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おしりだって、洗ってほしい

東南アジアでよく見るケツ洗いホースの使い方《だまこもち@note芸人さん》
こちらの感想記事です。

おしりのことをこんなに真剣に考えたことがある人間がこの世にいたのかと爆笑、いや感動してしまった。

東南アジアでよく見る「ケツ洗いホース」という、どう転んでも上品には着地しづらい題材を持ち出しておきながら、読後に残るのが「下ネタを読んだ気まずさ」ではなく、「この人、ほんとうに困っていたんだな」という清々しさなのがすごい。

ふつう、下ネタは一歩間違えると読んでいる側がどこに目を置けばいいかわからなくなる。笑っていいのか、引けばいいのか、作者の距離感を探りながら読むことになる。ジェンダーレスな世の中だけど、女性が堂々と書くのも清々しい。神々しさすらある。

この記事は作者が最初から最後まで、尻の衛生と尊厳のために命をかけているので、こちらも変な照れを挟む余地がない。笑っているうちに、いつのまにか「いや、たしかにこれは大問題かもしれないな」と思わされてしまう。

その必死さ。前からいくのか、後ろからいくのか。水圧はどうなのか。角度は。距離は。一見どうでもよさそうなのに(いや、よくはない)こんなにも真顔で、こんなにも切実に検証する人がいるのか。

その切実さがずっと最後までブレない。ふざけて笑わせようとしているというより、本当に「正解がわからない」「でもおしりは洗いたい」「できれば失敗したくない」という人間の生活上の願いが、ずっと文章の中心にある。

もう生活の知恵と探究心のレポートに近い。研究テーマがたまたま尻だっただけで、やっていることはかなり真面目なのだ。

それにしてもワードセンスがいちいちずるい。題材が題材だけに言葉の選び方を間違えると一気に雑味が出そうなのに、絶妙に生々しすぎず、でも遠回しにもなりすぎない。そのサジ加減が見事で、読んでいるこちらは笑わされながらも「この表現、うまいな」と何度も立ち止まることになる。痔主って。

文章って内容がおもしろいだけでは最後まで読めないのだと思う。どの言葉で殴ってくるかが大事で、この記事はその殴り方がやたらうまい。しかも殴っている本人は笑いを取りにいっているというより、たぶんかなり本気である。その温度差がまたおかしい。必死な人は必死なまま言葉までうまいと、もうこちらの逃げ場がない。

あと、あのサムネと記事内の図というか画像というのか。本文では「どう洗うべきか」に情熱を注いでいるのに、ビジュアル面は「説明したい気持ちはあるけど、急いで作ったんだろうな」という気配がむき出しで、そこがまたいい。

きれいに整えられた図解だったら、ここまで笑えなかったかもしれない。あの雑な感じが、文章の熱量とちょうど噛み合っていて、「もういいから伝われ、この切実さ!」という圧になっている。情報の丁寧さと絵面のラフさのバランスがなんだか人間そのものみたいで愛おしい。

本当に紙一重だと思う。露骨にやれば下品になるし、笑わせようとしすぎると寒くなる。

でもこの記事は、その危うい綱の上を真剣さだけで走り抜けている。作者があまりにも本気だから、こちらも途中から「おしりの話を読んでいる」という認識が薄れてきて、「異国のトイレ文化に翻弄されながらも、自分なりの正解を探そうとする一人の旅人の記録」を読んでいる気分になってくる。

いや、やっぱりおしりの話ではあるのだけれど、それでもなお、最後には少しだけ敬意が残る。尻に敬意を払う日が来るとは思わなかった。

私がもし海外のトイレでホースを見かけるのなら、この記事を確実に思い出すと思う。そこで「がんばれよ」と言う相手が自分のおしりなのか、この記事の作者なのか、もうよくわからないまま笑ってしまう気がする。

最後の最後の(サムネ小話)で爆笑してしまった。

私のまわりでこの作者だまこもちさんみたいな人は、いない。
他の話もぜひ。


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