PKを蹴った花嫁
結婚が決まったら、幸せになると思っていた。
ドラマとかだと、だいたいそうだ。
でも、私の場合は自由が回収された。
大好きなジュビロ磐田の試合を見にいくことができないし、ふらっと一人旅することもできない。気ままに出かけて楽しんでいた時間は、全て「結婚式準備」という名のタスクに書き換わった。
いや、結婚式ってこんなに「作業」だったっけ。
もともと私は、自由時間がないと機嫌よく生きていけないタイプ。だから、平日は仕事に、休日は全て結婚式に費やされる日々に、心を削られてしまった。手帳を見て、自由のなさに絶望しかけたことを覚えている。
しかも、問題はそれだけじゃなかった。
結婚そのものも、普通に怖い。たとえ、人生を共にしようと心に決めた人であれ、「他人と暮らす」という事実がじわじわと効いてくる。未知って、だいたい優しくない。
そして極め付けは披露宴だ。あれはイベントというより公開処刑に近い。華やかで、どこまでいっても自分たちが主役。しかも晩婚だったこともあって、友人たちは披露宴慣れしているから、やることなすこと値踏みされるかもしれない。「この演出、だいたい⚪︎円だよね」と思われるのが、とても嫌だった。何より、ずっと自分に注目が集まるのが、気が休まらなくて落ち着かない。目立つことが苦手な私からすると、あまり嬉しくない。むしろ、普通に無理だ。記念にドレスを着て撮影するだけで十分だと、本気で思っていた。
でも、お互いの両親が結婚式を熱望したから、仕方なく式場を決めてきた。私たちの結婚式ロードが、開幕した。
最初にどんなイメージの結婚式をあげたいか聞かれた時に、「特にない」と言ったのが、全ての受難の始まりだったのかもしれない。マリッジブルーの入り口に立っていた私にとっては自然なことだったけど、ウェディングプランナーからしたら「とんだ客がやってきた」と思ったに違いない。明らかにやる気のない花嫁を目の前に、プランナーは困惑の表情を浮かべた。
きっと、世の中の花嫁の多くは、披露宴でやりたいこととかをゼクシィとかで情報収集して、式場予約に臨むものなのだろう。しかし、世界で一番受け身な花嫁は、とりあえず両親が望んでいるから結婚式というものをやればいいとしか考えていなかった。
それでも結婚式は容赦ない。決めることばかり多いし、準備は細かい。挙げ句の果てに、担当のウェディングプランナーと人間として合わない。プランナーが私たちの提案にことごとく水を差すタイプの人だったせいで、想像していた結婚式や披露宴とは違うものになってしまいそうになった。抵抗したいけど、どうせ否定されて話が進まない。
そんな諦めに似た気持ちを抱えたまま、打ち合わせのたびに泣くようになってしまった。憂鬱な表情で式場に向かう私に、母が言った。
「暗い顔するぐらいなら、結婚式なんてやらなくていいよ」
青空のごとく晴れやかな花嫁になる予定なのに。心の降水確率はほぼ100%だった。
暗い表情の私に、夫も思うところがあったのだろう。ある日、ポツリと言った。
「披露宴でPK戦、やってみない?」
最初は何を言われたのかわからなかった。PK戦。あの、サッカーのPK戦である。
ちなみに、夫はサッカーが好きなわけではない。
ゴール前に立つタキシード姿の夫に向かって、私がボールを蹴る。それも披露宴で。前代未聞の思いつきに、目が飛び出るかと思った。披露宴でPK戦をやる夫婦なんて、いるだろうか。あまりの突拍子のない提案に、思わず笑ってしまった。でも、笑った後にかすかに胸が躍った。もし実現したら、私でも楽しめるかもしれない。
とはいえ、式場は自由な演出に寛容なタイプではない。こちらがおそるおそる提案したことも、たいていきっちり却下される。サッカーコートを模したウエディングケーキを要望したところ、「うちの式場では取り扱ってない」とあっさり通らなかった。そんなやりとりがあったから、披露宴でサッカーなんて通るはずがない。そう思っていた。
ところが、この突飛な提案はなぜか採用された。
その年はワールドカップ開催年で、式場にも少しだけサッカーへの追い風が吹いていたらしい。私たちの提案はサッカー人気に助けられた。ただし、条件がついた。
ゴールは自前で用意すること。
ユニフォームは着用禁止。
つまり、ウエディングドレスのまま、なんとかして「サッカーらしさ」「ジュビロらしさ」を演出しなければならない。超難解クイズのような条件に頭を抱えそうになった。
そこで、夫が言った。
「ジュビロのフラッグを肩にかければ、それっぽくなるかも」
それだ、と思った。
追加料金はかからないし、ドレスは着たままでいいし、何より私のジュビロ愛を表現できる。足元はスニーカーに履き替える必要があるけど、それも全て式場がすんなりOKしてくれた。おかげで、どんより曇った心に薄日がさした。何より、結婚式が近づくにつれて涙に暮れる私に、夫が真正面から向き合ってくれているのがうれしかった。
問題は、ゴール探しだった。
ネット通販では、大きさがよくわからない。試合に使うようなサイズのゴールなんて、とてもじゃないけど搬入できない。式場に前日搬入できて、誰でも簡単に組み立てられて、披露宴会場で悪目立ちしないサイズ。そんな理想のゴールを求めて、私たちは名古屋市内のトイザらスやスポーツショップを何軒もハシゴした。小さな店から大きな店まで、名古屋市中を駆け回った。ゴールが見つかるまでに、3週間はかかった。正直、諦めそうになったときもあった。だから見つかった時、思わずハイタッチしたことを覚えている。
ようやく見つかったゴールを家に持ち帰ると、夫はそのままリビングで組み立て始めた。私が手伝おうとすると、「ひとりで組み立てられるか試しておきたい」と言う。披露宴当日、会場スタッフが困らないようにしたいらしい。
そういうところ、私が結婚を決めた理由だ。
結婚式を前にして、不安ばかり膨らんで破裂しそうになっていた私。そんな中で夫は着々とゴールを探し続け、組み立て、私が少しでも機嫌よく当日を迎えられる方法を考えていた。あとから聞いたら、「本当に式をやめてしまいそうなぐらい落ち込んでいたから、せめて好きなサッカーを取り入れて笑ってほしかった」という。
それまで、披露宴はゲストをもてなすものだと思っていた。でも夫はどうやら違っていたらしい。まず私が笑っていることの方が大切だったみたいだ。今でも、「私が笑っているか」を優先してくれるのは変わらない。
当日。
予定どおり結婚式を無事に終え、披露宴がはじまった。サッカーゴールはカーテンの裏側に用意されていると聞いて安心した。後でボールを蹴らなければならないので、披露宴の間は酔わないよう気をつけた。プレイヤーが千鳥足でボールを蹴るなんて、ありえないからな。
その後、お色直しを終えて再登場した私たち。母と選んだローズピンク色のドレスは、ゲストたちに好評だった。でも、本番はこれから。披露宴会場で、私たちのPK戦が始まろうとしていた。
カーテンの裏からサッカーゴールをセッティングし、舞台は整った。
突然のサッカーゴール登場にゲストたちは訝しげな顔をしている。そんな様子をよそに、私たちはテーブルの下で靴をスニーカーに履き替えた。司会者の合図で席を立つ。
「今からPK戦を行います!3回勝負です!」
司会者が高らかに告げた。サポーター仲間がどっと沸く。職場の同僚たちも笑ってくれた。会場がどよめく中、私はジュビロのフラッグを肩にかけた。
一瞬で変身した私を見て会場のあちこちで笑いが広がった。シャッター音が鳴り、ゲストたちが我先にと集まってきた。
ゴール前にはタキシード姿の夫が立っている。
タキシード姿でゴール前に立つ夫を見ると、おかしさが込み上げてくる。普通、結婚式場にサッカーゴールなんてあるわけがない。それでも夫は大真面目にゴール前でこちらを向いて、立っている。そんな姿を見ていたら、思わず笑えてしまった。でも、こっちだってウェディングドレスでPKを蹴ろうとしているのだからお互い様である。詰まるところ、似たもの夫婦ってわけだ。
準備中にゲストから、「ヒールで蹴るの?」と質問が飛んだ。私がレースたっぷりのドレスの裾を掴んでめくり、足元のスニーカーを見せると会場中がどよめいた。「この花嫁、ガチだ」という声も聞こえた。そう、ガチなのよ、と心の中で返す。
さらに夫にも声が飛ぶ。「止める練習したら?」そこで、試しに夫が横へジャンプした。会場が盛り上がり、私も笑いが止まらない。
ホイッスルが鳴った。
私に視線が集中する。
目の前のボールに、「決まれ」と念じた。
そして、思い切り蹴った。
ボールは低い弾道で、ゴールの左隅に吸い込まれた。
夫がわざとらしく左に飛ぶが、時すでに遅し。
ゴールが決まった。1−0。
拍手と歓声が上がった。でも、「やっぱりこの嫁、ガチだ」という声もしっかり聞こえた。
続いて2回戦。
ボールを蹴ったら、右へ大きく逸れた。
これで1−1。
最後、3回戦。
思い切って、夫めがけて蹴った。
すると、浮いたボールは夫のお腹のあたりに飛んでいく。
それを夫は、がっしりと受け止めた。
「奥様のボールを旦那様がしっかり受け止めました!」
会場がまた沸いた。
これで勝負はおあいこになった。
と思ったのは、その場の空気に流されていただけで。
いや、ちょっと待って。今になって冷静に考えると、どう考えても私のほうが、ね。雰囲気に流されて拍手までしていた自分が悔しい。まあいいか。おあいこだったってことにしよう。
あのとき何よりうれしかったのは、披露宴が盛り上がったことでも、ゴールが決まったことでもない。面倒な準備に腐っていた私のために、夫はこんな突拍子もないけれどまっすぐな方法を思いついて、本当に形にしてくれたことだった。そのおかげで私もみんなも笑っていた。それだけで十分だった。
「ふたりらしい披露宴だったね」
そう言われて、少しだけ安心した。
あの日の私は、ちゃんと笑っていた。
