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「10年後には自治体回らず」の本質



はじめに:予見されていた危機

「10年後には自治体回らず」の記事

2025年12月27日、朝日新聞がYahoo!ニュースに配信した記事が目に飛び込んできた。

政府は、人手不足で市町村が担いきれない自治体業務を都道府県が担うなど、市町村事務の再編・統合に向けた検討に入る。2026年1月にも政府の地方制度調査会で議論を始める方向だ。住民に身近な自治体へ事務や権限を移してきた地方分権改革が、人口減少などの社会変化で転換を強いられつつある。
政府は1999年の地方分権一括法成立以降、住民の意思をより反映した行政が主体的に行われるよう、国から都道府県へ、都道府県から市町村へと財源や権限の移譲を進めてきた。だが近年、地方の市町村では技術職などを中心に公務員のなり手が不足。事務処理に支障が生じかねない状態になっている。総務省幹部は「地方分権は転換点に来た。放置すれば、10年後には自治体業務が回らなくなる。いま手を打たなければならない」と危機感を話す。
同省は9月に、全都道府県の担当者が参加する会議を開催。対応策として、市町村の事務を都道府県に移す▽近隣の市町村が広域で連携し対応する▽デジタル化を進めるといった例を示し、都道府県が中心になって市町村と協議し、今後の業務の分担のあり方を模索するよう促した。  政府は、来年1月から必要な制度設計について地方制度調査会で議論を本格化させる。

朝日新聞_「10年後には自治体回らず」市町村事務の再編・統合、政府が検討へ──。

政府は2026年1月にも地方制度調査会で議論を始める方向だという。記事には総務省幹部のコメントとして「地方分権は転換点に来た。放置すれば、10年後には自治体業務が回らなくなる。いま手を打たなければならない」と危機感が記されている。

わかっていたはず

この記事を読んだ瞬間、正直に言えば「何を今さら」という感情が先に立った。こうなることは「とっくの昔」にわかっていたことだ。

総務省_自治体戦略2040構想研究会 第一次・第二次報告
総務省_自治体戦略2040構想研究会 第一次・第二次報告
総務省_自治体戦略2040構想研究会 第一次・第二次報告
総務省_自治体戦略2040構想研究会 第一次・第二次報告

総務省は2018年に「自治体戦略2040構想研究会」を立ち上げ、「2040年頃には経営資源が大きく制約されることを前提に、今の半数の公務員で行政を支える必要がある」と警鐘を鳴らしていた。

総務省_自治体戦略2040構想研究会 第一次・第二次報告

「労働力(特に若年労働力)の絶対量が不足」「人口縮減時代のパラダイムへの転換が必要」──これが大前提だ。そのうえで、上記のとおり「半分の人数で自治体が経営できること」だけでなく、「AI・ロボティクスによる自動処理」「自治体の情報システムや申請様式の標準化・共通化」が求められると提言している。
団塊ジュニア世代が65歳以上となる一方、その頃に20歳代前半となる者の数は団塊ジュニア世代の半分程度にとどまる(団塊ジュニア世代の出生数:2,001〜2,092千人、2017年出生数:950千人)という試算も既に公表されていた。平成の大合併も地方創生も、そのような文脈の中で進められてきたはずだし、それが起点になっていたはずだ。

更に注目すべきは「公共私によるくらしの維持」という視点だ。報告書は、人口減少と高齢化により公共私それぞれのくらしを支える機能が低下するなかで、自治体は新しい公共私相互間の協力関係を構築する「プラットフォーム・ビルダー」へ転換する必要があると指摘している。自治体は(全てのものを自ら直営で全て提供する「サービス・プロバイダー」ではなく、その司令塔・マネジメントを担う「プラットフォーム・ビルダー」であるべきだとも記されている。これは、筆者が主張している「コアコンピタンス経営」と完全に軌を一にする。

また、「個々の市町村が行政のフルセット主義から脱却し、圏域単位での行政をスタンダードに」「都道府県・市町村の二層制を柔軟化し、それぞれの地域に応じ、都道府県と市町村の機能を結集した行政の共通基盤の構築が必要」とも提言されている。

7年前の話なのに。。。

総務省の担当者は当時、筆者が所属していた日本PFI・PPP協会にこの件でヒアリングに訪れてきたので「このような将来が想像されるなら、今からできることを着実に進めることが大事で、その一環としてPPP/PFIによって自分たちだけでは対応できない部分を補完していくことが重要だ」と話した(が、正直あまりピンときていないようであった)。

これらの提言が出されたのは2018年のことだ。それから7年が経過した今、どれだけ実行されただろうか。
にも関わらず、なぜ今になって「10年後には自治体回らず」という言葉が大見出しになるのか。

抜本的な改革ではなく画一的な「丸投げ・喰われる自治体」

答えは単純だ。この10年以上、本質的な改革がほとんど行われてこなかったからである。

平成の大合併も本来はこうした文脈を意識してのものであったはずだが、結局は「特別交付税措置」「合併特例債目当て」でしかなかった。
どんなまちへ再編していくのかといった基本的なことは置き去りにされたまま、(従前の施設を解体することもなく、)まちの規模からスケールアウトした庁舎・図書館・ホール等を整備してしてきたし、働き方も従前のままだったり、議員の数の見直しすら進んでいない自治体が多い。
更に言えば、平成の大合併から20年程度経過しているにも関わらず「元〇〇町の・・・」の論理や壁を聞くことがいまだに多い。

(自称)公共施設マネジメントの先進自治体とされるさいたま市であっても、最近になってやっと動き始めたようだが、いまだに合併に伴う公共施設の使用料・利用料の見直しすらできていない。

また、まち・ひと・しごとの地方創生の計画についてもコンサル・監査法人等が自治体の計画策定を「丸ごと受託」(≒行政は「丸投げ委託」)することで、それぞれの自治体ごとに「どんな生き方をしていくのか」考える機会すら放棄し、喰われる自治体に成り下がってしまった。

「自分たちのことを自分たちで考えようとしない」自治体と、そうした自治体を喰い物にするコンサル、更にはお金を撒いて策定を指示したのだから後は自治体の判断とする安易な総務省、悪い意味でのWin-Win-Winの構図が成立してしまっている。
これは地方創生に限らず、自治体を取り巻く根幹的で共通した課題である。

地方創生が機能してこなかった現実

https://www.soumu.go.jp/main_content/001009925.pdf

総務省_地域力創造に関する施策説明会資料
総務省_地域力創造に関する施策説明会資料

総務省の「地域力創造に関する施策説明会資料」では
・人口減少がもたらす影響・課題に対する認識が十分に浸透しなかったのではないか。
・人口減少を前提とした、地域の担い手の育成・確保や労働生産性の向上、生活基盤の確保などへの対応が不十分だったのではないか。
・産官学金労言の「意見を聞く」にとどまり、「議論」に至らず、好事例が普遍化されないなど、地方自らが主体的に考え行動する姿勢や、ステークホルダーが一体となった取組、国の制度面での後押しが不十分だったのではないか

等が当たり前のように記されているし、当事者意識がなくデジタル田園都市関連の交付金まで含めて国費だけで60兆円も投下しながら、どこか他人事のような記載にとどまっている。

更に「当面は人口・生産年齢人口が減少するという事態を正面から受け止めた上で、人口規模が縮小しても経済成長し、社会を機能させる適応策を講じていく」としているが、これこそが地方創生で目指すところだったはずではないか。

WBSが映し出した「本末転倒」

この問題を考えるうえで、2024年2月にワールドビジネスサテライト(WBS)で放送された茨城県桜川市の事例を思い出す。

老朽化した道路の陥没があるという報告を受け、職員がヘルメットを手に外に現場に駆けつけ、先ほどまで事務作業をしていた職員が道路の舗装工事をしている。背景には人手不足・予算不足があるとのことだが、「財政が厳しいから」と職員が道普請をする姿は一見、危機意識を持って必死に対応しているように見えるかもしれない。
しかし、冷静に考えれば職員の人件費の方が圧倒的に高く専門性もないので、このような「その場を取り繕う」ことをやっていても道路は一時的な応急措置しかできず、まち全体のバランスシートは加速度的に悪化していく。
更に職員が「手探り状態で作業をしている」という専門性のない道路舗装工事に従事することでやるべき事務業務は滞り、本来業務であるはずの「自分のまちの未来を考え政策を立案・執行していく」リソースが喪失する。専門業者に発注した方が圧倒的に効率的・効果であるにもかかわらず、「やってます感」で職員・まちが疲弊していく。
これこそが「オママゴト行政」の典型例である。

オママゴト行政の病理

オママゴト行政には様々なパターンがある。

「市民の声」だけを立法事実とする思考回路・行動原理

ひとつは、市民ワークショップという名のお遊びだ。
「みんなの声を聞きました」という形を整えるために開催されるが、実際には財政制約や法的制約、技術的制約などの「リアル」を共有することなく、お花畑の議論に終始する。
「こんな施設があったらいいな」「子どもたちが楽しめる場所がほしい」──こうした声を「市民ニーズ」として計画に盛り込み、それをコンサルが先行事例を劣化コピーしてパッチワークによる基本構想を策定する。
更にそこに補助金・交付金・起債を可能な限りブチ込みイニシャルコストだけをかき集め、ヒューマンスケール/エリアスケールを逸脱した巨大なハコモノがまちの一等地に鎮座する。
結果として生まれるのは、市場性を無視した「民需なき官製都市」であり、それが何十年に渡りそのまちの経営に影響を与えていく。

北見市・大和市などが象徴的だが、全国各地で似たようなことが発生しており、上記noteにも記したとおり、これが税収が増加しているにも関わらず財政非常事態宣言・財政調整基金が枯渇する構図の一端である。

2023年8月の日本経済新聞朝刊で報じられた『民需なき「官製都市」広がる』という記事も同様の不都合な真実を表している。直近5年間の全国で行われた市街地再開発事業の約30%で国や自治体の補助金・交付金が使われただけでなく、建物の一部を行政が買い取ったり賃借していた(≒税金の二重適用)。例示された水戸市泉町1丁目の再開発では、総事業費31,200百万円のうち公的資金の割合が96%にも及んでいる。

このような経済合理性のないことが全国で繰り返されているから、「まちとしての持続可能性」が失われていくのであり、それは自業自得でしかない。

ノーリアリティのオママゴト

ふたつめは、ノーリアリティのシミュレーション(ゲーム)だ。
公共施設等総合管理計画や個別施設計画において、「40年間で施設面積を30%縮減します」といった数値目標が掲げられる。しかし、その実現可能性について真剣に検討されること・そこに向かって具体的なプロジェクトが位置づけられることは稀だ。「計画を策定しました」という成果が求められ、計画を策定すること自体が目的化してしまう。

さいたま市_公共施設マネジメントの実態_筆者資料

総務省やコンサルが公共施設マネジメントの先進自治体として位置付けるさいたま市に代表されるように、施設面積の縮減を目標に掲げながらも、この数年間で施設面積が増加している自治体が非常に多い。横手市のように施設面積をかなり削減している自治体も一部では存在しているが、面積を減らしてもそれ以上に人口減少・流出やまちなかの衰退のスピードのほうが圧倒的に早く、根本的な解決には全く繋がっていない。

ザ・公共施設マネジメントのリアリティのなさ_筆者資料

もちろん、若いリソースを(無駄に)使って啓発マンガを作っている場合でもない。
先日、この話をセミナーでしたところ、ある自治体の担当者から「うちのまちは職員が自前でマンガを作っているので若いリソースは使っていない、総論だけでなく実際の集約した事例等もお知らせしている」との意見が出された。その自治体の実態を見てみれば、40年で50%の公共施設の総量縮減を目指しながら現在までの削減率は0%。だからこそ、こうしたマンガの世界に浸っているのではなく、目の前にあること・できることから自分たちらしくプロジェクトを進めていく必要がある。

空中戦の有識者委員会

3点目は、アリバイづくりの有識者委員会だ。「専門家のお墨付きをもらいました」という形式を整えるために設置されるが、実際には行政があらかじめ決めたシナリオを追認するだけの場となっている。委員には行政お抱えの学識経験者が並び、ビジネスベースでプロジェクトの質を見極められる人材は含まれていないことが多い。自分の言葉で言うのが嫌だから、有識者委員会を挟もうとするにすぎない。

こうしたオママゴト行政は、ここでは公共施設マネジメントに関連したことを中心に記載したが、あらゆる分野で同じことが起きているだろう。
行政の職員・組織としての貴重な時間と労力、更には貴重な税金を浪費し、本質的な課題解決を先送りにし続けてきた。そして今、「10年後には自治体回らず」という現実が突きつけられている。

「やってます行政」と依存症の構造

オママゴト行政と表裏一体なのが「やってます行政」だ。

イニシャルコストはなんとかなってしまう

補助金・交付金・起債(特別交付税措置も含む)への依存──結局、自治体がやってきたことはこれしかない。「国がお金をつけてくれるから」「補助金が使えるから」という理由でプロジェクトが立ち上がり、「いかにお金を取るか」しか考えず、経営的な視点が欠如していた。

前述のとおり地方創生では国費だけで60兆円もの税金が投下されたが、目指していたはずの東京一極集中の是正や、少子・高齢化対策等が全然進むことはなかった。むしろそれらの課題が加速してしまった。では、その60兆円がどこに消えたのか──コンサルやベンダーに流れてしまった。自治体が喰い物にされた10年間だった。

主体性の喪失

この構造は麻薬依存に似ている。

象徴的なのが、国交省が打ち出した下水道分野のPPP/PFI相談窓口設置の話だ。国交省は下水道についてPPP/PFIの相談窓口を作ることを社会資本整備総合交付金の交付要件にすると発表した。見事なことに、ほぼ全ての自治体が「あっという間」に一言一句違わぬPPP/PFIの相談窓口のホームページを作った。
もう自分たちで考える頭、思考回路なんかなくなってしまっている。民間と連携するためにPPP/PFIの相談窓口を作っているのではなく、交付金の交付要件のための相談窓口でしかない。仕方ないから(≒社会資本整備総合交付金の交付要件のために)ホームページを作っているだけだ。まさに依存症である。何のためにやっているかが全然なくなってしまっているし、このような主体性のなさで自治体経営などできるはずもない。

もちろん自治体にも問題はあるが、このように地方創生や地方分権と言いながら、中央集権・画一的・仕様発注で金太郎飴のような指針・手続き・手段を講じている(そのような昭和100年の思考回路・行動原理で自治体をグリップしようとする)国にも問題はある。

環境分野でも

総務省_令和8年度地方財政対策のポイント及び概要

更に今回、LED化・EV導入等にも交付税措置などが決まったようだ。しかし、このような安易な財政措置によって自治体が更に考えない・コンサルに安易に丸投げ委託する・税金が有効に活用されない悪循環に陥っている。

EV車も短絡的に上記の地方財政措置を使わなくとも、例えば上記記事のように(市主催のイベント等を活用した)環境への啓発等の名目で民間事業者と連携することである程度の台数を調達し、同時に企業にとっても有効な広告宣伝費として活用できる可能性がある。

既存施設の空調・照明の改修であれば、シェアードセイビングズ型のESCOでやった方が、経済合理性にフォーカスを置いた仕組みであることからダウンサイジング・エネルギーの削減保証といった他の手法では得られない効果が付随し、圧倒的に効率的なはずだ。

流山市_デザインビルド型小規模バルクESCO_筆者資料

流山市では、市役所本庁舎や図書・博物館など大きな施設に、採算が厳しい小さな集会施設5つを抱き合わせて、7施設1本の「バルクESCO」を実施した。民間から見て採算性の良い施設と悪い施設を組み合わせることで、事業として成立させたのだ。更に、民間事業者が適正な利益を上げられるよう、行政が一部を補填する「小規模補正」も導入した。結果として、180百万円投資して260百万円分のコスト削減効果を契約で保証され、差し引き80百万円の利益を得ながら最新の照明・空調が全部手に入った。

こうした工夫ができるはずなのに、「補助金があるから」「交付税措置があるから」という理由で思考停止し、最適な手法を検討することすらしない。まさに「やってます行政」の典型である。

コアコンピタンス経営へのシフト

現実を直視する

では、どうすればよいのか。
これで完全にこの問題が解決するわけではないが、まずは行政が自ら全てを抱えようとすること自体が無理ゲーであることを認識して、今までのやり方を止めることが第一歩(必要条件)である。

https://www.jfma.or.jp/award/18/pdf/paneldata03.pdf

墨田区_包括設計業務委託

包括施設管理業務によってビルメンテナンスやインフラ管理をアウトソーシングする。窓口業務等を民間委託する。墨田区等では営繕業務もアウトソーシングしている。
「そうしたこと(行政事務をアウトソーシング)をすると専門性がなくなる」という反論が必ず出るが、それは昭和100年の思考回路・行動原理でしかない。
そもそも、現在の自治体職員にどれだけの専門性があるのか。桜川市の事例が示したように、「手探り状態で作業をしている」のが現実だろう。3年程度で異動を繰り返す人事システムの中で、深い専門性を蓄積することなど不可能に近い。
仮に行政(の職員)がそうした「生業」として当該業務を行なっている民間事業者と同等のノウハウ・知見・スキルを持っているとすれば、その職員は民間企業に転職した方たよい。(行政の限られた範囲で)民間と同等の能力が得られるのであれば、それを本業にした方が社会のためにも役に立つ。

そもそも職員はビルメンテナンス・営繕業務(の数量拾いや内訳書の作成)・草刈り・道路の補修等をするために存在するわけではない。

コアコンピタンス経営

民間企業の経営を見てほしい。世の中のまともな企業は「選択と集中」「コアコンピタンス経営」という言葉を当たり前のように使っている。自社の強みに経営資源を集中し、それ以外はアウトソーシングする。これが現代のビジネスにおける常識だ。

JETRO資料

例えばAppleのサプライヤーは(正式な数は不明だが)200社以上に及ぶと言われている。それら全体をAppleがマネジメントして1台のiPhoneやMacBookを世に出しているのである。

行政も同様に、コアコンピタンス経営にシフトすることが求められているはずだ。
行政のコアコンピタンスとは、法令や権限の行使・規制緩和、政策判断、そして地域コンテンツ・プレーヤーとの関係構築等、まとめて言えば与えられた権能・リソースをフルに駆使しして「まち全体をマネジメントすること」であり、民間には絶対にできない行政固有の機能である。

テクニカルな問題は民間事業者と連携して解決すればよい。(上記の記事は公務員時代のかなり古いものであるが、まさに今回の問題に直結する。)
ビルメンテナンスのプロ、インフラ管理のプロ、ITのプロ、それぞれの分野で専門性を持つ民間事業者とビジネスベースで連携することで、より高い品質のサービスを、より効率的に提供することができる。
それこそがPPP/PFIである。

包括施設管理業務の可能性

コアコンピタンス経営へのシフトを象徴する、あるいは第一歩となるのが包括施設管理業務だ。
庁舎の電気工作物や学校の消防設備などの複数施設の保守点検業務を包括委託するこの手法は、ここ数年で急速に広がりを見せている。
しかし、(ここでは割愛するが、単に国の推奨するウォーターPPPのようにほぼ仕様発注で国のマニュアルに沿って)「包括委託すればよい」わけではない。自分たちでそのまちらしく組み上げていくことが重要である。
詳細は上記noteを参照してほしいが、湖西市では500千円/件未満の修繕を業務範囲に含みつつ、所管課に裁量で執行できる少額の修繕予算を残す。明石市ではマネジメントフィーなど見かけ上の契約額の上昇分を、1,300千円/未満の修繕費(2025年現在は5,000千円/年に拡大)を全て内包することでカバー。沼田市では、商業施設をリノベーションした市庁舎(TERRACE沼田)の総合管理を公募する際に「民間事業者から包括委託したほうが効率的になる施設を提案してもらい、市との合意が得られた施設を包括委託する」方式をとり、約140施設の包括に至る。
これらに代表されるように、それぞれの自治体が自分たちの課題・ポテンシャル・リソース等をきちんと把握していれば、自ずと形は変わってくる。
インフラについても柏市の下水道管路包括委託のように、下水道の何らかの異常に伴う道路の陥没事故数を一定の数値以下にすることをKPIに設定し、このKPIさえ満たせば詳細は民間ノウハウに委ねる本物の性能発注の事例も存在している。
包括施設管理業務ひとつを考えてみても、これだけ自治体によって工夫できることが存在する。「マネジメントフィーガー」「予算の一本化ガー」「地元業者ガー」「議会ガー」などの低いレベルで導入可否を検討している場合ではない。

財産処分の制限撤廃

岡崎正信氏のnote

紫波町のオガール・プロジェクトで知られる岡崎正信氏がnoteで興味深い提案をしている。

公共施設を持たずに民間から借りる、SPCで経営する。国も補助金ではなく出資にする(補助金をエクイティ化する)。まさにそのとおりだと思う。

財産処分の課題

https://www.cao.go.jp/bunken-suishin/teianbosyu/doc/r03/tb_r3fu_11mext_182_193_1.pdf

(財産の処分の制限)
第二十二条 補助事業者等は、補助事業等により取得し、又は効用の増加した政令で定める財産を、各省各庁の長の承認を受けないで、補助金等の交付の目的に反して使用し、譲渡し、交換し、貸し付け、又は担保に供してはならない。ただし、政令で定める場合は、この限りでない。

補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律

現行の仕組みでは、補助金を受けて整備した公共施設には様々な制約がかかる。財産処分(貸付・譲渡・売却)にも制限が付いている。

財産処分の制限_包括承認制_筆者資料
財産処分の制限_地域再生計画_筆者資料

確かに、財産処分の手続きは包括承認制の導入により一定の緩和は進んでおり、10年未満でも地域再生計画で返還不要にすることはできる。しかし、結局のところ財産処分には常に制限が付きまとうことは間違いない。

補助金・交付金を入れるべきプロジェクトとは

この制限の発想・仕組み自体を根本的に変えることを考える必要があるのではないだろうか。
補助金を何らかの形で活用して実施したプロジェクトにおける公共資産が「市場単価(以上)で市場に流せる」、財産処分できるということは、そのプロジェクトが、そのまちの経営・エリア価値の向上に寄与していることと同義である。
民間が「この不動産を買いたい」「借りたい」と思うことは、そこに市場価値があり、まちにとって意味のある不動産だと市場が認めていることに他ならない。
本来はそうしたプロジェクトであることが、貴重な税金を補助金・交付金として活用することの意義であるはずだ。

逆に膨大な補助金・交付金・起債や一般財源に依存しても誰も欲しがらない公共施設は墓標としてまちなかに鎮座し続け、何十年にもわたって維持管理費を垂れ流し、エリア価値を下落させていく。その敷地を民間事業者が保有して何らかのビジネスをしていれば入ってきたはずの固定資産税・法人税・都市計画税等の歳入も消失し、相当の機会損失に直結する。
これこそが本当の意味での税金の無駄遣いではないか。

発想の転換

このような視点で考えると、「市場価値のある不動産は財産処分の制限をなくし」、むしろ積極的に財産処分を行うことで行政・民間の境界を曖昧にしてまちとリンクさせていく。そして、そこから生まれる経済活動がまちの活力になっていく。
一方で、誰も欲しがらない公共施設こそまちにとってマイナスにしかならないので補助金返還を求めるべきだ。「まちの価値を高めなかった」ことへの責任を問うべきである。

このようなルールとすれば、安易に「イニシャルコストの充当のため」に補助金・交付金を活用することがなくなってくるはずだ。同時に(本来は行政が自分たちでどのようなプロジェクトにするのかは市場と対話しながら作り上げていくべきだが、)丸投げコンサルによる事業手法比較表・VFMなどは世の中からなくなっていくだろう。
同時に、表層的に先行事例をパクる劣化コピーや仕様発注の短絡的なハコモノ事業も撲滅していけるかもしれない。
(仮にコンサルへアドバイザリー業務を委託した場合でも、「補助金返還が必要になった場合には、当該委託費を返還すること」等の附帯条件をつけて契約すれば、相当の緊張感が働くことになるだろう。)

まちの価値を高めるからこそ貴重な税金を使う意味がある

「補助金を受けたから処分できない」という旧来型の発想ではなく、「まちの価値を高めているかどうか」で補助金の採否を判断する。
この転換ができれば、公共施設は「負債」から「資産」へと変わり得る。負債の資産化・まちの再編・まちの新陳代謝へ繋がっていく。それこそが本来の目指すべき方向性だ。

岡崎氏の提案する「SPCで経営する」というスキームは、まさにこの発想を制度として具現化するものだ。公共施設を行政が「持つ」のではなく、(SPCという)民間の器で「経営する」。
行政が補助金で施設整備を後押しするのではなく、出資者として(国も補助金・交付金ではなく出資として)リスクを共有しながらリターンも享受する。これこそが真のPPP/PFIであり、まちの経営であると考えられる。

事業パートナー方式という選択肢

この発想と親和性が高いのが「事業パートナー方式」だ。

事業パートナー方式_筆者資料

従来のPPP/PFIでは、(行政が市民ワークショップ等で集めた「要望」を)コンサルが可能性調査・アドバイザリー業務の中で要求水準書としてまとめて、そこから初めて公募がかかることになる。つまり、公募に至るまでに多少サウンディング等の手続きがあるにしろ、実際にプロジェクトを行う「事業者不在」のまま全体像が決まってしまう。机上で算出したVFMもそれがいいだろうと勝手に想定した事業手法も、一緒に走るパートナーが算定・同意したものではない。
しかし事業パートナー方式では、まず「誰と一緒に走るか」を決める。基本計画を作るのは実際に事業をやる民間事業者で、行政との話し合いの中で作成していく。だから経営的に回らないような計画は絶対作らない。資金調達の方法論も行政との話し合いの中で決めていくから圧倒的にリアルなものができる。

兵庫県宍粟市の事例が象徴的だ。このまちの水道事業は企業債残高対事業規模比率が約2800%で、もう事業としてはとてもではないが成立していない規模になっている。経費回収率も84%にとどまっており、料金収入だけでは費用を賄いきれず、一般会計からの繰り入れに依存した体質であった。

このような状況下でも、浄水場の更新はしなければならない。でも浄水場をそのまま改築することはできないし、国の言っている短絡的・仕様発注のウォーターPPPだけでもなんともならない。

そこで宍粟市は、浄水場を更新するにあたって単純に更新するのではなく、現在の経営状態が非常に悪い状況を少しでも改善する新しい浄水場の形を民間事業者から提案してもらうことにした。実際にそれを宍粟市と一緒に事業化していく。基本計画・基本構想・アドバイザリー業務等は一切業務委託を出していない。直接、一緒にやる民間事業者を公募し、電源開発株式会社を事業パートナーとして選定している。

事業パートナー方式とは、中間の媒介になるコンサル・学識経験者・評論家等、余計なファクターを全部排除し行政と事業者というシンプルな構成にしているだけだ。実際の現場でも重要なのは、行政と実際に事業を行う民間のパートナーでしかない。事業者と一緒に、目の前にある状況・リソースに応じたオーダーメイド型のプロジェクトを構築して回していく。
そのような原点に立ち返れば、こういう方法論になってくる。

AIがあるのになんちゃってDX

AIの脅威的な進歩

ここ1〜2年でChatGPTをはじめとする生成AIの登場により、日常業務のかなりの部分が代替可能になってきている。私自身、このnoteを書く過程でも(最近はChatGPTが頼りないので)Claudeを道具として活用している。
情報の整理、論点の確認、文章の推敲──かつては数時間かかっていた作業が、格段に効率化できるようになった。少なくとも草稿を作ることや膨大なデータ・既存の原稿から必要な部分を抜粋するのに非常に役に立っている。

行政の現場の実態

Word職人による1文字1セル文化orz
Excel職人

総務省をはじめ、国全体で、更には個々の地方公共団体でもDXの推進に取り組んでいるはずだが、いまだに見積書にすら押印・郵送を求めてきたり、Word、Excel職人による謎のフォーマットに1セル1文字を入力させるものも脈々と生き残っている。
こうしたものを変えようとしないのにDXなどあり得ないし、こんな非生産的なことをやっているようでは「10年後に自治体回らず」になって当然である。(というか、このようなことをやっている時点で既に回っていない。)

ウォーターPPPのレベル3.5であれば

国土交通省_ウォーターPPPの概要

https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/content/001883967.pdf

国交省のウォーターPPPについても同様である。
「下水道分野におけるウォーターPPP ガイドライン第 2.0 版」は非常に画一的にできている。
ある支援させていた自治体(県庁所在地)でウォーターPPPの導入について相談があったことから、色々と状況を聞いてみると「データベースは既に確立している・やりたい範囲も明確になっている・今回は国の指針どおりの範囲で構わない」等となっていた。(もちろん本来はもっと自分たちらしく考えていく必要があるのだが。。。)
そして、多くのコンサルが営業に来ていることからアドバイザリー業務の予算を60,000千円程度確保する予定だという。
「そこまでできている・自分たちでもそれなりのスキルがありそうなのだから、自前でできると思うんですけど、コンサルには何を委託するんですか?」と素朴な疑問を投げたところ「サウンディングの実施支援と最終的な要求水準書の取りまとめ」だとのこと。

試しにその場でChatGPTで「国交省のガイドラインに沿って〇〇市の実情と関連する設備のデータをプロンプトに打ち込んで、実施方針・要求水準書の作成」をプロンプトに打ち込んでみたら、あっという間にほぼそれっぽいものができた。「はい、60,000千円ください」──そういうことでしかない。
つまり、今まで多くの自治体がコンサルに数千万円を支払って委託していた業務の多くは、AIを活用することで職員自身が対応可能になりつつある。
そして、このようなことで貴重な税金を群がるコンサルに垂れ流しているようでは、同様に「10年後には自治体回らず」であるし、既に回っていない。

シンギュラリティ時代に

シンギュラリティ(Singularity)とは、一般的に「技術的特異点」と言われ、「自律的なAI(人工知能)が自己フィードバックで改善を繰り返し、人間の知能を超える瞬間が訪れるという仮説」 を指します。数学や物理学で「特異点」は通常の法則が通用しなくなる点を意味しますが、技術分野においては、人間の理解や予測を超えた技術的な変革が起こる状態 を表します。

ソフトバンク_シンギュラリティとは? いつ起こるのか、今後どうなるのかを分かりやすく解説

AIが爆発的なスピードで日常生活や自治体経営に関与するようになり、もう少し遠い将来だと思っていたシンギュラリティは、(コロナで一気に加速したと言われているが)目の前にきている。
これからの自治体経営は、コアコンピタンス経営として前述のアウトソーシング・PPP/PFIによる有機的なネットワーク・シンギュラリティを前提に考えていかなければいけない。

AIは万能ではないし、AIに頼ってはいけないことがある。
「自分たちのまちをどうしたいのか」「どのような未来を描くのか」──こうしたビジョンの策定は、AIには絶対にできないしやらせてはいけない。
もちろんコンサルに丸投げ・責任を取らない有識者委員会・こうあったらいいなのお花畑市民ワークショップの昭和100年の世界でもいけない。
AIはあくまでツールであり、意思決定の主体は人間でなければならない。そして、その分野こそ行政が担うべきである。

しかし逆に言えば、AIによって定型的な業務が効率化される分、(更には民間コンテンツ・ビジネスモデルとの有機的なネットワークによって)職員はより創造的な仕事に時間を中心としたリソースを振り向けることができるはずだ。地域のプレーヤーとの対話、現場での課題発見、新しいプロジェクトの構想──これらこそが人間にしかできない仕事であり、まさにコアコンピタンス経営である。

先述の(リアリティは別として)「自治体戦略2040構想研究会」報告書でも、破壊的技術を積極的に活用して自動化・省力化を図り、より少ない職員で効率的に事務を処理する体制の構築が欠かせないと指摘されている。
AIの進歩は、まさにこの指摘を現実のものにしつつある。

問題は、この変化を「脅威」と捉えるか「機会」と捉えるかだ。「AIに仕事を奪われる」と恐れ、変化を拒否する自治体は確実に取り残される。一方、AIを積極的に活用し、職員をより創造的な業務に振り向ける自治体は、限られた人的資源で高い成果を上げることができるだろう。
この論理は前述の民間と連携したら(アウトソーシングしたら)技術力がなくなると短絡的に盲信する論理と同様である。

まちとしての総力戦

「誰か」だけでは太刀打ちできない世界

もはや行政とか民間とかPPPとか言っている余裕は、全国のどこにもない。これがPPP入門講座でも取り上げた全体のテーマであり、まちみらいの一貫したメッセージである。

「10年後には自治体回らず」──この危機を乗り越えるためには、まちとしての総力戦が求められる。
行政だけでは無理だ。民間だけでも無理だ。地域コンテンツ・プレーヤーと連携し、まち全体で課題に立ち向かう。

そのとき、行政に求められるのは「全てを抱え込む」ことではない。「つなぐ」こと、「場を設定する」こと、「ルールを緩和する」こと。プラットフォーム・ビルダーとしての行政。それこそが、これからの自治体に求められる姿だ。

スタジアムシティのエピソード

長崎市のスタジアムシティはジャパネットのグループが三菱造船の工場跡地に100,000百万円を投資し、試合のない日もスタジアムを開放する先進的な施設を創り上げた。23:00まで客席、コンコース・客席やスタジアム内の施設でご飯を食べたり仕事をしたりできる。フードホールもずっと開いていて、ここで醸造されたクラフトビールも飲める。そして、誰かに依存することなく、ジャパネットグループがホテルの経営まで担っている。まさに地域コンテンツ・地域プレーヤーによる素晴らしいプロジェクトであり、何度か宿泊したが、かなりのお気に入りスポットである。

これに対して長崎市の職員は何と言ったか。「これは民間のプロジェクトです」と言い放った。
そうではない。ジャパネットが長崎県や長崎市の支援なしに100,000百万円の投資を行い、造船所の跡地を活用してエリア・長崎市の価値を爆増させるプロジェクトを創出してくれた。
長崎市・長崎県がやるべきは、このプロジェクトの価値を200,000〜300,000百万円に引き上げることだ。民間がやっている経済活動の輪をいかに大きくしていけるか。それが行政に問われている。

民間のクリエイティブなビジネスモデルに行政がフリーライドするのではなく、そのビジネスを更に発展させるために行政が何をできるか。規制緩和、インフラ整備、プロモーション支援──やれることはいくらでもある。

こうしたことも「10年後に自治体を回す」ための必要なことであろう。

長期スパンで考える

NIPPONIA

日本の人口推移

「10年後には自治体が成り立たなくなる」という言い方は正確ではない。より正確には、「旧来型の行政のやり方のままだとデッドラインを超える」のである。自治体そのものが消滅するわけではなく「行政が成立しない」だけである。
変わらなければならないのは「行政のやり方」であり、それは同時に「変わることで持続可能性があるかもしれない」ことを意味している。

古民家を活用した地域再生事業「NIPPONIA」を全国で展開する株式会社NOTE代表取締役社長の藤原岳史氏は、人口減少局面において狙うべきターゲットについて興味深い視座を示している。
「なぜ明治時代より前かと言うと、ちょうど江戸時代から明治時代に変わる頃、日本の人口は30,000千人だったんです」──国土交通白書によれば、わが国の人口は江戸時代末期には約34,000千人程度であった。1874年に35,000千人に達し、その後急増して明治の終わる1912年には50,000千人を超え、1967年に100,000千人を突破した。つまり、わずか100年で人口は3倍になったのである。

人口30,000千人の時代に「まち」として成立していた場所には、その土地固有の文化やアイデンティティの源泉がある。戦国時代や江戸時代の歴史やルーツがそこに刻まれている。
人口減少局面とは、その記憶を持つ場所への「回帰」の可能性でもある。「2050年には人口がピークの1/4ほど減るといわれていますが、江戸時代に30,000千人だったのだから、そこまで減っても豊かに暮らせるのではないか」という仮説だ。
問題は「減ること」ではなく「どう減らすか」、「減った世界で何を創出してくか・どのような暮らしをしていくのか」にある。人口が増えた時代の価値観で減らせば大切なものがなくなってしまうが、いい塩梅で人が住んでいた時代に合わせた減らし方をすれば、文化やアイデンティティも残せるはずだ──これがNIPPONIAの思想的基盤である。

風の谷

さらに長いスパンで考える必要性を説いているのが、ベストセラー『イシューからはじめよ』『シン・ニホン』で知られる安宅和人氏の『「風の谷」という希望──残すに値する未来をつくる』(英治出版、2025年7月刊行、全984ページ)だ。安宅氏は慶應義塾大学環境情報学部教授・LINEヤフー株式会社シニアストラテジストであり、2017年より「風の谷をつくる」プロジェクトを主導している。

本書のあとがきには「200年の祈りを込めて」と添えられている。安宅氏は「100年後、200年後に残すに値する未来を創るべく」活動を推進しており、その時間軸は通常の政策議論とは桁が違う。

本書で示されている重要な洞察は「森の再生には100年単位の時間がかかる。インフラの再整備には数十年が必要。文化の創造と定着には少なくとも3世代(100年)を要する。」
この時間軸の壮大さを認識し、短期的な成果を求めないこと。「風の谷」は5年や10年で完成するプロジェクトではない。数十年では到底終わらない「運動」なのである。

安宅氏は国土交通省のインタビューでこう語っている。「まちや都市は数百年から1000年のライフサイクルがあるのにも関わらず、今の舵取りと議論は時間軸が短すぎます」と。100年後、200年後に向けてどのような空間を残していくべきなのかを考え、現実的にそれを実現する方向性を見定めることが第一であるとも語っている。
つまり、直近の10年間だけの、旧来型行政の思考回路・行動原理を前提とした近視眼的な対処療法では、本質的な解決にはならない。
求められているのは、もっとドラスティックで長期的なスパンを見据えた転換である。
「自治体戦略2040構想研究会」が2018年に警鐘を鳴らしてから7年。今、私たちは2040年まであと15年という地点に立っている。そのうち10年を「対症療法」に費やすのか、それとも「100年後を見据えた転換」の第一歩を踏み出すのか。その選択が、いま、すべての自治体に問われている。

もちろん100年後を見据えることは「今は何もしない」ことと同義ではない。それはザ・公共施設マネジメントにおける「40年で40%の公共施設保有量の縮減」と同様のノーリアリティ・現実逃避でしかない。

100年後を見据えながら、「今できること・やらなければいけないこと」を確実にやっていく。それこそが求められていることだろう。

川南町の挑戦

中学校の統廃合を巡って

本noteの最後に、2025年度から支援させていただいている川南町の取り組みを紹介する。
人口約15,000人、宮崎県のほぼ中央に位置する小さな町で財政的に余裕があるわけでもなく、立地条件が特別に恵まれているわけでもない。中学校の統廃合を巡って町長辞職・リコールによる議会解散等の複雑な経緯も経験してきたまちだ。

自分たちらしく・できることを

川南町_検討の様子

このまちでは町長はじめ幹部職・担当職員が「自分たちらしく・できること・やらなければいけないこと」に向き合い頑張っている。
まちみらい流の「敢えて集まる」方法論で、各課が課題ややりたいことを持ち寄り、様々なプロジェクトを検討している。

包括施設管理業務は、遅くなると民間事業者の取り手が枯渇すること、少しでも早くスタートしてコアコンピタンス経営への第一歩にすることを重視して、可能な限りスケジュールを前倒し、本格的な検討からわずか8ヶ月、2025年12月に債務負担行為の設定及び公募の開始に至っている。この間に2期にわたるサウンディングや議会説明等も丁寧に実施し、業務期間を5.5年に設定するなどの工夫も凝らしている。
当たり前だが、これもコンサルに丸投げして「やってもらう」のではなく、職員自身が要求水準書の作成・サウンディング・関係者との調整を全て担っている。

伊倉浜自然公園および付属施設についてもサウンディング、トライアル・サウンディングを行なっているが、これも役場で待っているのではなく、自分たちの創りたい世界をビジョン・コンテンツ(・与条件)等をまとめながら、徹底的な営業を行っている。
※こちらについても近日中に新しいフェーズへ移行予定

https://www.town.kawaminami.miyazaki.jp/uploaded/attachment/3374.pdf

長年の懸案だった中学校の移転統合についても、基本計画が議会で承認された。ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。地域住民との対話を重ね、様々な意見にも真摯に向き合い、丁寧に合意形成を図ってきた。

近い将来にもいろんなプロジェクトがリリースされる予定だ。

川南町はこうした取り組みができるのか。それは「自分たちで何とかしなければならない」という危機感が町長・副町長・教育長をはじめ組織全体で共有されているからだ。
そして、町長から担当者まで非常に心理的・物理的な距離感が近く、率直に物を言い合える空気感が漂っている。

川南町_最終報告会の様子

12月に実施した本年度の最終報告会(※業務としてはまだ続くが、関係者のスケジュールの都合で報告会を先行実施)では、これまで検討してきた内容と今後の方向性を町長・副町長・教育長と全管理職向けに報告するとともに、その場でもディスカッションを実施している。

補助金や交付金に依存するのではなく、コンサルに丸投げするのでもなく、自分たちの頭で考え、自分たちの手で動く。その姿勢が徹底されている。

ちなみに川南町はまちみらいが実施した2025年度PPP入門講座への参加者数が職員・議員ともに全国最多であり、こうした面でも真剣な姿勢が伺える。

冒頭の「10年後には自治体回らず」と言っている国も、表面的に体裁の良い計画を作ったり、国にペコペコしたりする自治体ではなく、こうした真剣に現実に向き合い・学び・自分たちの未来を考えられる・動こうとする自治体にこそサポートすべきであろう。

可能性はどこにもあるはず・どこかにあるはず

可能性はどんなまちにも必ずある。

「10年後には自治体回らず」の実態が難しいことは間違いない。
しかし、その可能性に賭けられる人・まちこそが「生き残る自治体」になっていく。そのために必要なことは決してテクニカルなことではない。覚悟・決断・行動──この三つだけだ。

まちみらいの姿勢・業務スタイルは一貫している。他のコンサルとは異なり「一文字も字を書かない」。計画書や提案書を行政になり代わって作成するのではなく、現場に入り込み、自治体職員と共に徹底的にディスカッションする。試行錯誤を繰り返す。伴走支援の目的は外部依存から脱却し、「自分たちで創る」力を取り戻す・思い出す・増強していくことにある。

手を止めていることが一番もったいない。

プロなので、手を動かして結果を出すことが全てだ。どんなに多くのことを学んでも、どれだけ知識があっても、3次元の世界でやらない限り全く価値は出てこない。想定どおりに一発でハマることがあればそれは幸せだが、そんな簡単にはいかない。残念だが、やはり試行錯誤していくしかない。

だから、まずは動き始めよう。将来を見据えて、できることから、小さなことから。昭和100年の世界の人たちでつまづいている場合ではない。

その一歩が、まちの未来を切り拓く。

お知らせ

2025年度PPP入門講座記録集

過去最高の544名(入門講座終了時点)のお申し込みをいただいた2025年度のPPP入門講座。せっかくなので音声データを文字に起こして文章として読める状態に整理し、AmazonのKindle版・ペーパーバック版として販売(2025.12.21発売)をしています。
全18コマ=60分×3コマ×6日のうち、ゲスト講師分の1コマを除いた全17コマの議事録を取りまとめた記録集です。
公共施設を取り巻く本当の背景から、教科書型のザ・公共施設マネジメントやザ・PPP/PFIではなぜ立ち行かないのか、指定管理者制度が実は非常に柔軟な方法論であること、随意契約保証型の民間提案制度の可能性、今後のPPP/PFIの主流になるであろう事業パートナー方式、更にはいくつかの自治体で見えてきたNext PPP/PFIの世界。
PFI法とは何か?事業手法比較表やVFMの算定といったこととは一線を画す、合同会社まちみらいの社是である「現場重視・実践至上主義」に基づく内容となっています。
延べ約410,000字に及ぶ膨大なボリュームとなっています。
2025年現在のPPP/PFIの立ち位置と様々な自治体・民間事業者の生き方が見える一冊となっています。

PPP/PFI実践コラム集:デッドストック編

こちらもAmazonのKindle版・ペーパーバック版PPP/PFIや公共施設マネジメントの実務・実践に特化したコラム集。
本著は、まちみらいの社是である「現場重視・実践至上主義」の考え方と豊富な実践経験に基づいたコラム集であり、VFM、事業手法比較表等の教科書的な話は一切排除し、「どのように非合理的な行政を取り巻く社会」でプロジェクトを構築・実践していくのか、理念や理想論ではなく、経験知に基づいたヒント集である。
まちみらい公式noteや各種執筆等で記した内容も、2025年現在にリライトするとともに、そこでは書ききれなかった多様な想いを散りばめたデッドストック集。
「覚悟・決断・行動」、求められているのは決してテクニカルなことではありません。
プロとしてどう生きていくのか、行政職員はもとより、民間事業者の皆さまや、自分のまちで何かしたい市民の皆さまにもオススメです。

2026年度見積受付中

現在、2026年度のまちみらいとしてのアドバイザー業務・個別案件等の見積を受付中です。
受託できる数には物理的な制約がありますので
・既契約のところ
・早くお問い合わせをいただいたところ
・モリモリパックで検討いただけるところ
・やる気のあるところ
から順に対応させていただきます。

ぜひお気軽にお問い合わせを。

2025年度PPP入門講座

約10年間にわたって毎年定期的に実施してきたPPP入門講座。
本年度も2025年6月27日まで全6回、会場・オンライン合わせて過去最高の533名(終了時)にご参加いただき大変ご好評をいただきました。
全6回(各回_60分×3コマ)にわたって、弊社の基本理念である「現場重視・実践至上主義」に基づいた生々しいリアルな姿を事例を通じて学んでいくものですが、教科書的な「PFI法に基づくPFIとは」「VFMの算定方法」「事業手法比較表」等の話は一切ありません。
最近、類似の「PPP入門編」のセミナー・勉強会があちこちで開かれているようですが、それらとは一線を画す超オリジナリティ溢れたものになっています。
今回は更に内容をブラッシュアップして、能登地震・八潮市の道路陥没事故・Next PPP/PFIや事業パートナー方式なども交えながらPPP/PFIを解説しています。
来年度の開催時まではアーカイブ配信をご覧いただけますので、今からでもぜひお申し込みください。

※詳細はリンク「まちみらい公式HP」をご覧ください。

noteプレミアムへの移行

2025年1月からまちみらい公式noteは「noteプレミアム」に移行しました。(単純に今まで知らなかっただけ。。。)
noteにコメントも受け付けています。双方向型になっていけるようコメントにはレスを入れていきます。記事の「いいね!」も積極的にお願いします。
また、最下段にあるように「投げ銭」は絶賛募集中ですw

実践!PPP/PFIを成功させる本

2023年11月17日に2冊目の単著「実践!PPP/PFIを成功させる本」が出版されました。「実践に特化した内容・コラム形式・読み切れるボリューム」の書籍となっています。ぜひご購入ください。

PPP/PFIに取り組むときに最初に読む本

2021年に発売した初の単著。2025年5月現在7刷となっており、多くの方に読んでいただいています。「実践!PPP/PFIを成功させる本」と合わせて読んでいただくとより理解が深まります。

まちみらい案内

まちみらいでは現場重視・実践至上主義を掲げ自治体の公共施設マネジメント、PPP/PFI、自治体経営、まちづくりのサポートや民間事業者のプロジェクト構築支援などを行っています。
現在、2026年度以降の業務の見積依頼受付中です。

投げ銭募集中

まちみらい公式note、世の中の流れに乗ってサブスク型や単発の有料化も選択肢となりますが、せっかく多くの方にご覧いただき、様々な反応もいただいてますので、無料をできる限り継続していきたいと思います。
https://www.help-note.com/hc/ja/articles/360009035473-記事をサポートする
そんななかで「投げ銭」については大歓迎ですので、「いいね」と感じていただいたら積極的に「投げ銭」をお願いします。


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