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スメルジャコフとの沈黙の会話にドストエフスキーのこだわりが見えて味わい深い「カラマーゾフを読む」(42)

スメルジャコフとの沈黙の会話にドストエフスキーのこだわりが見えて味わい深い「カラマーゾフを読む」(43)

第五編 プロとコントラ 六 今のところ、まだきわめて曖昧なものだが

前回の「大審問官」の章で『カラマーゾフ』の上巻は終了しました。ここからは中巻です。何度もお話ししてきました通り、ここまでくればもう怒涛の如しです。ページをめくる手が止まらなくなるくらい展開はスピーディです。一気に楽しんでいきましょう。

さて、アリョーシャと別れたイワンは普段から寝泊まりしているフョードルの家へと帰っていました。あれだけの話をした後です。さぞ疲れたことでしょう。

ですが、彼の様子がどうもおかしい・・・。

アリョーシャは別れ際の段階ですでに見抜いていたのですが、彼の精神が異常をきたし始めていたのです。

それはそうですよね。あの大審問官の叙事詩をひとり部屋にこもって黙々と考え続けていたのならそれはおかしくなってきても全く不思議はありません。

大審問官の叙事詩はそれだけ恐ろしいものなのです。

ただ、現代を生きる日本人にはなかなかその恐ろしさというのは伝わりにくいかもしれません。

絶対的な神を信仰する一神教的な世界観もなく、そもそも日常生活でも宗教との関わりが減ってきている日本人にはなかなかピンと来ない話だと思います。

ですが、信仰というものをそれこそ本気で考えたならば、これほど恐ろしい問題はないのです。

私が「大審問官」の章に衝撃を受けたのも、私が寺を継ぐ人間であり、これを読んだ当時、オウム真理教と自分は何が違うのかという切実な問題に悩んでいたからです。詳しくは「オウム真理教とお寺と私~浄土真宗僧侶の私がなぜドストエフスキーを学ぶのか」の記事をご参照頂きたいのですが、私にとって信仰とは何かを考える上であまりに衝撃的な内容が書かれていたのがこの物語だったのです。

イワンにとってもそれは同じです。イワンは「神はない」とフョードルに返しましたが、もし彼が本当に無神論者だったならばこれほどの叙事詩を作ることも、そしてそのことに悩むことなどありえなかったことでしょう。

ゾシマ長老もこうしたイワンをあの庵室で見抜いていたのです。

イワンは無神論と信仰に揺れています。しかもそれは合理的な理屈や思考のレベルではなく、もっと奥の心の問題です。

それをアリョーシャに吐き出したことでその問題がより明確になってきたのでしょう。

ここからのイワンの展開は正直、目も当てられないくらい苦悩に満ちたものになります。なぜそこまで突き詰めて考えなければならないのかと外部の私たちにはそう思えて仕方のないほどでありますが、それが「カラマーゾフの血」なのでしょう。それに、宗教者である私にとってこれほどまでに突き詰めていくイワンの「求道」は全く他人事ではないのです。何度も言いますが、親鸞というお方もそうした究極的なところまで自己内省を繰り返していたお人でした。だからこそ私はこの物語に衝撃を受けたのです。

さて、そんなイワンでありますが、今のところはまだ正常なやりとりが可能でした。しかしどうしようもない憂鬱に襲われています。

その原因がスメルジャコフだったことに気づいたのは、ふと家の門を見た時でした。

ここからのスメルジャコフとの会話はさすがドストエフスキーとしか言いようのない見事なものとなっています。これは小説だからこそ実現できる実に奥深いやりとりです。

スメルジャコフは口には出さずとも、まるで「そう言いたげ」に振舞います。

そしてそれに対しイワンは自分の思っていることとまったく逆のことを「思いがけず」口に出してしまう・・・。

そんな表に出る言葉や態度と内面のずれが極めて巧みに描写されているのがこの箇所です。

しかもスメルジャコフの態度やしぐさから「何を言いたげ」なのか読み取っているのがあくまでイワンであるというのも重要です。この時点ですでにイワンの思考があまりに過敏になっていることがここで示唆されているのです。

いやあ、久々の再読で改めてこの箇所を味わったわけですが、もうたまりません・・・!ドストエフスキーは異常です。どうしてこんな見事な人間模様を描けるのでしょう!もはやひれ伏すしかありません。

中巻のしょっぱなからこれです。面白すぎです『カラマーゾフ』!

続く

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