【第一弾】「公共施設は民間から借りろ」——地方銀行協会副会長との面談で確信した、日本の公民連携の次の一手
東北銀行の頭取が、全国地方銀行協会の副会長を連れて私の事務所に来られた。
たった一時間。だが、妙な言い方をすれば“濃度”が尋常じゃなかった。
副会長は財務省の出身。いわば、霞が関の「脳みそ」を長年動かしてきた人物だ。
その方が、私が話す言葉を一つも取りこぼさないように、まるで「次の一手」を探す棋士のような目で聞いていた。
一通り、オガールの説明をしてから、私は思っている事を言った。
「公共施設は、全部、民間不動産から借りればいいんです」
そう伝えると、副会長の眉がぴくりと動いた。興味を抱いた合図かな、、笑
これは挑発でも夢物語でもない。
現場で修羅場を歩いてきた者としての、極めて実務的で、極めて合理的な提案である。
そして、全国の自治体が抱えている「公共施設問題」の本質をぶった斬るものだ。
公共施設の“真の問題”はいつも一つだけだ
世の中にある公共施設の問題は、実は複雑でも難解でもない。
どこの自治体でも、必ず、たった一つに集約される。
「維持する金がない」
これだけだ。
これ以上でも、これ以下でもない。
建設費が高い?
利用者が減っている?
人口が減っている?
施設が老朽化している?
全部、最後は「維持費が払えません」に行き着く。
私が関わっていた盛岡市動物公園も、二戸市の温浴センターも、紫波町のラフランス温泉館も、、皆同じ問題。
そしてこの最大の原因は、
行政組織が単年度会計という“構造的な欠陥”を抱えているからである。
単年度会計とは、毎年の予算を年度ごとに区切って管理する方式。
民間のように、減価償却を通じて長期の修繕費を積み上げていく文化も仕組みもない。
だから、築20年、30年の公共施設がボロボロになっても、
「修繕費がありません」
「建替え費がありません」
この一点張りになる。
行政はよく「民間は信用ならない」と言ってきた。
だが、今となっては逆である。
“維持のための金を貯めない公共の方が、よほど信用ならない”
現場で公共施設を見てきた者なら、この感覚はわかるはずだ。
民間不動産から借りれば、すべての問題が解消する
だから私は副会長にこう言った。
「公共施設は民間から借りればいいんです」
民間不動産なら、減価償却を計上してキャッシュポジションを高めていく。
修繕費は積み立てられ、建替えにも備える。
これは民間にとって当たり前の“生存戦略”だ。
ところが公共は、当たり前を持っていない。
愕然とするほど持っていない。
公共施設の爆発的老朽化が全国で起きている理由はここにある。
仕組みとして“維持管理ができない体質”になっているからだ。
ではどうするか。
制度が変わらないなら、仕組みそのものを変えればいい。
その仕組みが、
「公共施設を民間不動産化し、民間から借りる」ことだ。
民間が所有する公共施設であれば——
• 毎年の減価償却で修繕費が積み上がる
• 修繕・建替えを前提に設計・財務構造を組める
• 銀行が審査し、市場に合わない建物には融資がおりない
• 無駄な施設は作られない
• SPC化すれば継続性が担保される
行政が自前で建てるから、国全体で“手に負えない公共施設”が積みあがる。
逆に民間方式に乗せれば、“維持できません地獄”から解放される。
オガールプラザですら修繕費が足りない現実
私は紫波町で長年公民連携をやってきた。
全国で「最先端」と言われている紫波町のオガールプラザですら、
来年度の大規模修繕費用が十分に積まれていないという。
驚くべきことだが、これが現実である。
言ってしまえば、オガールのような全国から注目されている事業ですら
「単年度会計の壁」にぶつかっているのだ。
だが、私が所有するオガールプラザの民間区分については違う。
民間だから、当たり前に修繕費を積んでいる。
建物を維持するのは所有者の責任だ。
だから積む。積み続ける。
民間が“信用ならない”と昔は言われたが、その言葉は今では逆転している。
信用できないのは、積立もしないまま老朽化を放置する行政の方だ。
現場で公共施設の死に際を何度も見てきた私だからこそ断言できる。
SPC化すれば、公共性はむしろ高まる
副会長に伝えたのだが、
SPC(特別目的会社)化すれば公共施設としての継続性はむしろ担保される。
SPCは目的を限定した法人で、
公共施設として使い続けるという“縛り”を制度として埋め込める。
これにより——
• 民間の財務規律
• 行政の公共性
• 銀行の審査
• 市場の合理性
これらが一本のラインで貫かれる。
私の提案は「民に投げる」ではない。
公共施設を“市場の規律に接続する”ということだ。
公共が自分で建てると、
必要ない施設でも予算ありきで建ってしまう。
だが民間不動産化すれば、銀行が止める。
銀行は行政の財政状況・人口動態・市場性を総合的に判断する。
つまり、地域にふさわしくない公共施設には融資がつかない。
公共施設とは本来、地域に“必要なもの”だけが作られるべきであり、
そのフィルターこそが銀行の審査なのだ。
地銀副会長の反応は「それは理論として筋が通りすぎている」
一時間の面談の中で、副会長はほとんど相づちを打たなかった。
これは“集中している時の沈黙”だ。
話の最後に彼は静かに言った。
「これは、理論として筋が通りすぎている」
そして
「金融庁は乗るだろう」
銀行は地域とともに生きる存在だ。
だからこそ、公共施設が維持不能になっていく現状を最も憂いている。
地域の財政が弱れば、地銀も弱る。
その構造は避けられない。
だからこそ、今回の提案は副会長に響いたのだと思う。
公共施設の未来を「民が支える国」へ
私は思う。
これからの公民連携は、“施設を一緒に作る”段階では終わらない。
本当に問われているのは、
「誰が維持し、誰が責任を持つのか」
という宿命的な問いだ。
行政には単年度会計の限界がある。
民間には減価償却とキャッシュフロー構造がある。
銀行には地域の未来を審査する役割がある。
これらを組み合わせた先に初めて、
“持続可能な公共施設の時代”が始まる。
公共施設とは、
行政が建てるべきものではなく、
行政が利用料を払って借りるものへ移行すべきだ。
その方が維持され、長く使われ、
必要な施設だけが残る。
一時間の対話で確信した「次の公共の形」
地銀の副会長と頭取を前にして改めて思った。
今まで現場で経験し、蓄積し、噛みしめてきた考えは、
日本全体を変える“実務的な答え”になり得る。
私は紫波町での経験を土台に、これからも同じ主張を続けていく。
「公共施設は民間不動産から借りるべきだ」
これが日本の公民連携の次のステージ。
もう“箱を作って終わり”の時代ではない。
これからは“維持できる仕組みを作る時代”。
その仕組みの核となるのが、民間不動産とSPCである。
行政が作り、民間が維持するのではなく、
民間が作り、行政が借りる時代に入る。
公共の未来は、
「民の財務規律」と「公共の使命」は両立できるという事実の上に立つべきだ。
この国の公共施設が“維持できる未来”へ向けて。
あの一時間は、その確信をさらに強くしてくれた時間だった。
公共施設の未来を変える鍵は、
「誰が建てるか」ではなく、
「誰が責任を持って維持し続けるか」にあります。
この国は、まだ変われます。
だが、その変化は“所有”を変えることからしか始まらない。
では、所有を捨てた先に何が生まれるのか。
行政の人的リソース問題はどう解決されるのか。
建設業の未来はどう変わるのか。
その続きは、第二弾で書きます。
ここからが本番です。
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