「可愛くなりたい」の正体
ネイルに込めた自己愛《川口真央さん》
こちらの感想記事です。
ネイルなので美容の話だと思って読み始めた。私自身もまぁ美容のエッセイを書いていたので気になったのだ。
ネイルサロンが気まずいとか、隣のお客さんは盛り上がっているのに自分は何も話せないとか。女の人あるあるなんだなあと笑いながら読んでいたら、いつの間にか高校生の頃の話になり、歯列矯正やダイエット、二重埋没まで飛び出してくる。
気づけば私は「美容」の話ではなく、一人の人が自分を好きになっていくまでの長い物語を読んでいた。
この文章を読んでいて何度も思ったのは、美容って痛いものなんだなということだった。
物理的にも痛いし、精神的にも痛い。
「いや、ムリあるって」という一言を何年経っても忘れられなかったり、半年ご飯が食べられなくなったり、目から血が出たり。
綺麗になる話なのに途中までは痛い話ばかりだ。
でもその痛みを書きながら作者は一度も誰かを責めない。
世間が悪いとも、親が悪いとも、美容業界が悪いとも言わない。
「あの頃の私は必死だった」
その事実だけを丁寧に置いていく。だから読んでいるこちらも「そんなに頑張らなくてもいいのに」ではなく「頑張ったんだね」と思える。
かぐや姫のたとえがとても心に残る。
理想の自分という、手に入るかどうかも分からない存在を追いかけて宝物を探し続ける。
美容をそんな物語として表現した文章は初めて読んだ。
そして最後には、その物語をちゃんと終わらせてくれる。
「過去の私が貴公子ならば、きっと今の私は、かぐや姫だ」
この一文を読んだ瞬間、ずっと追いかける側だった人がようやく自分を迎えに行けた気がした。
ネイルを見て嬉しくなることもブランドの服を着ることも昔なら「見栄」と呼ばれたかもしれない。
でもそれは少し違うのだと分かる。
誰かに見せびらかすためではなく昔の自分へ「ここまで来たよ」と報告するため。だから最後にネイルを「私による、私のための、大切な貢ぎ物」と表現したのだろう。
あの一文がとても好きだ。
美容は自分を変えるために始めるものなのかもしれない。でも本当に欲しかったものは別人になることではない。鏡の前の自分へ、「今日も可愛いね」と言ってあげられる毎日だ。
そんなことを考えながら読み終えたあと、おっさんな自分の手を少しだけ見つめてしまった。
#創作大賞感想
📣創作大賞に応募してます
📝創作大賞感想
🗺️このnoteの歩き方
💡もっと深く学び、仲間と続けたい方へ
※Facebookでの入部はこちら
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んで頂きありがとうございます!
また是非おこしください。
「スキ」を押していただけるとめちゃくちゃ感激します
感想をツイートして頂ければもっと感激です
ありがとうございます!感謝のシャワーをあなたに