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なぜ認められても満たされないのか

小学生の頃、一度だけ算数のテストで100点を取ったことがあります。

そのテスト勉強していたのかどうかは、もう覚えていません。
むしろ学校の勉強は苦手でした。

机に向かうことも好きではなかったし、テストの答案用紙を埋めるのにも苦労していた記憶があります。

だから、その100点は少し特別でした。

先生が褒めてくれた。
周囲も少し驚いていた。
家でも話題になった気もする。
自分自身もどこか嬉しかった。

もしかしたら、自分は思っているより賢いのかもしれない。
そんなことを少しだけ思った記憶があります。

でも、その感覚は長く続きませんでした。

100点はその一回だけ。
その後はいつも通り。

成績は良い方ではありませんでした。
むしろ下から数えた方が早いことも多かったと思います。

そして不思議なことに、あれほど嬉しかった100点も、時間が経つと何も残らなかった。

人生が変わるわけでもない。
勉強が好きになるわけでもない。
自信がつくわけでもない。
認められた瞬間は確かにあった。

でも、満たされたわけではなかった。

今振り返ると、あの感覚は少し不思議です。

当時は気づいていませんでしたが、人は案外、
「認められたら楽になれる」
と思っているのかもしれません。

認められたら安心できる。
認められたら自信が持てる。
認められたら満たされる。

そんな期待をどこかで抱いている。

だから勉強を頑張る。
仕事を頑張る。
結果を出そうとする。
評価を得ようとする。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

実際、認められることによって開く道もある。
やりやすくなることもある。

社会の中では大切なことでもあると思います。

でも、認められることと満たされることは、どうも同じではない。
むしろ認められた瞬間から、別の何かが始まることもあります。

次も期待される。
次も結果を出さなければならない。
次も認められなければならない。

維持しなければならない。

すると認められたはずなのに、少しずつ苦しくなっていく。

これは勉強だけではありません。

仕事でもそうです。
人間関係でもそうです。
SNSでもそうです。

評価された。
褒められた。
認められた。
嬉しい。

でも、そのあとにどこか緊張が生まれる。

期待が生まれ、役割が生まれる。

そして気づけば、
「認められる自分」
を維持しようとする。

優しい人。
頑張る人。
頼られる人。
面白い人。
しっかりした人。
深い人。

人は様々な役割を身につけていく。

もちろん、その役割が悪いわけではない。

ただ、それが続くと、
認められるための自分と、
本当に感じている自分が、
少しずつ離れていくことがある。

だから認められているのに苦しい。
必要とされているのに苦しい。
評価されているのに苦しい。

そんなことが起きる。

昔は不思議でした。

認められたいと思っていたはずなのに、
なぜ認められても安心できないのだろう。

なぜ満たされないのだろう。
なぜ次を求めてしまうのだろう。

でも最近は少し違う見方をしています。

もしかすると、人が本当に欲しかったのは、
認定ではなかったのかもしれない。

評価でも。
理解でも。
賞賛でも。
結果でも。

もっと別の何かだったのかもしれない。

例えば、

結果を出していなくても大丈夫な感覚。
期待に応えられなくても消えない関係。
何者かにならなくても存在していていい感覚。

そういうものだったのかもしれません。

認められることは嬉しい。

それは事実です。
でも、それだけでは満たされない。

なぜなら認められることは、
多くの場合、条件付きだからです。

良い成績だから。
結果を出したから。
役に立ったから。
期待に応えたから。

条件がある。

だから、その条件が失われると不安になる。

維持しようとする。
守ろうとする。
そして疲れていく。

だから人は、
認められるほど満たされるのではなく、
認められるほど苦しくなることさえある。

ここには少し皮肉な構造があります。

認められたかった。
でも、本当に欲しかったのは認定ではなかった。

安心だったのかもしれない。
自然体で居られることだったのかもしれない。
創造的で居られることだったのかもしれない。

生きる意味の中で循環している感覚だったのかもしれない。

だとしたら、
人生で本当に大切なのは、

認められたものだけを見ることではないのかもしれません。

認められなかったもの。
評価されなかったもの。
理解されなかったもの。

その中にも、
自分にとって大切な何かが残っていることがある。

むしろ、

認められなくても消えなかったもの。
結果がなくても続いているもの。
期待に応えなくても残っているもの。

そこにこそ、
人生の方向を教えてくれる何かがあるのかもしれません。

認められた瞬間よりも、
認められなくても残ったもの。

もし今、満たされない感覚があるのだとしたら。

その違和感は、
まだ認められていない何かを求めているのではなく。

認められることとは別の場所にある大切な何かを、
思い出そうとしているのかもしれません。


こんな違和感はありませんか?

疲れているはずなのに、なぜか休まらない。

認められているはずなのに、満たされない。

気を遣っているつもりはないのに、気づけば周りを優先している。

ちゃんと関わっているのに、どこか一人でいる感じがする。

やめたいと思っているのに、なぜか同じことを繰り返してしまう。

もし、そんな違和感があるなら、
それは別々の悩みではないのかもしれません。

ここにある記事は、
答えを教えるためのものではなく、

その違和感を少し違う角度から眺めてみるためのものです。

気になる感覚があれば、
その違和感に近い記事から読んでみてください。

なぜ認められても満たされないのか

なんでこんなに気を遣ってしまうんだろう

ちゃんと関わっているのに、どこか一人でいる感じがするとき


もし、

「頭では分かっているのに変わらない」
「気づいたはずなのに戻ってしまう」

そんな感覚があるなら、
こちらの記事も読んでみてください。

やめたいのに、やめられないとき

分かっているのに、変わらない理由

問いを持っても、変わらないとき

気づいても、元に戻ってしまうとき

気づいたのに戻ってしまう理由

ズレは修正できないとしたら


さらに深く見てみたい方へ

ここでは主に、
日常の中で感じる違和感や体感について書いています。

その奥にある構造については、
有料記事の中で少しずつ触れています。

もし無料記事を読んだあとで、

「なぜ同じことを繰り返してしまうのか」
「なぜ気づいても戻ってしまうのか」

そんな問いが残ったときは、
有料記事も覗いてみてください。

安心って、なんだったのか

変わりたいのに、また同じことをしてしまうとき

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