ポップコーンが弾けるとき。
何事にもズボラな私が、いつか行く、行かなくてはと思ってGoogleマップに保存した場所がある。
今日は、そこへ行く。
+
「ポップコーンをつくります!」
4年前に引っ越してきた家には、小さいながらも庭が付いていた。手入れの手間を考えたらシートや人工芝を敷くのが楽だけど、土に触れる機会があったほうがいいと思い直し、一角を畑にすることにした。

ポップコーンのもとは、とうもろこしである。その名も「爆裂種」といい、名前からしてなんとも楽しそう。なにそれ。爆裂て。
かつてTOKIOはラーメンをつくるときに、「どのレベルから作るの?小麦から?」と言ったそうだが、我が家は畑から爆裂である。
「ポップコーンをつくります!」と高らかに宣言。スコップ片手にみんなで土まみれになりながら、なんとかそれっぽい感じにする。

青春の最後は人それぞれだけど、私の場合は大学卒業後の数年間がそれにあたる。夢追う若者たちだった頃。役者仲間とお芝居したり、表現をしたり、創作したり。妻と出会ったのもそこだった。
その時から考えると、いま庭で土いじりしている自分が嘘みたい。就職して、家族を持ち、生活がどんどん変化していく。
当時出会った人とは少しずつ疎遠になってしまった感がある。でも、LINEグループの先にいるみんなとは、何かの拍子に近況を交換し続けている。
座長のHさんは郊外で家庭菜園とかやってるらしいし(今度教えてもらおう)、Kさんは今もプロのナレーターとして活動中。東京を離れた人もいる。Uちゃんがそうだ。朗読が素敵で、パンとお菓子を愛してて、イラストが上手くて、ちょっと抜けてるUちゃん。このnoteのアイコンもUちゃん作である。なんとなく気恥ずかしくて、イラスト描いてもらうからU先生って呼んでたな。いつも元気いっぱいなF氏は、東京に残って役者を続けている。みんな、それぞれに忙しい。便りがないのは、なんちゃらの日々を繰り返している。

畑に種を植えた。
すくすく育てよ。
+
いつからだろう。
いつの間にか、東京駅に詳しくなった。
梅雨の週末、特に連休でもない日なのにやっぱり構内は混み合っている。東京発。東京着。ここはいつだって、どこかに向かう人でいっぱいだ。
「ぼくはこれ!」
次男ははしゃぎながらシンカリオンのお弁当を選んでいた。長男はもうキャラクタものは卒業したらしく、普通の海鮮弁当を選び、妻はシューっとあたためる焼き肉弁当をチョイス。
私は出張でいつも買ってる大好きな駅弁、「伯養軒の炙りえんがわずし」にした。裏切らない美味しさ。お守りみたいな存在。

新幹線に乗る。
一路、岩手へ。
+
畑の最初の年は、とにかく作物が育ちやすいらしい。
微生物が活性化する関係だそうだ。詳しくはわからないけれど、植えた種はぜんぶちゃんと芽が出てくれた。あたり前だけど、ちゃんと毎日ちょっとずつ伸びていくのに驚いてしまった。

日に日に成長するのを楽しみにしながら、収穫の夏を待つ。
奥から、トマト。きゅうり。
なす。ポップコーン。
+
新幹線はまだ関東を出ていない。
でも、我慢できず早々にお弁当を食べ終えた我らは、暇を持て余してしまった。
車窓はだんだん背の低いビルの街並みになっていき、田んぼや畑が増えて、次第にトンネルの連続になっていく。
まだ妻が恋人だった頃、同じように新幹線に乗って岩手まで旅をしたことがある。その時はUちゃんもF氏もいた。朗読する宮沢賢治の作品を知るために、いろんなところを見て回ったっけ。その後、特大のやまなしをUちゃんに描いてもらって、小学校で公演をした。

あの時もおんなじように、ぼんやり窓の外を流れていく景色を見ていた気がする。
「ねぇみて。いま、時速300キロで歩いてるよ」
トイレの帰り、デッキで長男がつぶやく。
たしかに。
速すぎて、ゆっくりにしか見えないね。
+
大きくなった。
なりすぎたかもしれない。

夏になると、ポップコーンは子どもの身長をゆうに越えてすくすく育った。ついでに食べたスイカの種を撒いておいたら、こっちもすくすくと育った。

夏野菜はありがたく収穫し、ポップコーンはそのまま秋まで置いておく。
普通のとうもろこしと違い、実ったあともそのまま放っておいて、秋口に収穫となる。
楽しみな秋。
わくわく。
+
盛岡駅に到着。
盛岡は新幹線のはやぶさとこまちの連結や解除が見られるのだ。元子鉄の長男や現子鉄の次男は、大興奮だった。かっこいいよね!

「おっす!」
「久しぶり〜!」
「一緒に来てくれて、ありがとうね」
「いやいや!俺も来たかったし」
別の新幹線で来ていたF氏とも合流した。到着した日はこのままゆっくりして、明日みんなで目的地に向かう。
予報では雨。今にも泣き出しそうな空だけど、なんとか降り出してはいなかった。
+
夏も終わり。
爆裂種は、葉が枯れてひげがパリパリになったら収穫の合図らしい。パキッと折り、皮を剥いてみるとところどころ歯抜けはあるけれど、まるまる綺麗なつぶがぎっしりと並んでいた。いい感じ。

でも、採れたてが食べられるわけではない。収穫してから一月ほどは乾燥させなくてはいけないらしい。しっかり時間をかけて乾燥させないとうまく弾けず、ポップコーンにはならない。すぐ試したいのをぐっと我慢して、このまま干して一ヶ月待つ。
+
岩手のポケモンはイシツブテらしい。岩手だから石ツブ手。なんとも安直で素敵すぎる。最高じゃん。
盛岡駅の近くにはその名もイシツブテ公園があったので、ポケモン大好きキッズを連れていった。

今にも泣き出しそうな空だけど、地元の小学生や子連れの方たちが帰り支度もしてないので、しばらくは降らなさそうだ。鬼ごっこしたり、いわタイプのポケモンたちの遊具で遊び倒す。
近くの科学館では自動ドアが熊対策で手動になっていたりと、東北圏に来たんだなぁと感じることが多かった。
夜は地元のものが食べられる居酒屋へ。早い時間に行ったこともあり、まだお客さんも少なかったからゆっくりできた。頼んだものぜんぶがおいしくてびっくり!


明日はレンタカーを借りて、目的地までドライブ。
+
乾燥を終えたポップコーンを茎から外して集める。想像以上の山盛り。
信じられないくらいの量になった。

ほんとに、ポップコーンになる?
半信半疑で、フライパンに種を入れる。大さじ1に対して油も大さじ1。中火で温めながら、じっと待っていると……ポンッ。そのままポンッ、ポンッ、ポンッ、ポポポポポッポン!気持ちいい音とともに、ちゃんとポップコーンができた。すごい!


あまりにたくさんできたので「ポップコーンやってみてねー!」と手紙を添えて、実家やHさん、Uちゃんやみんなにお裾分けを送った。
+
在宅勤務の日だった。
雨が降っていた。
いつもあまり取り乱さない妻が、部屋に飛び込んでくる。
「どうしたの?」
渡された手紙はUちゃんのご両親からだった。
『Uちゃんにポップコーンをいただき、ありがとうございます。』
「えっ?」
一通り手紙を読んで、その時は防衛反応で涙が出てきた。けれど、すぐに信じられなくなった。嘘みたいだし、嘘だと思う。
『実は、昨年の冬にUは永眠いたしました。』
だって、何度読んでみても、意味がわからない。
『ご連絡できないまま今日に至りましたこと、心からお詫びします。本当にごめんなさい。』
書いてある文字はわかる。でも、何を書いてるんだろうこれは。なに書いてるんだろう。
なんだろう、これ?
『こちらへのお気遣いはどうか遠慮させてください。ただ、Uちゃんが、〇〇寺という小さなお寺に眠ってることだけはお伝えしておきますね。』
とりあえず、手紙に書いてあったお寺をGoogleマップに保存してみる。知らない土地の、知らないお寺。誰かが投稿した写真の空は澄んでいて青い。
『Uちゃんは常々、「大好きな人たちが東京にいるから、東京に帰る……」と言ってました。』
『野やぎさんのイラストを描くときは、とても楽しそうにしていました。』
『きっと、これからも、お手紙を送ったり、プレゼントをしたかったのだと思います。』
親に、なんてもん書かせてんだろう。ポップコーンやってみてねー!じゃないよ。なにしてんだろう。ごめんなさい。
『Uちゃんと出会ってくださって、いつも優しくして仲良くしてくださって、本当にありがとうございました。』
そのまま、夏が過ぎた。
行こうと思えば行けたと思う。
でも、行かなかった。
行ったら、ほんとになる気がしたから。
言い訳には困らなかったし。
子どもがいて大変とか、
お金が都合つかないとか、
予定が合わないとか。
なんでもよかった。
そのうち、長男は小学生になった。
下の子は幼稚園に入った。
爆裂種じゃないほうの、ふつうのとうもろこしも育てた。今年は、きゅうりとトマトとゴーヤを育てている。
いつの間にか、もう3年が経っていた。
+
新幹線に乗った。
盛岡に来た。
ごはんがぜんぶ美味しかった。
レンタカーを借りた。
初めて仏花を買った。
予報通りに、どしゃ降りになった。
今日。
Googleマップに従って、目的地に向かう。
ちゃんと到着して、本当に見つかった。
見つかってしまった。
嘘じゃなかった。本当だった。
嘘がよかった。本当に。
嘘でよかったのに。
押し込めていた思い出が、一気に弾ける。
もう、止まらない。
妻と2人でくだらないことで笑っていたこと。
パンが大好きだったこと。
まだ小さかった長男と、おもちゃやお絵描きで遊んでくれたこと。
コロナ禍になんとか調整して、赤ちゃんだった次男に会いに来てくれたこと。
また会えるのがたのしみです!と可愛いイラスト付きの手紙をくれたこと。
また会えるって言ってたのに。
どうすんだよ、もうアイコン変えられなくなっちゃったよ。
あのまま、一生Googleマップの赤いピンのままにしておけばよかった。
忘れたまま、来なきゃよかった。
でも、来ちゃった。
あたり前のようにいつか再会して。またくだらないことで笑ったり、ごはん食べたり、遊びにいったり、最近どう?とか聞いたりさ、ずっとなんとなくそんな感じが続いていくと思ってたよ。
でも、もうそんなことは、ない。
その未来は消えちゃった。
消えちゃった。
もう、ないんだなぁ。
何回読んでも、墓石に刻まれてる文字はUちゃんの名前だった。
嘘みたいに、雨が止んだ。
+
子どもたちは、ずっときょとんとしていた。
F氏はお寺に古いお花をどうすればいいかとかを聞きに行ってくれた。妻とふたりで、準備をする。
線香が下手すぎて、ぜんぜん火がつかない。
慣れないライターに苦戦しながら、少しずつ火を広げていく。線香の匂い。だんだん手に、その匂いが染み込んでくる。やっとつけきって、みんなで少しずつ分けてお墓に供えた。
お水を撒いて、お墓を綺麗にする。
初めて友人に、手を合わせた。
仏花より、お土産山盛りで買ってきたかったな。公園だって一緒ならもっと楽しかったし、きっとごはんだってみんなで食べたら最高においしかったと思う。でも。もう誰かにもう会えなくなっても、悲しくても、その世界でなんとかこうにかやり過ごしていくしかない。だって、こっちはさ、毎日笑ったり、泣いたり、怒ったり、お腹が空いたりするんだもん。していくしかないんよ。できれば全員俺より先に死なないでほしい。困る。亡くなるって、いなくなることだから。いなくならないでほしい。全員いてほしい。でも、どんなに願ってもお墓の名前は変わらない。だから、
じゃあね。
……またね。
車に乗り込むと、ポツリポツリ雨が降り出した。なんだか、ひどくお腹が空いた。すーっと、深く息を吸いこむ。
「いただきまーす!」
運転席のF氏と妻と、子どもたちと買っておいたパンを食べる。Uちゃんの大好きだったパン。おいしい。食べよう。食べて、元気を出して、無理やりにでも笑って。なんとかこうにか、これからも生きていく。

そのまま雨は止まなかった。東京に戻ってからも降り続いていた。週末になっても止まないので、家族で家に籠って山盛りのポップコーンをつくり映画会をする。
「今日はなに観よっか?」
Googleマップのピンは、まだそのままにしてある。あんなにたくさんだったポップコーンは、やっと、もうすぐ食べ終わる。
いいなと思ったら応援しよう!
待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ
あ、ああ……あー!ありがとうございます!!