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プラド美術館の見どころをご紹介!念願のボス作『快楽の園』とご対面!

【スペイン旅行記】⑵プラド美術館の見どころをご紹介!念願のボス作『快楽の園』とご対面!

2019年5月12日、私はマドリードのプラド美術館を訪れた。

世界最高峰の美術館の一つにも数えられるこのプラド美術館。

そこにはヒエロニムス・ボスの『快楽の園』が展示されている。

ヒエロニムス・ボス『快楽の園』Wikipediaより

この見れば見るほど奇妙で理解不能な絵に、私はぜひともお目にかかりたかったのである。だからこそ私ははるばるこの地までやって来たのだ。

さて、実際にこの絵をじっくり見るのは後にして、早速美術館そのものについてご紹介していこう。

プラド美術館はマドリードのメイン駅であるアトーチャ駅から徒歩圏内。

プラド通りの遊歩道

私はこの駅の近くの宿を取っていたのでプラド通りを散歩しながらこの美術館へと向かった。

こちらがプラド美術館の入り口。見ての通り、行列である。

私は事前予約をしていたのでスムーズに入場することができたが、昨今のオーバーツーリズムの状況ではもっと混雑しているかもしれない。事前の予約をおすすめする。

そしてここから中の様子をご紹介したいところだったが、残念ながら館内は撮影禁止。なので中の様子は残念ながら写真ではお伝えできない。

とはいえ、この美術館にはぜひおすすめしたい有名どころの名画が山ほどある。

その中でも私が特に気に入ったものをこれからご紹介したい。

ディエゴ・ベラスケス展示室 Wikipediaより

まず何と言っても、プラド美術館といえばこちらである。

ディエゴ・ベラスケス『ラス・メニーナス』(1656年) Wikipediaより

ベラスケスの『ラス・メニーナス』だ。

スペイン絵画の最高傑作と言っても過言ではない超有名作品がここプラド美術館に展示されている。

私もこの絵には痺れた。ものすごい吸引力である。

この絵には観る者を引き込むベラスケス流の様々な仕掛けが施されているのだが、やはり一番気になるのは絵の中の人物達がこちらに向ける視線である。

そう。彼らと目が合うのだ。

しかもそれがとんでもなくリアルなのである。

まさに額縁の向こうに本当に存在しているかのように見えるのだ。そんなリアルすぎる感覚に現実と絵画の境目を見失ってしまうような、そんな奇妙な感覚に陥ってしまうのである。

ベラスケスのとんでもない画力には驚かざるをえない。彼の絵の秘密については大髙保二郎、川瀬佑介共著の『もっと知りたいベラスケス 生涯と作品』というガイドブックがあるのでぜひおすすめしたい。驚くこと請け合いである。

そして次に印象に残っているのがエル・グレコだ。彼もスペインを代表する画家として絶大な人気がある。

エル・グレコ『胸に手を置く騎士』(1580年頃) Wikipediaより

この何とも言えない表情。そして目力・・・この目には私も異様なほど引き付けられたのを覚えている。

そしてグレコといえば次の絵も衝撃的であった。

エル・グレコ『羊飼いの礼拝』(1612年-1614年)Wikipediaより

いかがだろうか。私もこの絵には度肝を抜かれた!先の『胸に手を置く騎士』には静かな驚きを感じたものだが、この絵を見た時のビビビッとしたショックは忘れられない。

何とドラマチックでダイナミックな絵だろう!写実とは異なる何かデフォルメされたタッチに私は驚かずにはいられなかった。

エル・グレコ『受胎告知』(1596-1600年頃)Wikipediaより

こちらの『受胎告知』に至ってはもう私は言葉を失ってしまった。まさに独創的!これぞグレコとしか言いようのない画風だ。あまりに強烈。ベラスケスの絵にも度肝を抜かれたたが、このグレコにも私はすっかりやられてしまった。

プラド美術館は実に刺激的である。すっかりこの美術館にはまってしまった私がいる。

フランシスコ・デ・ゴヤ『裸のマハ』(1797-1800年)Wikipediaより
フランシスコ・デ・ゴヤ『マドリード、1808年5月3日』(1814年) Wikipediaより
カラヴァッジオ『ダヴィデとゴリアテ』(1600年頃) Wikipediaより
ブリューゲル『死の勝利』(1562年頃)Wikipediaより

他にもゴヤの『裸のマハ』や『マドリード、1808年5月3日』、カラヴァッジョの『ダヴィデとゴリアテ』、ブリューゲルの『死の勝利』など超有名作品がずらりとこの美術館には展示されている。この記事ではこれ以上は列挙しないが、とてつもない数の名画が展示されているのでいくら時間があっても足りないほどである。

そしていよいよここからはヒエロニムス・ボスの『快楽の園』だ。

ヒエロニムス・ボス『快楽の園』Wikipediaより

ヒエロニムス・ボス(1450頃~1516)はオランダで生まれ、その独特で不思議な画風で有名になった画家だ。

あのレオナルド・ダ・ヴィンチとほぼ同時代に生き、ルネッサンス全盛の時代の中でも独自の立場を築き上げた画家とも言える。

この絵については話すべきポイントが山ほどあるのでその中でも特に印象に残った部分だけここでは紹介していくことにしたい。

まずは中央のパネルから。こちらは地上の楽園を表しているとのこと。だが、見ての通り摩訶不思議な世界がここに描かれている。

中央の小さな池の中には何人もの女性が閉じ込められている。

彼女たちはそこから出たくても出ることができない。

そしてその周りをぐるぐると男たちが大挙して歩き続けている。

彼らの目的は池にいる女性たちだ。

しかし彼らは池へと近づけない。彼らはお目当ての女性を眺めながらぐるぐるとその周りを回り続けるしかないのだ。

女性たちも周囲の男たちを眺め、彼らとの逢瀬を求めている。

だが彼らが一緒になることは決してない。

一方は身動きが取れず、一方はそのまわりをぐるぐる回り続けることしかできないのだ。

さあ、これは一体何を象徴しているのだろうか。ぜひみなさんも想像してみてほしい。

決まった答えはない。長年学者が頭を悩ましていても未だに確たる答えが出ていないのが『快楽の園』なのだ。だから自由に想像し解釈する余地がある。

だから安心して自由に想像してみてほしい。それもこの絵の魅力のひとつなのだから。

そしてその左下にはさらに奇怪な人々が描かれている。

透明な球体の中にいるカップル、そしてその下の穴から男が顔を出し、ネズミと向かい合っている。

そしてまるで『犬神家の一族』かのような逆立ち状態で上半身を池に突っ込み股間の上に果実を乗っけている謎の男。

このあまりに奇怪な光景はどう解釈してよいのかまったくわからない。

だが、なぜか引き付けられてしまうという不思議としか言いようのない場面である。

そしてここからは右のパネル、つまりボスの描いた地獄を見ていくことにしよう。

この絵の上部には燃え盛る黒い建物が見える。だが、地獄らしい風景が見えるのはここまで。

ここから下はほとんど意味不明な地獄の住人たちと拷問が所狭しと描かれている。

この中で有名なのは中央にどんと構えこちらを見ている木男と呼ばれる男だ。

船を足場にした木男。胴体部分は割れた卵のよう。

その中には堕落して酒を飲んでいる人間。

ここは大酒飲みの罪を象徴しているそうなのだが、そんなに苦しんでいるように見えないのがまたなんとも面白い。

木男の頭の上で行進している悪魔もどこか楽しげだ。

地獄絵なのに悲壮感があまり感じられないというのもこの絵の不思議な所だ。

そして地獄の右下には一際目を引く鳥の頭をした水色の悪魔が椅子に座っている。

鳥は人間の頭をぱっくりとくわえ、人間のお尻からは黒い鳥のようなものが噴き出ている。

椅子の下は悪魔の排泄物だろうか、水色の液体と共に人間が排出されている。

その下には何かを吐かされている人間もいれば、コインを排泄している罪人もいる。

そしてよくよく見てみればこの鳥頭の悪魔はポットのようなものを靴にしているではないか。

もう何がなんだかさっぱりわからない。

地獄の苦しみを描くならもっとわかりやすい構図で描けばいいものをなぜかボスは摩訶不思議などこか祝祭的な様相を呈した世界を描き出した。

それはもはや喜劇的とすら言えるかもしれない。

国宝『六道絵』黒縄地獄幅(聖衆来迎寺蔵)

時代が異なるとはいえ日本の地獄絵とはずいぶんと様相が異なる。

ボスの描いた地獄は当時のヨーロッパ世界においてもあまりに独特なものだったようだ。

それにしても、ボスはなぜこんな摩訶不思議な絵を描くことができたのだろうか。

彼がこの絵を描いたのは1500年代初頭。おそらくこの時代では前代未聞だろう。

そして驚くべきことに1500年代初頭といえばルネッサンス最盛期。

レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロが活躍していたまさにその時代にボスはこの絵を描き上げたのだ。

そして改めてこの地獄を見ていて、気づかれた方はおられるだろうか。

そう。この地獄絵には刃物や楽器が多く出てくるのである。

ボスの故郷のスヘルトーヘンボスは楽器と刃物の製造が盛んな街だったそうだ。

そしてボス自身も音楽が身近な生活を送っていたそう。

つまり、ボスは日々目にしていた刃物や楽器をモチーフに想像力を働かせ、誰も見たことのない地獄の世界を創り上げたと言えるのである。

地上の楽園の上部にそびえ立つ不思議な形をした建物も、ボスの想像力の産物だ。

いかに奇妙で摩訶不思議な構造をしていたとしても、建物のモチーフになったものや形というものが存在する。

ボスはそれらを組み合わせ、色を変え、変形させて「見たこともないもの」を創り出したのだ。

そう考えてみると、この絵に対する味わい方というのも変わってくるのではないだろうか。ただ単に訳の分からない奇妙な絵なのではなく、そこにはボスなりの何らかの想像力が発動しているのである。

ボスの『快楽の園』はあまりに摩訶不思議な作品だ。

その奇怪な絵に込められた意味は現在でも議論の絶えない問題だ。

しかしその摩訶不思議な世界観がなぜ生まれたのか、そして一つ一つの登場人物が何を意味しているのかを想像しながらこの絵を鑑賞するのはとても楽しい経験になる。

私はこの絵を2日連続で観に行き、1時間以上そこで眺め続けた。

あまりに情報量が多く、頭がパンクしそうになるが、この絵は不思議な魅力を持った作品だ。

プラド美術館には他にもボスの作品がいくつも展示されている。

他の作品も「快楽の園」に劣らず独特な作品だ。

ぜひ、プラド美術館に行かれた際はじっくりと鑑賞してみてはいかがだろうか。

以下は上で紹介したエル・グレコとボスについてのおすすめのガイドブックだ。これらを読めばプラド美術館をもっと楽しめること間違いなしである。

今回の記事ではボスの『快楽の園』に込められた宗教的な意味や、私自身とこの絵の関係についてはあえてお話ししなかった。

私にとってはこの絵は2019年の世界一周の旅における実に重要なポイントであった。詳しくはメインブログの「ヒエロニムス・ボス『快楽の園』~人類と善悪の起源を考える スペイン編②」の記事でお話ししているので興味のある方はぜひこちらもご参照して頂けたら幸いだ。

続く

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『世界一周記』記事一覧はこちらのまとめ記事にて


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