れに削れ、もはやライフが赤ゲージになって「もうHPはゼロよ!」な花嫁に対して飛び出した発想が、それなのだ。
普通なら、「温泉でも行く?」「少し休もうか?」「紅茶のむ?」あたりが提案される。なのにこの夫、披露宴にサッカーゴールを搬入しようとする。発想がJリーグとYouTuberのコラボ企画なのである。
突飛さが素晴らしい。
私が好きなのは、「いい話」だけで終わらないところだ。というか序盤は、かなり生々しい。復讐系の序盤な暗さもはらんでいる。
結婚式準備によって自由時間が消滅し、LOVEジュビロ磐田にも行けず、一人旅も封印され、平日も休日も結婚式タスクに支配される。もうウェディングというより、終わりの見えないイキった保護者が主導する入学式プロジェクトである。
披露宴に対する感情が最高にリアルだ。
「公開処刑に近い」
わかる。めちゃくちゃわかる。ってかこれは花嫁言えんって。
結婚式というイベント、陽キャの世界観で設計されすぎている。スポットライトを浴び、全員から注目され、「幸せそうであること」が当然のように求められる。内向型人類からすると、あれは祝宴というより耐久持久戦だ。
「この演出、だいたい◯円だよね」
という一文には、“披露宴あるある”の業が凝縮されていた。披露宴慣れした友人たちの視線を気にしてしまう感じ、めちゃくちゃリアルである。結婚式場のキラキラパンフレットには絶対載らない感情だ。ちなみにキャンドルなんて1本G万である。
だからこそ、この話は途中からゴツゴツ効いてくる。
夫は花嫁を理想の花嫁にしようとしていない。ただほんとに純粋に「笑っていてほしい」と思っている。その結果が、「披露宴でPK戦やろう」なのだ。
愛情表現がだいぶ変化球である。
メジャーリーガーなら打てんやろ。
でもそのズレ方がいい。
しかも夫、ちゃんと実務能力が高い。ゴール探しで名古屋市内を駆け回り、搬入可能サイズを検討し、組み立てテストまでやる。結婚式準備でメンタルが削られている横で、ひとり黙々と披露宴用PK設備を整えている夫。やっていることだけ見ると特殊任務である。メタルギアソリッド。OKスネーク。
披露宴当日がまた最高だ。
ローズピンクのドレス。
テーブル下でスニーカーへ履き替える花嫁。
カーテン裏から登場するサッカーゴール。
タキシード姿でゴール前に立つ新郎。
情報量が多い。大洪水。
でも全部ちゃんと絵が脳裏に浮かぶ。
さらに好きなのは、「この花嫁、ガチだ」というゲストのざわめきである。ああ、視える。
そう、ガチなのだ。
ウェディングドレス姿でPKを決める人間に対して「エンジョイ勢」という評価は成立しない。
しかも1本目を左隅に決めている。
ガチだ。普通に上手い。
ラストの、
「奥様のボールを旦那様がしっかり受け止めました!」
で、完全にやられた。あー、うまい。私もMCなら言ってみたい。
司会者としては場を盛り上げるコメントだったのだろう。でもこのエッセイ全体を読むと、実際ずっとそういう話なのだ。
結婚への不安も。
自由を失う怖さも。
泣いてしまうほどのしんどさも。
夫は全て「なんとか受け止めよう」としていた。
しかも方法が、披露宴PK戦。
うん、アホやろ。意味がわからない。だけど、だからこそ、読んだ人は忘れられない。たぶんずーっと、読者は心に刻まれる。
結婚式エッセイなのに、読後に残るのは豪華な演出ではなく、「この夫婦、いいチームだな」という感覚だった。
最後の、
「あの日の私は、ちゃんと笑っていた。」
が、まあ、本当にいい。
「最高に幸せでした!」じゃないのがいい。
泣きそうになりながら準備して、自由がなくて苦しくて、それでも最後にはちゃんと笑えた。その等身大の着地が、この作品をただの感動話じゃなく本当に人間味のあるものにしている。
それにしても披露宴でPK戦を成立させた夫婦、後にも先にも私の人生でこの人たちしか知らない。
唯一無二とは、こういうことなんだろう。
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